Sugarcoat-シュガーコート- #91

extra Full course -3-


 叶多から箱を取りあげて脇に置くと、いきなり戒斗は襲ってきた。
 戒斗は乱暴にさえ思えるほど頭の後ろをつかみ、叶多の口を舌で()じ開けた。戒斗が飲んだワインの味が口の中に広がる。
 息苦しくなり始めたとき、戒斗はやっとくちびるを離した。何が理由で気分を害したのか、戒斗の瞳が不穏に叶多を見据え、背中に回った手がワンピースのファスナーにかかる。
「戒斗?」
「真理に触らせたな」
「え?」
「化粧」
「……。き、今日はあたしの誕生日なんだけどっ!」
「だから、気分よく、きれいにしてやる」
 戒斗は止める手を避けながら、叶多のワンピースを剥ぐように床に落とした。胸もとに手を滑りこませて戒斗はふくらんだ素肌をつかむ。
 叶多は息を呑み、その手が動きだすまえに唯一の防御策で戒斗にしがみついた。それは見られる恥ずかしさを隠すためでもある。
 戒斗は呻くように笑って叶多を抱きあげた。寝室を通り過ぎて戒斗が向かったのはバスルームだ。入ると、暖かく湿った空気と甘い花の香りに迎えられた。
 おろされながら見渡したバスルームは広々としていて、どこから甘く香るかと思えば、大きなバスタブの中と縁に花びらが散っている。バスタブの向こうは窓ガラスで、都市のネオンが広がっているという贅沢な演出だ。

 うっとりと気を取られた隙に戒斗が叶多の下着に手をかけて裸にした。ショーツを脱がせるのにかがんだ戒斗がおなかにキスをすると、叶多は後ろに飛びのいた。
「入ってればいい。それとも見てるか?」
 戒斗はジャケットを脱ぎながら挑発した眼差しを向け、喉もとに手をやってネクタイを緩めた。
 叶多は急いでフラワーバスの中に逃げる。戒斗の忍び笑いが聞こえた。
「いつになったら慣れるんだ? まあ、説得しなくてすむようになっただけでも進歩したんだろうけど」
 そう云われて叶多ははっと思いだした。本当に欲しいプレゼント。
 窓の外を眺めていた叶多は戒斗が入ってきたと同時に振り向いた。
「戒斗、今日は――ぁっ!」
 完全に振り向いてしまうまえに背後からぴったりと抱き寄せられた。左手が右の胸をつかんで、右手が脚の間を襲った。それだけで戒斗は簡単に叶多を逃げられなくする。
 戒斗の左手はゆっくりと()ねるように胸を這う。脚の間を捕らえた右手は動かず、ただ叶多を縛っている。動く手は性急じゃなく色情もなく不機嫌さは消え、ただ(ほぐ)すようで、叶多の躰からかまえていた緊張が解けだした。飼い主に撫でられている犬のような感覚に浸かる。
 アパートと違って広いバスタブときれいな景色。格別なのは戒斗の腕に包まれているということ。
 云うつもりだったことは頭の中から消え去り、ふたりとも黙ったままというのが眠りの中にいるようで、叶多はリラックスしきって微睡(まどろ)んだ。

 どれくらいそうしているのか、戒斗の手はずっと右側の胸を撫で回していて、時間がたつにつれ、だんだんとそこに熱がこもっていった。微睡みは陶酔に変わる。
 ただ触れるということを楽しんでいた戒斗も変化に気づく。胸を包んだ手のひらに硬くなった叶多を感じた。右手にはジェルのような感触を覚え、戒斗を()きつける。
 戒斗の手の動きに妖しさが加わった。
 あっ。
 胸の先を摘まれると、叶多の躰の中でぞくっとした感覚が急降下した。陶酔からも醒め、一気に快楽の中に堕ちた。抵抗するように躰を縮めたのに、叶多の快楽はただ開いていく。動く指先に応じて躰が勝手に欲張り始めた。
 それを察したように脚の間を包んでいた手がすっと動いた。
 ぁくっ。
「熱いな」
 耳もとで戒斗がつぶやいた。それは満足至極の響きで。
 恥ずかしさで叶多に理性が戻った。
「戒斗、あのね――」
 逃れようと身を捩ると戒斗の腕に力がこもる。躰を浮かせられ、戒斗の脚が後ろから叶多の脚の間に入って膝を立てた。叶多は戒斗の脚をまたがる格好にされ、戒斗の手は簡単に敏感な襞を捕らえた。
 あ、あ、んぁ……ふっ。
 柔らかく触れる指は叶多の感覚を快楽でいっぱいにした。背中を戒斗に押しつけるようにして首を仰け反らせる。水の浮力と無防備な格好が、せめてと抗う力を無効にした。バスルームに自分の声が広がる。そうわかっても声は止められずに、躰は行き着く先を目指していく。
 あ、あ、あ……。
 叶多は一定の間隔で、小さな声を漏らしだした。それは叶多がイク感覚に入ったことを戒斗に伝える。わずかに指の動きが変わった。直後、叶多の躰が激しく跳ねてバスタブのお湯が波立った。
 あ、ぁああっ……んっ。
 痙攣しながら絞るような声を出して、叶多はぐったりと戒斗の腕に寄りかかった。叶多の髪が湯の中に広がる。戒斗は叶多を横向きに抱き直し、荒く息を吐くくちびるに軽く口をつけた。

「戒斗……待って!」
 くちびるがちょっと離れると、叶多は喘ぎながらも、戒斗がまた動きだすまえにと急いで呼び止めた。
「なんだ?」
「あたし、戒斗、触りたい。戒斗、誕生日、埋め合わせ、してくれるって」
 叶多は息が整わないまま、途切れ途切れに訴えた。
「なるほど、その話か。おれはインランになったらって云わなかったか?」
「あたし、何回も、毎日、イ……イってる。普通、そんな、イケないんだって……」
 そう云うと、戒斗は叶多の姿勢を変えて正面を向かせた。
「確かに。それで、どこを触るんだ?」
「意地悪……あ……あ、あそこ!」
「まともに見れないくせに触れるのか?」
「きっと、一方的だから……あたしも戒斗、イ、イカせられたら平気になるかも……」
「ふーん」
 疑うように相づちを打つと、戒斗は叶多を支えていた手を離し、バスタブの縁に両腕を預けた。まるで威嚇するような姿勢だ。
「……いい?」
 返事はなかったけれど、戒斗は促すように首をかすかに動かした。

 叶多は戒斗の腿の上に乗ったまま、まずはその力強い美を宿した顔に手を伸ばした。両手の指先を重ねながらくちびるに触れた。戒斗の瞳が射るように叶多を見据えていてドキドキする。身を乗りだしてキスをしてみた。戒斗がするようにくちびるの間に舌を走らせる。けれど戒斗はなんの反応も示さない。くちびるを離すと無表情に見返されて、叶多はちょっと自信を失くした。
 もともと、自信なんてあるわけなく、すぐに堕ちてしまう叶多と違って、落ち着いた戒斗を見ていると自分が酷く馬鹿みたいに思える。
 でも、自分から云ったんだし、ちゃんとやり遂げないと。
 叶多はへんに律義な気持ちを持ち直して、今度は顎から胸にかけて触れてみた。硬くて、胸に近づくにつれて厚みが増しているのがわかる。
 おなかへと下りていく間も硬さは変わらず、手のひらがわずかに波打った。
 この先は……。
 叶多はためらって手を止めた。思わず下を向いたけれど、そうした自分に気づいてすぐに顔を上げた。浮いた花びらが邪魔して見えなかったのに、叶多の顔が赤くなる。
 戒斗が挑戦するように顎を少し上向けた。
 触っているのは叶多で優位に立つはずが、やっぱり余裕があるのは戒斗でちょっと癪に障る。
 大丈夫。だってあたし、インランなんだから! これくらいのこと……。
 そう自分に云い聞かせても勇気は必要で、それをかき集めるのに手こずった。そうやって戸惑っているうちに、戒斗の手がお湯の中に潜って叶多の両手首をそれぞれに捕えてしまう。

「戒斗?」
「ここまで、だ」
 叶多ができないと思ったのか、ただ気が変わったのか、戒斗は命令みたいな云い方をした。
「だって――」
「いまの叶多を見てると、ヘンな気分にされる」
「ヘンな気分て?」
「子供にワイセツ行為を強要してるようで(やま)しい」
 からかうのではなく真面目な顔で戒斗が云うと、叶多は余計に惨めな気分にされた。
「子供じゃない! 逆の立場じゃ、やりたい放題なのに!」
 泣きたい気持ちと怒りたい気持ちがごちゃごちゃになって叶多は不満をぶつけた。その気持ちが叶多の臆病さと恥ずかしさを消した。戒斗も過信していたのかもしれない。
 気づいたときは叶多の手のすぐ傍にあった戒斗のそれをつかんでしまっていた。が、不満任せの勇気はすぐに(しぼ)んで、叶多はその感触に固まった。
「叶多!」
 戒斗は呻くように叶多の名を低く叫んだあと、つらそうな表情を見せ、次の瞬間にはそれを振り払うように叶多を睨みつけた。
「叶多、いま、すぐ、離せ」
 叶多は赤くなったり蒼くなったりと混乱して、戒斗の脅迫にも無言で首を振った。両手の中で戒斗がピクピクしている。
「叶多」
「……手が固まっちゃってる」
 戒斗は小さく唸ってから、つかんだままだった叶多の手首を離すと、ふくらみに手を伸ばした。
「動くなよ」
 戒斗は警告し、叶多の胸先を捕えた。叶多の目が大きく開いて、それに釣られたように口がかすかに開く。戒斗の指がうごめくと叶多は堪らず目を閉じて、同時に手が緩んだ。すかさず戒斗が叶多の手を遠ざけ、かわりに躰をぴったりと引き寄せた。
 さっきまで手の中にあった戒斗が叶多のおなかに当たる。
「戒斗」
 なぜだか情けない気持ちで叶多はつぶやいた。
 耳もとで戒斗が力なく笑った。
「イキそうになったって云ったらどうする?」
「ホント?」
「しばらく抜いてないからな」
「……抜く、って何?」
 訊き返すと戒斗は躰を離して、可笑しそうに叶多を見た。
「イクってことだ」
「……じゃあ、止めなくてもよかったんじゃ――」
「あのままできたとは思えないな。叶多はインランになりきれてない」
「そんなことない!」
 叶多がきっぱり打ち消すと、戒斗は笑いだした。
「インランて意味がわかってるのか? 例えば……」

 戒斗が口を歪めたと思ったとたん、叶多の開いた脚の間に手が侵入した。跳ねた腰を戒斗が抱えこみ、指先が浅く体内を侵した。
 あっんっ。
 膝立ちした叶多の胸が目の前にあって、戒斗は遠慮なく咥えた。
 叶多の躰はすぐに反応して震えだす。襲うのも、脱力した躰を支えるのも戒斗で、叶多は快楽を防ぎようがなくなった。
 叶多は戒斗が繰りだす一定のリズムに弱い。そのリズムに合わせた歌のように叶多の声が溢れだした。あっという間に我慢できなくなって、躰が欲張るままに任せた。
 あ、あ、あぁ、あっ……はっ。
 イキついて、それでも戒斗は止まることさえなく先へと進んだ。
「戒……斗、待って……」
「だめだ」
 身震いしながら苦しさを訴えているというのに、戒斗は一言で懇願を退けた。
 つらい。怖い。そうつぶやきながらも、それとは区別のつかない快楽が叶多を襲う。それは自分の体内で起きていることに違いなく、逆らう気持ちを簡単に飛び越え、セーヴする気力さえ奪ってしまうのだ。
 自分でやっていることと認めたくなくて叶多は口にする。
「もう……やっ」
「違う。もっと、だろ。叶多は嘘吐きだ。おまけに飼い主の不意を衝いて咬みつく。躾がまだ足りないな」

 強制的に押しあげられ、叶多はのぼせそうにくたくたになった。バスタブを出ると、戒斗から支えられながらやっとメイクを落とし、一通り洗面をすませてからベッドに連れていかれた。
 戒斗はいったんバスルームに戻ったあとも、裸で寝転がされたまま、叶多はシーツを纏う力もない。戻ってきた戒斗はバスローブを羽織っていた。
 戒斗はベッド脇にかがんで、横を向いて寝そべっている叶多に口づけた。ひんやりした感触にびっくりする間もなく、氷が叶多の口の中に入った。
「誕生日、おめでとう」
 戒斗が笑みを浮かべて云うと、氷が邪魔して答えられずに叶多はうなずく。氷が融けてしまうまで、戒斗は叶多の濡れた髪をタオルで乾かした。
「戒斗、酷い。ホントにつらいんだよ」
 冷たい氷で頭はちょっとだけすっきりしたけれど、躰の倦怠感までは抜けず、叶多はぐったりとつぶやいた。
 戒斗はベッドの端に腰を下ろして、後ろめたさも見せずに笑った。
「それをつらい、じゃなくて、もっと、って云えるようになったらインランて認めてやる」
 そう云って横向きの叶多を仰向け、戒斗は身をかがめてきた。叶多の両手が頭の上でまとめて(くく)られる。目的とする地に先に到着したのは戒斗の空いた手のひらだ。ふくらみをつかんで持ちあげ、あとを追ってきた戒斗の口が開いてピンク色の先を咥えた。
「戒斗、やだ……ぅくっ!」
 這いずる舌に叶多は全身を震わせた。
 しばらく戯れてから戒斗は顔を上げる。咥えていた場所は色を濃く硬くして、誘うように濡れて光っている。叶多の髪に紛れる花びらが視覚的にエロティックさを増す。
「いやいや云うけど、叶多の躰は反対のこと云ってる。やだ、じゃなくて、もっと、だ」
 叶多の口もとに息がかかり、脅迫めいて戒斗が囁いた。目を開けるとほんの間近に残忍さを加えた眼差しがあった。
「戒斗……」
 名をつぶやいた叶多の目は熱に潤み、部屋のオレンジ色の灯りが反射してキラキラと光を放つ。
「やっぱり叶多はガラスみたいだな。ぐちゃぐちゃにかき混ぜて舐めたい。フルコースの仕上げだ。叶多を砂糖みたいにドロドロに溶かしてやる」

 潤んだ瞳からガラスの粒が落ちる。
 魅入られた悪魔は、叶多の柔らかいくちびるを前にして、晩餐(ばんさん)はこれからだといわんばかりに口を開いた。

* The story will be continued in ‘Spell’. *

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