Sugarcoat-シュガーコート- #129

第13話 My One and Only Place -9-


 躰に纏うシャツワンピースのボタンを外していく。ベッドに横になった状態で脱がせるには、こういう服は具合がいい。時間を考えれば風呂をすませていたことも当然で、常日頃からそうであったように、ワンピースの下の上半身には何も身に着けていない。
 和久井を信用していないわけではないが……無謀すぎる。
 戒斗は顔をしかめた。
 (はだ)けた胸は(なめ)らかにふくらんでいる。小振りであることと胸先が肌と見紛うくらい淡いピンク色であるせいか、嫌というほど快楽を得られる躰のくせにいつまでたっても初心な印象は消えない。
 まったく。
「どういうことだ?」
 戒斗は内心でぼやき、それから口にした。
 問いかけの対象に返事を期待しているわけではなく、呆れているのか、それほど安心しきっているのだと喜ぶべきなのか、自分の感情を判断しあぐねた。
 予期しない出迎えに驚かされ、飛びついてくるかと思えば、触っていい? と遠慮がちで、戒斗にとっては想定外にほかならない。
 おまけに……。
 伸しかかるように狼化した自分の下にある状況を見て戒斗は嘆息する。
 叶多はどうやっても爆睡中だ。

 車中、やっと抱きついてきて腕にした実感に浸っているうちに、やけに叶多がおとなしく、戒斗の首に回した手もだらけていると気づいた。よくよく様子を窺えば、規則正しい胸の上下と、“すやすや”といった呼吸音で、つまり、叶多は眠っていた。
 有吏の家に着いたところで起こしたが、返事は明らかに夢現であり、ただ戒斗がいるという認識だけはあるのか、離そうとするとだらけた腕でしっかりとしがみついて叶多は離れそうになかった。荷物は和久井に任せ、戒斗は叶多を部屋まで運ぶという羽目になった。その有り様をおもしろがって見ていた詩乃から聞いたことによれば、昨日の『帰る』という電話から眠れていないらしい。
 ベッドに転がしておき、戒斗が風呂に入って戻ってきたところで、叶多は指一本動かしていないという始末だ。
 プラスマイナスして考えたものの、やはり心境は複雑だ。傍にいればいいという叶多と抱いていたいという自分は釣り合いがとれていない。
 そのうち起きるかもしれない。戒斗はワンピースを剥ぎ、ショーツをずらして足から抜き取った。それでも叶多はされるがままに伸びている。
 貞操の危機感ゼロだな。やっぱり気に喰わない。
 戒斗は叶多の挑発的発言を思い起こして顔をしかめた。

 多少、無意識無抵抗な叶多に対して疚しさを感じなくもない。が、迷ったのは一瞬で、目を瞑ることにした。叶多が起きれば問題ないことだ。
 戒斗は独善で決めつけて顔をおろした。真下にある叶多のくちびるを舐める。反応はなく、ふとその顔を眺めていた戒斗は、叶多が“夢遊病”と深刻な口調で云ったことを思いだして独り笑う。
 起こすよりもこのまま、試してみるのもいいかもしれない。卑怯であることは割りきった。こういうことで割りきるというのはどこかずれているのは否めないが。何より、長時間移動の疲れがあるいま、無抵抗なのは好都合だ。
 叶多のくちびるを撫でるように舐めたあと、躰を起こして叶多の脚を開く。そこから覗くのは良心が痛むくらいあどけない色だ。いや、良心より遥かに強い劣情が湧く。

 いまにして思えば、七年まえはよく決別できた。おれは見合うのか。もしかするとその疑問はきれいごとで、主の要因は、飛びついてくる叶多に対して心身ともから込みあげる反応を避けられなくなっていたからかもしれない。誰かに横取りされることもあり得る。その苛立ちよりも酷い、卑劣な自分から逃げた。
 ――逃げた? おれが?
 戒斗は顔を険しくしかめ、自分に問いかけた。そして、ため息を吐く。
 そうだ。認めたくなかったのだろう。まだ子供としか見えない叶多に“女”を慾している自分を。
 一時期は自分を疑っていたものの、犯罪紛いの後ろめたい気持ちじゃない。積極性より、恥ずかしさから逃げたがる幼さが面倒くさいながらも気に入っていることは否定しようがなく、そこをつかれればコンプレックスであることを認めざるを得ない。ただし、叶多限定だ。なぜなら。
 おれの手を離れてもやっていけるという、変わっていく叶多と、いまみたいにまるで無防備に自分をおれに預ける、変わらない叶多。どっちだっていい。その根本は何も変わっていない。それは叶多の無自覚な強さにほかならない。
 すべてが慾しい。護りたい気持ちは止まない。腹が立つほど。

 この期に及んではブレーキをかけるべき制約も理由もなく、卑怯な自分も認めたはず。いまは目の前に叶多がいる。“男と女”である以上、50:50(フィフティ・フィフティ)――慾するままにして何が悪い。
「覚悟しろ」
 戒斗は小さくつぶやいて叶多の胸を緩くつかんだ。手のひらで持ちあげるようにして先を親指で突く。肌と同化するように柔らかい感触が、やがて硬く、そして色素がそこに集まっていく。もっとだ、という気持ちに押されて摘むように擦ってみた。こうすると、いつも叶多の抵抗は削がれる。
 んっ。
 叶多はかすかに呻いて、やっと身動きをする。目を開ける気配はなく、続けると、戒斗の指先に反応して叶多は息をあげ、胸を突きだすように背中を浮かせる。条件的反応なんだろうが、戒斗の気をそそるしぐさだ。ためらうことなく伸しかかって左の胸先を咥えた。叶多の躰に震えが走る。空いた右手を脚の間に忍ばせると、指先は快楽の標に触れ、同時に叶多の腰がピクリと跳ねた。
 痛めないようにと叶多自身が溢れさす蜜を指先に絡める。その行為だけで叶多の躰は震え始めた。しばらく快楽から離れていた躰はいつもに増して敏感になっているのかもしれない。剥きだしの襞をゆっくり揺らしていくと、開いていた叶多の脚が閉じて、その膝頭が戒斗の腰を挟む。手で(まさぐ)りながら顔だけ上げると、両脇に投げだした手は縋るように拳を握っている。
 両手で同時に胸と脚の間の触覚を摘んだ。
 んふっ……はぁ……っ。
 どっちで反応しているのか、おそらくはどっちもなんだろうが、叶多は躰を捩って喘いだ。いつものように悲鳴のような声が出ないということは、叶多は夢の中ということだろう。どんな夢になっているのか覗いてみたいと、叶うはずのない欲求に戒斗の慾が疼いた。それでもまずは叶多をイカせたいという、加虐すれすれの気持ちのほうが遥かに大きい。
 戒斗は再び顔を下げ、自分が濡らした胸の先を含む。確かな感触に満足を覚えながら舌で巻き取り、身震いという叶多の反応をつかんだ戒斗は、甘咬みしながら吸いついた。
 んんっ。
 叶多の腰が浮いて全身を硬直させ、次の瞬間には戒斗の下でビクッと跳ねあがった。戒斗は躰を起こすと、余韻でピクピクしながら弛緩しきっている叶多の脚を開く。照明を受けて、濃いピンク色にふくらんだ場所がガラスのように所々を光らせる。
 叶多の呼吸が収束するのを待つことなく、戒斗は蜜口に口づけた。
 は……ふっ。
 いくら舐めあげてもぬるりとした舌触りは取れず、その間、息苦しそうな呼吸を繰り返す叶多はまもなく脚を突っ張ってきた。抵抗ではなくイクことへと繋がる自然の反応であることを戒斗は楽しむ。襞を咥えこみ、吸いながら先を剥くようにして舌で擦った。
 んはっ、あ、ぅうああんっ。
 夢の中でも堪えきれなかったらしく、叶多は声をあげながら背中を反らして腰を戒斗へと差しだす。さっきの反応以上に激しく躰に震えが広がっている。顔を離した戒斗は舌なめずりをして、収縮する躰に連動するように叶多の中から粘り気のある濃い蜜が零れてくるのを眺めた。

「戒……斗……」
 叶多の目が薄らと開く。脚をおろしてやると、躰は麻痺しているかのようにぐったりとベッドに沈んだ。かすかだが、消えきれていない名残が規則的に叶多の躰を波打たせている。
「どうだ?」
「……夢?」
 喘ぐように息を継ぎながらそう訊ねた叶多の声は脱力感に満ちている。寝ぼけ眼なせいか、続いた快楽のせいか。
「夢の中でイクってどうだった?」
 ニタリと笑ったあと、戒斗はまた叶多の脚をつかみ、膝の裏を抱えて胸のほうへと押した。伴って叶多のお尻が浮き、見ただけで濡れそぼっているとわかる場所が戒斗の目に曝された。煽られてまた口をつけると、叶多が切羽詰ったような悲鳴をあげる。
「戒……斗っ」
「夢じゃないって実感させてやる」
 戒斗は躰を起こし、返事を聞くまでもなく叶多の入口に慾を押し当てた。
 あっ。
 熱い感触に浸かりながら、戒斗は一気に進んで奥へとねじ込ませる。叶多は息を呑んで首をのけ反らせた。
 叶多の体内は戒斗の慾を充分に潤滑させるくらい(ぬめ)っているが、きつく戒斗を締めつける。戒斗が窮屈と感じるからには、叶多をつらくさせているに違いない。
「叶多、大丈夫か」
 戒斗は少しだけ後悔しつつ、こめかみから髪を撫でおろすと、そのしぐさに安心したように叶多の躰が緩んだ。叶多の脚を腕に抱えながら前にのめって、その躰の両脇に手をつく。その間、叶多は戒斗の動きを敏感に感じ取って呻いていた。
「戒斗、本物、だよね?」
 叶多は(つか)えながらちょっと笑った。まだ寝ぼけているのか恥ずかしさは見えない。
「確かめればいい」

 叶多のペースに任せる気持ち半分で挑戦するように促したとたん、叶多が確かめだす。戒斗にしろ、セックスは久しい感覚であり、背中にぞくっとした震えが湧きあがってくる。くぐもった声が重なった。
 戒斗が真上から突き刺して組み伏した状態で静止している以上、叶多が快楽を軽減しようとしたところで、上にも下にもわずかしか逃れられずに身を捩る。その限られた動きがかえって叶多を追い詰めているようで、プルプルと腰を震わせている。それが戒斗を攻めることになるという快楽の循環が始まった。
 十分くらいたっただろうか。叶多は息を詰め、自らの確かめるという行為で感覚の中に自分を投じた。収縮が戒斗を絡めとる。それを振り払おうと、いったん歯を喰いしばったあと、戒斗は短く呻き声を漏らしながら呼びかけた。
「叶多」
「な……に?」
「順調か?」
「……な、に?」
「生理」
「……うん……た、ぶん、も……すぐ」
 呆けた返事を信用するのは危なっかしいところだが、そんときはそんときだ、と慾に負ける一方で戒斗は渡英まえにさかのぼり、素早く計算して大丈夫だと判断する。
「おれもイカせてもらう。叶多、もう一回くらいイケるだろ」
 肩で息をしながら、叶多は弱々しく首を振った。
「も、だめ、かも――う、あ、ぁあうんっ」
 叶多が云いきれないうちにゆっくり腰を引いた。そして沈める。そのワンストロークだけで叶多は右肩をせり上げて快楽から逃れようとした。戒斗はかまわず、叶多の体内で慾を引きずる。三度目のストロークで叶多の躰は波打ち、まえの余波が収束しきれないなかで次の快楽が弾けた。
 突っ張った躰に覆いかぶさった戒斗は、叶多のくちびるをふさぎ、すぐあとに発せられた甲高い悲鳴をくぐもらせた。ビクリと跳ねあがる腰と体内の小刻みな振動が戒斗を刺激して、あとを追うように戒斗は叶多の口の中に呻き声を吐きだした。

 荒い息が治まるとともに体力は回復していく。戒斗はゆっくりと叶多に伸しかかった躰を起こした。叶多は眠ったのか気絶なのか、その躰はぐったりと伸びている。額から頭を伝い撫で、それから戒斗は躰を離すことなく、叶多の左脚を持ちあげて右脚に重ねると背後から抱く格好で自分も横たわった。
 空っぽだった腕がやっと満たされる。
 ふたりの躰にタオルケットをかけると戒斗は目を閉じた。

 *

 泥のような眠りのなか、脳内の一部が目覚める。まさに一つの目を開けた感覚だ。深層から這いだした目、自分が叶多であることを認識する目、起きなくちゃと意識する目、何曜日かなと考える目。一つ一つ目覚めていくたびに、躰が重いということが鮮明になっていく。疲れきったような内部にある重さと物理的に外側から躰に負担がかかっている重さがある。
 両方から逃れようと躰を捩らせたとたん。
 あ、あぅっんくっ。
 口をついて出た反応は、自分でも(なまめ)かしく聞こえた。この感覚は身に覚えがある。その一方で、頭の中が混乱して、すぐには自分の置かれている状況を把握できない。

「誰?」
 うまく考えられない自分の質問があまりにも愚かだったと気づいたときは遅かった。
「おれのほかに誰にやられた?」
「か、戒斗っ……?! う、あっ」
 横向きになった頭上から戒斗の唸るような声がして、背後を向こうと躰をひねったとたん、また感覚に襲われた。そしてその瞬間に、体内で“本物”が大きく息づいた。
「そう、おれだ。“誰?”ってなんだ? 叶多にこんなことをやってる奴がおれのほかにいるって?」
「ち、違うっ。そういう意味じゃなくって――あああっ、待ってっ」
 自由なほうの戒斗の左手がそのままの姿勢で脚の間に入りこみ、抉じ開けるようにデリケートな位置に潜ったあと、戒斗の左脚が叶多の脚の上に載って押さえこんだ。躰の下側にある右手が叶多の胸先を摘み、戒斗の手がそれぞれに触覚を擦りあげた。
「問答無用だ。イケよ」
「あふっ、戒斗、だめっ、も――うくっ」
 叶多は云いかけて、あまりに鮮明な快楽に声を詰まらせる。
「もう? やっぱ、叶多の躰はいい」
 戒斗は悦に入った声で、背後から自在に叶多の躰を弄った。
 あ、あふっ、あ、ああああ――っん。
 声に合わせて躰が飛び跳ねるも戒斗の躰に押さえこまれていて、快楽は叶多の中にめいいっぱい閉じこもった。叶多に引きずられようとして堪えた戒斗が発した呻き声も聞こえないで、叶多は喘ぎながら息を継いだ。

「戒……斗、酷、い」
「ほかの男を仄めかすからだ」
「って、そんなこと云ってない! ただ寝ぼけてただけだし――」
「確か、誰かに抱きつかれたって云ってたな」
「……や、だからあれは――」
「おれから離れられない躰にしてやる」
 云いながら戒斗は再び手を動かし始めた。
「あふっ……戒斗!」
「なんだ?」
「あっ……さっき、のも、ふっ……いま、のも、うくっ……えっちな、おじさん、みたいな、云い方っ」
「なんだって?」
 戒斗の気を挫こうとしたのに、逆に肝を据えたような声がした。イッた余韻に満ちた場所を容赦なく戒斗が弄り回す。痙攣しっぱなしの躰はそのうえに身震いして、悲鳴と一緒に足先まで伝わった。
 体内で戒斗を締めつけ、そのピクリとした反動が叶多自身を襲って快楽が消えてくれない。その刺激が落ち着くのを待つ間もなく、弛緩してただ戦慄(わなな)く躰がうつ伏せにされたあと、戒斗に腰を持ちあげられた。
「あ、やだ――っ。あんっ」
 抗議は押しやられ、へんな格好のまま、戒斗が待ったなしで律動を始めた。久しくなかったその動きは叶多にとって衝撃的だ。
 あぅ、あっんっ、あんっ。
 口を出る鳴き声は、いまの格好そのものの犬みたいで恥ずかしい。奥に入ってくるたびに躰が痙攣するほど疼き、ドロドロになった蜜たっぷりの壷を突き回すような音が酷く耳につく。次々と体内から溢れた粘液が脚を伝うのがわかった。
 昨日のことを思いだせないままでこういう状況に置かれた叶多は、恥ずかしい気持ちと同じくらい自分の躰がおかしいんじゃないかという不安に襲われる。
 戒斗が引こうが突こうが連動して出る声も止められない。快楽に逆らう意思も力もどこにもなくて、叶多はお尻をせん動させて弾けた。
「戒……斗……も……無理っ」
 そう訴えたのに、戒斗自身が苦しそうに呻いているというのに、律動を繰り返すことで叶多にまだだと云い渡す。
 叶多は溶けそうな怖れに、ただぐったりとベッドに頬をつけて泣き始めた。伴って、戒斗の動きが緩やかながらもどこか激しくなる。まるで(なぶ)るようで、叶多は自分のコントロールさえ及ばずにとうとつに駆けあがった。
 うくっ。ゃぁあああ――。
 叶多の声はプツンと途切れ、直後、腰を激しく揺らした。
 くっ。
 蠢動(しゅんどう)に呑みこまれ、深くぐっと叶多の中に沈んだとたん、戒斗もまた呻きながら慾を放出した。
 叶多はむせぶように泣きながらもおなかの奥深くに、くすぐったいような感触を伴って自分のものとは別の温かさを感じる。お尻の上のほうからは荒々しい息遣いが聞こえ、痙攣する躰をなだめるように這う手も震えている気がした。
 やがて繋がったままの姿勢で息を整えていた戒斗が腰を引いた。それに釣られて体内がざわめき、叶多は息苦しく呻いた。抜かれたあとのスカスカになった感触と、そこから零れだす感覚にもまた小さく声をあげた。
「いい感じだ」
 叶多は屈辱的な態勢だとわかっていても、誕生日のときのように力尽きて動けないでいる。いや、いまはあのときよりももっと酷くて、筋肉痛じみている。何がいい感じなのか訊かないほうがいいことは確かだ。
「うくっ……助けて」
「って叶多から云われれば救わないとな」
 嗚咽を漏らした叶多と対照的に戒斗の返事は愉悦に満ちている。快楽のあとをきれいにした戒斗は、すぐに救う気はないらしく、お尻に咬みついた。そして強く吸いついた。印をつけるためなのは歴然としている。
「戒斗、痛いっ」
 責めるように叫ぶと今度はゆっくりと舐められた。

「戒斗、訊いていい?」
 恥ずかしさを押し退け、叶多は不安を解消したくて戒斗に呼びかけた。
「なんだ?」
「開いてない?」
「何が」
「まえに……今日みたいにずっと戒斗が入ってたことあって、それで……開きっぱなしになってるって……」
 羞恥心百パーセントを隠して恐る恐る訊いたのに、戒斗の息がお尻にかかる。笑ったのに違いない。
「戒斗?!」
「ああ」
 やっぱり戒斗はおかしそうな声で応じると、叶多の躰を伸ばして、それから仰向けにひっくり返した。その間、節々が(きし)んでいるように痛む。年を取った気分だ。
「気にしてたのか。あれは冗談だ。開いているのは瞬間ですぐに閉じるに決まってるだろ」
「だって……さっき、あたしのおなかの中、すごく……その……いままでにないくらいいっぱい……出てた気がするの! 気絶しちゃったり、あたしってやっぱりおかしいのかも!」
「ああ、それはおれが昨日、中でやったままにしてたからだ」
「……やった?」
「覚えてないのか?」
 隣に横たわった戒斗はすまして打ち明け、それからおもしろがって問いかけながら口を歪める。その笑い方を見たとたん、夢を思いだした。いや、夢じゃなく現実だったのだ。
 かなり無防備に応じて、感じてたんじゃないだろうか。
 叶多は顔を赤くして目を伏せると、戒斗に背を向けようとした。と、横向きになることは叶わず、呻き声が漏れた。これは筋肉痛に違いないと思い当たる。
「叶多、どうした?」
 様子が違うと見て取った戒斗が心配した口調に変える。
()ってる」
「凝ってる?」
「昨日、戒斗が帰ってくるって思ったら眠れなくて、昼間、おばさんから云いつけられて下の和室、全部畳拭きしたの。あ、おばさんは時間潰しに協力してくれただけ」
 戒斗が顔を険しくして、叶多は急いで付け加えた。すると、戒斗がニヤッと表情を変えた。
「眠れてないってのは聞いた。車の中で飛びこんできたとたん寝てるしな」
 そこで叶多はめいいっぱい目を見開く。自分がとんでもない失態をしていることに気づいた。それも一つじゃない。
「あたし、車の中からずっと寝てた?!」
「ああ。おれが部屋まで運んだ」
「お、おばさんに……見られてる?」
「和久井は当然だし、もちろん母さんも父さんにも知れてる」

 戒斗の『もちろん』に叶多は消え入りたい気持ちで蒼ざめた。楽しみをまえにした子供とかわらない。落ちこみながら思いだせるはずのない眠っている間のことを想像しているうちに、ここがアパートでないこと、夢現でえっちをしてしまったこと、いや、それ以上にいま声を出して――もとい、叫んでしまったことに思い至った。
 筋肉痛も忘れて、叶多は慌てふためいて起きあがる。見た時計は十二時だ。まさかでもなく、カーテンの隙間から光が入りこんでいて昼の十二時に違いない。寝坊だけならまだしも――。
「戒斗っ、どうしよう! あたし、こ、声――っ」
 最後まで云わずに途切れさせた叶多は、情けないほど頭を垂れる。
「大丈夫だ。無闇に叶多に恥をかかせるつもりはない。母さんたちは出かけてる」
「ホント?」
 期待に満ちた叶多が顔を上げると戒斗が笑った。
「ああ、昨日そう云ってた。まあ、気をきかせたに違いないし、ナニしてるかってことは見当ついてるだろうけど」
 戒斗は云い含んだ。叶多は惨めな気分で、責めるように口を尖らせた。

「……なんだか戒斗、あたしの扱いが酷くなってない? いまのえっちもそうだし、昨日も車の運転のこと怒って、ちょっと近寄れない感じだった」
「手加減なく大事にしてる、の間違いだな」
 よくわからない訂正だ。それはともかく、ふたりきりというのはちょっと――いや、こんなに遅く起きてしまったことを惜しく思うくらいうれしい。
「戒斗、キスしていい? それからハグも!」
「エスカレートしたらどうする?」
 叶多の軽はずみな発言を受けて、戒斗が脅す。
「……服着てから」
 半ばびくびくしながら提案すると、戒斗はあっさりと、オーケー、と云って早速ベッドからおりた。
「時間はたっぷりあるからな」
「え?」
 叶多が問い返すと、うっとりと見ていた背中が正面に変わり、いらぬところが、じゃなく大事なところだけれど直視できないものが目の前に見えてあたふたした。視線を逸らした先の天井の模様を見つめながら、ふやけていなかったと回想してしまい、また独り首を横に振って慌てる。
 戒斗は可笑しそうに叶多を見下ろして口を歪めた。
「九月いっぱいまでバンドの仕事はナシだ」
「え?」
「曲作りとか、祐真のライヴのこととか、そういうのは休まないけど、事務所に拘束されるような仕事はない」
 目を丸くして戒斗を見つめたあと。
「戒斗、おかえりなさい!」
 叶多はあらためて云うなり、痛む節々を無視して、笑った戒斗に飛びついた。

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