Sugarcoat-シュガーコート- #100

第10話 epilogue Egotist


 ずぶ濡れの瞳と小刻みに震える躰。
 それが安堵からきているとしても。
 見たくない。
 それはおれのわがまま。


「風邪ひくまえに風呂入って温まらないとな」
 躰を離して叶多の濡れた頬を拭った。うなずいた反動で叶多の瞳からガラス玉のように雫が落ちる。戒斗はしがみつく叶多を抱えて、すぐ横の浴室へと連れていった。
 あらかじめ、熱めに溜めていたバスタブに蛇口をひねってお湯を注ぎたすと、戒斗は服を脱ぎ始めた。それを脱衣所に突っ立った叶多が喰い入るように見つめる。その表情が怖れに見えるのは気のせいなのか。
「……戒斗」
 叶多は囁くように戒斗の名を呼んだ。
「洗ってやるだけだ。怖いか?」
「……ううん」
 叶多は何か云いたそうにしながら首を振った。
「来て」
 脱いでしまってから戒斗が云うと、叶多はまるで犬みたいに風呂場に飛びこんできた。蒸気しているせいで床は水の膜が張っている。叶多が滑りそうになり、戒斗は慌てて支えた。
「何やってんだ」
「なんとなく。犬になってみたら何も考えなくていいかなと思って」
 叶多が可笑しそうに云ったにも拘らず、戒斗は苦々しく顔をしかめた。これまでに見たことのないほど歪んだ表情は叶多を驚かせる。
「戒斗、大丈夫?」
「叶多にそう訊いてもらう資格はない」
 戒斗は強張った声で云い、シャワーに切り替えて叶多の躰を洗い流した。
 叶多が自分ですると云ってもそこはやはり戒斗で聞く耳を持たなかった。とりわけ戒斗がかがんで体液のこびり付いた脚を洗うときには、立ったままの叶多にとって微妙な体勢であたふたした。
 戒斗はかまわず洗い終えると、叶多をバスタブの中に抱え入れた。自分の躰を洗って続き、叶多を挟むような格好で脚を最長まで伸ばす。叶多は背中を向けているままで、その姿に戒斗は小さく笑った。叶多が振り向く。

「何?」
「まだ恥ずかしいのか?」
「なんとなく」
「さっきまで素っ裸で堂々としてたくせに?」
「堂々じゃない。気にならなかっただけで……」
 叶多は体裁悪く顔を赤くした。
「おれの無様(ぶざま)な姿、見ただろ? 恥ずかしいのはおれで叶多じゃない」
「……戒斗は……ホントはどうしたかったの?」
「来て」
 いつもの、来い、でも、来るんだ、でもない頼みごとのような云い方に叶多は首をかしげた。ちょっと動いたとたんに戒斗は叶多を背中から抱き寄せた。
「いま、有吏で同時進行している案件が二つある。有吏の前途、あるいは存続を左右する事態だ。一つは蘇我家との修復。もう一つは“(かみ)”の存在だ。その両方に叶多を巻きこんでる」
「え?」
「蘇我家だけのことなら問題ない。方向転換すればいいだけの話だ。けど上が参画していることが事態を複雑にしている。少なくとも、上が有吏に目をつけたのは間違いない。何より、上が叶多と接触していることがおれにとっては懸念になってる」
「ずっと考えてるんだけど、上、って誰?」
「関係からいえば、有吏家と蘇我家、両家の血筋を引く家系になる。取りようによっては有吏家にも蘇我家にも見放された一族だ。叶多から聞かされた『再生の時を待っている』という上の意図は、いまの段階ではまったく見当がつかない」
「……あたし、もしかして有吏一族にとったらすっごく厄介者になってる?」
「違う。逆だ。おれといなかったら叶多が上と接触することはありえなかった」
 戒斗は叶多の不安を即座に否定し、それから後悔まじりのやりきれない声が続いた。叶多は戒斗の腕から抜けだして正面を向いた。叶多の瞳が心許なく戒斗を見返す。
「だから……だから離れようとしたの?」
 戒斗は一瞬、言葉に詰まったあとため息を吐く。
「それだけなら、懸念はしてもまだどうとでもできるという自任があった。けど、祐真がいなくなった。いざとなれば、蘇我は手段を選ばず、民を簡単に切り捨ててきた一族だ。それがおれの中で鮮明になった。叶多の気持ちがおれにあるよりも、叶多がいなければなんの意味もない。かといって放す気にもなれない。その優柔不断さがこの(ざま)だ」
 戒斗は反吐(へど)が出そうな気分で吐き捨てた。それとは対照的に、叶多の顔には予想外の笑みが広がっていく。

「叶多……」
「戒斗、ハグしていい?」
 戒斗がつらそうにつぶやくいたのをそっちのけで、叶多はまるで無邪気に訊ねた。その肩には自分の(しいた)げた痣が見える。その腕には自分の(すが)った痣があった。
「……なんでそうなんだ?」
「そう、って?」
「おれに懲りてない」
 戒斗の苦々しい声が続き、叶多は首をかしげた。
「あたしは戒斗が大好きってしかわからない。だから一緒にいたいのがいちばんで、くっついてられるんだったらもっといい。祐真さんいなくなって、一緒にいられることがずっとずっと大事になった気がするの。いつか祐真さんみたいな別れがくるかもしれないけど……ううん、そういう別れがくるのは誰だってそう。だから、そういうことを怖がるより、あたしは戒斗とハグしてるほうがいい。航さんたちにも昂月にも、祐真さんはきっとみんなにそう教えてくれたんだよ?」
「……叶多が神に見えてきた」
 戒斗は本気半分でからかい、それから息を吐くように力なく笑って続けた。
「その叶多をおれは犯した。断罪は受ける」
「断罪?」
「あとは叶多に任せる。いまじゃなくてもいい。おれが忘れることはない」
「あたしはいい。戒斗がまた離れていかないんだったらそれでいい」
「それでも叶多には権利があることを覚えていてくれ。おれがまたバカげたことやろうとしたら断罪していい」
 戒斗は叶多を招くように腕を伸ばした。飛びつくように巻きついてきた叶多を抱く。強く縛るほどに躰は余計にかぼそく感じて苦しくなる。

「叶多、子供できてたらちゃんと云えよ。避妊してないから。あとでも妊娠しにくくできる薬が……」
 云っているうちに叶多の躰が小さく揺れた。
「なんだ?」
「戒斗、ホントに理性飛んじゃってたんだなって思って」
 肩の上で叶多は可笑しそうに云った。
「反省してる」
「妊娠したら……生んでいい?」
「負担がかかるのは叶多だ。叶多がよければあとは問題ない」
「うん、頑張って生むよ」
 先走った叶多の宣言に戒斗は笑った。ふたりの躰は重なっているぶん、急速に暖かくなっていく。
「戒斗、おなか減ってて……もうのぼせちゃいそう」
 云うなり戒斗の背中に回した叶多の手から力が抜ける。戒斗は笑いながらバスタブから叶多をすくいだした。


 浴室から出て暖房をきかせた寝室に入り、叶多は戒斗が着ていた長袖Tシャツ一枚という格好でベッドに入った。戒斗はTシャツとボクサーパンツを身につけ、玄関先に置きっぱなしだった食料品を持ってくると、ベッドに上がって脇の窓枠にもたれた。
 おにぎりを差しだすと、叶多は自分で持とうとはせずに犬のように喰いついてくる。布団の中に潜りこんだその姿は怠惰極まりない。
 食べてしまったあとは時間の観念をなくしてふたりで寝そべった。戒斗は専ら叶多が喋るのを聞いた。会話がなかった頃のことをあっちこっち飛びながら話す叶多の声は心地いいはずが、ここでも苦しい。
「戒斗……あたし、うるさい? しわ寄ってるよ」
 ふと話を止めた叶多は左肘をついた戒斗の眉間に指先で触れた。戒斗は無防備に自分を曝していることに気づかされ、顔をしかめた。
「うるさくない」
 答えながら叶多の手首をつかむと、戒斗は訴えるような眼差しに合った。
「……戒斗」
「続き、話さないのか? 眠ってもいい」
 叶多の名前を呼ぶ声も催促を云い含んでいたが、戒斗は気づかないふりをした。
 叶多は仰向けからうつ伏せに変わり、肘をついて顔を起こすと伸びあがって戒斗のくちびるを舐めた。
「叶多」
「……」
 戒斗が止めると、無言で責める叶多の瞳がまた潤みだした。戒斗がそうであるように、どう無邪気に振る舞っても昨日のことは叶多にとってつらいことにかわりない。
「おれは……まだ昨日のことを処理しきれていない。叶多に曝したぶん、叶多の前で気持ちの抑制がきかなくなってる」
「それって戒斗がよく云う『今更』だよ? どんなことも抑えてほしいなんて思ったことない。反対に教えてほしいって思ってるんだよ? 昨日のことも……あたしは昨日とは違う本物を知りたい」

 叶多にどう云われようと、ここで応じればつけこんだことになる。今更の卑怯さ。どうする?
 目の前の瞳から落ちるガラス玉。頭上のチェストに視線を向け、白い雫を印したガラス玉を見やった。窓からの光に青く煌めいている。
 あの時が弱さを認めるきっかけだったように、いまなら嫌ってきた卑怯さを受け入れられるのかもしれない。この云い訳すら卑怯さ以外の何ものでもない。

 戒斗は頭を傾け、叶多のくちびるをふさいだ。やさしいよりは(あつ)く、叶多が呻く。離れると叶多の瞳は悲しいでも責めるでもなく渇望に潤んでいた。叶多を仰向けて太腿の上に跨り、ぶかぶかのTシャツを脱がせた。叶多は祈るように手を握り締めて胸を隠す。
「自分から云いだして赤くなるか?」
「戒斗も脱いでくれたら……」
 戒斗は、ふーん、と疑うような相づちを打ちながら、まずはTシャツを脱いだ。それから膝立ちしてボクサーパンツに手をかけたとたん、叶多は目を閉じた。
 戒斗は小さく笑みを漏らし、叶多の合わせた手を解くとそれぞれに自分の手を重ねた。まるで救世主の(はりつけ)のように叶多の手を横に広げて押さえつけ、戒斗はくちびるをつけた。
 そのまま喉もとを下りて、叶多の肩に浮かんだ悪魔の刻印にくちづけた。軽く吸いつき、まるで儀式のように反対側もそうした。腕にある懺悔(ざんげ)の刻印にもまた。
 それからまたくちびるに戻った。叶多の緩く開いたくちびるを抉じ開けて舌を絡ませる。これまでと同じおずおずとした反応が返ってくると、堪らず戒斗は深く侵入した。叶多が苦しそうに呻き、戒斗はくちびるを離れて胸へと流れていく。
 柔らかいふくらみを吸いつくようにして周りから攻めた。桜色の胸の先が誘うように尖る。そこに届く寸前まで行って今度は反対に移った。同じ反応が現れる。それを繰り返して焦らした。
「戒斗っ」
「なんだ?」
 堪えきれなくなった叶多が名前を呼ぶと戒斗は顔を上げた。訊いても叶多は黙ったまま困ったような顔をした。
「やめてほしいんならやめる」
 戒斗は口を歪めて云った。
「意地悪……」
「ああ、違うな。もっと?」

 叶多は返事のかわりに目を伏せた。怯える素振りはなく、まったく素直じゃないところまで変わらないという叶多の反応に、戒斗は短く笑って自分の抑制を解いた。
 ちょっとくちびるに触れたあと、誘惑されるまま胸先を口に含んだ。
 あっ。
 叶多の躰に身震いが走る。舌で絡めとるほどに硬く存在を確かにしていく。やがて顔を上げると、そこは痛そうなくらいにピンク色に充血して濡れている。反対側で同じように戯れる間、叶多は何度も呻きながら躰を捩った。
 戒斗は叶多の手を離して腿の上からおりた。叶多の脚を割って膝の裏を支え、少しお尻が浮くところまで持ちあげると、抵抗にあうまえに口をつけた。
 あ、あ、あっふっ。
 敏感な襞の先を柔らかく這いずるたびに叶多の躰がピクリと跳ねる。叶多の体内から戒斗の好む蜜が零れてくる。自分が傷つけた場所を口でふさいで吸いついた。
「ああっ、戒斗っ、だめっ!」
「イっていい」
 ちょっと顔を上げてそう云うと、戒斗はまた口をつけた。吸いあげるたびに特有の甘さが口の中に広がる。戒斗は緩く吸いつきながらゆっくりとふくらんだ襞を這いあがった。叶多は躰を震わせながら感覚が迫ってくるのに任せた。
「戒斗、も――っ」
 叶多が口にするのと同時に戒斗がいちばん敏感な場所を含んだ。叶多の躰は硬直し、すぐに弛緩すると痙攣しだして苦痛ともとれる悲鳴があがった。
 戒斗は躰を起こして、叶多が落ち着くまで躰を撫で回した。

「戒斗……」
 囁く声は余韻に震えていて、また訴えるような眼差しが向く。
「おれは昨日めちゃくちゃやってる。痛いようだったら云ってくれ」
「うん」
「怖いときもちゃんと云えよ」
「怖くない」
 叶多が即答すると戒斗は軽く口づけた。広げたままの脚を軽く持ちあげて、戒斗は腰を進めた。入り口に当てたとたん支えていた叶多の脚が強張った。少しだけ挿してみると叶多の潤んだ体内はすんなりと受け入れる。叶多の躰も安心したように緩み、戒斗はもう少し進めた。
 昨日犯した叶多の中は、これまで経験してきたものと明らかに違って戒斗を拒んだ。それを無理やりに侵犯した。いまもその華奢な躰のとおり体内は窮屈だが、昨日よりスムーズに戒斗の侵入を許した。いったばかりの躰の中は温かく(ぬめ)っている。ちょっと動くたびに過敏に反応して戒斗の“慾”を煽りたてた。
 戒斗は叶多の脚をそれぞれに腕に抱えると、半端な挿入のままでゆっくり動いた。
 あ、くぅっ。
 叶多の躰が少し仰け反った。
「つらいか?」
 そう訊ねると、叶多は目を閉じたまま首を横に振って否定した。

 叶多の表情を見ても痛がっている表情はなく、戒斗はゆっくりした動きを再開した。抜けるか抜けないかというところまで繰り返す浅い律動のなか、次第に叶多の躰が汗ばんでいく。叶多の喘ぎ声はひっきりなしに漏れだし、それと連動して襞がざわざわと慾の型に合わせて絡みつく。たったそれだけで戒斗の理性もまた奪われそうになる。
「んあっ…ふっ……戒斗……へんなのっ」
「大丈夫だ」
「あふっ……腰が……抜けちゃいそ……あ、あ、んっ」
 喘ぎながら叶多がつぶやくと、戒斗はわずかに律動を深くした。ゆっくりした動きが余計に痺れた感覚を持続させて叶多を追い詰める。二回目の悲鳴をあげながら、叶多は背中を反らして腰を浮かせた。その体内は戒斗を巻きこもうと痙攣する。戒斗は呻きつつも歯を喰いしばってそれに耐えた。
 叶多は胸を大きく上下させ、やがて力尽きたようにぐったりとした。戒斗は抱えていた脚を離して叶多の両脇に手をつくと、伸しかかるようにキスをした。戒斗が抜けだそうとした瞬間、叶多が弱々しく腕をつかむ。
「戒斗、待って!」
 息を切らしながら叶多が引き止めるように叫んだ。
「無理させる気分じゃない」
「違うの! 戒斗と、ハグ、したい」
「欲張りだな」
 戒斗は力なく笑った。
「だって、いつも触れちゃ、いけなかったし、今日は、いいよね?」
「このまま?」
 戒斗がちらりと繋がった場所を見ると、叶多は顔を赤くして目を逸らしてうなずいた。
「起こして? 力が入んない」
「叶多、いまは完全に中にいるわけじゃない」
「わかってる」
「起きるほうがきつい」
「平気」
 安易に答えた叶多は、戒斗が目を細めて見やると、たぶん、と付け加え、戒斗はため息紛いで笑う。
「ゆっくりやるぞ」
「うん」

 戒斗は首につかまらせると、右腕でその腰を支えて叶多をゆっくり引きあげた。
 叶多が自力で姿勢を保つには腰が重すぎて、戒斗の腕に頼らざるを得ない。起きあがるにつれて戒斗の慾が奥深く掻きわけてきた。痛みはないけれど、その圧迫感にもう無理と思ったところで、叶多はそれ以上躰が沈まないように戒斗の首にしがみついた。
 戒斗はその位置で叶多の腰を抱いて支える。戒斗が笑ったせいで、叶多の中の慾が振動して、弱い痙攣が続く躰の奥に刺激を与える。叶多は小さく呻いた。
 鼓動を重ねたまま、ふたりはしばらくじっと互いの感触を確かめ合った。
 叶多の躰がだんだんと戒斗に馴染んで、巻きつけていた腕が緩む。躰が沈んで互いが密着した。叶多の躰に震えが走る。深いところで感じる戒斗の感触に叶多はくぐもった声で喘いだ。
「んあっ。こ……れで『完全』に、なった?」
 叶多は息苦しそうにつかえながら戒斗の肩越しに訊ねた。戒斗もまた呻きながら笑みをかすかに漏らした。
「ああ。どうだ?」
「ちょっと、きつい、けど、痛く、ない……うれし……戒斗は?」
「おれもきついけど、叶多の中はドロドロに熱くて緩和されてる」
 そう云うと、背中にしがみついた叶多の手が戒斗を叩いた。
「叶多の中は無上だって云ってる。やっぱり叶多はガラスみたいだ。繊細で壊れやすいのに、壊れたら凶器に変わる。けど、熱くしてやればまた融けてどうとでも復活する」
「誉めてる?」
「たぶん、その気持ちよりは重い」
 叶多は戒斗の首の下に耳をつけたまま無言でうなずいた。
 そのうち眠っているんじゃないかと思うくらい叶多の呼吸が静かになった。
「叶多、もういいだろ?」
「……こうしてるの嫌?」
「そういう意味じゃない」
 不安そうにした叶多の問いをすぐに戒斗は否定した。
「じゃあ、もうちょっと」
 戒斗は笑い声を漏らすと繋がったまま、跪いた不自然な姿勢を変えて胡坐をかいた。叶多が呻いて躰を震わせる。
「ふやけそうだ」
 そう云うと、また叶多の手が戒斗の背中を叩いた。含み笑いをして叶多を抱く。

 気のすむまでと黙って叶多に付き合っていると、不意にふたり同時にこもった声を漏らす。互いを抱く手がきつくなった。
「叶多、何してる?」
「な、にって?」
 呻くように云った戒斗に、叶多は舌足らずに問い返した。
「動くな」
「う、動いてない、ぁくっ」
「中の話だ」
「中? んっ、なんだか……ヘンな気分。戒斗を、確かめようと、したの……ぅあっ」
「くっ……叶多、それをやめろ」
「できない、だって、ぁんっ……戒斗のが、動くから……あっ」
 戒斗は舌打ちした。
 叶多が云う『戒斗を確かめよう』として、感覚だらけの襞が戒斗の慾を絡めとっている。戒斗の慾がひくつき、それが叶多の感覚を高めてまた慾に絡む。叶多の躰の中で、ふたりして快楽のスパイラルにはまった。
「あ、あ、あふっ……戒斗っ、待って!」
 叶多自身が引き起こしたことであり、それは理不尽な要求だ。我慾を振り払い、叶多を引きはがそうと戒斗が身動きしたとたん。
「動いちゃ――やっ、あ、あああっんっ」
 くっ。
 歯を喰いしばったというのに戒斗の口から声が漏れた。叶多が悲鳴をあげると同時に、体内は激しい収縮と拡張を繰り返す。昨日は経験しなかったその体内の動きが無防備な戒斗の慾を襲った。しがみつく叶多をきつく抱き返しながら耐えた。
 どうにか堪えた慾はピクピクと震える。その動きはただでさえ敏感に震える叶多の体内を否応なく刺激して、叶多はまた悲鳴をあげた。
「戒斗、だめっ、助けて……」
 挿入されたままイクというのはこれまでの感覚と違っている。戒斗の慾が邪魔をして痙攣は収束しきれず、続けて弾けることに慄いた叶多は脱力して戒斗の腕に躰を委ねる。
 叶多は泣きながら呆けた表情で戒斗を見上げてきた。それは叶多が気絶するまえに見せる表情だ。
 戒斗は叶多の躰をそのままベッドに倒した。慾を引きかけると同時に叶多は詰まった声を漏らし、躰を激しく震えさせた。意識を失くした瞬間、叶多の体内ではまさに痙攣が起きて、抜けだす戒斗を引き止めようとした。その危険極まりない誘惑になんとか抵抗して引き抜いた刹那、戒斗はぐったりした叶多の上半身に慾を吐いた。
 荒く息を吐きながら戒斗は叶多の隣に仰向けになって横たわる。
 くそっ。
 戒斗はセーヴのきかなかった自分自身に向かって毒づいた。
 叶多が厄介なのは有吏にとってではなく戒斗にとってだ。それはわかっていたこと。それでも手放せないから始末に負えない。
 不規則な鼓動が安定すると戒斗は起きあがった。自分がぶちまけた体液を処理して、微動だにしないその躰を抱き寄せた。

 出てくよ。
 前後の言葉を無視し、自分のしてきたことを棚に上げ、たったそれだけの言葉に反応して血迷った。
 この二カ月、眠る叶多にずっとつぶやいてきた呪文。
 放さない。
 戒斗は囁いて目を閉じた。


「戒斗」
 戒斗は自分の胸を揺さぶる手をつかむと、はっと目を覚まして上半身を起こした。いつの間にか微睡んでいたらしい。しかも叶多を起こすどころか、逆に起こしてもらうあたり、戒斗の緊張はまるっきり緩んでいる。
「電話鳴ってるよ」
 寝室の戸の向こうのこもった音は、叶多が云っているうちにやんだ。
「……急ぎなら嫌でもやって来るだろ」
「有吏の電話だったよ?」
 叶多は目を丸くして戒斗を見上げる。戒斗は口を歪めた。
「叶多は厄介者かって訊いたけど逆だ。有吏一族からすれば貴重な情報を得たことになる。時間という報償くらいもらってもいいだろ。おれと叶多は間違いなく犠牲になる」
「犠牲?」
「悲観的に捉える必要はない。おれはもう何もためらう枷はない。とことん突き進むのみだ」
「そう?」
「そうだ」
 戒斗は電話に頓着せず、叶多を見下ろした。
「叶多、本物はどうだった? よかったか?」
 叶多の顔は赤らむが、その口調は戒斗が答えを真剣に待っていることを示している。
「うん」
「ほんとか?」
「うん、よかった。昨日も」
 叶多が付け加えると戒斗の瞳は苦悩に満ちる。うれしさと相俟って戒斗の拘りから不安を覚え、叶多の瞳が潤んだ。ガラス玉が頬を伝い、剥きだしになった桜色の胸先に落ちる。
「戒斗、後悔しちゃだめだよ」
「違う。おれはこの後悔を受け入れる」
「……離れてかないよね?」
 叶多は今日何度『離れる』という言葉を繰り返したのか。その不安はふたりのどっちにとってももう必要ない。
「できなかったって云っただろ? 少なくとも叶多は躰でおれを縛ることができる」
 戒斗は真面目な様を一転させてニヤリとした。
「躰?」
「叶多が感じやすいのは本物だった。セックスのやり甲斐がある。叶多には鍛えられそうだ」
「……そういうのにやり甲斐とか鍛えるってヘン!」
 叶多は勝手に感じた手前、否定もできない。涙のかわりに顔を火照らせて抗議しようと手を上げたが、戒斗は易々と捕えた。
「おれを躰で繋ぎとめるって貴重だと思うけどな。だから誰にも渡さない。誰にも触らせるな」
 戒斗は自惚(うぬぼ)れたっぷりで身勝手にそう云い渡すと、叶多の手のひらを舐めた。叶多はくすくすと笑いだす。
 そのとたん戒斗は手を離し、切羽詰まったように叶多の頬を両手で包んだ。
「戒斗?」
「ずっと笑ってくれ」
 戒斗は振り絞るようにわがままを吐き、叶多を抱いた。
 素肌の触れ合う感触に、また叶多はくすぐったそうに笑う。

 戒斗の中から込みあげる。
 その言葉では足りないが、その言葉しか見つからない。
 ……してる。
 思わず漏れそうになった。強く目をつむって口を噤む。
 口にすれば結果は見えている。
 いまは見たくない。
 笑ってくれ。
 それは弱さに塗れたおれのわがまま。
 自分がしたことに折り合いがつくことはない。
 罪悪感より酷い自己嫌悪。引き換えに断罪を(いと)わない誓いを立てる。
 弱さも醜悪さも卑怯さもすべて曝した叶多に隠したいものは何もない。
 このさきにどんな至難が待とうとどんな脅威があろうと、その時はどんな卑怯な手段を使っても守ってみせる。
 それがおれの一切(いっさい)

* The story will be continued in ‘Fate’. *

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* egotist … わがままな人(= egoistエゴイスト)、自惚れ屋
* 次話よりラストステップ
  かなり仰々しく歴史が絡んできますが、あくまで史実をベースにしたまったく嘘の歴史です。