Xの記憶〜涙の見る夢〜
第2章 宣戦布告 3.接触
晃実は恭平のところへ背中合わせに転移し、少年たちと対面した。
「恭平、これはどういうこと?」
「……わからない」
ためらいがちな返事から、恭平がかなり動揺しているとわかった。
「恭平、どうする?!」
恭平が冷静さを取り戻すよう、晃実は強く問いかけた。
生気のない無表情な少年たちを警戒しながら二人は模索する。
「とりあえず、晃実は意識略を。僕は機能略を」
恭平はしっかりとした声で告げ、晃実はひとまず安心した。
恭平はすぐにそれを実行に移す。片手を相手の一人に向かって伸ばした。気を込めて、声にならない声を発し、それを相手に放つ。
――――ッ。
その少年は後ろに吹き飛ばされて、そのまま背後にあったガードレールに重く鈍い音を立ててぶつかった。
恭平が使った“機能略”とは力でねじ伏せるということだ。
一方、晃実はさっきと同じように一人の少年の目を捕らえ、集中しきったところで少年の意識に力を放った。少年は頭を抱えながらふらふらと倒れ、やがて昏睡してしまう。
少年はあと一人残っている。晃実たちの力を試しているのか仕掛けてくることもなく、無表情で突っ立っているだけだ。
「恭平、わたし、探ってみるから」
「オーケー。僕は呼応を使おう」
恭平は晃実の肩に手を置いた。
晃実は“意識略”をさっきの目的とは違う、探査という形で行った。相手の意識の中に入りこんでその思考を探る。
晃実は少年の目を捕らえ、少年と呼吸を合わせる。晃実の意識は少年のそれをたどった。
しかし、晃実は少年に意思なるものが存在しないことを知っただけに終わる。
ただ、繰り返される思い。
―― ボクを返せ。
これは誰の思いだろう……まさか――――罠?!
晃実は急いで少年の意識を手放した。恭平は、と隣を振り仰ぐとどこか空ろな瞳に合った。
「恭平! 大丈夫?」
晃実は叫ぶように呼びかけ、恭平の腕をつかんだ。躰を揺すると、恭平はハッと我に返った。
「……ごめん。なんでもない」
恭平はすぐに答えたが、どこかいつもの恭平らしくない気がした。
「こいつらはクローンだ。自分の意思もない失敗作」
「そんなことがあり得るの……?」
「あとだ……あとで説明する。とにかく、こいつらは処理するべきだ」
「……処理?」
晃実は『クローン』という言葉にも驚いたが、それよりもっと驚いたのは『処理』という恭平の口から出た言葉だった。
晃実は戸惑う。
恭平の口からこんな言葉が飛びだしてくるとは思ってもみなかった。
いくらクローンでも、自分の意思がなくても生きていることには違いないのに、それを『処理する』だなんて。
「わたしにはそんなことできないよ……」
心の声がそのまま外へと音になった。
「僕がやる」
なんのためらいもなく恭平は云いきった。
晃実は当惑せずにはいられなかった。
どうして、恭平?
少年たちは恭平のクローンだから……恭平の意思で処理してもいいってこと?
晃実が途方にくれている間に、恭平は攻撃を開始した。
もし恭平が異能力者として人を殺めるのならば、その方法は再生を不可能にする可炎を使うのが最も手っ取り早い。
恭平の自然に下ろしていた片方の手に赤い火が宿ったことに晃実は気づいた。
恭平は野球のアンダースローのピッチャーのように、それをただ一人倒れていない少年に向かって投げつけた。少年は一瞬のうちに火達磨になり、あまりの高熱に溶けだす。
いやっ、なんでこんなことを……!
「やめよう、恭平! クローンだからって、意思がなくったってやっぱりダメだよ」
晃実は恭平を止めようとした。
それでも恭平は何も答えないまま続けようとする。
どうしてっ……らしくないよ、恭平! いつもあんなに冷静でやさしいのに……どうしてなの?
「手をかけちゃダメだよ。わたしたちは神様じゃないんだよっ。彼らにはなんの罪もない。そこまでしなくても別の方法が――」
ドサッ。
最後まで恭平には伝えきれなかった。恭平は突然、その場に倒れてしまった。
「恭平っ?!」
晃実は何度も呼びかけたが、恭平は目を閉じたままで身動き一つしない。
何……いったい何が……?
とにかく、いったんここは引き揚げたほうがいい。
思った瞬間、異質な気配を感じた。
晃実がその方角に目を移すと、意識を取り戻した少年が三人とも立ちあがり、こちらを凝視していた。
晃実も立ちあがり、とっさの判断で意識のない恭平から距離をとった。
同時に少年の一人が手を突きだす。
ドンッ。
ウッ。
晃実は真後ろにあった事故車輌に背中からぶち当たる。車のボディがへこんでしまうほど強い衝撃だった。肺の中の空気が全部出てしまったように息が詰まった。背中が痛み、足もとがふらついたものの、どうにか立つことはできた。
これくらいのことで倒れてはいられない。
晃実は意識略の力を使おうとするが、そのまえにまた別の少年が同じ力を放つ。が、今度は手のひらを前へ向けて受け入れ態勢をとり、その力を吸収した。
「このくらいの攻撃で二度もやられたりしないよ。わたしだって伊達に異能力者という異名があるわけじゃないんだから」
三方向から繰り返される攻撃をすべて受け止め、吸収していく。その間に推察がまとまった。
少年たちの顔になんらかの感情がよぎることなどなかった。よぎるはずもないことだ。
意思のない人間が、晃実と恭平、もしくは恭平だけに対する特定の目的を持っている。
ということは。
「なるほどね」
この少年たちを操っている人物がどこかにいるってこと。
さすがにDAFの異能力者、とでも云うべきか。
「わたしたちの力を試すために、マリオネットでしかない少年たちを送ってきたわけ? でも、あなたと同じくらい力が使えることはわかっているでしょ。出てきなさいよ!」
吐き捨てるように云うと、一人を残し、二人の少年は崩れ落ちていった。その一人は確かな、生きている者としてのバイオフォトンが感じ取れるようになった。
心なしか、その表情にも意思が宿る。