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|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
第4章 スキャンダルキス
1.腹黒?すっぴんなヒーロー #3
健朗は目を細め、露骨に気に喰わない顔を見せる。
「何してんだ」
聞いたことがないくらい、ひんやりした口調だ。
「健朗さまを待ってました」
「おれがいなくなったらすぐにかわりの男を見つけられる。そういう奴に付き合ってられるほど暇じゃない」
なんのことだか、結礼は離れた場所からきょとんと健朗を見つめた。逆に結礼を見つめる健朗は口を歪めて嗤う。
「無邪気だったのは五年前までで、いつまでもそのまんまだと思ってたおれがバカなのか?」
「健朗さま……」
「そうやっておれを誑(たぶら)かす。チケットはやる。おまえの隣に立つアイツと、ステージに立つおれと、どっちを選ぶか。おまえ、選択を間違えたら磔刑にしてやる」
健朗が何を云っているのか、結礼はやっと理解した。
「誤解です!」
叫んだ声は驚くほど十五階のフロアに響いた。
結礼は首をすくめ、健朗が残響を消してくれるのを待った。けれど、睨めつけるような眼差しを結礼に置いたまま、健朗はしばらく口を噤んだ。
「こっち来い」
やがて、何を結論づけたのか、健朗が命令を下す。
踏みだせないでいると、「結礼」と絶対の号令がかかった。
近づいていき、手を伸ばせば届く範囲まで近寄ったとたん、健朗が一歩を踏みだした。長身を折って結礼のくちびるに咬みつく。ぶつかった勢いで結礼はくちびるを歯で挟んでしまい、痛みに小さく呻いた。
健朗は顔を上げ、その表情を見る間もなくドアを開けて、結礼を中に押しこんだ。
「上がれよ。どのみち下に記者がうろついてるから、おれは送っていけない。帰れないって家に連絡しろ」
健朗はリビングに入り、肩にかけていたトートバッグを無造作に床に置くと、シャワーを浴びる、と云ってTシャツを脱ぎ始めた。その間、結礼は手短に事情を交えて温子宛に帰らない旨のメールを送った。
「健朗さま、蓮くんは和佳と付き合ってるんです。ライヴも三人で見にいきます。勝手に唯子さんに頼みました。健朗さんを見たかったから……でも、本当は会えればって期待してました」
カーゴパンツのジッパーを下げていた健朗の手が止まる。結礼をじろりと見て、それから顔を逸らすようにしながら、健朗はふっとため息とも笑みともつかない吐息を漏らした。
「……どうりで唯子さんの手際がよかったわけだ。おれは自分で自分を振り回してたらしい。結局、おまえのせいだ」
健朗は勝手に誤解した責任を結礼になすりつけると、いきなりバッグを取りあげた。カーゴパンツをはだけたまま結礼に手を伸ばす。
「シャワー浴びるぞ」
健朗は云いながら、ブラウスのボタンを開けていく。結礼はわずかに目を見開いて健朗を見上げた。
「健朗さま……」
「その気充分だな」
同じ口を歪めた笑い方でも、廊下で見せた、突っぱねた笑い方とはまったく違う。
健朗の手が肩から滑らすようにブラウスを落とした。
すると、いきなり音楽が紛れこんで、結礼はびくっとした。健朗のスマホから流れだす音はただの着信音ではなく、発信者がだれを示すか知っている。
「黙って聞けよ」
健朗は床に置いたバッグからスマホを取りだし、操作して耳に当てることなく話しだした。
「健朗です」
『さと美よ。何回電話しても出ないし連絡もないけど』
かすかに機嫌を損ねたような声がスマホから流れた。
「知ってのとおりライヴでしたから。ロンドンでも日本でも、リハだったり打ち合わせだったり、時間を取られるのは変わりませんよ。察してくれるでしょう?」
『そうね。でも、今日のインタビュー、どういうことなの? わたしは振った憶えなんてない』
「振られるよりも振ったというほうが、さと美さんの立場を守れると思ってのことですよ」
『わたしの立場って何? わたしは終わらせる気はないのに、どうしてなの?』
さっきまで高飛車にも聞こえる口調だったが、いまは傷ついたような不憫さが見える。けれど、健朗は同情する様子もなく、嘲るようにくちびるを歪めている。
「終わらせると云われても、僕としては始まったことがないので応えようがありません。強いて云えば、これまで僕がやってきたことは、僕のためでもあなたのためでもありませんよ」
健朗が穏やかにしながらきっぱりと云いきると、さと美は沈黙した。それが不気味に思えるのは気のせいだろうか。結礼は息を呑んで健朗を見つめた。健朗は穏やかな声とは裏腹に、注意深くしながら顔を険しくしている。
『わたしは結礼さんに負けたの?』
「結礼と同じ土俵に立てるのは結礼だけです。あなたに適うのもあなただけだ。警告しておきます。おかしなことをしたら、あなたもおかしなことになる。同じ業界人だから、人気があればあるほどどんな痛手を負うことになるかわかるでしょう。ではごきげんよう」
健朗はさと美の応えを待たずに通話を絶った。
スマホをソファに放ると、健朗は何事もなかったように結礼のスカートを脱がせにかかる。抵抗する気はなくて、そのまま裸に剥かれた。そうして、健朗も自分の服を脱いでしまう。
脱ぎ捨てた服はそのまま放って、健朗は結礼の手を引いてバスルームへと連れていった。
コックをひねり、水の温度が上がるのを待って、健朗は結礼ごとシャワーの下に入る。
「健朗さま、さっきのは……」
「おれは、言葉どおり、好きでさと美に付き合ってたわけじゃない。あの女にとって男は戦利品だ。おれはほかの男のようにバカじゃない」
目を瞬きながら見上げると、きれいな顔に張りついた髪からは雫が垂れていて――
「それを疑うとかなんだ。主に自分がバカに思わせるとか、専属メイドとして失格だ」
と、湯が入らないよう目を細めた健朗は睨むようにして吐いた。
「健朗さまが云ってくれないからです!」
潔白を証明しようと意気込んでしまうと、反抗的に見えたらしく健朗は首をひねって脅しをかける。
「上等だ。云ったとして、おまえにおれの考えに合わせられるような演技力があるのか。さっきのさと美みたいな憐れな云い方ができるのか? さと美はFATEの飲み会に何回か参加してたし、おまえの存在を聞いて知っていた。だから、おまえを捨てて、自分のものになったと思わせなきゃならなかったんだ。黙って手を引かせるために。あの女は手に入れるだけじゃない、優越感を得たがる。ほんとにおれから捨てられたって思ってないと、おまえ、ふりなんてできないだろ」
そのとおりだ。逆に下手な言動をして、健朗の計画を台無しにしたかもしれない。
健朗は「それなのに、だ」と箔を付けて顔をぐっと近づけてきた。
「自立したいって云ったな。おれからそうしたいってことだろ。どういうことだ」
「自立したいって云ってません。自立しなくちゃいけないって云いました」
また逆らって正してみると、予想外にも健朗は声を出して笑った。
「いい傾向だ」
そう云われると結礼はよけいなことまで訊きたくなる。
「健朗さま、お見合いの話はどうなったんですか」
気づいたときは口にしていた。
「そんな気はない」
「でも健朗さま……」
云いかけると、健朗は結礼の口をふさぐかわりに躰を密着させた。おなかにはっきりと健朗の慾を感じた。
「おまえ、よっぽどやられたいみたいだ。何度めだ」
「ち、違います」
「へえ、違うって?」
顔をおろし、耳もとで囁かれるとぞくっとして躰が芯からふるえた。
抱きしめられたい。それは本能みたいな欲求で止められない。
「……違いません」
健朗は腰を密着させたまま、胸をわずかに反らして結礼を見下ろした。
「落ち着くまで待ってろ。いいな」
「はい」
何を待つよう云われているのか、はっきり定められないまま結礼は本能的にうなずいた。
「けど、抱くのは待たない」
その言葉どおりにベッドに連れていくのは後回しにして、健朗はシャワーの下、結礼を襲った。
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