NEXTBACKDOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜

第4章 スキャンダルキス

3.Xmasのヒーロー   #1

 正午をすぎた昼休み、ランチは外でという人が多いのか、結礼と健朗は大方の人と逆行して貴刀ビルの中に入った。
 健朗は受付に向かう。薄らと色のついた眼鏡を下にずらし――
「貴刀健朗ですが」
 と名乗ると、女性はさっと立ちあがって一礼をした。
「はい、承っております。“3”のエレベーターをご利用ください。十一階までスキップします」
「もう一組の客は?」
「まだご到着なさっていません」
「わかりました。ありがとうございます」
 健朗に合わせて結礼は素早くお辞儀をした。その動きに釣られたかのように女性の目が結礼へと向かってくる。その眼差しが語るのは大抵の場合と同様、“どういう関係?”という不審混じりの疑問だろう。

 健朗はめずらしくサラリーマン然としたスーツ姿で、貴刀ビルの雰囲気に合っている。眼鏡をかけて髪を軽く撫でつけ、その辺にいそうな恰好だが、それでも溶けこめずに目立つのは持って生まれた性(さが)か。
 受付を離れると、背中の向こうにかすかなざわめきを感じた。貴刀の御曹司としてか、FATEのギタリストとわかっての反応かはわからない。
 結礼もまたスーツではないけれど、ブラウスにタイトなスカートを着て、初体験の就職活動みたいに緊張している。これから何があるか、無事に乗りきれるか、その心配もある。
 何もなければ、上司と部下というシチュエーションを楽しめそうなのに。結礼は詰まらないことを想像しながら、きょろきょろとしつつ健朗のあとをついていった。

「結礼!」
 声のしたほうを見ると、エレベーターホールの奥から和佳がやってきた。
「和佳、お疲れさま。はい、これ」
 約束していた紙袋を渡すと、和佳は待ちきれない子供みたいに中を覗き、パンフレットだけ取りだした。そこにFATE全員のサインがあるのを認めて、満面の笑みが浮かぶ。和佳は健朗に向かった。
「健朗さん、こんにちは。サイン、ありがとうございます!」

「お礼を云うのはこちらのほうです、今回は」
 健朗はわざわざ『今回は』と付け加え、まずい、と結礼が思ったとおり――
「ですよね。健朗さんが、優柔不断なくせに女性を云いなりにして、やたらと不安にさせるような最低男でなくてよかったです」
 と、ちくりという以上に和佳は云い返した。
 怖々と健朗を盗み見ると、表情はへでもないと入った面持ちだが、気配には明らかに刺を感じる。
「その点、滝沢さんもクリアされているようですね。カレシいない歴二十三年が最長記録になることを願っています」
 まったく子供っぽい発言だ。なぜふたりがこうも対峙してしまうのか、結礼にはまったく理解できない。

 和佳まで刺を纏って、きっと結礼に目を向ける。躰を引きそうになったのをどうにか堪えた。
「結礼、一ついいこと教えてあげる。健朗さんはね、結礼がわたしと仲良くしてるのが気に入らないの。好きな子を苛めるっていう――あー、結礼の場合は束縛だけど、健朗さんはそういう反動形成ぎみ。つまり、ガキっぽい独占欲の塊で、大人になりきれてないんだから」
 和佳は口早にまくし立てた。健朗が結礼に対して毒舌だというのは打ち明けていないけれど、見抜いているような指摘だ。いい気味といった表情で健朗を見やり、結礼には、じゃあね、と快活に手を振って和佳はくるりと背中を向けた。
 ちょうどエレベーターの扉が開き、それに乗った和佳の姿が見えなくなると、なんともいえない沈黙がはびこる。
 昨夜、和佳とここで待ち合わせをするために連絡を取って、そのときに聞かされたのだが、ファンに絡まれた件に関しての健朗の情報源は和佳だった。反りが合わないふたりなのに、そんなふうに連携することもあって、とどのつまり諍いのもとは結礼だ。

「すみません」
 結礼が思いきって沈黙を破ると、じろりと見下ろされた。
「和佳さんにかわって謝ってるつもりですか」
 という云い方をみると、結礼がそうすることもまた気に喰わないらしい。
「そうではなくて、もとはといえばわたしのことが発端ですから」
「まったくです」
 健朗は素っ気なく同意した。気分を切り替えるように深くため息を漏らし、行きますよ、と結礼の背中に手を添えた。

 エレベーターの中は人も少なく、途中、十一階に止まっただけですぐに到着した。一階と違って床は絨毯が敷かれ、品格を問われそうな雰囲気だ。健朗は迷うことなく右に折れる。一定の間隔で並んだドアを見ていくと、それぞれ『会議室』というプレートに番号が振ってあった。
「健朗」
 背後から聞き慣れた声がした。
 結礼はぱっと振り向いて、一成を認めるとお辞儀をした。顔を上げると、一成は貴刀家の顧問弁護士、常和(ときわ)を連れていて、結礼を見て重々しくうなずく。
「ご足労かけてすみません」
 ふたりに追いついて立ち止まった一成は、健朗の言葉に薄く笑って応じ、首を横に振った。

「あまり、歓迎するようなことではないが、夢は叶えてもらった」
「夢?」
 健朗は怪訝そうに問いかけた。
「おまえのそういう姿をここで見たかったからな」
 一成もただの父親だと思う瞬間だ。結礼がほのぼのとしている一方で、健朗は肩をそびやかしてすかした。
「常和さん、お世話をかけました」
「高橋さんからも伺いましたが、何かと癖の悪い方ですね。手段はどうであれ、こちらの姿勢ははっきり伝えておくべきでしょう。エスカレートしないとも限りません」
「さっさと片づけよう。行くぞ」
 一成の号令で四人は目的の部屋に向かった。

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