Xの記憶〜涙の見る夢〜

第2章 宣戦布告  1.思惑

 その日の夕方のトップニュースのタイトルは当然のごとく、『飛行機事故、奇跡の生還』だった。前回と同じく、評論家たちの意見はしどろもどろである。
 とんでもないニュースが多い昨今(さっこん)、なかには奇跡を信じる人もいて、またおもしろ半分に少年少女の行方を捜しだそうとする人々まで出てきた。
 晃実と恭平の目的の一つ、世間への免疫づけは果たされつつある。
 もう一つは結果待ちといったところだ。
 それと同時に無視できない事実を晃実は知った。恭平だけが知ることのできた事実。

 恭平は大きな災害に対する予知力を備えており、それと関連してそれが起きたときに感知する力も持っている。普段の恭平はそれを察知しないように異能力をコントロールしている。人々の慟哭(どうこく)を知っても手出ししてはならない領域であると感じているからだ。
 それをこの二カ月の間は全開にしていた。予知は少なくとも二週間前までには現れるはずなのに、今回の飛行機事故はかすりもしていない。いきなり感知したのだ。
 二人が手助けしなければ、飛行機事故の犠牲者はかなり出たはずだ。
 そして気づいた数字の酷似(こくじ)
 列車と飛行機の事故で犠牲になりかけた人の数がほぼ完璧に近いほど同じであること。

 神の啓示(けいじ)かもしれない。運命は同じ数字を要求する。

 晃実と恭平は、列車に乗り合わせた人々の運命に、または寿命に手を出してしまった。そのつけがあの飛行機事故に回ってきたと考えた。それがまたほかに(めぐ)らないとも限らない。

「やっぱり自然に手を出してはいけなかった?」
 晃実はつぶやいた。
「それでも自然に逆らっているのは僕たちだけじゃない。人間という生き物は常に自然に逆らってきたからこそ、こういう時代になったんだ。今の僕たちが向くべきところは過去ではなく未来だ。覚悟したはずだろ?」
 恭平はつらい言葉を晃実にかけた。
「わたしたちは決めたんだよね。だから過去を振り返ってる暇なんてない」
 恭平の云うとおりで、今、こんなことを気にしている場合ではない。
 それでも痛みは消しようがない。
 こうやって、数知れない重荷を背負っていく。恭平とともに相当の覚悟を持って。
 まだこれはほんの序の口の試練だ。


   * * * *


 端整すぎて冷たく印象づける顔がいつになく険しくなっている。
 その原因は、テレビを通してつまらない御託(ごたく)を並べている人々のせいだろうか。

『私は医者です。非科学的なものを露ほども信じたことはない。ですが、目の前で私が見たのは神の奇跡としか云いようがありません』

 理論ずくめの医者までもが(たわ)け事を口にするのか。まだまだ理論的に考え詰めてみれば、異能力者の存在を知ることも可能だろうに。
 そう思いつつ嘲笑(ちょうしょう)を浮かべる雄士だったが、その騒ぎの発端となる少年と少女のことに考えが及ぶと無表情に戻っていく。
 世論までもが一カ月前の事故と関連づけている。
 海堂ビルで遭った少女と少年が脳裡(のうり)に現れる。
「間違いないな」
 雄士は口に出してつぶやき、立ちあがる。
 さてと、お呼びがかかるまえにちょっと顔でも出すとするか。
 今度は心の中でつぶやくと、晃実たちと同様に鮮やかにその部屋から消え失せてた。


「で、どうなんだ、今回の事件は?」
 太くて無表情な声だ。
「情報が流れてくるまえにすべてがすんでしまっていたので確認はできませんでしたが、間違いなく……」
 そのさきは二人とも同じ考えだった。

 海堂将史は大きな椅子に座り、手に持った眼鏡を(もてあそ)びながら、会話の相手である雄士には背を向けて外を眺めた。
 夜の九時であっても、このビジネス街は数多くのビルの窓が明るく浮かびあがっている。

「身元はわからんだろうな」
「なんの手掛かりもありませんから」
 実際に世間も、少年と少女という抽象的なことしかわかっていない。
 飛行機の乗客ならば旅行者もいるはずで、カメラくらい持っているだろうに、誰もが驚きのあまり写真を撮ることさえ思いつかず、それより手頃な携帯電話という文明の利器もまったく役立たずのままだ。
 そして、雄士は二人に出会ったことを話すつもりはまだなかった。

「どうしたものかな……」
 将史はそうつぶやいたが、心の内ではすでに決まっていた。
「……事故、あるいは事件を起こして誘いだす」
「異能力者を使うんですか」
 ある程度の予想はしていたが、雄士は確認を取った。
「そのつもりだ。タイプA1を使う」
「……A1というと、まだ――」
「あれは良くも悪くもならんよ。こういうときにこそ役立ってもらわんとな。少なくとも一人は……」
 将史は思惑あり気に言葉を切った。

 雄士は父である将史を理解できていない。
 奇妙な自信を持ち、相変わらずも非人情を身に(まと)った、こんな人間がなぜに形成されたのか。息子とはいえ、異能力者である雄士に対して恐れも不安もまったく見せない。

「日時は後日、知らせる。今のところ、おまえは傍観者に徹してくれ」


   * * * *


「海堂は動かないわね。気づいてないってことじゃないでしょ?」
 飛行機事故以来、数日に(わた)って海堂の様子を(うかが)っているが、総帥(そうすい)はそれに関する話題を一切なさない。
「最初ですでに反応はあったんだ。水面下だけで動いてるってことだろう」
「出方を待つしかないってこと?」
「ということだな。DAF(ダフ)は必ず(えさ)()く。それ自体が僕たちのターゲットだってことにはまだ気づいていないはずだ。もうしばらく静観しよう」
「わかった」

 どんな方法で誘いだしてくるのか。それがどんなことであれ、非情であることは間違いない。
 犠牲者が出なければいいけど。
 そう望むこと自体が甘いのかもしれない。
 たぶん犠牲者なしの闘いなんてありえない。

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