NEXTBACKDOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜

第4章 スキャンダルキス

3.Xmasのヒーロー   #2

 まもなく『会議室6』というプレートの貼られたドアまで来た。
 一成は軽くノックすると返事も待たずにドアを開ける。そこは長テーブルが連なっていて、二十人くらい収容できそうな部屋だった。無人ではなく、真ん中辺りに並んで座っていた二人が立ちあがって会釈をした。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。新エネルギーの共同開発の交渉はどうだ、進んでいるか」
 一成の前でも余裕たっぷりな様子は変わらず、ふたり――吉川紘斗と織志維哲はそろってかすかに笑みを浮かべた。
「難航してますね」
 紘斗が答えた。言葉と裏腹に、見通しは立っているかのような気配だ。一成もそう感じたらしく、うなずいただけでそれ以上は追及しなかった。

「紘斗さん、維哲さん、面倒なことに巻きこんですみません」
 一成が彼らの横に行って座る間に、健朗は再び謝った。結礼も一礼というよりも深く頭を下げた。
 義理とはいえ身内である紘斗はもとより、維哲はにやにやとした顔で、巻きこまれたという無理やり感は見えない。
 それでも結礼は恐縮するばかりだ。一成を駆りだすことについては、結礼の身の危険に関することであり、なお且ついくら健朗の意向とはいえ、両親も困惑しきりだった。貴刀家と夏生家は――いや、夏生家はかつてない微妙な立場に戸惑っている。

「むしろ、協力できるのに声がかからなかったというほうがさみしいだろう。早く決着はつけたほうがいい」
「いろんな意味でな」
 紘斗を次いだ維哲は、やはり揶揄した何かを云い含んでいる。
「維哲さん、よけいなことはノーコメントでお願いしますよ」
 やんわりと健朗は釘を刺し、それで維哲が懲りるわけでもなく。
「お手並み拝見といこうか」
 煽るようなセリフを健朗に向けたあと、「客の到着だ。さっき連絡が入った」と維哲はドアの近くに立った。
「座ってください」
 健朗は一成の横に結礼を座らせ、自分はその隣の椅子を引いて座った。さらに健朗の横に常和が腰を下ろした。

 程なくノック音が室内に響き、維哲が「どうぞ」と応えるとドアが開かれた。
 貴刀の社員証を胸にぶら下げた女性が中に入り、そのままドアを支えて待機した。
 そこから、さと美が所属する芸能プロダクション、パルフェプロモーションの嶋社長、さと美、そしてマネージャーと順に現れた。維哲が向かいの椅子を示す。一同が立って簡単な挨拶を交わし、それから着席した。
 嶋は社長らしく落ち着き払っているが、小坂と名乗ったマネージャーはどことなくそわそわとした様子が見える。当のさと美は、不機嫌そうでも悪びれているわけでもなく、テレビの中のように好感度アップに努めている感じだ。
 ただし、結礼が目を向けると、口もとに浮かぶ微笑とは相容れない、じっとりと纏わりつくような視線に遭った。

「貴刀社長、ご無沙汰しております」
 嶋が口火を切った。
 社長同士、知り合いだったらしく、どうりで一成だけ名刺交換をしなかったはずだと結礼は納得する。
「ご活躍のようで何よりだ。女性タレントの宝庫という明確にコンセプトを打ち出して、成功したと窺ってますよ」
「恐れ入ります」
 嶋は神妙な面持ちで応じた。
 そこへ、おれの出番だと云わんばかりに健朗がわずかに身を乗りだした。
「ただ、残念なことに、品位を疑うようなタレントがいらっしゃるようです」
 健朗の言葉を受けて慌てたのは小坂だ。ガタガタと椅子の音を立てながら、素早く立ちあがると深々と頭を下げた。
「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありません!」
 意外なのか、当然なのか、あっさりと謝罪の言葉を口にした。土下座でもするような勢いだ。
「僕は事を荒立てるつもりはありませんよ、このまま何もなければ」
 重要なのはここだ、と云わんばかりに健朗は付け加えた。座ってください、と声をかけられ、小坂は再度、深く礼をして椅子に座った。

「嶋社長、事情をじかに見ていただきたくてお呼び立てしました」
「不徳の致すところです。だれであろうと、人として道に外れた行為を許すつもりはありません。改めさせるためにもぜひ提示していただきたい」
「では」
 健朗はトートバッグの中から箱を取りだした。ふたを開けると差しだすようにして中身を見せた。嶋と小坂が覗きこむなか、さと美は割れた陶器を見て、一瞬だったがかすかに眉間にしわを寄せた。
「これは、先日のFATEのライヴでこの夏生が買ったものです。会場で永倉さんにより器物損壊の行為がなされました」
 健朗はわざと罪名を口にした。
「違うわ。彼女に手渡そうとして滑ったのよ」
 さと美は白を切るかと思いきや、結礼のせいにはしなかったものの、故意ではなく過失であることをを主張した。この場では、それもまた白々しく聞こえる。

「人のものを取りあげてわざわざ箱から中身を取りだし、挙句の果て箱にも入れずに戻すなど、普通にあることですか?」
「そんなこと……」
「失礼します」
 さと美が否定しかけたのをさえぎったのは意図してのことか、常和が資料を差しだした。
「割れたグラスから指紋採取をしました。その結果、所有者の夏生さま以外の指紋が見つかっています。永倉さま、違うとおっしゃるのなら指紋採取にご協力いただけませんか。それで身の潔白を証明できるのではないでしょうか?」
「そんなもの、する必要ないわ」
「ご自分のなさったことをお認めになりますか」
「念のため云っておけば、このマグカップは僕がデザインしたもので、そのときのライヴではじめて販売され、ほかではまだ手に入らないものです。レシートはあります。指紋採取は翌日に行いました。ライヴに招待した憶えはありませんし、ご自分でチケットを取り会場にいたのなら別ですが、そうでないなら会場で何をしていたんですか」
 常和に続いて健朗が駄目押しをする。

 嶋のしかめ面と、小坂の蒼白な顔に目を向けることなく、さと美は黙りこんだ。この期に及んで、まだ足掻くのだろうか。
「では……さらにご提示させていただければ、被害に遭っているのは貴刀家だけではありません」
 常和は別の資料を差しだした。よく見れば、ゴシップ週刊誌の記事のようなレイアウトだ。
「これはある記者から入手したものです。電話や待ち伏せでのモラルハラスメント、相手の男性にわざと痕跡を残すなど、多くの女性や男性が被害に遭っています。男性側からの証言もあるようですね。そちらの出方次第で揉み消すことも可能ですが」
 沈黙に満ちたあと、嶋の口から大きくため息が漏れた。
「す、すみません、社長! わたしのフォロー不足です。更生しますのでっどうかチャンスをお願いします」
「小坂、謝るところが違うだろう」
 はい、と慌てふためき、小坂は再び立ちあがって健朗に向かい、平謝りした。

「さっき云ったとおりですよ」
 健朗を加勢するべく、紘斗がテーブルに手を置きながら身を乗りだした。
「ひと言ふた言、云わせていただければ、貴刀家として懸念することはもちろん、貴刀グループとしても企業のイメージを壊すような顔は歓迎するところではありません」
 やんわりとではあるが、スポンサーになることはないと紘斗は厳格に通達したのだ。その対象はさと美だけではなく、さと美を野放しにするパルフェプロモーションのタレントを使わないとほのめかしているようでもある。グループという言葉は国内の市場にとって巨大な括りになる。
 常和に続いて紘斗もまた、今回のことを『貴刀家』とひと括りにした。そのことにようやく気づいたのか、さと美の瞳から意地の悪さが消え、結礼と健朗、そして立ち会う面々へと目を転じた。
「引退するのか、芸能界でやっていきたいのか、さと美、どっちなんだ」
 嶋が最後通牒を突きつける。
「やめたくありません」
「それは約束だな」
「はい。すみませんでした」
 さと美はしおらしく、座ったまま頭を下げて謝罪した。演技かもしれないが、やめたくないというのは本音だろう。そうでなければ即座に否定はしないだろうし、謝罪の言葉を口にすることもないだろう。
「当面、男性とは距離を置いておくことだ。小坂、いいな」
「はいっ」
 嶋は貴刀の面々を見渡し、それから一成に目を留めた。
「ご迷惑をおかけしました。大事になるまえに知らせていただいて助かりました」
「嶋社長ならなんのわだかまりもなく、話せば通じると思ってお呼び立てしたところです」
「恐れ入ります。今後もどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 維哲に案内されて三人が出ていくと、一様にため息がこぼれた。

「駆けだしとはいえ、女優とはわからんものだな」
「ですが、女優も人だ、ですませられることとそうできないことがありますよ」
「まあ商品だからな」
「ということは僕も商品ですね」
 一成と紘斗の会話に健朗が口を挟んだ。
「歌を売りにしている以上、そのものではないだろうが商品の一部だろう。それはともかく、おまえは押しても動かない。何を待っているのか知らんが、ぐずぐずしているからこうなる」
 一成は小言を云い、私は戻る、と立ちあがった。
「些細なことでも異変があったらご連絡ください。即刻、動きますから」
 常和もまた立ちあがって声をかけると出ていった。

「健朗、また海外だろう」
「あさって出発です」
 紘斗はうなずくと、結礼に目を向けた。
「結礼ちゃん、健朗がいないときに何かあったら遠慮なくいつでも頼ってくれていい。姫良を通してでもいいから」
「はい、ありがとうございます」
 健朗に続いて立ちあがり、結礼は頭を下げた。
「お礼を云われるにはまだ何もしてないよ。何かあって姫良が泣くのを見たくないっていう、おれのわがままだ。じゃあ」
 紘斗は惚気ることで、結礼が連絡せざるを得ないよう仕向けた。手段を選ばず、それどころか手段を駆使して相手を動かすところは、健朗と似たり寄ったりだと思う。

 会議室はふたりきりになって、健朗のため息がやたらと目立った。
「あの……もう大丈夫ですか?」
「まだ不安だって?」
「そうじゃなくて、健朗さんが、です」
「おれが?」
「わたしより怒ってた気がします。それにまわりくどいことをしてしまうくらい、慎重でした」
 じっと結礼を見つめたあと、健朗はため息まがいに笑った。

「人のことを心配するくらい余裕があるわけだ。おまえは不安がっててちょうどいいのかもな」
 と云いながら、「貴刀グループがスポンサーとして口を出すことで、あの女の仕事はごく限られたものになってしまう。貴刀を敵にまわすとどういうことになるか、少なくとも嶋社長は知っている。順調にきて、ちやほやされる世界を知るとそこから抜けられない奴がいるけど、永倉さと美もその一人だ。今回のことでいい教訓になっただろ。そうならなきゃ自滅するまでだ」と、結礼の不安を完全に取り除いた。

「健朗さまがいれば不安になることはありません。さと美さんのことでは、健朗さまから除け者にされて不安になりましたけど」
「その云い方どうにかしろ。ここがどこだかわかってるだろ」
「……え」
 と、その意味がわかった直後、あっという間に上半身が机の上に倒された。手をそれぞれに取られて机に押しつけられ、起きあがれなくなった。
「健朗さんっ」
「おまえ、おれが商社マンだったらよかったみたいなこと云ってたよな。オフィスでいちゃつくって最初で最後のチャンスかもしれないぞ」
 焦点が合わないくらい健朗の顔が近づいてきた。
「で、でもそれはまずいと思います!」
「おまえ……」
「確かにまずいと思うぞ、お坊ちゃんよぉ」
 健朗の声をさえぎるように第三者の声が響いた。

 健朗はゆっくりと顔を上げ、不機嫌そうに結礼のびっくり眼を見下ろす。それから、表情を公モードに切り替えると、上体を起こすにつれ結礼の躰も引き起こした。
「維哲さん、デリカシーに欠けてませんか」
「冗談だろ。貴刀の名を不名誉から救ってやったんだ。逆に礼を云うべき案件だ」
「よけいなお世話です」
「結礼、このお坊ちゃんのお守りはおまえしか適任者いないみたいだし、放棄するなよ。溜めに溜めこんで爆発ってことになったら周りが迷惑だ」
 維哲は揶揄することを忘れず、出ていった。
「おまえのせいだ」
 と、予測どおりの責任転嫁が結礼に降りかかった。

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