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|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
第2章 メイド in confusion
2.悩んでも悩まなくても #1
FATEがメジャーデビューしてから八年がたち、ちょうどデビューの日、十四日に今回の全国ツアーの最終日を迎えた。
八年前は、広大な公園の屋外ステージでデビューを祝うゲリラライヴを開いた。インディーズ時代のコアファンを無料招待して、通りがかりの人たちをも巻きこんで盛りあがった。翌年のサッカーワールドカップを控えてイメージソングに抜擢されたこともあり、FATEは瞬く間に有名になってトップへと駆けのぼった。
デビューして四年め、たまに音楽番組に出演することを除き活動休止をしたが、二年後に完全復活したFATEは、スタンスをポップス寄りからハードに転向した。転向というよりも、デビュー後に事務所の意向でソフト路線を敷かれたのであって、FATEからすると念願だった初志に還ったことになる。
ファンがそれで減ったかといえば、逆にファン層を広げることになって、結果的に事務所の意向もそれはそれでよかったのだろう。
ただ、そうなったことでファンとの距離が広がったという弊害もある。FATEとしては、今回も八年前と変わらない気持ちでゲリラライヴをやる気は満々だったが、いまの知名度と人気では事故を招いてしまう可能性があり、検討するまでもなく却下された。
現に、昨日のドームライヴも追加席まで完売し、アリーナ席に限ればチケットの一般発売をスタートして即完売が出るほどの人気ぶりだった。
結礼は苦労してチケットを手に入れることもなく、ライヴに行くときはいつも特等席といってもいいような場所にいる。
今日は和洋折衷の居酒屋“ミザロヂー”を貸し切り、DEEPBLUEや親しい音楽仲間を招いて、デビュー八周年とライヴツアーの成功を祝うパーティが開かれている。
ミザロヂーは健朗の母親、早苗が経営していて、居酒屋とはいえ普段はお洒落なレストランという雰囲気だ。それが今日はさながらライヴ会場と化している。
演奏は入れ替わり立ち替わり、店内は音と人の話し声やら歓声やらが絶えない。いまはFATEとDEEPBLUEのメンバーが入り混じって演奏中だ。
こんなふうにすぐ近くでFATEを見られる結礼が、健朗に甘えてのうのうとライヴに行くのは間違っているのだろう。
『ねぇ、あなたって関係者席によくいるよね? 奥さんたちと一緒に』
『だれの関係者なの?』
『マネージャーとも親しい感じだし』
昨日のライヴでゲート前に並んでいるとき、いきなり声をかけられた。攻撃的ではなく、ただ確かめたがっているという感じだったが、五、六人という集団で詰め寄られると結礼もおののいてしまう。
そのとき、結礼は二週間前に唯子が云っていたことを思いだした。ファンは薄々結礼の存在に気づいているのだ。
もっとも、二者の間の共通の認識点は結礼が“関係者”であることのみで、ファンが勘繰るカノジョという立場は当てはまらず、その部分の認識はずれている。
どう応じたらいいのか、結礼は健朗と打ち合わせをしていなかったのを悔やんだ。メイドといえば響き的に違うように勘違いされそうで、それなら家政婦と云えばいいだろうか。
そう結論を出しかけた矢先、タイミングがいいのか悪いのか、FATEのドラマー、藍先航(あいさきわたる)の長年のパートナーである実那都(みなと)が、ちょうど結礼を見つけてやってきた。こっちよ、と列から連れだされたのだから、ファンも結礼がFATE自体の関係者だという確信だけはできただろう。
やはり、結礼がライヴに招待されて行くのはずうずうしい気がした。
健朗が順当に貴刀の商社マンだったら、少なくとも対ファンの悩みはなかったのに。そんなどうにもならないことを描いてしまう。悩んでも悩まなくても、健朗が結婚相手を見つけたらジ・エンドという同じ結末しかない。
「何、辛気くさい顔してんだ?」
いきなり健朗の声が傍に聞こえ、結礼は驚いた顔そのままで健朗を振り仰いだ。いまのいままでステージにいたはずが、健朗はいつの間に交代したのか、見ればギタリストは違う人に変わっていた。
「……あの……ちょっと考えてました」
「何を」
「健朗さんが貴刀の後継者ではなくて音楽を選んだ理由です」
「無駄な労力だな。おれが選んだことだ。おまえがいくら考えてもわかるわけないだろ」
にべもない答えが返ってきた。
健朗は結礼の手から、中身の残りが少なくなったグラスを取りあげ、通りがかった給仕に渡す。かわりに新しくカクテルグラスを取って結礼に差しだした。
「ありがとうございます」
結礼に対する健朗の待遇はけっしていいとは云えないが、こういう洗練されたしぐさはさすがだと思ってしまう。ワインやらビールやら、カクテルもいくつか種類があるなかで、結礼が好むジュースっぽいカクテルを選ぶところも、健朗が常に神経を使っている証拠だ。
結礼にだけではなくだれにもそうで、健朗の習性のようなものだろうが気疲れしないかと心配になる。結礼に向けられる毒舌もストレス発散になるなら役に立っているようで、それでもいいと思う。ひどい云い様でも、嫌われているわけではないと、それだけははっきり伝わってくるのだ。
健朗はビールグラスを取ってすぐ口をつけると、一口飲んでから結礼を見下ろした。
「後継者になったほうがよかったのか」
人の目があるから健朗の表情はやわらかく、綺麗な顔立ちと相まってはじめて会う人は思わず立ち止まってしまうかもしれない。福岡で“おかしなマネ”をした日は眼鏡をかけていたから、かろうじて人前でのキスだったりオープンカーだったりしたこと以外では目立つこともなかったけれど。
ただ、いまの云い方はどこか険悪に聞こえた。
「そんな意味じゃありません。わたしが生まれるまえから健朗さんがピアノを習っていたことは知っています。ギターを始めたのは中学生のときでしたよね?」
「ああ」
「小学生のときはサッカーチームに入ってたのにピアノも続けていて……中学からはギターに変わって、健朗さんはどんなに夜遅くても忙しくても弾いてました」
「よく知ってるな」
健朗は可笑しそうに吐息をこぼした。悪魔っぽい笑い方ではなく、いまくちびるに宿るのは完璧な微笑だ。
「毎日、聴いてました。わたしにとっては子守歌みたいなものです」
「子守歌? そう云えるような曲じゃないだろ。母さんからは何度ももっと静かに弾けないのかって文句云われてたけどな」
そのとおり、子守歌になるような曲調ではない。激しいくらいの音を鳴らしていたが、いま思うとそれもイイ子ちゃんを演じる健朗の発散方法だったのだろう。その点、FATEのスタンスは健朗とぴったり合う。
「静かな曲ではありませんでしたけど、うるさい曲ではありません。冬は窓を開けてるとちょっと寒かったんですけど、いちばんきれいに聴こえてました」
「うるさくないのはおれのテクが上等だからだ」
自尊心たっぷりの応えが返ってくる。
「はい。健朗さんにとって音楽が必要なものだっていうことは、わたし、わかってると思います。でも、後継者を選ばないとしても、プロのサッカー選手っていう道もありましたよね。聖央(せいおう)さんみたいに」
健朗は呆れたようにため息まがいで笑い、首を横に振った。
弥永(やなが)聖央は健朗の幼なじみであり親友で、ふたりは高校までずっとパートナーとしてサッカーをやっていた。聖央は高校卒業後、プロサッカーへの道を選択し、日本代表に欠かせないミッドフィルダーとして活躍している。二十二歳でイギリスに渡り、イタリアへの移籍を経て、またイギリスに戻っていまはイングランドのクラブチームに所属している。
「逆に、聖央がいるからサッカーは候補に挙がらなかった」
「どうしてですか?」
「ライバルにはなりたくなかったし、聖央がいるとトップには立てないからな」
親友という以上に、健朗は聖央を英雄視している嫌いがある。同じチームでともに闘うのは本望でも、プロになったらそういうわけにはいかない。一方で、健朗は自分もトップに君臨する場所を求めたがるという獰猛ぶりも持ち合わせている。
「じゃあ……後継者を選ばなかったのもだれかと争いたくなかったから?」
考えたすえ結礼がそう口にすると、健朗はぐっと顔を近づけてきた。
「健朗さまっ」
慌てたふためく結礼の手からカクテルグラスを奪うと、焦点が合わないくらい間近で健朗は瞳をきらりと光らせた。
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