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|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
第3章 想い想われ不離ふられ
2.都合のいいメイド #2
健朗の部屋を出てエレベーターに乗ると、行きもそうだったが帰りもさと美とふたりきりという状況が気詰まりでしかたない。
結礼は無口ではないけれど、だれとでも話が弾むほど機知には富んでいない。
「ヘアピン、どこにあった?」
沈黙を破ったさと美の質問は、よほど鈍感ではないかぎり意図が見え見えのあからさまなアピールだ。それなら、結礼のことをただのメイドだと思っていないという裏返しなのか。
どうしよう。
ひょっとしなくても、さと美はわざとヘアピンをベッドルームに落としていったのかもしれなかった。
結礼はつかの間、迷ってしまい、応えるのに躊躇した。それだけで動揺していることは見透かされているだろう。
さと美は催促するように首をかしげた。
「ベッドルームの床に落ちてました。……お掃除ロボットが吸いこんでしまうまえに気づいてよかったです」
嘘を云えば不要な憶測を招く。結礼は平静を装いながら慎重に応えた。
さと美はおどけた面持ちで首をすくめたが、そのしぐさはわざとらしく感じた。
「内緒にしてね。健朗のベッドルームになんてバレたらスキャンダルだわ」
本当にばれたら困ると思っているのか。そんな自分の意地の悪い考えが、ため息をつきそうなほど嘆かわしくて結礼は気落ちした。
「……わたししか知らないことです。スキャンダルになったらわたしのせいだってすぐにわかります。それでなくてもだれにも喋りません」
「健朗の家政婦だから? 忠実よね」
「……人から見たらヘンかもしれません。よく云われます。ただ、健朗さんは……貴刀家のみなさんは絶対の人です」
結礼が云いきると、さと美はわずかに目を見開いた。驚いているのではなく、注意深く観察するような眼差しに思えた。
さと美が口を開きかけたとき、エレベーターが一階に到着して扉が開く。身構えていた結礼は話が中断されてほっとしたけれど、さと美はそれで終わらせないだろう。
「結礼さん」
案の定、エレベーターを降りてエントランスを通り抜けようとすると、さと美が引き止めるように結礼を呼んだ。彼女が足を止めるのに合わせて結礼も立ち止まる。
「はい」
「健朗と結婚したら、わたしにも忠実になってくれる?」
そんな問いかけにすぐに応えられるほど、冷静沈着な大人にはなりきれていない。健朗、結婚、さと美、その三つのキーワードが脳裡をぐるぐる回っているだけで、思考力は機能を果たしていない。
考えたことがないわけではない。それどころか、一成が勧めたお見合いを断ったのはさと美のためかもしれないと思ったし、だから健朗がさと美と結婚することも想像した。
そのとき自分はどうするのか、確かな結論は出ていない。
「それは……健朗さんが結婚されても家政婦としてわたしが必要なのかはわかりません。貴刀家に戻られると思いますから、そうなったらわたしの家族もいます。……わたしがそうできる状況にあるのかも、そのときにならないとわかりません。外で仕事をしているかもしれないし……わたしも結婚するかもしれません」
云いながら、結礼はあり得ないことを思いついて付け加えた。自分の本心はつまり、さと美に仕えたくなどないのだ。さと美に限らず、健朗と結婚するのがだれだってそうだ。
「そうよね。未来の旦那さまは奥さんがほかの男に尽くすなんて嫌よね」
さと美はにっこりと笑い、納得したようにうなずいた。
結礼には健朗というヒーローがいて、自分が結婚するなど考えられない。だからそこまで考えて云ったわけではなかったが、いまはさと美からそれ以上に踏みこまれなければいい。
ただ、結礼は踏みこみたいことがある。けれど、確かになるのは怖い。
「さと美さんは人気ありますよね。芸能界の人って結婚よりも仕事って感じだと勝手に思ってました」
結礼は云ってしまってから、結婚を引き止めようとしていると思われないか焦ったが、発してしまった以上、取り消しはきかない。
「わたしはそんなことないかな。そうだとしても、“この人”って人に会ったら考えが変わってもいいと思うけど。わたしにとっては健朗がその人。逆に、健朗じゃダメだって人を探すほうが難しくない? イケメンで、ギタリストとしての才能もあって、女性をまるでプリンセスみたいにエスコートしてくれるし、貴刀っていう名誉と地位まで付いてくるんだから」
さと美本人がそう云うのだから、彼女が本気であることは疑いようがなかった。
「そうですね」
「でも、誤解しないで。わたしは貴刀家よりも、わたしを好きって云う健朗が好きなの。忙しいのに都合をつけてなるべく会おうとしてくれるし、会えないってわかってるのに会いたいからってわざわざ仕事場に迎えにきて家に送ってくれるの。わたしが健朗を好きじゃなかったらストーカー行為だよ。でも好きだから。結礼さん、応援してくれるよね?」
さと美は恥ずかしげもなく赤裸々に好きと口にして、つぶさに結礼を見つめる。
「はい」
そう返事するしかない。
「ありがとう。じゃあまたね!」
結礼を引き止めたくせにその結礼を残して、さと美はさっさとエントランスを出ていった。歩道の向こうにタクシーが止まっていて、さと美は開いたドアから乗りこむと、こっちを向いて手を振る。結礼が振り返す間もなくタクシーは走り去り、それからしばらく、そこに根が生えたように立ち尽くしていた。
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