Sugarcoat-シュガーコート- #145

第15話 All's fair in love and war. -8-


――暗くてわからなかった。
 ずっとまえ、叶多はそう答えた。
 あられもない戒斗の荒療治(あらりょうじ)は思いだすのも遠慮したいけれど、効力があったことは確かで、それから夜は問題なく眠れるようになった。そうなって数日後、戒斗はいまと同じ質問をしたのだ。
 そのときは貴仁とは知り合いではなかったし、突き詰めれば、駅の階段から落ちそうになったところを助けてもらっていて、会ったことはあった。けれどそれは、いまになってみればの話であり、わからなかった、というのは嘘じゃなかった。
 いま、戒斗があらためてした質問は、それが誰であるのか叶多は知っている、とそう戒斗が確信していることを示す。
 あれっきり訊いてこなかった戒斗は、敢えてその質問をずっと自分の中に封印してきたのだろうか。
 もしかしたら、叶多が知っている、と思って? もしかしたら、誰もがそう思っていた?
 だとしたら、有吏一族としては喉から手が出るほど欲しかった情報だろうし、戒斗は今日まで叶多を守りかばってきたということになる。

「……貴仁さん、だよ。でも、隠してたわけじゃなくて、今日わかったの!」
「あのときか?」
 戒斗はたか工房の店先でのことを云っているに違いない。叶多がうなずくと、戒斗もまたうなずいた。
 戒斗にいまみたいに訊ねられれば、あるいは叶多も自らで知り得たかもしれないけれど、誰も事件に触れないのをいいことに情けないほど考え及ばなかった。とまれかくまれ、疑いの欠片もなく戒斗が信用してくれていることにほっとした。
「大丈夫か」
 戒斗はわずかに顔を傾けながら問いかけた。
 やっぱりそうなんだ。
 たった一言は、あの事件以来、ずっと戒斗が気を遣ってきて、叶多の恐怖さえ抱えこんでいたことを教える。
 信用なんてことを問題にする以前に、信用を求めることは、叶多がそうであるように戒斗にとっても必要ないのだ。
「だから。もう平気だよ?」
「小学生扱いしてるわけじゃなくて、おれが勝手に心配しすぎてる」
「うん」
 訊かれたということは、取りようによっては、叶多はけっして頼りなくないと戒斗から認められたともいえる。うれしくて笑うと、戒斗はまたうなずいた。
「貴仁さんはもっとほかに方法があったって。だから、あの事件に便乗したことを悪かったって云ってた……あ、でも、もしほんとに危ない目に遭ってたら貴仁さんはちゃんと助けてくれたと思うの! 実際、貴仁さんが縛ったりって、ほかの人を追い払ってくれたから」
 云っている途中で戒斗の顔が険しくなり、叶多は焦って貴仁をフォローしてみたがなかなか気は治まらないようだ。
「救出のスタンスを量りたかったってことか」
 表情と同じで剣呑とした声だ。
「そういうこと? ある一族を探してるって云うの。有吏のことだよね」
 訊ねるまでもなく当然のことをあらためて口にすると、戒斗は考えこむように黙った。

「貴仁さんは、廻り合ったらやることがあって、それが役目だって。あたしにそう云ったってことは、貴仁さんはある一族が有吏だってことを確信してるんだと思うの」
「だろうな」
「どうするの?」
「貴仁が害を及ぼす奴じゃないからといって、簡単に名乗りでるわけにはいかない。蘇我であることにはかわりないんだ」
 戒斗は叶多に云い聞かせるようで、断固とした声だ。
「……うん。戒斗は則くんに貴仁さんのこと訊いてたけど、貴仁さんは則くんから八掟を聞いたってこと?」
 そうだとしたら、叶多を介して会ったと思っていたふたりは、少なくとも拉致事件のまえに知り合いだったということで、出会った順番が違ってくる。
「どこで、どの時点で貴仁が八掟を知ったのかは断定できない。領我家は(のり)家といって、蘇我の指針を正す、もしくは示す役割を果たしてきた。有吏でいえば、本家に挙がるまえにワンクッション置いて相談役を引き受ける八掟家と一緒だ」
「ウチ?」
「そうだ。有吏の八掟が封印されたいまは、八掟主宰にはその精神を一族に相伝する役目もある」
「……だからウチって、お父さんを訪ねてくる人が多かったんだ」
「だな」
「お父さんのこと、怪しい公務員だなって思ってた」
 同棲を始めてからあと四カ月で三年になるのだが、それ以前の実家にいたときのことを回想しつつ叶多は上向けていた目を落とすと、戒斗は鼻先で吹くように笑い、それから話を戻した。
「領我家はその延長上で蘇我グループの法務を引き受けている。それともう一つ役割があって、法家という立場から(かみ)家に仕えてきた眷属(けんぞく)でもある。つまり、“上”と領我家はもともと懇意にしていて、直に上から八掟を聞いたという可能性も考えられる。だから、あの拉致事件のあと貴仁が接触してきたことで、叶多に八掟を云わせたのが誰か、ある程度の見当はつけていたんだ」
「……でも、上は蘇我に操られてたって云ったよね。有吏を裏切り者だって誤解して後悔してたんだって戒斗は云ったよ? 領我家だって蘇我なのに、上は喋っちゃったの? ていうか……上はどこかで檻から出ちゃってるわけで……それでどうやって出られたんだろう」
 首をかしげつつ、叶多は眉根を寄せた。

「たぶん、すり替えだ。領我家は宮内庁にいる以上、それが可能な立場にいる」
「すり替え? 誰と?」
「おそらくは領我家の現頭首、領我和人の弟だと考えてる」
「弟っていったら貴仁さんのお父さんだよ? 蘇我グループに勤めてるって貴仁さんは云ってたけど」
「そのとおり、貴仁の父親は蘇我グループの法務室長で違いない。そういうことじゃなくて、和人の双子の弟だ。未熟児で生まれてきて半年後に死亡したとされている。その“半年後”というのは現下の上の長男、つまり、崇時宣が生まれてまもなくだ」
「でも双子って……同じ顔だってこと、有吏はいままで気づかなかったの?」
「同じじゃなかったから気づかなかったんだ。二卵性だったことが考えられるし、もともとが蘇我と上は血族で、似ているとしてもおかしくない。その点に限れば、有吏の誰かに似ているということもある」
 戒斗の言葉に、叶多は現皇太子の顔を思い浮かべてみた。父親である上の公家(くげ)顔に加えて眼差しはどこか熱く、五十五才という落ち着きを伴ったせいか、失礼な云い方だが、がっしりとした男前だ。どこか雰囲気は戒斗の父、隼斗に似ているかもしれない。
「それは蘇我一族の計画というか、意向になるの?」

「いや。領我家の独断だと考えている。なぜなら、そうしたからといって蘇我になんの利がある? 蘇我が上を操れる立場にいる以上、無駄な労力にすぎない。領我家が上に同情することはあっても、すべて合理的にすまそうという本家にはそういう情けは一切ない。いくら力をなくしたとはいえ、上は世界最古から継がれてきた皇帝(エンペラー)であり、上家は世界が認める最後の皇帝一族(ラストエンペラー)だ。上はどこに行っても、誰よりも最上最善を尽くした接待を受ける。島国だからこそどこからの干渉も受けず、上は無双の信心から生まれた神道を国のトップとして司ってきた。法皇がいるという文化、そして精神は民に染みついて失われることはない。そんなナンバーワンが日本に存在するということの意味がわかるか。敗戦したといっても、欧米にとっては、無心に命を捧げる民を持つ皇帝が脅威であることに変わりない。現に、アメリカは上を象徴に置き換えるだけで切らなかった。民の反発を恐れたからだ。それを、この時世にあり得ないと思っているのは日本人だけだ。このまま上が“人”であればいい。けど、蘇我はチャンスがあれば、また上を利用しないとも限らない。民はあり得ないと思っていても、有吏はどこの国よりもそれを警戒している」

 上家が有吏と繋がっているとわかっても、“象徴”という存在は、叶多にとっては漠然としたままだった。よくよく考えれば、本来、上家を引き継ぐのは則友ということになり、戒斗の説明と相俟って存在が具現化していく。
 不思議寄りの驚きいっぱいでポカンとしているに違いなく、戒斗が口端で笑い、叶多は慌てて顔を引き締めた。
「ちょっといま頭がこんがらがってる」
「いまだけじゃないだろ」
「あんまり否定できないけど」
 叶多が素直に認めると、戒斗は短く声に出して笑った。
「戒斗、だからあのとき、則くんに敬礼みたいなことしたんだね」
 いくら操り人形という上であっても、有吏は八掟を献上するほど敬ってきたのは、けっして義理合いじゃないのだ。
 戒斗は肩をすくめるようにわずかに上げた。
「最大の疑問は……なぜ、すり替えられた上――時宜はたか工房にいたんだ。なぜ、たか工房で有吏と蘇我が繋がる」
 戒斗は『なぜ』と云いながらも、結論は出しているんじゃないかと思えた。
「貴仁さんは、試さなくちゃいけないとか信用してもらわなくちゃとか云ってたけど」
「領我家が暗の一族を有吏と見当つけているにもかかわらず、本家はそれを知らされていない。領我家が反乱分子なら、指針を正すに留まらず、本家への下剋上かもしれない。ということは、領我家が本家を乗っ取った時点で、有吏は最大の危険に晒されることになる。時間をかけて巧妙に張りめぐらされた罠だっていう可能性がゼロとは云えないんだ」
 戒斗はまた云い聞かせるようで、じっと見つめてくる瞳は戸惑うくらい極々真剣だ。

「叶多」
「うん」
「また無茶なことをやってみろ。一晩どころか、飽きるまで縛ってヤってやる」
 真面目に応じたというのに、戒斗が口にしたのは“話が違う!”と云いたくなるような宣言だった。
 叶多は本能的に飛び退こうとしたが、お尻は胡坐をかいた戒斗の腿の間にすっぽりと収まっていて、もがくことしかできなかった。
 戒斗は叶多の頬を両手で包み、不気味にニヤリとした。
「い、いままで深刻な話してて、心配とか云ってたくせに、よ、よく切り替えられるね!」
「叶多、覚えとけ。男は不安に押しつぶされてたらセックスできない。どれだけ有吏の男がタフかって教えてやる」
「そ、そんなことわかってるからいいっ」
「目一杯、貴仁に触らせた。しかも、ベッドの上でほかの男をかばうってどういうことだ?」
 戒斗はめちゃくちゃな云いがかりをつけた。
「意味が違う!」
「おまけに縛らせてる」
「戒斗、それって全然意味が違ってるよっ」
 と、抗議をしてみても無駄なことはわかっている。覚悟のため息を吐いたあと。逃げるのを引き止めようとする戒斗の手の意に反して、叶多は力が働く方向に従って顔を突きだした。
 ぶつかる勢いでキスは成立した。不意打ちを受けた戒斗が手を離して呻くうちに、叶多はピタリと躰をくっつけて抱きつく。これで簡単には手が出せないはず――なのに、戒斗が含み笑いをしたとたん、へんなことになっているのに気づいた。
「戒斗っ」
「叶多がどれだけ感度高いかって証明するのもいい」
 悦に入った声が背中越しに聞こえる。戒斗の手が引き離すのではなく、引き寄せるように叶多のお尻をつかむ。薄いパジャマと下着越しに戒斗の中心と叶多の中心が触れる。戒斗のそれは容赦しないぞと宣言するように硬度を増し、叶多の触覚に擦れた。
「んふっ……やっ」
「自分から来たんだろ。イヤ、じゃない」
 云うが早いか、戒斗の腿の間に嵌ったお尻が持ちあげられ、叶多は震えながら呻いた。次には戒斗の手が緩み、重力に従ってお尻は落ちる。
 繰り返されるたびに、叶多の喘ぐ声は高くなっていく。ただの上下運動なのに、そこが密着しているというだけで快楽は増産された。戒斗の胸板に押しつぶされた胸先までが摩擦で熱くなっている。
「あっ、戒斗、だめっ」
「イケばいい」
 ますます強く腰を引き寄せられ、ずるりとした摩擦に変化する。戒斗が漏らすわずかな声は聞こえず、崖から落ちそうな気分で、叶多は力のかぎりで戒斗の背中にしがみつく。
「やっ……だっ……あふっ、だ、だめっ……ん――ゃああっ」
 叶多の腰が飛び跳ねるようにビクつく。その間、戒斗の腕は何かを堪えるようにきつく叶多に巻きついていた。

 やがて震えが収まるにつれ、躰中から力が抜け、戒斗の背中にあった手もすとんと落ちる。
 戒斗もまた手を離し、叶多のパジャマを脱がせ始めた。抵抗する力はなくて、というよりは無駄で、されるがままになっていると、ベッドに倒されて下半身が丸裸にされる。隙だらけでいると、脚の間を撫でられて、叶多は小さく悲鳴をあげ、横向きになって身を縮めた。
「ドロドロに溶けてる」
「云わなくていい!」
 服を着たままの行為でイってしまうなんて、終わってみれば恥ずかしい心地しか残っていない。
 戒斗は満足げに笑ったかと思うと、叶多の腰をがっちりと両手で捕えた。
 つかんだ手の向きが違うんじゃないかと思ったとたん、叶多はお尻から戒斗に引き寄せられた。ずるずると上半身を引きずりながら腰の部分だけが持ちあがる。
「か、戒斗っ」
 叶多は一気に快楽から冷めて慌てふためく。この体勢は、いくら犬とはいえ抵抗がある。
 だいたいが、自分の躰なのに自分で見えない部分を見られているかと思うと、恥ずかしくて堪らないのだ。背中はともかく、お尻なんて言語道断だ。
「罰だ」
 叶多の懇願ともいえる叫びを、戒斗は理不尽な常套句で無下に切り捨てた。
「な、舐めないでいいからっ」
 叶多は思わず口走った。
 戒斗が最初の頃に云った、やりたいようにやるまでというセックスは本当に脅威だ。
 風呂あがりであろうと関係ない。それは、叶多にとっての意味とは逆の意味で戒斗にも当てはまる。
 戒斗の忍び笑いが背中に落ちてきた。
「なるほど」
 そう云って片方の手が離れたと同時に、指先が心持ち擦るようにしながらお尻の間をすっとおりていった。
「ひゃっ、やだっ」
 触られてプルプルと反応するお尻を引いたつもりが、片手ながらも引き寄せられている以上、持ちあげる格好になった。つまり、自ら戒斗にお尻を差しだしているようなものだ。
「ジャストミート」
 愉悦丸出しの声がしたと思った次にはウエストを支えられ、戒斗の慾が体内を目指してきた。
 入り口を抉じ開けられる感覚に、叶多の口から呻き声が漏れた。それから、ゆっくり奥へと進んでは少し引き返して、馴染ませるようにしながらどんどん戒斗は奥へと沈んでくる。
 お尻と戒斗の下腹部が密接して、これ以上は無理という最奥に戒斗が嵌りこんだ。
 そのまま動く気配はなく、叶多は詰まらせていた息を吐いた。それを合図にしたかのように戒斗が動きだす。片手が腰を回り、もう片方の手が肩へと潜った。戒斗の両手にぐっと力がこもったと思ったとたん、叶多の上半身が持ちあげられる。
 戒斗がベッドに腰を落とし、また胡坐を掻くという座り方に落ち着くまで、繋がっている部分の刺激が強くて叶多は呻きっぱなしだった。

「どうだ」
 そう訊かれても答えようがない。さっきまでとは逆の方向を向いて躰は戒斗の腕の中にあり、おまけに大股開きではしたなすぎる。戒斗から見えるわけではないけれど、とっさに叶多は脚を閉じた――はずなのに戒斗に阻まれる。上半身を拘束するように腕の上から戒斗の腕が伸びて、叶多の膝の裏に潜った。
「や、やだっ、戒斗、待って!」
 こういう格好ははじめてだけれど、なんとなくされることは見当がついて、叶多は焦って引き止めた。
「顔が見えないぶん、恥ずかしくないだろ。遠慮なくイケばいい」
「そんな問題じゃなくって――あ、くっ……う、ぁあっ……!」
 訴え終える間もなく、膝を抱えて戒斗が強制的に叶多の躰を上下させ始めた。あまりの感覚に腰が震えて首がのけ反る。
 あ、あ、あ……くっ、あ、ふっ、あっ……。
 いっぱいになる疼痛と空っぽになる戦慄が律動して、濡れた音が部屋に満ちるほど、躰から快楽のみが引きだされる。
「戒斗……だめ……っ」
 躰が落ちて深く突かれたとたん、叶多は胸を反らしながら戒斗の肩に頭をもたれ、躰を突っ張った。そして戒斗が躰を持ちあげた直後、体内の襞が戒斗を引き止めるようにその慾に纏わりついた。快楽が弾ける。
 んふっ……ゃぁぁああっ。
 腰が独りでに激しく揺れる。戒斗の呻き声は叶多の悲鳴がかき消す。痺れた感覚が脳内まで侵犯した。ふたりともが凍りついたように静止したなか、快楽の最高値から下降していく。叶多は戒斗にぐったりと全体重を預けた。
「か……いと」
「まだだ」
 やっぱりお馴染みの一言だ。戒斗がまだ抑制しているのは体内にある感触でわかっている。
「戒……斗、あたしは、も、いぃ……から」
「まだだ、って云った」
 そう返すと、抵抗できる力がないのをいいことに、戒斗の手が胸と脚の間に同時に触れてきた。怖いほど鋭くなっている神経が全身を総毛立たせる。
「あっやだっ。そこ無理っ!」
「無理じゃない」
「う、あっん――」
 まだ収まりきっていなかった感覚は、すぐに感度メーターを振りきって息が詰まった。躰がピクピクと跳ねるのを止められない。
「戒斗っ、漏、れちゃい、そ!」
「心配しなくていい」
「じゃなくってっ、あ、あ、やだっ」
 ずるりと触覚を這う指、胸先を絞る指。そこで派生した感覚は体内で繋がり、戒斗の慾へと伝える。
「あ、いゃぁあ――!」
 温かい感触が脚の間を満たしていく。脳みそが溶けだしたんじゃないかと思う。どうしようもなく痙攣する躰が前にふわりと倒され、叶多の奥に数回のリズムを刻んだあと、くぐもった声と同時に背中まで温かく濡れた。
 ふたりの荒い息が部屋の温度まで上昇させた気がする。

「大丈夫か?」
 叶多の横向けた顔に貼りつく髪を払い、戒斗は背中をきれいにしていく。
「だから……訊くくらいなら……」
 シーツを汚していないだろうかと気にしつつ、息切れしながら責めていると戒斗が笑う。叶多はくるりと仰向けにされた。真上にある戒斗の顔はどう見ても悪魔化している。
「もしかして! ま、まだ?」
「明日から実家だしな」
「もうホントに無理だからっ」
「そう云いながら、叶多の躰は受け入れるんだよな」
「引っ越しの準備できないよ!」
「だから。有吏の男はタフだって云ってる」
「わかってる! だから――」
「感情のセーヴはきかない。同棲始めるときそう警告した。叶多はわかってるって答えた」
 わがままな、もしくは駄々をこねた子供みたいな自己主張だ。気絶させる気満々なことは見て取れた。
 ならば。もう気絶したふりしちゃえ。投げやりな気分で叶多は目を閉じる。
 おもしろがった笑い声は叶多のくちびるにおりてきて、口の中に中毒すること間違いなしの砂糖漬けの毒が盛られた。

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* エンペラーの年令設定は現実とは違います。また、事実と偏見が混載しています。