Xの記憶〜涙の見る夢〜

第1章 契機  3.それぞれの思惟

 なんだ?

 少年と呼ぶには抵抗を覚えるほど、十九歳という年齢よりも遥かに大人びている眼差しで神経を研ぎすまし、彼はテレビの臨時ニュースに見入った。
 今日もいつもと変わらず、大学の講義を受けたあと、父親の会社に顔を出した。父親の意向で、大学に通う傍ら、補佐として会社の経営にかかわっている。
 書類を預かって一人住まいのマンションに帰り、習慣的にテレビをつけたとたんのニュースだった。
 普段なら聞き流すはずが、直観的に脳が反応した。

 リポーターの興奮した意味不明の言葉の羅列。事故直後の空からの映像とその一時間後の映像。
 やらせではないかと思わせる内容だ。
 しかしそう考えるには、どこの局も似たり寄ったりの報道である。

 奇跡、救世主、神、少年と少女。
 繰り返される言葉も変わることがない。

 神――だと? そんなものがこの世に存在するものか。

 テレビは信じられない現実を限りなく伝え続けている。
 彼は険しい顔つきになって考えた。
 ありえる現実は一つしか思い浮かばない。

 まさかあの人がこんなくだらないことをするはずがない。
 奇跡と呼ばれる事態が現実にあったことならば、やはり――。


   * * * *


 世界を股に掛ける大企業の当主も、時を同じくしてテレビに見入る。

 当主であるがゆえに身についた何事にも動じないといった姿勢は、独りでいるときにも崩れることはない。

 これは……あの……仕業(しわざ)か? だとすれば、今頃になって何をするというのだ。我々への挑戦か。

 ふっ。まさかな。
 テレビで報道されたとおり、おそらくは二人。その二人で何ができるというのだ。
 いずれにしろ、向こうから出向いてくれたということだ。
 今度こそ、手に入れる。

 当主はわずかに顔を(ゆが)め、嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。
 ただの過剰報道でなければ、また同じことが起きる。しばらく静観だ。


   * * * *


 子供たちはついに事を始めたのだな。
 今の時点でテレビの報道を唯一正しく理解できた人物は、哀傷の気持ちを禁じえなかった。

 友よ、私は子供たちを止めることができなかった。これから、否応ない苦戦が待ち受けているだろう。どうか……どうか、子供たちを見守り、間違った道だけは進まぬよう、助けてやってはくれまいか――。


   * * * *


 次の日の新聞はその事故の話題が一面を占めていた。
 様々の分野で専門家と称する者たちの談話も掲載されているが、当の本人たちからしてみれば、陳腐(ちんぷ)なものでしかない。

「おっかしーの」
 そう云いつつも、晃実の表情から笑みというものは露ほども(のぞ)けない。

 人間は超常現象や神の存在を好き好んで話題にするが、いざそれが現実となって目の前にあると、あらゆる手段を使い論理的に、且つ現実的に解明しようとする。
 それが繰り返されることによって信じられない現実は、それを望んだ人々によるただの幻想にすり替えられてしまう。
 だからこそ、現実だと云わせるためにこういう状況を作りだす必要があった。
 そしてまたもう一つの最大の目的のために。
 一度では足りない。

「ブレス、おいで」
 晃実は猫専用の小さなドアから入ってきたシャム猫のブレスを抱き取った。
「ブレスは毎日楽しい? 何にも左右されなくて……普通とか自由とかラクなのかな」
 晃実は返ってくるはずのない答えをブレスに求めた。

 それはここにいない、記憶に薄っすらと存在する人間に対する問いかけでもあった。

 その子は自由なのか。つらくはないのか。
 果たして、生きて、いるのか。

 異能力者としての(つちか)ってきた晃実の確かな記憶の中で唯一の曖昧(あいまい)な『その子』は、存在は感じるのに、いつまでたっても形が明確になることはなかった。

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