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|オトナのスイッチ〜デュアルヒーローvs.専属メイドのスキンシップ〜
第1章 ヒーローは非紳士
1.獣に変身 #4
「け……健朗さま!」
「ついでにスペシャルナマモノのお味見も……開けるだけじゃ、男の……じゃない、おれの恥だ。姫良のせっかくの好意だろ」
「あの……っ」
独り言(ご)ちた健朗によって、ファスナートップが裾までおりきってしまうと、ワンピースがはらりと弛んでインナーが覗く。
「めんどくさいの着てるな」
結礼の悲鳴は無視して、健朗は迷惑千万といった様子でペチパンツの裾を摘まみあげた。
「さ……寒いのでこういうのも必要です」
「寒い?」
「はい……ここは暖房きいてますね。でも外は寒いです」
「寒い?」
健朗は結礼を見上げて同じ質問をする。
見下ろしたアーモンド型の目は、大抵の人にはやさしく映るだろうが、結礼の前ではかすかに瞼(まぶた)がおりて、ふてぶてしく印象づける。ましてやいまは、これまでのように邪険に突き放した眼差しではなくて、反対に妖しくいざなうようだ。長めの前髪が目にかかって、瞳に影を落としているせいかもしれない。
いつにない健朗の様子は不気味で、舞いあがっていた気持ちを少し落ち着ける。入浴はすませているのか、ステージでは全体的にウエーブがかっている髪がいまはストレートに戻っている。そんなことを思いながら結礼は用心深く口を開いた。
「……はい」
ためらいがちに返事をしてみると、健朗はにたりと笑った。
「なら、あっためてやる」
健朗はスマホをつかむといきなり立ちあがって、「来いよ」と結礼の手を引っ張った。
暖房がきいて暖かいと自分で云ったばかりなのに、脚はかじかんだように一歩が踏みだせず、結礼は前にのめった。
「あっ」
すかさず健朗が振り向いて結礼の躰に腕をまわした。
「反応が鈍い」
呆れたように云い、健朗はつかんでいた手を放すと、結礼の顎を人差し指の側面で支えるように持ちあげた。
ぐっと顔が近づいてきて、結礼は目を見開いた。アーモンド型の綺麗な瞳に結礼の顔がクローズアップされる。
「それとも、誘惑する気か?」
「……え?」
「なわけないか。そんな生意気ができるほど、おまえは器用じゃない」
どういうことか結礼が理解する間もなく、健朗は独りで結論を出した。
さらに健朗は顔をおろしてきて、結礼は無自覚に目を伏せる。すると、厚いか薄いか問われれば薄めというくちびるが、視界のなかで開いていく。
びっくりする以上に驚愕した結礼は、それでも健朗が何をするつもりか判断はつく。伊達に難関と云われる青南学院の高等部に通っているわけではない。考えることはできるのだ。ただ、行動が伴わないだけで。
「健――」
――朗さま、と云いかけて開いたくちびるは直後にふさがれた。
健朗のくちびるはふわりとしてやわらかい。想像もしたことのない感触がもたらした驚きは、ほんの序の口だった。
無意識に口を閉じようとしたことを察したかのように、健朗は舌をそのすき間に忍ばせる。口を開けろと云わんばかりで、押しつけるようにくちびるが舐(なぶ)られる。さらに、奥まで入ってきて結礼の舌に触れると、その熱におののいた。巻きとるような動きに、舌が痙攣したようにふるえてくらくらした。
んっ。
戸惑いと息苦しさに呻いてもおかまいなしで、健朗は結礼の口内を弄(まさぐ)る。感覚が麻痺しているようなのに、反対にキスだけが息づいているようでもあった。脚が頼りなくなってよろけてしまう。結礼を支える腕に力がこもった。
吸着音を立てて健朗はくちびるを離していく。結礼はかすかにくちびるを開いたまま、キスの痕を呑みこんだ。
「やっぱり誘惑だ」
決めつけた云い方に思わず目を開けると、次には健朗が身をかがめた。その一瞬の間に見た健朗は、邪(よこしま)な悪人のような面持ちだった。荷物を担ぐようなやり方で結礼の腰をつかみ、軽々と持ちあげた。
すると、健朗の肩越しにテーブルに広げた料理が結礼の目に入る。
「健朗さまっ、お料理が!」
引き止めたつもりが、健朗はさっさと歩きだした。
「あのなぁ、今日はなんの日だ」
「く、クリスマスです」
「で、おれは今日、どこで何をしてたと思う?」
「……クリスマスライヴだと聞いてました」
「だったら、ライヴのあと、少なくとも軽いパーティがあるだろうってことは想像つくだろ。ていうか、ライヴのあとは普通に全員でめし食う。つまり、無理やり食べさせて、おれを無駄に太らせるなって話だ」
「で、でも姫良お姉ちゃんがせっかく……」
「うるさい。それが口実だってわからないのか」
「……口実?」
「まあいい。料理は明日食う。それでいいだろ」
ほぼ一方的な応酬をしているうちに、健朗は別の部屋に移動して結礼をおろした。
広い部屋のなか、見るまでもなく結礼はすぐ横のベッドに気づく。二人で寝ても充分に余裕がありそうなベッドは、部屋の三分の一近くを陣取っていた。
「健朗さま、あの――」
ふとんがはぐられ、びっくり眼のまま結礼は引き倒された。脚がすくわれてベッドに寝転がると、健朗もまたベッドにのってくる。
広いベッドのなか、よけいに華奢に見える躰を跨いで健朗は結礼の頭を枕にのせる。覆いかぶさって、年相応といった大人になりきれていない顔を真上から見下ろした。
「おまえにとってはチャンスだ。おれを手に入れたいんなら、いま、おれを逃すべき じゃない」
横柄な云い方だ。それだけはわかるけど、意味を察するには結礼はきっと幼すぎる。
「わかりません。わたし、帰らないと……」
「帰りたいのか?」
健朗はひどく顔をしかめた。細めた目は睨むようにも見える。
「そ、そうじゃありません。……」
結礼は云ったあとに微妙な返事だったと気づく。
額面どおりに帰りたくないと云ったのと同じで、つまり、健朗といたいと云ったのと同じだ。恥ずかしいと思うには、さっきすでに健朗は結礼の気持ちを見抜いていたのだから、なんの意味もない。それでも平気ではいられない。また頬がかっと火照った。
「キスは嫌だったのか?」
そんな質問に気軽に答えられるほど、慣れてもいなければ大人でもない。結礼は目を伏せた。
「……嫌ではありません。でも……」
「なんだ、その『でも』って。主に逆らう気か」
「……そういうことじゃありません。どういうことかよくわかってなくて……」
「おれが好きか、嫌いか。簡単な二者択一の問題だ。前者ならここにいればいいし、後者ならすぐ帰ればいい。どうするんだ」
答えを結礼にゆだねているようで、その実、健朗が実権を握っている。そんな云い方をされたら結礼は帰れるわけがないのだ。
答えられないで沈黙した結礼に痺れを切らし――
「結礼」
健朗はしかめた声で名を呼んだ。
その瞬間に思ったのは、ずっと名前で呼んでくれたら、という単純な期待だった。
「……帰れない気がします」
曖昧に答えると、健朗は意地悪をしそうな気配で笑う。躰を起こしてスマホを弄ったかと思うと耳に当てる。
「母さん、健朗です。結礼が夕食を持ってきました。……はい。一人で帰すには夜遅いし、僕もライヴで疲れているので泊まらせます。夏生家にそう伝えてもらっていいですか。……はい、明日送りますよ。……よろしくお願いします」
母親に対しても、健朗は哲が云う『猫被って』話す。唖然としてその様子を見守っていたなか健朗は電話を切ると、スマホをサイドテーブルに置いて、目を丸くした結礼を見下ろした。
「時間はゆっくりある。ゆっくり味わえば満腹感も満足度も増す。だろ? おれの期待に応えろよ」
健朗は口を歪めて笑った。
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