Sugarcoat-シュガーコート- #113

第12話 Go to Receive -1-


 叶多の誕生日から一週間、五月も下旬に入って暖かい日が続いている。いまみたいに、夜になるとちょっと肌寒くもあるけれど、すごしやすくて何となくほっとした気分になれる――はずが、少なくとも二つ、気にかかっていることがあって、叶多はいまいち気分が晴れない。
 こういうのを五月病と云うんだろうか。
「叶多、ここじゃない?」
 ユナが立ち止まって暖簾(のれん)をかけた店を指差した。見ると、“相合い御膳”という文字がゆったりとはためいている。
「うん、ここみたい」
「孔明って奴、高飛車なお坊ちゃまのわりに庶民的だな」
 陽が店構えをざっと眺めてつぶやいた。今時普通にある自動ドアではなく引き戸になっていて、開けるとたか工房みたいにガラガラと音が立つ。居酒屋といえばこんなふうでもおかしくないと思うけれど、確かに孔明の第一印象ではこういう場所はまず思い浮かばない。
 店内は酔っぱらいたちの吠えるような笑い声があがったり、豪快な相づちがあがったりと賑やかにざわついている。
 叶多たちを認めた店員が案内すべく寄ってきて、永が予約名を伝えると、どうぞ、と先導した。狭い通路の両脇にオープンな客席があって、叶多たちはその間を通って個室になった座敷部屋に通された。

「叶っちゃん、いらっしゃい」
 戸が開いたとたん、則友が軽快に歓迎した。
「則くんも来てたの!?」
「叶ちゃん、おれもお邪魔」
 貴仁が端から顔を覗かせた。
「こんばんは! 孔明さん、なんだか大勢になりましたね」
「戒が来るって云うし、この際、連れてきた」
『この際』とはどの際なのか、孔明は思惑ありげに口を歪めた。孔明の戒斗に対する呼び方が、“戒斗さん”から“戒”に変わっていると気づいたのは、この食事会の誘いのときだ。
 今日はオーバーに云えば、叶多主役の祝賀会だ。孔明の主催で、里佳が来ると聞けば、ユナたちも参加していいかということになってこのメンバーが集まった。
「“一生のうちにあるかないか”、の叶多のデビューだからね」
 里佳は変わらず毒気を含んで揶揄(やゆ)した。それに乗った陽がせせら笑う。陽は『打ん殴る』と過激だったわりに、最近なんとなく叶多をちゃかすことに関して里佳と意気投合しているように見えるのは気のせいだろうか。
 案内した店員が出ていき、戸が閉められると喧騒は少し治まったけれど、入れ替わり立ち代わりで別の店員がやってきて、しばらくはわさわさとした。前もって注文していたらしい料理と飲み物が次々と運ばれてきて、テーブルの上にずらりと並ぶ。

「これ、なんですか。あたしのだけ違うんですけど」
 孔明の指示で店員が飲み物を置くなか、叶多の前にはみんなとは違う形のグラスが置かれた。どう見てもコーヒー牛乳っぽいのに、グラスは細い三角すいを逆さまにした形で、ユナたちのドテッとした形と違ってお洒落だ。
「カルーアミルクだ」
「え?」
「リキュールベースのカクテルだよ。二十才になったんだし、お酒飲めるだろう? これは甘いから無難かなって孔明と話してさ」
「叶っちゃんとお酒飲める日が来るって想像つかなかったんだけどね」
「はっ。二十才っていってもまだお子様みてぇだし、未成年者飲酒強要で誤認逮捕も覚悟しとかねぇとな」
 則友の感慨をへんに()じ曲げて、永が侮辱を吐く。それに憤慨するのはさておき。
「あたし、お酒はちょっと」
「ちょっとってなんだ? ライヴんときは酎ハイ、美味しそうに飲んでたよな」
 叶多が言葉を濁して断ると、陽が口を挟んだ。
「や、そうなんだけど……」

 お酒は美味しい。確かに。酎ハイもワインもいけた。が、それが過ぎて誕生日の日はたいへんなことになったのだ。
 戒斗のあれを……あんなこと……。やっ、想像だめっ。
 叶多は慌てて記憶を振り払った。酔っ払って自覚症状なしの仕業(しわざ)とはいえ、もう思いだそうとするだけでも突っ伏したくなるくらい恥ずかしい。あの夜が明けてからの行為も恥ずかしすぎる。気絶した結果、結局はまたその日の講義を二つもエスケープしてしまったのだ。

「叶、おれが勧めてるのに飲めないってどういうことだ?」
 正面に座った孔明が、曖昧な叶多に身を乗りだして迫った。
「そうじゃなくって……」
「また子供できたのか?」
 陽がとんでもないことを云いだし、取り乱しそうな叶多の腕をユナがつかんだ。情けない顔で隣のユナを見ると、落ち着いて、となぐさめられ、叶多はまったく成長していない自分にがっくりときた。
「渡来くん、違うってば! それに『また』じゃない!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」

 妊娠については半年前、もしかしたら、と不安よりは期待をしたわけだけれど、結局は叶わなかった。叶多が心底からがっかりしているのを見て戒斗は笑っていたけれど、本当のところ、戒斗はどう思っていたんだろう。やっぱり、戒斗にとっては十字架で、ほっとしたんだろうか。

「お酒美味しくて、妊娠してないっていうし、戒が来るんだ。何も心配ないだろ。飲め」
 孔明はこれでもかというほど目を細めて首をひねりながら命令した。
「……飲みます」
 叶多はその雰囲気に気圧(けお)され、渋々了承した。ともかく、一気飲みしないで、チビチビとやっていることだ。そう自分に云い聞かせた。
「じゃ、乾杯だ」
 則友の号令から、遅くなるという戒斗を抜きにして、お決まりの“なんとなく乾杯”をして食事が始まった。
 初対面同士がいるのに(かしこ)まったことなく、話の流れで自己紹介がすんでいく。こうも集まれば、よく知らない人がいても会話は途切れず、むしろ話しやすい雰囲気があって、それぞれに食からお喋りまで楽しんで進んだ。自分を中心にして繋がりができるのは不思議で、何よりうれしい。
「叶ちゃん、お酒いけるね。今度、ビールでも飲む?」
 貴仁に訊かれ、叶多はふっと自分のグラスを見て空けてしまっていることに気づいた。ぎょっとして叶多は首をふるふると横に振って断った。
「貴仁、適当に頼めばいいんだ」
「や、孔明さん――」
「叶、プレゼントだ」
 孔明は叶多をさえぎって、テーブルの下を覗くようにしたと思えば、そこから平たい物を取りだした。差しだされるまま叶多は受け取った。
「え、何?」
「開けてみて」
 里佳から促され、叶多はロゼ色の包装紙を慎重に開けてみた。白い箱の中に入っていたのは額縁入りの写真で、普通の賞状よりも一回りくらい大きい。里佳と一緒に撮ったもので、叶多の部分だけ切り取ってクローズアップされている。
「きれいに撮れてる!」
 ユナは叶多の手もとを見ながらうらやましそうにため息を吐いた。
「タイトルは“馬子にも衣装”でどうだ? さすがプロだな」
 ユナの向こうから覗きこんだ永はとても喜べないことを口にした。あくまで感銘を受けているのは伊柳(いりゅう)夫妻の腕であって、叶多の“美しさ”じゃない。
 確かに自慢できるほどの容姿じゃないものの、伏せ目がちに笑っている写真は、周りがぼやけた加工をしてあるだけに天使と云い表しても無理はないはずだ。自分でそう表現するのはおこがましいけれど、永がからかってつぶやいたとおり、さすがにプロ、なのだ。
「うれしい。孔明さん、ありがとう。あれ……この“fill(フィル)”ってなんですか」
 叶多は写真の左下に入った筆記体の文字を指差した。
「叶多のモデル名らしいよ」
「叶の名前のイメージから近いのを探した。いっぱいに満ちるっていうような意味だ」
「え。モデル名っていっても、これ一回きりですよ」
「やっぱり、だめなのか?」
「だめです。あたしが勝手に載せていいって決めちゃったから、戒斗は怒ってるみたいだし、これ以上は絶対に無理です」

 単純にプレゼントを喜んだのもつかの間、気になることの一つ、この写真撮影の日が発端で戒斗が微妙におかしくなったことを思いだして、叶多のさっぱりしない気分が逆戻りした。
 モデルデビューの経緯はこうだ。
 あの日、スタジオでの取材中に撮った里佳とのツーショット――つまりこの写真の原本を見て、その雑誌編集者が痛く気に入ったらしく、孔明を通して、CARY特集記事の中で使わせてほしいとの依頼があったのだ。里佳から、いいよね? と半ば強制的に同意を求められ、叶多は迷いつつも、こんなファッション誌に載る機会はもうないとわくわくした気分で引き受けた。
 戒斗に事後報告したときは、てっきりおもしろがるだろうと思っていたのに、すでに了解したと知ると渋々もいいところで、わかった、とぶっきらぼうに答えたのだった。
 伊柳スタジオに行った次の日からぶり返した、“触れない”ことは、誕生日で終わったのかと思ったのにまだ続いている。無断で決めたことが拍車をかけたんだろうか。
 考えてみれば孔明の依頼はそもそも蘇我に繋がることで、そこに思考が及ばないという、叶多は自分の浅はかさにうんざりして後悔した。

「戒が怒ってるって?」
「嫌なんじゃない? 人に見せちゃうのが。FATEの集まりにもなかなか連れてこないし」
 陽が眉をひそめると、里佳が可笑しそうに指摘した。
「見せちゃうって、それなら、戒斗はもっと派手に電波に乗っかってる!」
 叶多はむっつりとして、無意識に目の前に置かれたグラスを口につけた。今度のカクテルはフルーティな感じだ。
「てかさ、これ見て八掟だって気づく奴いるのか?」
 永が鋭いところを指摘した。自分でもその疑いはあるけれど、人に云われるとどうも黙認できない。
「時田くん、失礼! 失礼といえば、孔明さんも! 里佳、あたしとCARYを比べること自体間違ってるって云われたんだよ」
「そのとおりじゃない? 戒にとっては特別なんだろうし。あばたもえくぼ、ってやつ?」
「里佳まで酷い」
 里佳は容赦なく散々な云い様で、まるで陽の女性版だ。お酒からくる火照りと相俟(あいま)って不機嫌な気分が盛りあがってきた。カクテルのグラスは小さめで、叶多は一気にグイッと呑んで空にすると、貴仁に、もう一杯! と要求した。
「八掟、おまえ、ペース速くないか? 三杯目だぞ。ジュースっぽいからって(だま)されんなよ」
 隣から陽が顔をしかめて注意した。
 一瞬、もう二杯呑んだ? と考えてしまった叶多はすでに酔っているのかもしれない。
「いいの、二十才なんだから」
「いいじゃねぇか。介抱したいって奴ばっかり集まってんだろ」
 永はニタニタしながら叶多に同調して、陽から反対側に並んだ顔ぶれを眺め回した。則友は笑って流し、貴仁は何を思っているかわからない様でオーバーに肩をすくめ、孔明は怪訝そうに顔をしかめた。

「戒がやるだろ。同棲してるからには、ゲロ吐いたって連れて帰――」
「孔明さん、そうなの! だいたい同棲してるっていうのに、最近の戒斗ってヘン! あたしを不安にさせるって間違ってる!」
「何が不安なんだよ」
「え……」
 陽から冷静に問われて、叶多もまた冷静さを取り戻した。叶多は“ナニ”を頭から振り払って云い訳を探した。
「だって、やっぱり……その、あ……昂月(あづき)! 高弥さんはちゃんと昂月を呼ぶのに、あたしは呼んでもらえないし。ライヴだってそう。気が散るってやっぱりヘンだし、見せたくないとか、それは違うと思うの。戒斗はあたしを立ち入らせたくないのかもしれない……」
 云い訳だったはずが、叶多は自分の言葉にだんだんその気になってきた。
「あーあ、怒ってたと思ったら泣きだした」
 里佳がため息混じりに云うと、叶多は里佳もよくFATEに出入りしていることに思い至った。
「里佳、里佳がよくってどうしてあたしは行けないの!?」
「あ、また怒ってる」
 ユナは吹きだして口を挟んだ。
「ユナ、どう思う?」
「叶多は酔っぱらいだって思ってる」
「酷い」
「叶ちゃん、もう控えたほうがいい」
 叶多が新しく来たカクテルに口をつけると、貴仁が心配というよりはおもしろがって止めた。
「だめです!」
「落ち着きないのがますます迷走してるな。叶には酒を呑ませるべきじゃない」
 孔明はこれ以上になく顔をしかめた。
「ていうか、おまえが強要したんだろ」
「おまえ、だと? おれに向かってその口の利きようは――」
 陽に抗議している最中、戸が開いて孔明は途中で切った。

 一斉に向いた視線の先には戒斗の姿があった。
 叶多は反射的に、戒斗! と呼びながら立ちあがろうとした。とたん、躰が揺れる。
 あれっ?
「叶多!」
 叫んだのは戒斗で、躰を支えたのは陽だ。狭い個室の中、さすがの戒斗でも駆けつけるには無理がある。陽の手に促されながら叶多はまた座り直した。
「ったく。だから騙されんなって云ったんだよ」
「あ、戒斗さん、ここどうぞ」
「ありがとう。それで、何飲んだんだ?」
 ユナが一つ席をずれて、戒斗は眼鏡を外しながら隣に座った。
「大丈夫――」
「カクテル三杯目だ」
 叶多をさえぎり、陽はグラスを差して答えた。
「また犬になる気か? おれはかまわな――」
「戒斗! 飲まないつもりだったんだけど」
「こいつが無理やり飲ませた」
 叶多がお酒のせいとは別に顔をカッと火照らせて戒斗をさえぎったところで、また陽が割りこんで孔明を指差す。
「あー、すまない。酒乱だって思わなかったんだ」
「酒乱じゃないです!」
 素直に謝るのはいいとして、孔明が付け足した云い訳はとんでもない濡れ衣で叶多は素早く訂正した。
「とにかく、だ。叶多には飲ませないでくれ。外で誰彼かまわず野生化してもらったら困る」
 至って真面目に云っているからこそ尚、本人を目の前にして酷い云い様だ。叶多は恨めしそうに戒斗を見た。戒斗は口を歪めて、口答えしたらバラすぞ、と暗に脅迫している。
「野生化って叶多、何かやらかしたの?」
「な、何もやってない!」
「戒、どうなのよ?」
 叶多が答えないとみて、里佳は戒斗に振った。
「さあな」
「ふーん。ま、いいけど。戒、叶多ってなんだか不安なんだって。順番待ちがかなりいるみたいだから、いくら戒でも油断しないほうがいいんじゃない?」
 里佳はちらりとテーブルを見回したあと、明らかにおもしろがって戒斗に目を戻した。里佳に釣られて誰もの視線が戒斗を向く。
「里佳!」
「関係ない。それ以前の問題だ」
 叶多は(あお)らないようにと里佳を制したけれど、時はすでに遅く、戒斗の声からは感情が抜け落ちている。
「大した自信だ」
 陽が挑発しても、戒斗は肩をそびやかしてすかした。

「戒、それより叶のモデルの件、だめなのか?」
「だめだ。曝す気はない」
「即答だね。口を挟む間もない」
 則友が可笑しそうにして戒斗から孔明に目を移す。そして貴仁があとを継ぐ。
「悪いな、孔明。役に立たなかったみたいでさ」
「おまえら、最初から協力する気なかったような云い方だな」
 孔明が剣呑とした眼差しでふたりを見返す。
『この際』の意味がわかった。孔明は戒斗を説得させるつもりでふたりを連れてきたらしい。
「少なくとも、孔明よりは戒さんとの付き合いが長いからな。想像はつく」
「孔明くんはもっと人を“観る”ことを覚えないとね。誰が見たって戒斗くんが叶っちゃんのことを離すわけないだろう。ね、陽くん」
 則友に同意を求められた陽はどういう意味なのか鼻で笑った。
「じゃ、叶自身はどうなんだ? まさか叶の意思を無視して抑圧するつもりじゃないだろ」
 孔明は叶多に問いかけ、次は戒斗に向けた。
「あ、あたしはやる気ない! ガラスあるし、まったく無理!」
 叶多は急いで孔明に答えた。
「だそうだ。孔明、これ以上この話はナシだ。足だってやっと治ったんだ。もう一度云う。些細な危険にも曝す気はない。今度の掲載だってこっちに断る権利があるってこと忘れるなよ」
 戒斗はまったくおもしろみのない声音で断言し、発言については大げさとも取れるのに誰もちゃかさず、雰囲気が異様に強張った。たぶん、戒斗の無表情すぎる眼差しのせいだ。
 叶多はふにゃふにゃした脳みそから一気にお酒が抜けた気分になる。

「戒斗、それはいいから。孔明さんが写真を記念にくれたの。こんなきれいなの二度と見れないと思うからちゃんと持ってて」
 叶多はその場を取り繕うように、テーブルの下から写真を取りだして戒斗に押しつけた。
「飾るんじゃないのか」
「えっと、見てたらなんだか現実とのギャップに落ちこみそうだから。だって、結局は化けないとここまでなれないんだし。深智ちゃんにも里佳にも程遠いよ。偽物できれいだって思っても虚しくならない? だから、うんと年とってから子供に、お母さんてこんなにきれいだったんだよ、って見せるのに取っておくの!」
 戒斗は吹くように笑った。それは叶多の発言を肯定しているようなものだ。
「叶っちゃんの思考っておもしろいね」
 則友が云い、合わせて笑い声があがって空気が和んだ。叶多としてはなんとなく納得がいかないものの、とりあえずはそれで良しとした。
 それから戒斗が来たことであらためて乾杯から始め、和気あいあいと一回きりの“モデルデビュー祝賀会”は終わった。



「たまになら野生化した叶多に襲われるのもいいかもしれない」
 家に帰りつくと、椅子の背に立てかけた写真を眺めながら、戒斗が意味不明に切りだした。
「え?」
「叶多、このまえのワイン残ってるんだけどな。飲むか?」
 叶多を向いた戒斗は首をひねり、からかっているのは明々白々だ。
「飲まない!」
「なら、おれが」
 戒斗は中途半端に切ると、叶多の手からバッグを取りあげていきなり躰をすくった。
「戒斗!」
「触らせた」
「あ、あれは不可抗力で!」
「欲求不満らしいから」
「戒斗?」
 叶多は囁くように名前を呼んで、戒斗の首に腕を巻きつけた。戒斗が含み笑う。
「やっぱ、おとなしくなった。いい感じだ」
「遊び方変えた?」
「いろいろ考えてる」
 そう云った戒斗の声は真剣で、明らかにえっちのことじゃない。
「まだ?」
「簡単にすむことならおまえに気取られるはずないだろ」
「怒ってる?」
「何を」
「写真のこと」
「怒ってるのとは違う」
「“fill”なんだって。あたしのモデル名」
「ふーん。叶多の名前っぽいな」
 叶多は戒斗の肩から顔を離してちょっと首をかしげると、ほんの傍にある、きれいな顔を見つめた。
「戒のカノジョ、fillってことだったら納得できそう」
「叶多が云う“偽物”な写真より、おれは本物がいい」
 互いに笑いだし、戒斗の腕が懲らしめるように叶多を束縛して棺桶の中に引きずりこんだ。

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