Sugarcoat-シュガーコート- #105

第11話 Encounter -4-


 叶多からの電話が切れ、立ちあがりかけていた戒斗は携帯電話を閉じながらまた座り直した。
「戒斗、どうかしたんですか」
「いや、なんでもない」
 戒斗は首を一度横に振って、健朗の心配を打ち消した。
「カノジョからの電話?」
 目の前に座ったCARYが首を傾けて問いかけた。
 戒斗は肩をすくめ、口に出して認めるのは避けた。
 CARYが(あで)やかに笑う。全体的に色素が薄く、ストレートの茶髪は地だという。人形じみたきれいさは深智と似ているが、年上である深智よりも大人びている。
「今回の件、カノジョの誤解解くのたいへんじゃない? 戒の説明に納得してくれるかな」
「ヘンなとこで怒ってるけど、疑うことはない」
「怒る? 疑うことないってなんだかおめでたい感じがしないでもないけど。わたし、知ってるんだよね」
 CARYは謎めいた笑みと同様、何かを云い含んだ。
「何を?」
「戒のカノジョと同じ名前の、カナタって女の子」
 男女を問わず、“カナタ”という名にはめったに会わない。戒斗からすれば、無二の、たった一人、しかいない。
「めずらしい一致だな」
「でしょ。甘えん坊でなんにもできないくせに、立ち回りだけはうまいんだから。強いてできることを云えば、笑うことと泣くこと、かな」
 明らかに針を含んだ物云いで、隣の健朗がいったん戒斗に目を向けて、それからCARYに向かった。
「CARYさん――」
「見方を変えれば、笑ったり泣いたり、そういう気持ちを誰にでも曝せるほど、まっすぐできれいだといえる」
 健朗をさえぎって戒斗が応えると、CARYは見せかけの笑顔から表情を変えて大げさに驚いてみせた。
「もしかして、戒のカノジョもそんな感じなんだ?」
 戒斗はちょっと首をひねるだけで、CARYの質問をすかした。
「興味あるんだよね。戒って女性に縛られるタイプに見えないのに同棲までしてるって」
「縛られてない」

 あえていうなら、叶多が縛っているわけではなく戒斗が勝手に縛られた。あるいは、戒斗のほうが縛りたがっている。
 実際、叶多がそう無理を云うことはない。同棲が押しかけで始まったとはいえ、云いだしたのは戒斗だ。それに、有吏のことに関しても、不規則な仕事についても聞き分けがいい。
 何かあるたびに叶多は邪魔をしていると云うが、やはり勝手に戒斗が放っておけないだけのことだ。
 そこまで考えて、戒斗はふとテーブルに置いた携帯電話を見た。
 話したいことあって。
 遠方にいるわけでもなく、今日帰るとわかっているのにわざわざ電話してくるとはどういうことか。戒斗はその意味に気づいた。

「戒斗は叶多ちゃんにベタ惚れなんですよ。目が離せなくなるから連れてこない、というほどにね」
 健朗が場を和ませようとからかい、戒斗は否定することなく鼻で笑った。
「急用ができた。航、あとはいいか?」
「ああ、かまわねぇよ」
 隣のテーブルにいる航は、口の端に煙草を咥えたままで答えた。

 祐真が死んでしばらく、航はヘビースモーカーのくせにその煙草が安定剤にはならず、火をつけてはろくに吸いもせず、煙草をひねり潰すということを繰り返していた。
 戒斗が自分自身の力だけで整理をつけられなかったように、メンバーの誰もが痛みを背負っている。叶多が指摘した、どこかずれた音は、その痛みにほかならない。
 なんとか打破しようと、今年に入って、何かに(かこつ)けてはこんなふうに集まり、FATEという場所があることを再認識する機会を増やした。その甲斐あって、本来のFATEに戻りつつある。
 ただ一人、裏でサポートしていた良哉だけは、別の意味で音に区切りをつけた。が、いつか戻ってくる。いや、戻らせる。
 FATEを生んだのは祐真であり、そこにどんな意味を見いだせるのか、それぞれが自らで気づかなければならない。

「じゃ、頼む」
 ちらりと見たCARYの挑むような視線を流して、戒斗は携帯電話をつかんで席を立った。
「云ってる矢先から、ですね」
「叶多ちゃん愛してる、って云えよ。おれからだ」
 健朗に続いて、航がからかう。
「勝手に云ってろ」
 戒斗は軽く手を上げて()なしながら出口に向かった。
「戒斗」
 ドアノブに手を伸ばすと同時に、追いかけてきた健朗が呼び止めた。
「なんだ?」
「CARYさん、叶多ちゃんのこと知ってるんですか。もしかして噂は彼女が――」
「どっちも推測でしかない。いずれにしろ、叶多と、CARYが云う“カナタ”が同一人物だとして、CARYがどんなことを云おうが流してくれ」
「わかりました」
 健朗はうなずいて奥に戻った。

 戒斗がCARYとはじめて顔を合わせたのは、二カ月前にあった新曲プロモーションの打ち合わせ時だ。
 CARYはそれから仕事上というだけでなく、めずらしいほど積極的にFATEのなかに入りこんできた。メンバーのプライヴェートをそれとなく聞きたがり、特に戒斗に絡んでくることが多い。
 人を人として観ることができるようになった戒斗は、FATEのリーダーであるということとは関係ない、なんらかの意図を見取った。
 最初は彼女がシーニックコスメの専属モデルという以上、蘇我に関連したことかと思った。
 それが一カ月前、聞かされた彼女の本名と、カノジョの存在について明かすのを渋った戒斗のかわりに、航が叶多の名を口にしたとたんの一瞬の表情でどういうことか見当をつけた。
 これ以上、蒸し返すことも、傷つく必要もないはずだ。
 戒斗は息を吐いてドアを開けた。

   *

 夜の九時を過ぎたビジネス街は車も少なければ人も少ない。それでも見上げたビル群には照明が漏れている窓がいくつもある。
 ミザロヂーの隅っこのほうで煉瓦の壁にもたれていると、ビジネスバッグを手にした人が叶多の前を通り過ぎる。見た目ぼんやりとしている姿は、ともすれば誘いを待っているように見えるかもしれない。叶多は目を合わせないようにした。
 冷静に考えれば、“孔明と会った”ことよりいまの状況のほうが危険なのに、それでも戒斗がすぐそこにいるとわかっているほうがいい。
 シェードカーテンがおろされた店の窓をちらりと見た。店の中は見えないけれど、遮光じゃないぶん人影がよぎるのがわかる。

 待つのは慣れている。
 そう思いながら、叶多は泣けないかわりに笑ってみた。うん、ちゃんと笑える、と独り納得したその時、ミザロヂーのドア鈴が小さく鳴る。
 誰だろうという疑問と一緒に、見つかったら気まずいだろうなと、どきどきしながら叶多は躰を起こした。なんの先入観もなく、視界に入った足先だけで誰かわかると、自分に自分で感心する。飛びつきたい気分と隠れたい気持ちがごちゃ混ぜになった。
 全身が現れると、まるでここにいることを知っているみたいに叶多へと視線が向く。携帯電話を開きかけていた手が止まったことと、ちょっと見開いた目が予想外であることを示している。
 その目が可笑しそうに光るのと、口の端が上がるのは同時だった。
 不愉快にさせてしまうかと、叶多の中に一瞬よぎった不安が消えた。

「戒斗」
 叶多が囁くように名を呼ぶと、三メートルくらい先から戒斗が一歩踏みだして近づいてくる。
 叶多は一歩も動けなかった。そのかわりなのか、感情が動いて涙が出た。
「大丈夫だ」
「まだ、何も云ってないよ」
 戒斗は間近に来てその手が頬を包むと、叶多は笑った。泣き笑いになってしまって、戒斗はちょっと呆れたように首をひねる。
「それなら、何があってもおれがいるから心配いらない、でどうだ?」
「うん、いいよ」
 ちょっと威張った叶多の云い方は戒斗を笑わせた。
「それで?」
 戒斗が笑ったことと、いつもの訊き方が叶多を一気に落ち着かせて、怖がったことが馬鹿みたいに思えた。
「今日、蘇我孔明って人と会った」
 叶多が口早に云うと、戒斗は目を細め、一瞬にして笑みが消えた。頬に触れている手が強張った気がする。
「どこで?」
「崇おじさんとこ。でも、何かあったってわけじゃないの! 貴仁さんは蘇我の人だし、崇おじさんのところに連れてきてもおかしいことじゃないし、貴仁さんと仲良くしてるってことはもともと崇おじさんとこじゃなくても会う可能性はあったと思うの。ただ、ちょっとびっくりして……」
 慌ただしく云いまくったすえ、最後は尻切れに終わった。
「大丈夫だ」
 叶多がついさっきまで、『ちょっとびっくり』どころじゃなかったのを察したのか、戒斗は最初と同じ一言を口にした。それから、事の重大さを一掃するように、戒斗の口もとがおもしろがって歪んだ。その表情一つでさらに叶多の気が緩む。

「それで、どんな奴だった?」
「なんだか戒斗より自信満々でプライド高いよ」
 つと戒斗は躰をかがめ、同時に叶多の頬を持ちあげた。叶多は爪先立った格好でキス寸前まで戒斗の顔に近づけさせられる。戒斗は目の前で気に喰わないといったように首をひねった。
「おれより、って?」
「あ……戒斗のことは、いまじゃなくって昔の印象だから!」
 きらりと光る戒斗の目を間近にしながら、叶多が急いでフォローすると、戒斗が躰を起こして手を緩めた。
「だよな。蘇我孔明はかなりの“お坊ちゃま”で育ってるらしい。そういう“甘えた”と一緒にされるのは心外も心外だ」
 戒斗の云いぐさはあまりに本気で、叶多は(かかと)をおろしながら笑った。
「貴仁さんは蘇我さんのこと、威張り散らしておじさんぽいって。戒斗は会ったことない?」
「接点がなかったからな。けど、叶多が会った以上、おれが会う確率は上がった」
 叶多はまた不安に顔を曇らせた。
「やっぱりあたし、会う機会が増えちゃう?」
「絡んでこなかったか?」
「え?」
「例えば、何か要求されたりとか苛められたり、とか」
 叶多は宙に視線を巡らして孔明と話したシーンを振り返る。
「……なんとなくあった気がする」
「なんとなく?」
「だって、もともとが偉そうにしてるし」
「叶多は苛められ体質だしな」
「……そうなの?」
「自覚してないのか?」
「……戒斗がいちばん苛めてるよね」
「そういうこと云うんなら」

 中途半端に言葉を切ると、戒斗は不意打ちで叶多のくちびるを襲った。叶多の頭を抱えこんで、まるで活きイカの刺身みたいにしつこく吸いついてくる。
 息苦しくなって抵抗しようと手を上げかけると、戒斗は舌打ちしながらとうとつに叶多を離した。
「行くぞ」
 戒斗は叶多の背中を押すようにしながら歩きだし、いきなりで叶多は転びそうになった。
「戒斗っ」
「後ろも横も振り向くな。写真撮られていいんなら別だけど」
「写真って?」
「芸能カメラマンがついてる」
 叶多が無意識に振り向こうとすると、戒斗の手がウエストの辺りをぐっとつかんで制した。同時に視界の片隅で一瞬ぱっと光が散った。戒斗は携帯電話を開いて、ミザロヂーからいちばん近い駅名を告げると、来てくれ、と云って電話を切った。おそらく和久井なのだろう。
「戒斗、戻らなくていいの?」
「ああ。帰るって云って出てきた」
「ごめん――」
「強制されてるわけじゃない」
「うん」
「不安とか心配とか、そういうときは今日みたいにわがまま云っていい。おれが助かるから」
 足早に歩きながら、叶多は思わず戒斗を覗きこんだ。戒斗はちょっと首を傾けて口を歪めてみせ、最大級の包容力をひけらかした。
「うん!」
 叶多が勢いこんでうなずくのと、道路の反対側から光が散ったのは同時で、戒斗は可笑しそうに息を漏らした。
「横向くなって云っただろ」


 それから、近くにいたんだろうかと思うくらいスムーズに和久井と合流して、ひとまずカメラマンの追っかけは終わった。
「首領の反応を見てみたいところですが」
 和久井は叶多と蘇我孔明の接触を聞いて、運転しながらも何やら考えこんでいた様子だった。が、アパートまで送り届けると、報道を知っている和久井はおもしろがって、叶多と戒斗をからかうことは忘れずに帰っていった。
 昼間の戒斗との電話ではアパートまで取材が来るかもしれないと脅されたものの、プライヴェート空間はとりあえず身内、つまり事務所の関係者が漏らさない限り保護されているようだ。人に見られているような気配はまったくない。あったとしても叶多が気づくかどうかは疑問だ。
 それはともかく、近所には気づいている人がいるかもしれないから、騒ぎが大きくなればそこから情報を得られる可能性もある。戒斗があえて忠告することはないけれど、目立つ行動はこれまでになく控えるべきなんだろう。

 家に帰ると、主人を待ち侘びていた犬みたいに、戒斗が冷蔵庫のところに行ってペットボトルの水を飲めばそうするのを眺めたりと、叶多は戒斗にくっついて回った。さすがに、トイレまで来る? とおもしろがって訊かれたときは人間に戻った。
 そんなふうにしてしまうのは、やっぱりどこか不安が消えていないせいかもしれない。

「戒斗、写真てどうなるの?」
 叶多は着替えてから洗面所で歯を磨いたあと、そのままぺたんと床に座りこむ。浴室の戸によりかかって、風呂に入った戒斗に背中越しで声をかけた。
「キスシーンばっちり、だろうけどどうする?」
「どうするって!?」
 叶多がぎょっとした声を出すと、戒斗は可笑しそうに笑った。
「気にすることはない」
「気にするよ! 渡来くんとか絶対なんか云いそう。ていうより、苛められちゃう。キスマークのときだって……」
「だろ。叶多は苛められるようにできてる」
 戒斗は話を蒸し返した。叶多はむっとして口を尖らせた。
「酷い」
「それが得だって思う奴もいる。叶多に関しては、苛める、ってのは厳密に云えば意味がまったく逆だから」
「逆?」
「そうだ。その証拠にヘンな奴がわんさかついてきて、虫は増えてる」
「虫……って」
「当の叶多はわかってないからな」
 ため息か笑ったのか区別のつかない音が浴室に反響する。
「じゃ、戒斗もヘンな奴の一人?」
 そう訊くと戒斗は、なるほど、と云って含み笑った。
「写真は問題ない。手を打つ。人の駄弁は保証しないけど」
「うん」
「叶多、引っ越そうかと思ってる」
「え?」
 戒斗の出し抜けの発言は思ってもいなくて叶多を驚かせた。
「一緒に暮らそうって云ったときに家を買うって話したろ。セキュリティ面を考えて、一軒家よりはマンションを当たってみようと思ってる。いろいろ忙しいのとかあって先延ばしにしてきたけど、蘇我のことが差し迫ってきてるし、叶多が蘇我孔明と会った以上、少しでも不安が解消できるならそれがいいだろ」
 帰ってくるまでの間にそこまで戒斗は考えていたんだろうか。
 叶多はすっかり馴染んだ洗面所をぐるりと見回した。
「戒斗も不安なの?」
「おれが?」
 戒斗が訊き返すのと同時に浴室の戸が開いた。
 思わず見上げてからハッとしたけれど、幸い戒斗の腰はタオルが巻きついている。それでも耳が赤らんだのは自分で感じ取れ、戒斗は叶多を見下ろして可笑しそうにした。
「不安じゃないと云ったら嘘になる。けど、それよりはなんとかするっていう気持ちのほうが強い」
 おれが? と問いかけた傲慢さと裏腹に、戒斗にしては弱気な発言だけれど、不安が増すよりはうれしくなった。それが伝わったのか、戒斗は短く笑って、それから叶多に背中を向けた。

 戒斗は下着を身につけることなく、洗面台に向かって歯を磨き始め、叶多はやっぱりそれも見守った。
 脚から見上げていって、腰もとまでいくとお尻を覗いてみたい気もしたけれど、タオルを引っ張る勇気はない。さらに見上げていくと、戒斗の背中は広くて強靭(きょうじん)できれいだ。
 なんとなく……。
 戒斗がうがいしている最中、ちょっとかがんだ隙を狙って叶多は背中に乗っかってみた。ゴン、と鈍い音がする。
「戒斗、ごめん!」
 洗面台に頭突きしたらしく、戒斗は低く(うな)りながら躰を起こした。叶多はつかまりきれないでずり落ちる。
「やる気満々だな」
「違う」
 叶多が慌てて首を振ると、戒斗は振り向いて口を歪めた。
「もう始まる頃だし、ということは発情期だよな」
 叶多の体調管理は変わらず万全だ。
「……だから安全なの。今日は戒斗を確かめたい」
 不安だったぶん、恥ずかしいよりは繋がっていたい。叶多が遠回しに云うと戒斗はちょっと顔をしかめた。
「安全日じゃないからってわけじゃない。叶多に尽くそうとしてる結果だ」
「嘘! あたしばっかりイ、イカせて遊んでる!」
 やっと本物のえっちまでできたのに、あれから本物は数えられる程度で、あとはそれ以前と同じように叶多がやられてばかりだ。それに加えて、戒斗がイッたところを見たことはない。いつも意識が朦朧(もうろう)としているか、気絶したか。戒斗が後悔している最初のときは、あまりの痛みでその瞬間を見る余裕はなかった。
「遊びは遊びでも極上のはずだけどな。まあいい。叶多が云う、遊びの時間だ。要望を受けたからにはとことん……」
 戒斗は最後まで云わず、尽きない時間を匂わせた。叶多は無意識で下がったものの、すぐに背中が浴室の戸に当たる。

 戒斗はキスで叶多を動けないようにして、パジャマの上着を脱がせた。四月になって暖かくなると下のズボンを着ることはなく、叶多はショーツ一枚の姿になって、まるで無防備だ。
 露わになった胸が戒斗の手に(くる)まれる。ギターをゆっくり(はじ)くように戒斗の親指が胸先を()ねるとピクリと躰が跳ねて、叶多は戒斗の口の中に呻き声を漏らした。
 戒斗のくちびるは喉もとにおりて、叶多の脈を確かめるように留まった。戒斗の指が胸先に熱を生んで、叶多の呻く声は鮮明になっていく。空いた左手は下着の中へと簡単に潜りこんで、叶多の繊細な場所に触れた。
 あ、ぁくっ。
 コードを押さえる指先が、叶多の感覚をも正確につかんでうごめいた。立っていることが危うくなる。
「あぅっ……戒斗……あ、あふっ……立ってられないっ……あうっ……だめ……っ、あ、あ、あ……」
 戒斗の指先が叶多を操り、あがる声は歌に変換されていく。
「おれが支えてる。イケばいい」
 顔を上げた戒斗が耳もとで囁き、一際妖しく叶多の感覚を這いずった。
 あぁあっ。
 戒斗に押さえつけられているぶん、弾ける感覚が内にこもって全身に激しい震えが走った。硬直が緩んだとたん躰から力が抜け、戒斗の腕がすかさず叶多をすくった。

「叶多」
 叶多はベッドの上におろされて目を開けた。戒斗がぼやけて見え、自分でも熱に浮かされたように目が潤んでいるのがわかる。
「戒斗……」
「まずは一回だな」
 愉悦の滲んだ声でそう云いながら、戒斗はショーツを剥いだ。
「戒斗も――っ」
 叶多が云うより早く、脚が広げられたと同時にそこに喰いつかれた。
「ゃああっ……待って……あ、あ、あくっ」
 治まりきれていない感覚はちょっと刺激を受けただけで再燃する。まともに息継ぎができないなかで、まもなく叶多の意識が浮いた。脚の間から顔を上げた戒斗が今度は胸の先を含む。抵抗する力も逆らう気持ちもなく、ただぐったりとなった躰が痙攣して戒斗に応える。連動して躰の奥から快楽の(しるし)が零れた。
 戒斗が躰を起こして離れると、知らずのうちに(りき)んでいた叶多の躰が弛緩(しかん)した。が、それは油断にほかならず、次の瞬間には慾が叶多の中を一気に掻きわけた。しばらく封じられていた叶多の中は、まさに()じ開けられた感じがして戒斗の慾はきつい。叶多は背中を仰け反らせて、くぐもった悲鳴を出した。
「大丈夫か」
「戒斗……ハグしたい」
 繋がるときにいつも叶多からくる要求を受けて、戒斗は笑いながら従った。
 あくっ。
 引き上げられて胡坐をかいた上に載る体勢はより深く繋がって、叶多は躰を震わせて喘いだ。そこに戒斗の呻き声も重なる。
「どうだ」
「いい……感じ」
「確かめればいい。今日は叶多のペースに付き合ってやる」
「ずっとこうしてていい?」
「朝まで?」
「うん」
 叶多が即答すると戒斗は笑い、その反動で揺れた躰が叶多の感覚を触発した。
 あふっ。
 うっ。
 ペースそっちのけで、とうとつにふたりは快楽の連鎖にはまってしまう。
 どれくらい時間がたったのか、叶多の意識がふわりと浮くまで、そこから抜けだせなかった。

 だめっ……助けて……あ――っ。

 戒斗の耳もとで叶多の(かす)れた悲鳴が響き、首にしがみついていた叶多の腕がずるずると落ちていく。戒斗は力尽きた躰を腕で締めつけながら、震える叶多の体内に堪えていた慾を吐きだした。
 荒い呼吸がやがて落ち着くと、戒斗は一つ大きく息を吐いて叶多の濡れた頬を拭う。それから布団をたぐり寄せ、脚を伸ばしてそのまま仰向けになった。
 叶多の顔がちょうど戒斗の喉もとに納まって温かい息がかかる。腕を回して叶多の背中を包んだ。
 いつだって救ってやる。ほんのわずかでも、叶多の中から怖れは払拭(ふっしょく)できたのか。
 そんなことを思いながら戒斗は目を閉じた。

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