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|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
第1章 ヒーローは紳士に非ず
2.ヒーロー誕生秘話 #2
「唯子さん、結婚とか、そんなのわたしにはあり得ません」
「あり得ないって、ただのメイドをここに連れてくるんだとしたら、健朗の常識を疑うけど?」
唯子は切り返しのできない云い分で責めてくる。
「……ただのメイドっていうには違ってみえるかもしれませんけど……」
反論に窮(きゅう)したすえ、結礼は曖昧に濁しながら、ふと視界に有吏叶多(ゆうりかなた)を捉えた。
叶多はFATEのリーダー兼ベーシストである戒こと、有吏戒斗の奥さんだ。以前、戒斗から犬みたいだと云われたことがあって、自分でもそう思うと彼女は云っていた。結礼は健朗から、犬みたいだという以上に飼い犬だと云われたことがある。
「というより、ただのメイドにはまったく見えないけど」
尻切れになった結礼の言葉を次いだ唯子は、おもしろがった様で目をくるりとさせた。
「たぶん、ペットを連れてくるようなものだと……」
「ペット?」
唯子は吹きだした。
「唯子さん、とにかく、卒業してわたしがどうするか、健朗さんが知らないって云うのはそういう関心がわたしにないからです」
「関心がなかったら、今日、結礼ちゃんが来てるか確認してくれってわざわざわたしに頼むはずないでしょ」
「……え?」
またもや、予想外のことを聞いて結礼は戸惑う。
「ずっとまえ、クリスマスイヴに誘拐されそうになったことあるんでしょ? 健朗がクリスマスは好きじゃないって云ってたことあるから、このまえちょっと酔ってるときに理由を聞きだしたの。考えてみたら、普段は何も気にしてないようなのに、クリスマスライヴの日に限っては毎年そうだったなぁと思って」
「あ……小学生のときでした。健朗さんが気づいて助けてくれて、結局、未遂だったから……最近は忘れてました」
唯子は、「そうでしょ」と何やら納得したように深くうなずく。
「ヒーローと進展したら、いの一番にわたしに報告すること。いい?」
イエスかノーか、それ以外の答えは受け付けないとばかりに唯子は迫った。
「はい……」
唯子は満足げに、よろしくね、と云い残してスタッフたちのところへ向かった。
唯子の背中を追っているなか、健朗の横顔が目に入ってきて、大事なことが奥底から浮上して甦った。
結礼が誘拐未遂事件に遭遇したのは十三年前。もともと結礼を誘拐しようとした時点で間違いだらけの事件だった。
健朗さま、と物心ついたときには、結礼は両親たちを真似て健朗のことをそう呼んでいた。それが真似ではなくなったのは、その日、間一髪で犯罪者たちから健朗が救ってくれたからだ。
結礼が九歳だったクリスマスイヴ、貴刀家の娘と間違われて誘拐事件は起きた。
当時、本来の貴刀家の一人娘、姫良は独立して暮らしていたし、結礼よりもひとまわりも年上だ。犯人たちは下調べもやらなかったらしく、まったくのお粗末ぶりだった。逆にその短絡な面が未遂に終わらせてくれたのかもしれない。
二学期の終業式の日、結礼は学校から帰るとランドセルをおろしたか否かのうちに、友だちの家でクリスマス会だと大はしゃぎで貴刀家の敷地を出た。スピードを落とした車が添うようについてくるのに気づかなかった。車はすっと結礼を追い越したかと思うと止まり、後部座席のドアが開いた。よけようとした矢先、伸びてきた手に腕をつかまれた。それが女ということだけは結礼も憶えているが顔ははっきりしない。
『ちょっと遊ぼっか』
その目はやさしい声とは裏腹に、結礼を捕らえようとそこから手が生えてきそうにぎらぎらしていた。
『やだ!』
『遊んでくれないとクリスマスプレゼントがもらえないんだよね。おいで』
脚を突っ張って抵抗しても、所詮九歳の躰では大人の女性には敵わない。つんのめって転んでアスファルトに手をついたところを躰ごとすくわれそうになった。その瞬間、何が起こったのか結礼にはわからない。
『ふざけんなっ』
聞いたことのある声が聞いたことのない乱暴な言葉を吐いた。結礼が解放されるのとどちらが早かったのか、ぎゃっという女の悲鳴が響き――
『やばい、逃げるぞ! ドア閉めろっ』
そんな男のわめき声が続いた。
『おまえ、ばかか。こういうときは防犯ブザー使えって渡されてるだろうが!』
車が急発進で去ったあと、助けてくれた健朗は、結礼のズボンのベルトに付随した防犯ブザーを指差しながら頭ごなしに怒鳴りつけた。
結礼が呆気に取られたのは怒鳴られたことよりも、クラス一の乱暴者みたいな言葉遣いのせいだった。これまでの健朗の言動に鑑みれば、?こういうときは防犯ブザーを使うように云われてるでしょう?と諭すのが妥当だ。健朗は、冷たくはあっても言葉遣いだけは使用人の子供である結礼に対しても礼儀正しかった。
それからだ。健朗は結礼への接し方を変えた。結礼の前ではまったく気取らなくなった。
大智とは仲がいいのに、結礼には素っ気ない。健朗のそんな態度はそれまでと変わらなかったけれど――それ以上に乱暴さが加われば、他者からは関係が悪化したかに見えるだろうが、結礼の目にはヒーローとして映るようになった。
犯人は、健朗の記憶によって車両番号から割りだされて捕まった。小遣い稼ぎで浅はかに誘拐を思いついたらしい若い男女だった。
女が口にしたクリスマスプレゼントというのが身代金のことだと察したのはずっとあと。十五歳だった健朗にしろ、犯罪者と対峙するのははじめてのことで、怖くなかったはずはないと気づいたのは、結礼が十五歳になったときだ。
そうして、結礼にとって健朗は絶対的な存在になった。
健朗は将来、貴刀グループを率いていく。結礼はそんなふうに思いこんでいたけれど、なぜか商社マンとはかけ離れ、FATEというロックバンドのギタリスト兼キーボーディストなんていう?職業?についた。
いつまでも傍にいられるものという考えは楽観的すぎて、その展望は五年前、結礼が高校二年生だった春に崩れた。
健朗が家を出て独り暮らしを始めたのだ。
その年、クリスマスが近づくにつれ、結礼は落ち着かなくなった。最初は姫良に打ち明けたとおり、健朗がいないさみしさなんだろうと思っていたけれど、理由はそれに留まらなかった。
クリスマスイヴになって友だちと約束したパーティに出かけようとした矢先、結礼は貴刀家の敷地から出ることができなかった。だれかしら友だちとのささやかなパーティは恒例だったのに、この年に限って足がすくんでしまった。
姫良がやってきて、買い物に出かけたときは普通に外出できて、それで気づいたのだ。
まえの年まで、なかなか家にいない健朗なのに、クリスマスイヴになると結礼が出かけるのを見計らったように現れ――
『ダチんとこ行く。おまえ、どっちだ?』
と決まって訊ねる。
指を差すと、『同じか。めんどくせぇ』と毒づきながら結礼と同じ方向に行く。
事件から一年ごとにその繰り返し。
大人のスキンシップを教わった翌日、ロマンスの欠片もなくメイド扱いされたが。
『昨日、おまえ、一人で外に出てもなんともなかったのか』
昼食の最中に健朗は訊ねた。
『哲ちゃんに送ってもらいました』
健朗は俄に顔をしかめたが、『でも、友だちとのパーティは行けませんでした。ちょっと怖い気がしました』と付け加えると、健朗はため息を漏らした。素っ気なさとは相容れない、なんだろう、何かが気になってしかたがないといった様子だった。
『わたしは健朗さまにずっと助けられてました』
『なんだそれ。鬱陶(うっとう)しいからやめろ』
結礼の崇拝心は顔をしかめて足蹴(あしげ)にされたものの、最初に事件のことを持ちだしたのは健朗のほうだ。
どんなに口が悪くても、態度が悪くても、結礼にとってヒーローであることには変わりない。
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