Sugarcoat-シュガーコート- #106

第11話 Encounter -5-


 いつもと違う。そう思いながらおぼろげに目が覚めた。規則的な脈動が耳を打ち、躰もまた規則的にふわりふわりと浮き沈みを繰り返す。叶多はかすかに身動(みじろ)ぎをした。
 ぁう。
 躰の中に異物が潜んでいて、陶酔した刺激を生む。叶多の感覚に呼応したように、背中に回った腕が躰を締めつけて、耳もとでは自分じゃない、くぐもった声がした。
「……戒斗――あっ」
 ぼんやりと呼びかけると同時に戒斗が動き、布団の中で叶多は躰をひっくり返された。
「だ、めっ」
 舌っ足らずに叫びながらも意識が一気に覚醒して、叶多は自分がどんな状況下にあるのかを知った。恥ずかしさそっちのけで、躰を覆う戒斗を目を丸くして見つめた。
「戒斗……ずっと?」
「叶多がそうしたいって云った」
 戒斗は含み笑ってゆっくりと躰を起こしていった。その間のちょっとした動きも体内は敏感に捉え、叶多は胸を反らして喘いだ。戒斗は布団を払い、叶多の中から抜けだしていく。
 戒斗の慾は(ひだ)を引きずるようで、叶多は躰を震わせながら呻いた。伴って戒斗もまた低く声を漏らす。抜ける瞬間、一際強く震えて叶多の躰に力が入った。
「んふっ。戒斗っ出ちゃう!」
 力んだ躰からブレンドした液が零れそうになり、叶多が訴えると戒斗が可笑しそうに窓枠に置いたティッシュを取った。
「戒斗、見ちゃだめ」
 脚の間を拭くのに覗きこんだ戒斗を制したものの、効力がないどころかニヤリとされては無頓着なふりをするしかなく、叶多は目を閉じた。
「視覚的にはこういうのがいちばんそそるんだけどな」
「云わなくていい!」
 叶多が悲鳴じみた声をあげると、戒斗は小さく声を漏らして笑う。
「開いたまんまになってる」
「え?」
 なんのことかわからなくて叶多は思わず目を開けた。
「入れっ放しだったし。おれのはふやけて――」
「もうやだっ」
 両腕を上げて顔を隠しても、戒斗の笑い声までは防ぎようがない。それどころか浅はかに曝けだした胸が戒斗の手のひらに攻められた。同時に戒斗はかがんだようで、声をあげた叶多の口を舌が這う。
「叶多、女には“さみしい”、もしくは“怖い”が付き(まと)う。その“穴”を埋めるのが男だ。男と女の躰はそういうふうにできている」
 叶多の口もとで戒斗が囁いた。微妙な表現だ。顔を隠した腕を外すと、戒斗の口端が片方だけ上がって、ってのはどう思う? と付け加えるように訊ねた。
 確かに戒斗と繋がっているとそれだけで、すべてがいっぱいに満たされた感じがする。いつも叶多が望むように、抱きしめ合えたら尚更だ。
「うん」
「じゃ、もう一回」
「戒斗! 大学――」
「一つ飛ばせばいい」

 う、あっ。
 前置きもなく侵入された。一晩中満たされていた場所は傷つくこともなく、反対にときめいたようにせん動した。戒斗は叶多の脚を絡めとりながら上半身を乗りだした。叶多の両脇に手をついて戒斗が前にのめると、お尻は必然的に浮いた。ゆっくりと戒斗が動きだす。
 本物はめったになくて、だからこそぴったりと触れていたくていつも戒斗に起こしてもらう。いまみたいな形で深く侵されるのは、はじめての日以来だ。
 あのとき痛みだけだった形はいま、躰を突き抜けるような快さを引きだし、叶多から抵抗も力も奪った。奥まで埋め尽くした慾が引かれる瞬間にあるのは快楽以外のなんでもない。羞恥からくる逆らう気持ちは意思になるまえに粉砕し、叶多の感覚は戒斗からもらう快楽でいっぱいになった。
 ああっ……あっ……あうっ……。
 律動に合わせてどうしようもなく声が立つ。戒斗が引くたびに叶多のお尻が小さく震え、自分が戒斗の慾に絡みついているのがわかる。
 それだけが鮮明になり、叶多がイクという領域に入ったとき、戒斗は苦痛ともとれるような声を漏らして動きを止めた。
 もっと。気持ちは山々でも叶多にそう云えるはずはない。
 躰の震えが治まるうちに、戒斗の動く気配は消えた。
 こんなふうに中途半端で放りだされたことはなくて、戸惑ったすえ叶多の思考力が復活した。繋がったままで静止しているというのが恥ずかしくて目は開けられない。じっと見下ろされているのはわかっている。
 やがて互いのあがった息は沈静化した。

「戒斗……意地悪」
 叶多がつぶやくと、かすかに顔に戒斗の息がかかる。笑ったに違いない。
「叶多、どうだ?」
 何が『どう』なんだろう。戒斗の声は意外にも真面目で、叶多は薄っすらと目を開いた。
「痛くないか?」
 戒斗はよく叶多の中は狭いと云う。そのとおり躰の中はいっぱいいっぱいで窮屈であっても痛くはない。それは叶多の躰が示しているはずなのに。
 そこまで思ってふと、戒斗がそう訊いた理由に気づいた。あの日のことをいまだに引きずっていて、叶多が断罪するまでもなく、忘却を放棄した戒斗自身がそうしている。昨日云った『尽くそうとしてる』という言葉は本音なのかもしれない。
「痛くない。けど、も……だめ」
 恥ずかしさが戻って目を伏せたとたん、自分が脚を広げてへんな格好をしていることに加え、繋がっている場所が丸見えになった。叶多は、やだ、とつぶやきながらしっかりと目をつむった。戒斗の手が叶多の前髪をかき上げた。笑っている雰囲気が感じ取れる。
「いいって云うまでイクなよ」
「無……理っ」
 体内ではどうにもセーヴが利かないと知っているくせに。叶多が答えている途中で戒斗がまた動き始めた。
 あ、あ、や、あっ……。
 叶多は簡単にイク領域にはまり、跳ねあがる声が切羽詰まっていく。
 く……っ。
 真上からも堪えきれないようなこもった声が漏れた。叶多は目を開けるも、戒斗の顔はかすんでしか見えない。
「戒……斗」
「イっていい」
「う……んっ」
 呻くような許可が下りると、ゆっくりした一定のリズムで奥を突く慾が叶多の中で触覚と共鳴し、そこから全身に痙攣が駆け抜けた。
 あっ、あ、ぁああっんっ。
 収縮が慾を取り巻いた刹那、抑制を解いて戒斗は律動を加速する。それに合わせた叶多の啼き声が小刻みにせり上がるなかで、程なく戒斗は低く唸った。叶多はぼんやりとした意識で躰の奥が熱くなったのを感じる。脚を解放されて荒い息が近づいたと思ったとたん、息が整う間もなく戒斗が胸先に喰いつき、わずかな余力で叶多の躰がうねった。
「あふっ、戒斗、も、いいっ」
 投げだした腕を上げて戒斗の肩をつかんだけれど、力が入らずびくともしない。
「あ、あ、戒斗、だめっ!」
 全身に震えが走って身を(よじ)ると、戒斗までもが呻いてようやく口を離した。大きく息を吐いた戒斗は自分の躰で叶多の躰を覆い尽くす。
 互いの呼吸を躰で感じていると、やがて叶多より早く落ち着いた戒斗が両脇に肘をついて上半身を起こした。

「よかったか?」
「……起きなくちゃ」
 叶多が答えを逸らすと、戒斗は片方の眉を跳ねあげた。
「それだけ考えられるってことはまだ足りないってことだよな」
「ち、違うっ。よかった!」
「ほんとか?」
「本物でうれしい」
 叶多はそう云ったとたん、笑いそうになった戒斗の口を両手でふさいだ。その目が問いかけるように細くなる。
「笑っちゃだめ。だって、また止まらなくなりそうだし……やだっ」
 戒斗は笑うかわりに可笑しそうな眼差しを浮かべ、まだやれる、とばかりに躰の奥を突いた。脳内にふわりとした感覚が広がる。体内の戒斗がまた息づいたのがわかった。
「戒斗?!」
「どうする?」
「あとでっ」
 性懲りもなく叶多がその場(しの)ぎを口走ると、戒斗はぺろりと叶多のくちびるを舐めて躰を起こした。その動きでさえ叶多の躰は勝手に反応する。ゆっくりと慾が引き抜かれてしまうとまたぷるぷると躰が震えた。
「覚えてろよ」
 戒斗の悪魔もどきの笑みを見ると、叶多は自分の感度過剰な躰が恨めしくなった。



 どうせ一時間目は間に合わないと思って、くたくたした躰が回復するまで叶多はベッドに居座った。そのうち、またうとうとしていたようで、戒斗に起こされるという始末だ。
 結局はバタバタして家事と朝食をすませ、戒斗の車で大学に向かった。
「叶多、蘇我のことだ」
 戒斗は運転しながらとうとつに切りだして、叶多はちょっとびっくりしながらも、うん、とうなずいた。

「蘇我本家には男二人とその妹がいる。有吏家と家族構成はまったく同じだ。違うのは、長男の聡明(そうめい)と下二人の母親が違うということだ。聡明の母親は早くに死んで、後釜に座ったのが領我家の娘、つまり領我貴仁の叔母に当たる。聡明についてはすでに三十七才で所帯持ちだ」
 戒斗はそこで言葉を切った。何かを促すようで、叶多はちょっと考えこんだ。
 異母兄弟ということを除けば、戒斗と孔明は同じ総領次位という立場にあって……同じ?
 叶多は不意に目を大きく開いた。
「それって、もしかしてあたしの……交換婚の相手って蘇我孔明……さん?」
「そうだ」
 叶多の目はこれ以上にないくらいさらに開く。
「といっても、そうさせるつもりはない。叶多はいうまでもなく、一族の誰にも、だ」
 戒斗の声は険しい。
「わかってる」
「聡明と孔明の関係はよくないと聞いてる。伴って、蘇我家の内乱がそのあたりを要因としているんなら、そこが突破口になればとも考えているところだった。叶多が孔明と会ったということは、取りようによってはよかったのかもしれない。おれが接触しやすくなった。けど、叶多をダシに使うつもりはない。というより使いたくない。ガラスはほかでも作れる。崇さんにはおれが適当に云い訳して――」
「戒斗、あたしは平気。貴仁さんと同じように付き合えばいいんだよね? それくらい頑張れる」
「頑張るとかそういう問題じゃ――」
「ううん。戒斗は何があっても心配いらないって云ったよ? あたしもそう思ってる。いますぐどうこうなるってわけじゃないし、あたしはいつも戒斗からしてもらうばっかりだし、だから独りではできなくってもせめて戒斗と一緒に有吏のためにできることがあるんだったら頑張りたい」

 昨日は大げさなほど怯えていたけれど、やっぱり不安や怖いという隙間は戒斗が埋めてくれたみたいだ。叶多はしっかりやれそうな気がしている。
 対照して、戒斗は表情を無くした目でちらりと叶多を見やったあと、返事をしないまま黙りこんだ。気まずくはなくても口を挟めない雰囲気で、それから一言も喋らないまま大学に着いた。
「戒斗?」
 大学の敷地内にある駐車場に車が止まると、叶多はシートベルトを外して、ドアを開けるまえに戒斗を覗きこんだ。戒斗は叶多を向いて催促するように首をわずかに傾けた。
 叶多のくちびるに笑みが浮かんで、そのまま伸びあがるようにして戒斗のくちびるに口づけた。戒斗もふっと笑みを漏らす。
「帰り、迎えにくる」
「うん、わかった。いってきます」
「ああ。じゃあな」
 お馴染みの挨拶言葉に送りだされて叶多は校舎に向かった。

 結局、戒斗の返事は聞けなかった。総領次位として、あるいはもっと単純に男としてのプライドなんだろうか。
 無理強い――というのはこの場合ちょっと当てはまらないかもしれないけれど、叶多が我を通すわけにもいかない。そうした結果、かえって足を引っ張ってしまうという可能性もある。
 これが例えば美咲だったら、邪魔になる確率は低くなるんだろう。喜べることではないものの、自分のことはわかっている。我を通せない程度の自分が情けなくて叶多はため息を吐いた。が、すぐに思い直す。
 おまえもやっぱ有吏末裔(まつえい)だよな。
 お兄ちゃんが云ってくれたように、あたしだって“只者”じゃないはず。守られるばかりで何もしないという現状に甘えっ放しはだめだと思うし、納得するわけにもいかない。とにかくできることはやりたいし、戒斗をうなずかせるにはあたしが少しでもしっかり自立すること。
 叶多は自分に宣言して、うつむけた顔を上げた。

 校舎の時計が目に入るともうすぐ講義が始まる時間を差している。急がなくちゃ、と思った矢先、叶多のほんの傍を誰かが足早に通り過ぎた。(まば)らな往来を当たるかどうかという擦れ擦れで通ることをなんとなく奇妙に思いながら、その背を追った。

 ちらりと後ろを向いた顔は、風になびいた茶色の髪が邪魔してよく見えなかった。

 けれど――。

 彼女はすぐに前に向き直って歩いていく。

「里佳!」

 意識しないまま叶多は叫んだ。名を呼んだのは自分なのに、叶多自身がその名に驚いた。
 彼女の足が止まる。が、一瞬だけで振り向くこともなく、立ち尽くした叶多が追いかけるまえに校舎の中に消えた。

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