Xの記憶〜涙の見る夢〜

第2章 宣戦布告  2.暗影

 また三週間後、時が刻まれた。
 その間に、厚い雲に(おお)われた梅雨空は一掃され、夏の日差しに変わっている。
 晃実たちの未来とは裏腹の真っ青な空だ。希望あるはずの未来も、真実も、灰色の得体の知れないものにさえぎられている。
 混沌(こんとん)とした現実のなか、DAFの誘いを待っていたとき、ついに異変があった。

 !?
 今、何かが晃実の脳裡をかすめた。
 何?
 一瞬のことで、かすかなため息のようなもの。気のせいかと思うような……。
「今のわかったか」
 恭平から声がかかったとき、それが幻影でないことを知った。
「うん」
 !? また、だ。
「なんなの?」
「わからな――」
 恭平の言葉がふと途切れた。
「恭平、どうしたの?」
 晃実はわずかに蒼ざめた恭平の顔を覗きこむように見上げた。
「事故だ……」
 恭平は顔を上げた。そこには覚悟が宿っている。
「まさか……」
 晃実の言葉にならない質問に、恭平はうなずいて応える。
「まさか、じゃないよね。わたしたちはこれを待ってたんだから」
「行くよ」
「行かなくちゃ」
 同時に二人は声を掛けあった。
 晃実と恭平はそれぞれの動可力をシンクロさせ、恭平の案内に任せて一気にその現場へと転移した。

 高速道路の事故現場は、場所が場所なだけに(すさ)まじかった。
 玉突き事故で片車線は完全に封鎖(ふうさ)され、被害にあった車の数はざっと五十台以上に上ると思われた。先頭のタンクローリーが横倒しになり、タンクから液体が流れでている。タンクローリーは三車線ある道路をふさいでしまい、それに衝突していった車の行列。
 夏休みに入ってはじめての休日のためか、行楽の車が多かったことが災いして犠牲者を多くしたのだ。
 しかし、これは単なる偶然の事故ではない。

「すごい(にお)い。タンクの中身はなんなの?」
「何か薬品だろう」
 そんなものを放って置いていいはずはなく、すぐに回収しようとした。が――。
 ド――――――ンッ。
 車の一台が爆発した。
 二人は厳しい現実にぶち当たるしかなかった。
 晃実はその運転手が炎の中で焼け(ただ)れていく姿をはっきりと見た。
 充分に逃げる時間の余裕はあったはずだが、ぶつかった衝撃で気絶した運転手はなすすべもなかったのだ。それは結果を見るよりも無残な姿だった。あまりの熱さに意識を取り戻し、身もだえしている人の影。すぐにその躰は人間のものとは思えない黒い(かたまり)となってしまう。

 焼けてしまったものは、たとえ晃実といえども生き返らせることは不可能だ。
 焼死は生きている細胞が失われてしまう。
 晃実の再生力は、生力が残っている細胞にエネルギーを与えて活性化することしかできない。何もないところからは何も生まれない。

 薬品の刺激臭に妨げられて、漏れだしたガソリンに気づかなかった。
 晃実は自分を責める。
「晃実、焼死者はもうだめだ。けど、今、悲しんでる暇はない。あの車を隔離(かくり)しないと次の犠牲者が出る」
 恭平は厳しい現実を晃実に向けた。
「わかってる。恭平は車を移動して。わたしは救出に当たるから」
 晃実は()きあがる感情を押さえこんで、今なすべきことに集中する努力をした。
「行こう」
 恭平は瞬時に爆発した車のところへ転移すると、自身にガードを施して、熱の塊となった残骸(ざんがい)に手を触れ、ともに離れた場所へとまた転移した。
 晃実は車体が(ゆが)んで開かなくなったドアを鉄(くず)に破壊し、負傷者を安全な場所へと次々に移動させる。
 恭平も危険と判断した車すべての隔離を終えてそれに(なら)う。
 晃実はあとを恭平に任せ、延命手当の必要な人を優先で治療にあたった。

 五人目に取り掛かったとき、ふと晃実は奇妙な感覚に襲われる。
 目を閉じたその幼い顔はどこかで見たことのある顔だ。それもごく、親しい顔。
 それでもためらっている暇はないと、晃実が精神集中をしているところに、意識を失っているはずのその手が晃実の腕に伸びてきた。
 !? えっ……何……?
―― ボクはあなたの手を借りる必要はありませんよ。
 その声はバカに丁寧で機械的だ。
 言葉が口から発せられたものではなく、晃実の脳裡に直接話しかけられたものであることにはっとした。
 目を開けた少年は起き方も機械的で異様だが、何よりもその顔を目の当たりにして晃実は愕然(がくぜん)とする。
 その少年は間違いなく異能力者だ。
 それは驚くに値しない。
 この事故がDAFの異能力者によって引き起こされたものだとは容易に想像できる。二人はそれを確信して待っていたのだから。
 そんなことではない。

 なぜ……どういうこと――――?!

 少年は恭平に似ていた。驚くほどに。瓜二つといっていい。
 晃実が疑問ばかりに囚われている間に、瀕死(ひんし)のはずの少年は血を(したた)らせたまま立ちあがった。
 晃実が動揺から立ち直るまえに少年は攻撃を仕掛けてきた。
 キキキ――――ン。
 耳の奥が、(ひど)く不快な音で満ちる。公園にいたときに感じ取ったものは、この微量の音だとわかった。
 晃実は両手で耳をふさぐが、その音は直接脳裡に放たれているために止むことがない。音はやがて痛みに変わる。
 気が変になりそう……音に囚われちゃだめ……。

 晃実は痛みに耐えきれず、払拭しようと閉じていた目をどうにか開いて、少年の目を捕らえる。痛みを無視して少年に集中する。やがて痛みが薄らいでくると、さらに精神集中を強化した。
 それが満ちたところでカッと目を見開き、晃実は一気に少年へ力をぶつける。少年の神経にショックを与えてその意識を断ちきった。少年は瞬間、驚きの表情を目に宿し、そして気絶してしまった。
 晃実は深く息を吐くと、急いで恭平を探した。

―― 恭平、気をつけて! 犠牲者の中に異能力者が(まぎ)れこんでるの。

 呼びかけたが、反応が返ってこない。

―― 恭平……?

 晃実は辺りを見回した。
 ?!
 恭平は三人に取り囲まれていた。その顔を見てまた驚く。

 どうして……いったい……?

 その全員の顔が恭平とそっくりだった。年齢の開きがあるゆえ、恭平との違いははっきりしている。しかし、晃実の記憶にある、今の恭平よりわずかに幼い顔とは区別が不可能なくらいに似ていた。
 というよりも恭平そのものだ。

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