Xの記憶〜涙の見る夢〜

第2章 宣戦布告  6.離別

 晃実は不意に感情に包まれた。
 いつもの公園で、苦手な聴音力の克服のために人の会話を聞き分けているときのこと。声でぐちゃぐちゃになったなかで、それでも感じ取った。
 呼応とも違う、言葉にならない想い。晃実のみに向けられた、彼女を案ずるような想い。
 かつて、母たちが死んでしまった瞬間に感じたものと似ている。
 そう気づいたとたん、今のそれが誰のものかを察した。

 ……恭平?

 恐れていたことがついに起こった。
 恭平は晃実を置いて、闘わずしてはどこにも行かない。
 晃実はそう信じていた。信じているというよりは、強く強くそれを願っていた。相反して、現実もわかっていた。

 恭平は兄の呼びかけを断つことができない。

 晃実がクローンの意識に入りこまなかったら、あるいはこうなることを防げたのか。あの時点ですでに恭平の心は侵されていた。
 葛藤(かっとう)の中で卒倒し、その侵略者とずっと闘っていた恭平は、心配させまいとして晃実にそれを告げなかった。
 漠然としたその考えを認めたくなかったのかもしれない。何も手を打たず、恭平に任せてしまった。晃実はもしかしたら恭平を失ってしまう。

 晃実は恭平を探して転移すると、人気の途切れた公園の片隅に、倒れている恭平を見つけだした。
 あの“兄”の力を考えたら、たぶん目が覚めたときの恭平はもう恭平ではなくなっている。
 晃実は気配を消して木の太い枝に立ち、葉の陰から恭平の様子を(うかが)った。

 しばらくして恭平が目を覚ます。
 恭平は立ちあがって自分の手を目の前に持ってくると、自身のものかどうかを確かめるように開いたり閉じたりした。赤ちゃんのような反応だ。
 厳しい現実を認めざるを得なかった。
 目覚めた恭平の躰に宿っている意識は恭平のものではないのだ。
 どうしようもないほど不安に駆られたが、今、DAFをつきとめるチャンスでもある。恭平自身が云ったように。
 乗っ取られた恭平は周囲を見回し、その場から消えた。

 晃実はかすかに感じ取れる恭平の気配を探り、透視を駆使(くし)して気づかれないようにあとを追った。
 追跡している間も、晃実は考え続ける。

 恭平の意識は今どこにあるのか。躰があるのに魂だけが失われることは、脳死と呼ばれる状態にない限り、あるはずがない。晃実の知っている恭平は存在する。おそらく、その兄によって意識下に眠らされているだけだ。

 やがて恭平(・・)は広大な敷地にある二つの建物のうち、一方に入っていった。

 ここは……。

 学校校舎のような三階建ての建物とドーム型の建物があり、その間は長い渡り廊下で繋がっている。
 門の表札を見ると、『スポーツスタジアム カイドウ』とあった。

『カイドウ』って……まさかここが……ここがDAFってこと?

 晃実は建物から離れて近くのビルの屋上に立つと透視力を使った。
 閉じられた門と建物の周囲の(へい)の上には赤外線が張り巡らされている。敷地内を見渡すと、赤外線は不特定の場所からあらゆる方向へと輻射(ふくしゃ)していた。
 間違いない。この厳重さ。赤外線に少しでも触れようものなら、すぐにでも誰かが飛んでくるだろう。

 晃実は内部の探査を試みた。
 ドームは別に問題ない。気になるようなものは何もなかった。そして建物に視線を移動する。
 しかし、いくら透視を使ってもその内部を視ることはできなかった。
 なぜ?
 その答えは一つしかない。
 透視できない壁。
 三階建ての建物の壁の中はすべて(なまり)板と分厚いコンクリートで覆われていた。寸分の隙もなく、透視の屈折は不可能だ。不自然なマジックミラーと思われたすべての窓も、それはマジックミラーなどではなく、窓がないという異様さを隠すためにそう見せているだけだった。
 この建物は鉛板とコンクリートの壁でできた箱だ。

 晃実の透視が鉛や分厚いコンクリート、そして水を透過できないのは、異能力者となった所以(ゆえん)に関係している。通過することも同様だ。
 それらの障害物を通ろうとすると、まず(はじ)かれる。無理にやると、躰の細胞一つ一つが分解されたような感覚に(おちい)り、一人では通り抜けられず、下手すると閉じこめられる。

 相当の覚悟をしてあの建物の中に入らなければ、構造さえもつかめないということだ。
 どうやって……。
 晃実は一瞬、絶望的な無力感を(いだ)いた。

 しばらくDAF内の様子を見たが、その間の人の出入りはまったくない。
 建物の中に人が存在するのかどうかも定かではない。
 それでも少なくとも恭平はいるのだ。
 晃実は考えあぐねた。
 人目がないことを確認し、まっすぐ上へと転移した。
 スポーツスタジアムを見渡せる高さのところで足もとに風を起こし、滞空可能状態をつくる。
 ドームの屋根からDAFと思われる建物まで赤外線が幾筋もあって、それを輻射している棒が屋根の所々に立っている。
 今すぐの侵入をあきらめてもとの場所へ降りた。
 方法が見つからない。
 DAFの周辺を見渡すと、都心部からさほど離れていない場所にあって人通りは少なくない。周囲には住宅が並び、いくつかの中小企業が見られ、商店街もある普通の町だ。

 晃実は通りがかった人をつかまえて訊ねてみた。
「ああ、ここはね、海堂グループの社員専用の施設なの。あっちの建物は中が見えないでしょ。最初はヘンに思ってたんだけど、部外者に対しても開放的だから、いつの間にかあたりまえになってるわね」
 主婦らしき女性は自分の意見を交えて教えてくれた。
「社員じゃなくても入れるんですか?」
「使用許可さえ下りれば、誰でも借りることができるの。町内の野球大会とか運動会とか、よく利用してるわ」
「近々、そういう行事はありますか?」
「ええ。今度の日曜日に少年野球の区大会があるのよ。九時から開会式よ。ウチの息子、今回はじめて先発メンバーで出場するの。楽しみだわ」
 うれしそうに語った女性は、お礼を云った晃実に上機嫌な様子で手を振って去った。

 意外に簡単に入れるかもしれない。
 あと三日。
 その後、また向かいのビルの屋根で待機していたところ、夕方の六時を過ぎた頃に数台の車が出てきたが、赤外線は途切れることがなかった。

 恭平のことが酷く心配。この言葉では足りないが、今はあまりに不利な状況で、危険を冒したくない。
 何もしないままに終わってしまうわけにはいかない。

 転移でDAFに乗りこむことは不可能ではない。正面から入れば、むしろ簡単だ。高いところまで張り巡らされた赤外線に触れることを覚悟すれば。

 異能力者の躰の構造は特殊で、全身の細胞、DNAの一つ一つに放射性ウィルスを取りこんでいる。それらウィルスの力を利用し、増幅させることで各種の異能力は発揮される。
 転移は、貯めた放射能力を爆発させることにより普通では考えられないほどの速さで、ほとんどの障害物をものともせず、上下左右を問わずしてかなりの距離を移動できる力だ。
 ただし、赤外線の中を通過するには肉体である限り、瞬間でもそれは反応してしまう。
 警告音が鳴れば、それにかかったものが何も見えないとしても、奇跡を起こした今となっては、疑いを通り越して異能力者だという確信を彼らはすぐに抱く。
 それを覚悟しての侵入は大きすぎる()けだ。自分までもが捕らえられる事態は避けなければならない。
 恭平のことにしても、命を殺めることはないはず。これまでのことを考えれば、DAFはあくまで“確保”が目的のようだ。
 とにかく三日後には、堂々と正面から入ることができる。冷静に考える時間も必要だ。



 長いようで短いような三日間が過ぎていく。晃実はほとんどの時間を異能力の強化に費やした。エネルギー量が少ないぶんだけ短期集中できる能力を向上しなければ、何をやるにしてもそれ以前に(つぶ)れてしまう。
 ともすれば泣きそうになるのを、そうすることでしか忘れることができない。
 恭平のことが何よりも気がかりで、一刻も早く助けだしたい。それなのに無茶をするわけにもいかない。
 それが二人の約束だ。
 どちらかが欠けても目的は果たす。達成されるまで、(ひる)まない、無茶しない、そして、死なない。

 先生には恭平がいなくなったことを隠したまま、晃実は家には戻らないと伝言メモに記して残した。顔を見るのはこれが最後、とそう思いたくはないから、あえてそうした。
 先生はきっと理解してくれるだろう。あるいは同じ気持ちを抱くかもしれない。



 攻略方法を見いだせないまま、晃実はスポーツスタジアム・カイドウへと足を踏み入れた。
 赤外線はそのままだ。
 晃実はTシャツにショートパンツと軽装で野球帽を目深に被り、入場する人たちに(まぎ)れこんで中へと進んだ。
 渡り廊下の中央が玄関となっていて、DAFであろう建物の側はシャッターで閉ざされていて中は見通せない。
 人の流れに逆らうことなく、晃実はドームの中へ入った。
 一見して変わったところはなく、普通に球場を取り囲んで階段状に観客席がある。客席では多くの人が試合まえの練習風景を見ている。
 ドーム内を探査してみても変わったものは見られなかった。いくつもの更衣室にお手洗いに用具室、そして館内放送のためのスタジオルーム。
 晃実は天井を見上げた。そのまま宇宙なる空が見える。
 ただ、輻射する赤外線が蜘蛛(くも)の巣のようで、自分を囚われの身に感じて少し気分が悪くなった。

 何も収穫がないことに、晃実は気落ちする。どう考えても、強行突破するしか方法がないように思えた。
 晃実は人の視線から陰になる場所へ移動すると、透視力を駆使して比較的、手荒な部分の赤外線の網目を(くぐ)り、ドームの上部へと転移した。それから隣の建物の上へと移動する。
 どこを見ても内部に入る隙がなく、この下に何が存在するのかはわからない。一部を破壊して入りこむしかないのか。
 恭平がここにいることは間違いないのに、内部のどこにいるかはわからない。
 DAFの異能力者もまた、ここに存在するに違いない。

 恭平、どうしたらいい?
 泣きだしそうな気持ちで心がつぶやいた。
 どうしたら恭平に会える? どこから入ればいい?

 恭平のことを切実に想いながら問いかけたことが、晃実を危険にさらしめる。
「ここからどうぞ」
 晃実のほかに誰もいないはずのこの場所で声がした。
 えっ!?
 それは足もとから響いてきた。声を追うように建物の内部から姿のはっきりしない薄っすらとした物体が現れて、手らしきものが晃実の両足をそれぞれつかんだ。そのまま建物の中へと引きずりこまれていく。

 コンクリート、鉛板、コンクリートと三層になった天井と床を、底なし沼のごとく引きずられるままに、繰り返し通り抜けていった。
 異能力の数少ない障害物を通り抜けるのは好きではない。晃実だけでなく、異能力者であれば誰でも同じことだ。
 晃実を引きずりこむ手はそれを難なくこなしている。
 その感触でなんともいえないほどの気分の悪さに陥った晃実は、そのことに気づきさえしなかった。
 わかったことは四カ所の障害物を通り抜けたということだけだった。
 肉体の細胞一つ一つが分解され、また融合する。そんな感覚を繰り返した。あまりに気分が悪く、すぐには周囲に注意を払う余裕もなかった。
 気分が良くなるのを待ってくれるほど思いやりを持った相手ではなく、晃実は懸命に正常な状態を取り戻そうとした。

 気分の悪さは抜けないままも、少し落ち着いたところで状況をすばやく確認した。
 病院にある集中治療室と似ていた。状態を常に観察すべく、大きなガラス窓の向こうには、こっち側と同じく、たくさんの機械が動いていた。管理室といったところだろうか。ガラス窓の横にこの部屋への出入り口がある。管理室には四方にドアがあった。今のところ管理室に人影はない。

 ずいぶんと無用心だ。
 罠でしかないということなのか、それともここへ侵入できるはずがないと思っているだけなのか。少なくともすぐに拘束しようというわけではないらしい。
 部屋の中を見渡すと、ドアは管理室から通じるものと、その横の面にもう一つあるのみ。監視カメラはない。
 部屋の中央に、保育器のような透明なプラスチックの箱が載ったベッドと、棺桶(かんおけ)のように見える金属製の箱が載ったベッドがそれぞれ一つあった。どちらのケースにも多くのチューブが差しこまれている。

 何、これ……?

 まだ顔色も幾分か蒼く、本調子ではなかったが、休んでいる時間があるはずもなく、晃実は立ちあがった。
 ケースに近づくと同時に、背後に人の気配がした。
 晃実はハッと振り向く。
「ようこそ」
 淡々と話しかけながら管理室の横面のドアから出てきたのは、この前と同じクローンだ。
「こうも簡単にボクの誘いに乗ってくるとは思いませんでしたよ」
 表情は少しも動かず、人を喰ったような物言いだった。
 晃実は不快に思いながらも、その点は無視することに決めた。
「恭平はどこ?」
「どこにいるかわかりませんか?」
 クローンは冷たい笑みを向け、何やら含んだ口調で挑発した。

―― 恭平?!

 晃実は思わず呼応力を使い、呼びかけた。

―― だめだ。なぜここへ来た?! 逃げるんだ、今すぐに!

 呼応に反応した恭平が応えた。

―― 恭平……?
―― 薬で躰が動かない。頭がうまく働かない。けど、隙を見て必ず逃げだす。だから早く逃げるんだ。

 恭平の呼応力を使った声が弱々しくありながらも、意外に近くに感じられることに気づいて、晃実はふと思い当たる。

 恭平の意識は確かにこの部屋に存在している。しかし、かすかにしか伝わってこない。晃実の(かたわ)らに現れてはくれない。
 それは何を意味するのか。
 出てこられないからだ。ある場所から。
 その場所とは目の前にある金属製、つまり鉛の箱でしかなく。

―― 僕は大丈夫だ。今ならまだまにあう。早く逃げてくれ!

 恭平の叫びが囁くように、晃実の耳に繰り返し届く。
 鉛ケースに仕切られた恭平の声は、医療器具の差込口から漏れてくるものだ。
 こんなときに役に立たない異能力を呪う。
「わかったようですね」
 晃実はケースに近づこうとした。が、すぐに見えない力で弾き飛ばされる。
 背後の壁にぶつかり、躰の左側に衝撃を受けた。
「そうはいかない。弟は渡さない。ボクのものです。ボクの躰だ」
 クローンの言葉から、晃実は悟った。
「……あなたの本当の躰は?」
 クローンは答えない。
 あのとき、晃実の問いに、ためらいを見せて肯定した彼は嘘をついていたのだ。
 彼が本当の姿で現れない理由とは――。
 晃実は考えるまでもなく自然と隣のケースに視線を移す。
 幼児サイズの保育器には、酸素マスクや点滴やらの医療器具を躰中に繋がれた幼い子供がいる。

 この子が……。

 器具のせいで、その子の顔がよく見えない。
 晃実はクローンに視線を戻した。

「あなたの躰はこの中から出られないのね」
 晃実は保育器を指差した。
「うるさい」
「クローンはちゃんと人間の機能を果たせているのに、本物の……大本(おおもと)のあなたは自力で呼吸さえもできないってこと? 成長もできないってこと?」
「うるさい!」
 彼が少し感情的になった。
「笑っちゃう」
 晃実はほくそ笑んだ。
「うるさいっ!」
 今度ははっきり憤りとなって、見えない力が晃実を再び襲う。痛みを無視して、晃実はちょっと笑ったあと、彼を動揺させるような言葉をかける。
「わたしなら、治せるけど……?」
 それはこちらにも伝わってくるほど確かな動揺だった。
 晃実は彼がしたように、力を放って彼を吹き飛ばした。
「恭平は誰のものでもない。あなたが双子の兄さまであっても、恭平は恭平自身のもの。それにわたしも、あなたに恭平は渡さない!」
 クローンは気絶した。

 DAFとは別の、彼の真の意図が見えた。
 恭平の意識と融合して、恭平の躰を乗っ取るつもりなのだ。自分の本当の躰を捨てて。

―― 今のうちだ。逃げろ。ここでは闘えない。

 恭平が晃実をせかす。
 しかし、従うつもりはない。
 鉛ケースを目に見えないほどの砂塵(さじん)に変えた。

 恭平の姿を見た晃実の躰が強張る。感情の制御ができない。
 いったいこの三日の間に何をされたというのか。
 顔は死体と見紛(みまが)うほどに蒼白く、その躰は信じられないほどに()せてしまっている。隣に横たわる兄と同じようにチューブをいくつも差しこまれ、その姿は無惨としか表現のしようがない。

 恭平にかける言葉が見つからない。
 これでは連れて行けない。こんなに弱っている恭平を連れては逃げることができない。
 この建物から逃げだし、転移に耐えられる体力があるとは思えなかった。
 恭平は死ぬかもしれない。
 そう思ったら、ぎりぎりのところで頑張っていた感情の歯止めが崩れた。

―― どうして……どうして……どうしてこんなことをっ!



 声にならない絶叫は、遠く離れた異能力者の耳にも届くほどの心の叫びだった。
 バカな……なぜ、そこにいる……! 



―― どうして来た? 僕のことはいい。いつも云ってるだろう。有利な条件で闘え、と。ここは僕たちにとって、いちばん不利な場所なんだ。

 恭平はその口を開かず、虫の音といっていいほどの呼応力で晃実を(さと)した。恭平の呼応力が囁きに聞こえたのは鉛ケースのせいだけではなかったのだ。DAFに抵抗を続ける恭平の体力はそれほどに落ちこんでいる。

―― でも、あのままじゃあんまりだよ。
―― ……ああ。

 恭平はちょっと笑って相づちをうった。

―― 逆の立場だったら、僕もこうしただろうな。

 晃実も笑った。

―― 僕は大丈夫だ。自分でなんとかする。どの道、今の躰の状態じゃ逃げられないんだ。必ず、晃実のところへ還る。だから今は……。

 恭平が伝えきれないうちに晃実は吹き飛ばされた。
 クローンが三体現れた。恭平が灰にした一人を除外して、あの事故のときと同じ人数だ。クローンはどうやらこれで全部らしい。
 晃実はここからどうやって逃げるかを考えるよりさきに、恭平に絶対に云うべきことを伝えた。

―― 恭平、意識を閉じないでいいから、すべてを話していいから……あとはちゃんとやる。わたしのことも考えないでいい。恭平はまた戻ってくる。また会える。そう信じていたい。独りでも闘える。でも孤独(ひとり)では意味がない。このままだと恭平は……。そんなのは絶対だめ。終わったときに孤独でいたくない!

 晃実は懇親の力を込めて、叫び、彼らを吹き飛ばす。

―― 絶対にわたしを孤独にしないでっ!

 壁が裂けるほどの衝撃だったはずなのに、心のない彼らは痛みを感じることもないのか、すぐに立ちあがった。
「さっきはあなたの言葉に(だま)されての不意打ちでしたから、不覚にも気絶しましたけど、今度はそうはいきませんよ。この躰は何も感じない便利な人形だ。DAFにとっては失敗策でも、ボクにとってはこのうえなく好都合な成功です」
 彼らは一斉に手のひらを晃実に向け、繰り返し力を放つ。
 ドンッ。
 ウッ。
 立ちあがるまもなく、また壁に当たる。
 ドンッ。
 ――――ッ!
 力で何度も壁に押しつけられながら、晃実は逃げる方法を考えた。
 建物の外へと通じる壁は金属板であり、とても抜けきれる自信がなかった。だとしたら、正面から逃げるのがいちばん無難だ。
 そう結論づけたとき、異常な物音に気づいて階段を駆け下りてくる数人の足音が聞こえる。
 残った理性は唯一つのことを警告した。
 早く、この場を去れ。
 晃実は衝撃を吸収しながら力を溜めこんだ。
 攻撃に押されてじりじりと後退しながら、それを放つ刹那。

―― やめろっ。やめてくれっ!

 恭平が残ったありったけの力を振り(しぼ)って叫ぶ。
 晃実の前に誰かが立ちはだかり、彼女のかわりに力を放つ。
 その二つは同時に起こった。
 クローンたちは誰にやられたのかを認識するまえに壁を破るほどに突き飛ばされ、完全に伸された。
 それは前に立った闖入(ちんにゅう)者の力なのか、はたまた、恭平の想う力なのか。
「今のうちだ。逃げるぞ」
 そう云った人物が誰なのか、それは誰に対して向けた言葉なのか、晃実は何も把握しきれないままに連れ去られた。
 ドタドタドタ……。
 バタンッ。
 晃実は壁を抜ける瞬間、ドアが勢いよく開けられた音を耳にした。

 ただ、想った。

―― 恭平、生きて……いて――。

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