NEXTBACKDOOR|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜

第2章 メイド in confusion

3.迷走チュウ   #4

    *

 金曜日のプチ同窓会は、就職した人の都合を優先して必然的にオフィス街に近い居酒屋で開かれた。
 貴刀ビルのわりと近くだとはわかっていたが、行ってみると、それよりももっとミザロヂーが近くにあった。ミザロヂーにはよく行くが、地下鉄の最寄りの駅は貴刀ビルの方向にある。ミザロヂーを軸にすれば、今日、集まった居酒屋は駅よりも少し遠く、貴刀ビルとは反対方向にあった。
 健朗は今日、結礼が用意した昼食を食べたのち、予定どおりに打ち合わせに出かけた。そのあとの夕食はミザロヂーだろうか。結礼はそんなことを思いながら店の前を通ってきた。あいにくとミザロヂーはプライバシーが守られている。ただでさえ、花を施したおしゃれな磨(す)りガラスが使われているうえに、夜になるとシェードカーテンが半分ほどおろされて、外からは見えないようになっている。

「和佳、貴刀って残業、やっぱり多かったりするの?」
 集まったのは男女合わせて十一人、順番に近況報告していくなか、それが和佳にまわってきた。
 和佳は、健朗をよく思っていないわりに貴刀グループの筆頭である総合商社に就職した。和佳曰く、それとこれとは別、らしい。
「少ないってことはないよ。やってる人は休日返上で出てる人もいる。でも、押しつけられてるって感じでやってる人はあんまりいないかな。平(ひら)からでも伸しあがれるってことを実践してくれてる人がいるから。ね、結礼」
 和佳は出し抜けに結礼に振った。

 つまり、和佳が云う『実践してくれてる人』は姫良の夫、吉川紘斗のことに違いない。
 伸しあがるのに確かに妨げはないのだろうが、結礼がためらわずに肯定するには、このまえ一成が口にしたこと――後継者が欲しいという願望を知っている以上、難しい。
「まあね」
 結礼が曖昧に応じると――
「あ、そっか。夏生の家って貴刀社長の家の執事だったよな」
 と、蓮が思いだしたように口を挟んだ。

 大学で機会工学部に進んだ蓮は、大学院のシステム工学科に進学して人工知能を開発していると自ら紹介をした。いかにも研究職といわんばかりにかけた眼鏡の奥から結礼を見ている。
 無造作に手櫛を通したような短めの髪にちょっと厚めのくちびる、そして二重のくっきりした目を持ち、眼鏡の似合う蓮のイケメンぶりは相変わらずだが客観的な感想にすぎない。結礼の美的感覚を刺激するのは圧倒的に健朗だ。うっとうしいとさえ云われなければ、ずっと眺めているかもしれない。

「うん、そんなもの」
「あ、云っとくけど、わたし、結礼のコネで貴刀に就職できたわけじゃないから。わたしの実力よ」
 だれもそんなことを云っていないのに和佳は正すように主張した。
「それはわたしが保証する」
 結礼は宣誓するように手を上げた。

 貴刀の社員だというプライドに和佳は人一倍こだわっている。その理由の一つは、健朗に対する対抗心だったり意地だったりという意識があるせいだろう。
 和佳によれば結礼は振り回されていて、振り回している張本人、健朗に苦言を呈したことがある。健朗は微笑を浮かべて、二十歳で老婆心とは恐れ入りますね、と表向きやんわりと受け答えながら、暗にお節介だとおちょくったのだ。それ以来、ふたりが会えば天敵のような応酬が繰り返されるという始末だ。ふたりがめったに会うことがないというのは、とりなす役目を担わなければならない結礼にとってはせめてもの救いだ。

「和佳ができる女子だってことはみんな知ってるよ」
 テーブルの隅っこから声があがると、和佳は「ありがと」と否定するのでも謙遜するのでもなく受けとってみんなを笑わせた。
「ホント云うと、わたしはまだ仕事を憶えるのに必死で、単に仕事が遅いっていうだけだから残業するのも申し訳ない感じ。入ったばっかりだけど、向上心あるなら貴刀を勧めていいかもって思う。伸しあがれるってことは競争が激しいってことだけど、それがいい意味で社員のプレッシャーになってる感じするから。最低限の能力はもちろん求められるけど、それ以上は放任主義的。自分次第みたいな」

「ね、貴刀の次期社長だって噂の人、吉川常務だっけ。和佳が云うように貴刀一族とは縁もゆかりもバックもない人だけど、結局は社長の娘婿になったわけでしょ。純粋に実力だって云える?」
「だから、わたしは入社したばかり。そこまで云い張れないよ。常務の立場は、結果的にそうなっただけってわたしは思ってる。ニューヨーク支社にいたとき、アメリカの人脈の幅を広げたのは常務だって聞いてる。常務についてる織志補佐なんて大学時代から見込まれて臨時雇いされてたし、入社したとたん課長だった吉川さんの補佐になったんだよ。女性でも、入社三年で営業部の内勤から社長秘書室に大抜擢された人もいるんだから」

 和佳の発言を受けてあちこちから感嘆の声が聞こえる。そこで、自分は無理だとか後ろ向きのため息ではなく、がんばろうという前向きの空気が広がるのは、さすがに優秀な人材が集まると内外から聞こえる青南学院の出であるせいか。
 結礼はけれど、優秀な人材の枠からあぶれていて、内心でため息をついた。

「夏生も貴刀?」
 次の近況報告は夏生のばんだといったふうに蓮が問いかけた。
「ううん、わたしは家の手伝いやってる」
 結礼の言葉に、さっきはなかったため息がこぼれた。どういう意が込められているのか、考えたら落ちこみそうな気がする。いや、すでに後ろめたいかもしれない。
「貴刀に無条件で就職できるのに、わたしからしたらもったいないなあ」
 予想していた言葉に、結礼は苦笑いで応えるしかない。
「結礼って、家は執事一家でも、一般人というよりはお嬢さまっぽいよね。わたしは中学受験から青南に来たけど、幼稚舎時代から貴刀家と同じ教育を受けさせてもらえるわけでしょ」
「そうそう。それだけでも貴刀一族が寛大だってわかる」
 当の結礼をそっちのけにした会話に、一様にうんうんとうなずいている。

 情けない。そんな言葉が浮かぶ。健朗に命じられた通いメイドも仕事というにはらくすぎるし、かといって貴刀家でやっていることも家事手伝いという程度だ。
 健朗が結婚したら……。
 実際にそうなって、そんな悩みさえも奪われたら自分には何も残らないことに結礼はいまさら気づいた。

NEXTBACKDOOR