NEXTBACKDOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜

第4章 スキャンダルキス

1.腹黒?すっぴんなヒーロー   #2

 いま離れ離れで、健朗が結礼のためにそうしているとしたら。
 そのかわりにどうなっているかといえば、さと美が健朗の傍にいる。健朗が云う“振られた”以上、傍にいた、と過去形でいいのだろうか。
 それはともかく、さと美といることが結礼のため?
 そこにどんな意図があるのかはわからないけれど、だったら、信用してない、と健朗が結礼をなじるのも当然だ。さと美との関係を勘繰って疑った。

 毒舌であってもうっとうしいと云っても、健朗は服を脱ぐのと同時に自分をいちばん無防備にして、結礼をきつく抱く。結礼にとってヒーローである以上にそうやって抱きしめてくれるから、成就しない恋だとわかっていてもうれしくて幸せでいられた。
 そんな気持ちが五年以上も続くということ。結礼に対しての気持ちとか接し方とか、健朗は少しも変わっていないということの裏返しだ。
 おまえはおれのものだ。そんなふうにずっと自分の一部だと思われているとしたら、これ以上に望むことは贅沢な気もする。
 和佳にそう云えば、人が良すぎると批難ごうごうかもしれないけれど、当の結礼がいいのだからそれでいい。
 またすぐに一成が結婚だと云いだしたら、相手がさと美ではないだけで、同じように迷走するかもしれない。そのときに自分はどうするのか、一向に答えは見つからないけれど。

 いまだったら――結礼は、そんな勢いだけで健朗のマンションまで来てしまった。

 エントランス前でいったん立ち止まり、歩道からマンションを見上げる。十五階まで数えきれないうちに、部屋を探すのはあきらめた。まだ夜の十時をすぎたばかりで、ロックフェスは一時間前に終わったばかりだ。どのみち、健朗が帰っているはずはない。鍵は預かったまま持っているけれど、勝手に入ることは憚れる。
「結礼ちゃん」
 迷っているとふと名を呼ばれて、結礼は驚きながら声のしたほうを向いた。
「あ――」
 高橋さん! と叫びかけた結礼は、高橋州登(たかはししゅうと)のしぐさを見て口を噤んだ。高橋はシッと人差し指を口もとに立てている。
「インタビューを装うから、おれのことは見知らぬ記者って感じで対応すること。いい?」
 結礼は訳がわからないままうなずいた。

 高橋は政財界を専門とした記者だが、FATEに限っては芸能界にも首を突っこむ。いい意味で、FATEの専属の記者と云っていい。FATE結成の立役者は、いまは亡きソングアーティストのユーマだ。その神瀬祐真(かんぜゆうま)の叔父に当たる人で、何があったかは知らないが少し迷惑そうな高弥を差し置いて、高弥の親友だと豪語している。大なり小なりFATEが何かしら叩かれるようなことがあれば、高橋は記事を書いて擁護してきた。
 その高橋がここで何をしているのだろう。しかも、他人のふりをするなど意味不明だ。

「結礼ちゃん、健朗の記事は知ってるだろ」
「はい」
「この辺、健朗を待っていま何人か記者がうろついてる」
「え……」
「結礼ちゃん、だから振り向いちゃだめだって」
 高橋は可笑しそうに結礼を制した。
「あ、すみません」
「とりあえず、ここの住人のふりをしてマンションに入ること。いいね」
「はい」
 結礼がうなずくと、高橋も合わせてうなずいた。

「健朗は振られちゃいないよ。むしろ逆だ」
「そう……なんですか」
 意外ではない。和佳や蓮もそう感じていた。
「その様子じゃ、そこはわかってるみたいだな。けど、肝心のところは見てないだろ。ていうか健朗の奴、過保護すぎだ。女も強いしバカじゃないってことを見せてやったほうがいい」
「……なんのことですか」
「あの記事を書いたのはおれだよ。永倉さと美に突撃取材したらぽろぽろ喋ってくれた。まあ、FATE擁護派のおれだったからかもしれないけど、彼女はまるで喰いついたら放さないスッポンかピラニアってとこだな。やっと尻尾をつかんだからね、記事にしたってわけだ。あとは健朗に訊いて。最近イライラしてるみたいだし、これ以上でしゃばると侵犯の刑を下されそうだ」
 高橋はおもしろがって云い、じゃあマンションに入って、と結礼に軽く頭を下げて立ち去った。

 結礼はつかの間その背中を追い、それから高橋に云われたことを思いだして、マンションに入った。
 エントランスホールで待てば、出入りする人から不審がられる。とりあえず、十五階まで行った。黙って中に入るのはやっぱりためらう。さきにメッセージを送っておけば、結礼がいても驚かないだろうが、怒らせたままだから反応が怖い気もする。
 結礼は辺りを見回して、ふとあの日、追いやられた場所を思いついた。健朗の部屋とエレベーターを結ぶ動線上、死角になるだけで、反対側の部屋の住人からは丸見えになるが、もう十時をすぎている。人とばったりという確率はたかが知れている。
 結礼はとりあえずそこで待つことにした。ライヴが終わったのは九時で、それから打ち上げのようなことをするかもしれず、いつ帰ってくるのかは見当もつかない。たとえ日付は明日になろうが、今日は待っていたい。

 じっとしていても汗ばむほど暑いなか、そんな体感よりも、健朗と会って何を云うべきなのか少しも纏まらない不安感のほうが遥かに大きい。
 エレベーターが動くたびに、心臓が破裂しそうなほどびくついてしまう。それが何回めだろう、十五階を通りすぎることなくエレベーターは止まり、そして扉が開いた。
 足音がしておそるおそる覗く。それが背中でも、結礼が間違うことはない。ちょっとだけ足がすくんだが、健朗がドアの前にたどり着いた瞬間、一歩を踏みだしていた。

「健朗さま!」

 呼びとめるのとどちらが早かったのかというくらい、気づいたら健朗の目に捉えられていた。

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