Xの記憶〜涙の見る夢〜

第1章 契機  6.再来

―― 晃実、事故だ!

 いつもの公園で異能力を調整していた最中、恭平は不意に大勢の悲鳴を察知した。

―― どこ? 

 晃実はそう訊ねながら、すぐに別の場所にいる恭平のもとへ転移した。
「Hポートで着陸失敗だ」
 その言葉を合図に、二人は転移を繰り返していく。

―― 出火は? 
―― 見えなかった。物品倉庫らしい建物に衝突してるんだ。
―― 衝突? 倉庫に人はいなかったの?
―― 負傷者は感知していない。衝突とはいってもスピードはかなり落ちていたはずなんだ。

 転移する間にも言葉を交わすが、いつにない曖昧な恭平の返事を晃実は不審に思った。

―― どうしたの?
―― ……終わってから話す。とにかく急ごう。

 一分足らずで目的地へと到着した。
 大きな倉庫に片翼からぶつかった状態で機体は止まり、その翼は倉庫の中に突入していて見えない。
「乗客の脱出が遅れてる」
 宙に空気の層をつくり、そこに立った。(はた)から見れば浮いた状態だ。晃実は透視力を使って飛行機の小さな窓から客室を、恭平は聴音力を使い、機体の状態を探っていく。
 遠くからは、サイレンを鳴らしている消防車と救急車が何台も向かってきていた。

「機体が歪んでる。軽傷者多数。死者は見えない。倉庫は……大丈夫。人はいるけど、ケガもないみたい」
「ああ……」
 恭平が同意した。が、その返事に安心の情はない。
 気になった晃実は恭平の腕に手をかけて呼応力を使う――?! 
 晃実は身震いをした。
「火が……」
「そうだ。加えて、燃料が漏れている」

 金属板が邪魔をして晃実の目には映らなかったが、恭平の耳は機体エンジン部から炎が立つ音と、オイルの(したた)る音を聴き取った。
「早くしないと被害が広がる」
「ああ」
 恭平と晃実が下に降りたと同時に何台もの救援者が到着し、その車から幾人もの人が一斉に降り立った。
 すぐさま彼らは晃実と恭平に気づく。

「きみたちはなんだね!?」
「危ないぞ。下がりなさい!」
 彼らはいくつもの声を重ねて二人を怒鳴り散らす。状況が状況なだけに無理もないが。
 消防隊員たちは二人にかまわず飛行機に近づこうとした。
「待ってください!」
 止めたのは恭平だ。もはや一刻の時間も無駄にできない。
「燃料タンクが破損して、わずかずつですがオイルが流出しています。機体下の内部では出火も見られます。シューターはなんらかの理由で開きません。このまま救助に行っても二次災害の恐れがありますよ」
 恭平の威圧的な云い方は、つかの間大人たちの動きを静止させたが、すぐにまた怒鳴り声を浴びせられた。
「そんなことはこっちで判断することだ。きみらのような子供に指図されることではない。とにかく早く避難しろ!」
 見た目は確かに子供だがあまりにも頭ごなしな云い方だ。
 晃実は恭平の小さな憤りを感じ、その腕に手を添えてなだめた。
「今はもう状況判断をしている暇はないんですよ! 僕たちに五分間だけ時間をください」
「だが――!」
「多数の死者を出していいんですか!」
 さらに威圧した口調で恭平が判断を強要した。
 返事を待たずして、晃実と恭平は顔を見合わせてうなずく。互いに準備万端であることを確認した。
「とにかく、信用してください。五分間だけですから」
 恭平は云い放つと、大人たちに向かってかすかに笑い、余裕を見せた。

 晃実と恭平は向きを変えて飛行機のほうへ歩いていく。
漏電(ろうでん)で火災が広がる恐れがあるから、まず僕は電気系統を完全にストップさせる。晃実は燃料の処理を。客席に煙が入るとまずいから急いで。パニックになるまえに」
「わかった。じゃ、行きます!」
 その言葉と同時に、二人はそれぞれの場所へと転移した。

 その背後では驚愕(きょうがく)のどよめきが広がる。
 少年と少女が目の前から忽然(こつぜん)と姿を消したのだから、当然の反応といえる。
「あれは……?!」
「部長……私は幻を見たんでしょうか」
「早く救出を……!」
 各々に次々と声が発せられる。
「待ちなさい」
 部長と呼ばれた人物は、救出に急ごうとする隊員たちを静かに制した。
「五分だけだ。責任は私が持つ」
 静かだが、断固とした意思があった。
「しかし、あんな子供たちの云うことを――」
「とにかく! 五分だ。我々の見た幻を信じてみよう」

 一カ月ほど前だ。奇跡と称せられたあの列車事故があったのは。
『神の出現』とまで云われたその事故のことは、仲間内から詳細が伝わってきていた。
 信じ難いことではあったが、今はそれを抵抗なく信じられる。

 部長の脳裡(のうり)をよぎったのは、まさしく晃実と恭平が関わった事故だ。

 晃実は漏れたオイルを燃料タンクに戻した。
 オイルに手を触れると、晃実の意思でもって令されるままにそれはタンクの中に収まっていく。さながら、ビデオの巻き戻し状態だ。片づくと、タンクの破れた部分を再生力で修復にかかった。中のオイルが揺らめき(よど)んでいる。
「よしっ……と、今度はタンクを移動させなきゃね」
 晃実は機体との接続部分を破壊して、タンクごと転移する。
 出火しているからには、いつ引火するとも限らない。
 とりあえず、救助隊のすぐ後ろに移したが、これだけの重量があるとけっこう大変だった。
 人々の驚く声を背にもとの場所へ戻り、次を運びだす。

 一方で恭平は、コックピットの強化ガラスの部分から転移で入りこんだ。
 衝突のショックが予想外に大きかったのか、パイロットたちはまえのめりになったまま気絶している。
 恭平は彼らを揺さぶって無理やり覚醒(かくせい)させた。
 思いだした状況と恭平の存在がもたらした彼らの驚きにかまうことなく、素早く状況を説明し、電気系統の遮断と乗客への説明を依頼した。
 茫然としていた機長は恭平の状況説明で我に返り、副操縦士に指示を与えて客室へと向かう。

 それを見届け、恭平は晃実のところへ転移した。
 晃実は最後のタンクを運びだすところだった。
「大丈夫か」
「大丈夫。そっちは……って()くまでもないよね」
「そういうこと」
 二人は一緒に運びだした。
「きみたち――」
 そこへ部長の声がかかったが、それをさえぎって恭平は云い入れる。
「客席に煙が入ってきています。それを防ぐには出火場所を突き破るしかない」
「そんなことをやったらバックドラフトの可能性が――」
「わかってます。僕たちのことは心配無用ですから。治まったらすぐ消火活動に入ってください。一分後に!」
「わかった。あとは任せてくれ」
 部長は力強く応じた。
 恭平もうなずき返すと、歩きながら今度は晃実に指示する。
「晃実は脱出口を開けてくれ」
「ラジャ。手順は承知」
 恭平の声は相変わらず心配そうである。
 確かに再生力は最も神経を使う異能力だ。が――。
「大丈夫。これくらいでへばってたらどうするの。恭平こそ、火傷(やけど)しないようにねっ」
「当然だよ。そんなヘマやって、このきれいな顔を傷つけるのはごめんだな」
 プッ。
 恭平らしい答えに、晃実は思わず吹きだす。
「それじゃあ、一分後にね」

 晃実はまずコックピットに顔を出した。
「失礼します。えっと、機長さんは?」
 また別の人物がいきなり現れたことに動揺しつつも、年上であろう男の人が立ちあがり、
「私だ」
と答えた。
「重傷の方はいらっしゃいますか」
「大方は軽傷者だが、一人重傷者が。今、乗り合わせたドクターに手当てをしていただいている」

 機長に案内してもらった患者の傍らに中年の男性医師が付き添っていた。
「止血しかできないが、命には別状ないだろう。ただ、足は……」
 負傷者は気絶しているのか身動(みじろ)ぎ一つしない。足を見るとなるほど、左(もも)の部分が圧縮されたように押し潰されている。
「ちょうど建物と衝突したところの座席の方で、機体の潰れた部分に挟まれたんだ」
 医者の説明を聞きながら晃実はその人の足もとにかがみ、傷に手をかざした。全神経を集中し、死にかけている骨と皮膚の細胞に再生する力を急速に与え、その足をもとの形へと治していく。
 医者と、その周囲で見守っていた人の顔は、心配から驚愕の表情へと変化した。
「これで大丈夫。切断しなくてすむ」

 晃実が云い終わってすぐ、ドーンという音とともに機体に激しい揺れが生じる。
 やがて放水が始まったことを小さな窓から確認すると、脱出口に手を当ててそこを開放した。一気にシューターが伸びる。
 もう一カ所は機内に転移してきた恭平の手で同じようになされた。

「終わったね。熱くなかった?」
「シールドを張ってはいたけど、さすがに熱は防げないな。炎は防げてもな」
「実戦となると神経使うから、練習してるときより疲れちゃう」
 恭平は笑った。
「僕らは不死身じゃないよ。それよりあの重傷者、短時間にしてよくやったじゃないか。あの人はすぐ歩けるよ」
 恭平のほめ言葉に晃実はうれしそうに笑う。
「目的は果たせたかな?」
「あれだけの人の前に出たんだ。大丈夫だろう」
 しばらく救助活動を眺めた。
 そこで視線の先に、救援隊部長と機体から避難した機長の姿を認める。
 晃実は丁寧に頭を下げ、恭平は軽く一礼をして、その場から消え去った。

 大人たちは二人が消えた後も、その場所から目が放せなかった。
「あの子たちは神の子か?」
「たぶん……状況を考えても、この程度の惨事ですんだのは奇跡としか云いようがない」
「この目で見た私でさえ夢じゃないかと思っているんだ。話して信じてもらえるだろうか……」
 機長は不安げに内心そのままを口にした。
 これから事情聴取を受けなくてはならないのだ。この数分の間に起こった事実をそのまま報告すれば、精神異常だと判定されかねない。
 対して部長は、太鼓判を押すように答えた。

「大丈夫。あの子たちの出現は二度目ですからね」

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