Sugarcoat-シュガーコート- #116

第12話 Go to Receive -4-


 戒斗が運転する車は、アイアンウッドの塀に沿いだすと徐々にスピードを落としていく。背の高い塀で、家は一部さえも見ることができない。
 ずっとまえ、叶多は一度だけタツオに頼んで、大学の帰りに有吏の家に連れてきてもらったことがある。そのとき中は覗けなかった。
 門扉の隙間からちらりと家が覗いて好奇心に駆られ、叶多が近づこうとしたとたんにタツオが止めたのだ。門の前には広いスペースがあるけれど、その敷地内に一歩でも入ればセンサーが働いて映像が残ると云う。覗き見する叶多がばっちりの映像を見られれば、戒斗の立つ瀬がないだろうからとあきらめた。
 この五軒先には本家の護衛をする衛守(えもり)家がある。そのときついでにタツオから教えてもらった。住居と繋がって衛守セキュリティという、和瀬ガードシステムと同じ警備の会社がそびえている。高級住宅街の中にポツンと会社がある違和感も、それが警備会社だけに、周囲からはむしろ安心材料になるだろうというタツオの意見にはなるほどと思った。

 有吏家の門へ近づくと、戒斗が車のダッシュボードの中央に手を伸ばし、取りつけられているボタンを押した。一息遅れて門扉が自動で横に開いていく。車が余裕で通過できるほど幅の広い門扉は、矢取家と同じ鉄製でも、矢取家が欧風で優雅なのに比べ、有吏家は鉄と鉄の隙間が少ししかない、和風で重厚な造りになっている。
 門を入って車は左折した。車道は石を平たく敷き詰められていて、そのすぐ向こうに大型の高級車でも優に四台は止められそうな車庫がある。戒斗は奥のほうに前からそのまま車を入れた。
 それぞれにドアを開けて車を降りると、戒斗は後部座席とトランクの中からスーツケースを四個取りだした。
「戒斗、やっぱり家おっきいよ」
 車庫を一歩出た叶多はぐるりと敷地内を見渡して嘆息した。
 舗道を除けば、敷地内は白っぽい砂利が広がっていて、大小様々な石と背の低い木がバランス良く配置されている。いまは紫陽花がきれいだ。
 車庫から斜めにある歩道の先には、これでもかというくらい和の堂々ぶりを発揮した、瓦屋根の大邸宅がある。和とはいえ古びた感じはなく、主に木材が使われているというだけで、モダンな印象を受ける。夕陽が差すこの時間は、緩やかな影が(みやび)な風情を醸しだしている。戒斗によれば十年以上前にリフォームされたそうだ。

「まえは衛守家が一緒に住んでいたからな。大所帯だった。いまは父さんたちふたりだけだし、持て余してるだろ」
 戒斗は叶多の反応を可笑しそうに見ながら簡単に説明した。それから、行くぞ、と促されると、叶多は思わず自分の足もとを見下ろした。
「叶多?」
「なんだか足が固まってる」
「観念すべきだ。仮にも“有吏家の嫁”だろ」
 戒斗はふざけた口調ながらも、叶多にもろにプレッシャーをかけた。が、戒斗に『有吏家の嫁』と云われると、戒斗から将来の保証をもらったようで単純にうれしくなった。
 戒斗が大型のスーツケースを二つ、叶多が小型のほうを二つ、ともにガタガタと引きながら玄関に向かった。歩道は車道と同じで石が敷かれているけれど、こっちはわずかにでこぼこしている。途中で門から真っすぐに伸びる歩道と合流した。
 玄関は門扉と柄が一緒で、二枚合わせた間にすりガラスを挟んでいるような引き戸だ。
 戒斗は戸を開けると、ただいまも云わずに入った。特別おかしいことではない。アパートにいるとき一度もただいまと云ったことがないのを考えると、それは根付いた習性らしい。一つ発見だ。
「こ、こんにちは!」
 云い慣れた挨拶の言葉なのに舌を咬みそうになった。緊張が丸出しだ。
 叶多の声に反応したのか、やたらと奥深い廊下の手前のほうで右側からこもった音がした。たぶん足音だ、と見当をつけたと同時に詩乃が姿を見せた。どんな反応を見せられるかと半ば戦々恐々としていたなか、いつもと変わらず、いや、普段よりはずっと気さくな笑みが叶多を迎えた。
「叶多ちゃん、いらっしゃい。上がって。戒斗、夕食前にコーヒーでもどう?」
「ああ。さきに荷物を置いてくる」
「わかったわ。叶多ちゃんの部屋は別に用意してないんだけど、あなたのとこで一緒にいいわよね?」
「かまわない」
「じゃ、コーヒー用意してるから」
 部屋が別々かと思っていた叶多は、詩乃の大らかさに感心しながら、ちょっと恥ずかしくもあり、何よりも安堵した。
「二階だし、荷物は置いてろ。おれがまた下りる」
「うん」

 戒斗のあとから廊下を進み、詩乃が出てきた、おそらくはリビングの向こうにある階段を上った。正面のドアは素通りして、戒斗はその次のドアを開けた。もう一つ向こうにドアがあって、三兄妹の部屋なんだろうと叶多は見当をつける。
 入った部屋は和の趣はなく、全体的にダークブラウン系の配色で温かい雰囲気だ。ただ、飾り物は何もなくて、十畳ありそうなほど広いだけに殺風景に見えた。普段ここで生活していないことを考えると殺風景でも致し方ないけれど、最初にアパートに来たときもこんな感じだったことを思いだすと、叶多はちょっと感慨深くなる。
 入って右側は、書棚が二つ、大きすぎるほどの机を挟んで並び、反対側にはベッドとタンス。奥が一面窓でベランダがある。
 ベッドに目を戻すと、布団を別に敷かなくても大丈夫なくらい広い。叶多はそう思うとなんとなく独りで照れた。
 書棚を覗いてみると、下の段にバイクと音楽関係の本を発見した。月刊誌なのか、数字がきれいに並んでいる。この光景はアパートにもある。それにも増して借りている車庫にも似た雑誌や本が山積みされている。戒斗の好きさ加減はそれらを捨てきれないというところに表れていて、ちょっと子供っぽくもあり、叶多は自分と近く感じてうれしいと思う。
 それからベランダに出てみた。クーラーのきいた部屋にいたぶん、むっとした熱気を感じたけれど、下には水路のある庭園が見えて涼しげだ。高い塀に囲まれているわりに、敷地がだだっ広くて圧迫感はない。この異常なほどの広さもセレブリティの見える住宅街なだけにそう目立つわけでもない。

「叶多、行くぞ」
 あとの荷物を持ってきたらしい戒斗の声がすぐ背後で聞こえた。叶多は突然で飛び跳ねそうになる。
「戒斗っ、落ちちゃうよ!」
「うさぎほど飛べるんなら落ちるだろうけどな。やっぱ、叶多を脅かすのはおもしろくてやめられない」
「心臓発作起こしちゃうかも」
「なら、人工呼吸と心臓マッサージしてやる」
 少し尖らせた叶多のくちびるにいきなり戒斗が喰いつく。その手はそれぞれに胸を覆って、躰がベランダの柵に押しつけられた。いまは戒斗の手が動くことからくる恥ずかしさなど頭になく、叶多は落ちそうな気がして戒斗の首に手をしっかりと回した。
 キスをしたまま戒斗が笑って、そして顔を上げた。
「めずらしく積極的だな」
「違う。柵が壊れちゃったら真っ逆さまだし、怖かったの!」
「おれといて怖いって?」
 戒斗は気に喰わないとばかりに顔をしかめた。
「違う、そういうことじゃなくって! あたしが高いところ得意じゃないこと知ってるよね?」
「ああ、なるほど。自業自得ってやつか」
 戒斗は“最初”を思いだしたらしく、すぐ目の前の顔は不機嫌さから一気におもしろがった眼差しに変わった。
「あのときもこうやっておれの首にしがみついてきた」
「でも戒斗の手、違う」
 叶多が指摘すると、戒斗の手がぎゅっと胸をつかんできて、叶多はかすかに呻きながら躰を(よじ)った。
「あたりまえだ。いまみたいなことやったら犯罪だろ」
「違う。ロリコン!」
「……。覚えてろ」
 一瞬言葉に詰まった戒斗は相当そこに(わだかま)りがあるらしい。仕返しを(あお)らないように叶多は笑うのを堪えた。もっとも、最近は怖がるよりも、仕返しがうれしいかもしれない。
「覚えてる」
 叶多は思わずそう答えた。
 戒斗は力なく笑う。
「さっきから『違う』ばっかりのくせに、流してほしいところで従順だってどういうことだ?」
「たぶん、お嫁さんていうの、すごくうれしいし、置き去りにされるの、すごく怒ってるから」
「置き去り、ってのは間違いだ。母さんが乗りこんでくるまえに下に行くぞ」
 肝心なところで話を逸らされた気もするけれど、初日から時間にルーズだと判断されるのもご免(こうむ)りたい。叶多は戒斗の首に回した手を離した。


 詩乃が待っていた部屋は、このまえ見たマンションのLDKほどに広い。対面式のシステムキッチンにしろリビングにしろ、洋風の造りだけれど、木材は竹が使われているせいか、側面に見える庭――二階から覗いた水路のある素朴な庭の雰囲気と息が合っている。
「叶多ちゃん、コーヒーはお砂糖入れるのよね?」
 入り口に立ち止まって見渡していると詩乃が声をかけた。
「はい。あたし、やりましょうか」
 昨日、千里から電話があって、嫁姑とは、という講習を受けたことを思いだし、叶多は慌てて申しでた。こういうときは、やります、という断言ではなくあくまで柔らかく、だったはず。
「いいのよ」
 ――などという制止には、純粋に受け取っていいのかそうでないのか、相手の表情を見抜くべし。わからないなら、些細なことをやっておく。
「あ、じゃあ、あたしが運びます」
「叶多ちゃん、いいから座ってなさい。今日はお客さん。明日からは家族」
 そんな台詞は台本になかった。
 どうしよう。
「叶多、今日は何もしないでいいってさ」
 戒斗は可笑しそうに云って、叶多の背中を押しながらリビングに連れていった。

「拓斗と那桜ももうすぐ来ると思うわ。みんながここでそろうのは何年ぶりかしらね」
 詩乃はコーヒーをテーブルに置いてソファに腰かけると、しなやかに笑った。
 拓斗兄妹が来ることは初耳で、叶多は那桜がいると知るとほっとした。が、ふと考えこむ。
 もしかしないでもあたしだけ他人? いや、遠く血は繋がっているけれど、『みんながそろう』家族水入らずに水を差してるのはあたし?
「叶多ちゃん、お砂糖足りなかった?」
 向かいに座った詩乃が首をかしげた。
 知らぬ間に顔をしかめていたらしい。叶多は慌てて首を横に振った。
「いえ! ちょうどよくって美味しいです。ヘンなこと考えてたからヘンな顔してたのかも」
「ヘンなこと?」
「あ、どうでもいいことですから!」
 今度は手を振って詩乃の追及をかわした。
「いつものことだな」
 戒斗が助け舟を装ってからかうと、詩乃は可笑しそうにした。
「いつも思ってるんだけど、叶多ちゃんて見てるだけでおもしろいわ」
「いえ、それほどでも」
 と、とりあえず云ったのはいいけれど、叶多は自分でもどこかおかしな相づちだと思った。案の定、戒斗が隣で笑う。
「私はね、叶多ちゃんに期待してるの」
「期待、ですか」
「そう。戒斗が変わって……拓斗と那桜のことは知ってるわよね?」
 詩乃はめずらしくためらった様子だ。
「はい」
「親としてショックだったし、認めてもいまだに複雑な心境は変わらないわ。でも……」
 詩乃は中途半端に言葉を切った。
「でも、なんだ?」
「だから複雑で一言では云えないのよ。ただ、こうなっても不思議なことじゃないと思ってるわ。この家は閉鎖的で……拓斗はお父さんにそっくりだから」
 それがどういう意味なのか、戒斗を見れば怪訝そうにしていて、叶多にわからなくて当然だ。詩乃は笑って続けた。
「とにかくね、戒斗が出ていったことでたぶんこうなってるんだわ。バラバラになったけど、少なくとも私は得たものがあって。それで、叶多ちゃんといれば私も本当に変われそうな気がしてるの。あの人もね」
 詩乃の“あの人”というのが隼斗であろうことはわかる。その呼び方はよそよそしい夫婦という、いままでの印象と正反対に、極々親しげに聞こえた。
 戒斗は息を吐くのと一緒に笑い、一方で叶多は『バラバラになった』ということになんとなく責任を感じてしまう。困惑して首をかしげると、
「だから、ここでは普通の叶多ちゃんを見せてね。千里さんと同じだって思ってほしいの。いいかしら」
と、詩乃は訊ねた。その雰囲気が質問ではなく、いいわよね、と強制的に聞こえたのは気のせいだろうか。
「あたしの普通でよければ頑張ります」
「じゃなくって。頑張らないでいいのよ」
 詩乃は上品に囁くような笑い声を出した。
 それから叶多の生活パターンを話題にしているうちに、聞いたことのある音色でオルゴール音がリビングに広がった。
「帰って来たんだわ。夕食にはちょっと早いけど。叶多ちゃんは座っててね」
 詩乃は徐に立ちあがってキッチンへと行った。

 叶多は問うように戒斗を見上げた。
「いまの、インターホン?」
「似たようなもんだけど違う。センサー音だ」
「センサー音?」
「門の前のスペースに入ると、自動で侵入者の撮影が始まって、門が開けられるといまみたいな音で誰が来たかを知らせる。車に載ってる場合も一緒だ。顔が認識されたあとじゃないと鍵を使っても門は開かない」
「誰かってわかるの?」
「三次元の顔認識システムが働いてる。もしユナちゃんとか連れてくるときは事前に母さんに連絡しておかないと、連れを不審者とみなして鍵は解除されない。逆に不審者通報される」
 有吏家が大それた防犯システムを整備していることだけは見当ついたものの、面倒くさそうで叶多は眉間にしわを寄せた。ため息を吐くと、戒斗はニヤリと返して続けた。
「簡単に説明すると、三次元、つまり立体的に顔を認識するから本人の特定ができる。それを登録して、グループごとに音分けしておけば誰だか見当はつくだろ。家族はみんなさっきの音だ」
「あ、祐真さんの曲! さっきの“PLACE”だよね?」
「ああ。なんでFATEじゃなくてユーマの曲なんだって思わなくもないけどな」
 戒斗は肩をすくめて云い、叶多は笑った。

「補足しておけば、塀の上も門の上も赤外線センサーを取りつけてる。万が一、鍵をどっかに忘れてきたからってよじ登れば不法侵入扱いだ。侵入者向けの警告メッセージが流れてカメラが照準を定める。そこで人間と判断されればロックオンされて厳戒システムが作動する。警告を無視して強行突破すれば、監視している衛守セキュリティからシステム解除がされないかぎり、敷地内に着地した時点でセキュリティが働く。家の侵入経路はすべて防犯扉で閉鎖されて自動ロックされる。つまり、どうせ家には入れないし、数分後には衛守家から銃口を向けられることになる。そういう無駄をするより、忘れたときはインターホンを使え。誰もいないときは衛守家に連絡しろ」

 日本なんだから銃口を向けられるなんてありえない、と思いつつも戒斗の顔は真剣で、有吏一族が暗であることを考えれば大げさじゃないかもしれない。それ以前に、梯子(はしご)でも使わなければあんな高い塀や門扉を乗り越えられない。背の高い戒斗でも飛びあがらないと手が届かないんじゃないだろうか。

「お猿さんじゃあるまいし、あたしがよじ登れるわけないよ」
「なるほど。叶多は猿とは仲の悪い犬だったな」
「納得するところが違う」
 戒斗は可笑しそうに首をひねった。
「いつかどういうふうになるか試してやろうか」
「うん。おもしろそう」
「お気楽だな」
「侵入されたことあるの?」
「いまのところはない」
「でも戒斗、なんとなくあたし、そんなときに限って外にいて、侵入した人と鉢合わせしそう」
 叶多がおもしろがって云ったのに対して、戒斗はしかめた顔でため息を吐いた。
「おれがいちばん心配してるのはそこだ」
「やっぱり納得するってヘン!」
 怒ってみせると――いや、半分は本気で拗ねているけれど、戒斗の表情が緩んだ。
「侵入者があれば敷地内に警報メッセージが流れるし、もし家に入るのが間に合わなければ隠しドアを使うって手がある」
 思わず叶多は躰を引いた。
「やっぱりここって忍者屋敷?!」
「そうなの」
 叶多の疑問に答えたのは詩乃で、叶多は前のめりになって戒斗越しにキッチンへと目を向けた。
「私も最初は戸惑ったわ。リフォームする前の家、結婚してすぐの頃、廊下の落とし穴にはまってしまったのよね」
 叶多はぎょっとして、詩乃の至って穏やかな顔を見つめた。
「叶多、そこは冗談だ。昔もいまも家の中にからくりはない」
 戒斗が口を挟んだ。
「叶多ちゃんて真面目に反応するからおもしろいのよね」
 詩乃は誰もが云うようなことを口にした。叶多のひしゃげた顔を見て戒斗がこっそりと笑う。

 そこへリビングの戸が開いて、拓斗と那桜、続いて隼斗が入ってきた。
「おかえりなさい」
 詩乃が迎えの言葉を云うと、叶多はさっと立ちあがった。前に出ようとして足が突っかかる。
「叶多ちゃん!」
 すぐ横にいるとわかっている戒斗の足が目に入らないなんて緊張は極限かもしれない。転びそうになりながらそう考えるあたり、冷静になれたというよりは戒斗を信用しているんだろう。思ったとおり、戒斗は瞬時に立ちあがって、正面から叶多の肩に腕を回して支えた。
「おどおどした犬みたいだ」
「そんなんじゃない」
「慌てなくても大丈夫だ」
 戒斗はとうとつに叶多をなぐさめたあと、肩から離した手を叶多の背中に添えて隼斗たちを向いた。
「父さん、叶多を連れてきました」
「こんにちは。今日からお世話になります」
 戒斗が云いだしてくれたことにほっとしながら、隼斗の目が戒斗から叶多に移ったと同時に深々と一礼した。
「ゆっくりしなさい」
 太い声は感情の判別ができなかったけれど、それが礼儀からくるものだとしても叶多はただ安堵した。
「はい!」
「叶多ちゃん、久しぶりだよね。戒兄に置いてかれちゃうから怒ってるって聞いたんだけど、ケンカしてるわけじゃなさそう」
 那桜は叶多と戒斗をかわるがわる見比べて冷やかした。叶多はカッと頬を火照らせた。那桜の情報源がどこかははっきりしている。
「戒斗、喋ったの?」
「正しく云えば、戒斗から聞いたのはおれで、那桜に喋ったのもおれだ」
 叶多の情けない質問に答えたのは拓斗だ。
「そ。叶多ちゃん、こう見えて、拓兄も戒兄もお喋り。男の人って意外とそんな感じかもね」
 那桜は以前、ユナから聞かされたのと同じことを云った。
 戒斗と拓斗は兄弟らしく、そろって首をひねった。ふたりとも『お喋り』とは程遠いイメージでも、少なくとも叶多の不満が漏れていたのは確かだ。

「ごはん、もういいわよね?」
「あ、()ぐの手伝うよ。叶多ちゃん、運んでくれる?」
 那桜が声をかけるとコーヒーのときを思いだし、叶多は迷ったすえ、詩乃を見やった。
「じゃ、叶多ちゃん、並べるのをお願いね」
「はい!」
 詩乃に頼まれたことにほっとした。余所(よそ)者からちょっと近づけた気がする。
 叶多の緊張も(ほぐ)れたなか、戒斗と拓斗が話題を先導して夕食は進んでいった。

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