Sugarcoat-シュガーコート- #86

Candied Graduation KANATA Complex -latter-


「仕事、終わるの早かったんだね?」
 車が動きだして訊ねると、戒斗はちらりと叶多を見やって小さく笑った。
「どうしたの?」
「実を云うと、仕事はなかったんだ。卒業式、見てた」
「ホント?!」
「おれが行くと騒がれるだろうし、そうなったら卒業式潰しかねないからな。二階席のいちばん後ろにいた」
 そう云われれば戒斗の格好が、めずらしくカッターシャツにサラリーマンぽいスーツパンツだということに気づいた。
「……あたしには云ってくれててもいいよね?」
 叶多が不満げに云うと、戒斗はからかうようにニヤリとした。
「叶多の普段を見たかった、ってやつ。青南の卒業式は長いからな。式中に居眠りしてないか、とか」
「酷い」
「まあ、それはそれとして、さすがに青南の生徒はしっかりしてる。っていう話をさっきまで学院長たちとやってた。挨拶しに行ったら学院長たちがそろっててさ、いままで(つか)まってたんだ」
「ふーん。ね、戒斗、有吏と青南てどういう関係?」
「寄付金断トツ」
 手っ取り早い理由だ。有吏家は上お得意様になり、そういう情報は末端の教師まで浸透しているのだろう。不純異性交遊の問題のときに金元が驚愕したはずだ。
「もともと、青南学院を創設したのは有吏一族だ。当然、表には出てないけど、仲介(なかがい)家が監事として当時から常に納まっている」
 叶多は仲介家のことをもちろん知っているけれど、青南学院の役員であることまでは知らなかった。もともと、親戚であることはわかっていても伯叔父(おじ)たちがなんの職業かなんて興味ないし、ここにきてやっと、叶多の前で哲がそういうことを一言も口にしたことがないと気づいた。
「教育の場は逸材(いつざい)を探すにはうってつけの場所だ。育てあげてトップに上らせる。そこに補佐として有吏から誰かをつけて進言という表向きのもと操る」
 叶多がびっくり眼で隣の戒斗を見上げると、ちょうど赤信号で車は止まり、戒斗は叶多に目を向けた。
「蘇我家と同じで、有吏の業もまったくきれいなわけじゃない。“正義の御方”じゃなくてがっかりしたか?」
「……『がっかり』じゃなくて、よくわかんないよ」
 困った顔で叶多が答えると、戒斗は小さく笑ってうなずいた。
「叶多らしい答えだ。ちょっと弁解するとバランスを取ってる」
「バランス?」
「そうだ。有吏一族はそのためにある」
 戒斗はそれ以上に説明することなく、一族の話はこれで終わりだと察した。けれど、こうやって少しずつ話してくれるとそれだけでうれしい。
「着替えてから行くか?」
「ううん。制服は今日が最後だからこのままでいい」


 実家に着くと、しばらくお茶の時間を取ってから千里を手伝って夕食の準備に取りかかった。その間、晴れて家に戻ることになった頼が学校を終わって、アパートにあった荷物をまとめて帰ってきた。居座っている間にどんどん荷物が増えたせいで、タツオの手を借りてのまるで“引越し”だ。
 戒斗は荷物を運ぶのを手伝って、そのまま頼の部屋に居座っている。
 昨日、一昨日は土日だったわけで、その間に引っ越せばいいものの、戒斗がライヴで家を空けていたことと、拉致事件からちょっとの間、叶多が不安定だったことがあって、頼(いわ)く、ケジメだとか責任だとかで今日になった。
 拉致事件の後遺症についてはもう落ち着いた。戒斗の強烈な荒治療が効いたらしい。かえって自分自身に不安になったかもしれない。
 だって……えっちで気絶するっておかしくない?

「……エッチって油断してると危ないのよね」
「……え?!」
 まさか、えっちの話が千里の口から出るなどとは思いもせず、叶多はぎょっとした顔で手を止めた。
「あ、危ないってやっぱり、の、脳みそが溶けちゃったり?!」
「……味噌? 私は油のことを云ってるんだけど」
 千里は叶多が受け持っている天ぷら鍋を指差しながら云った。
「……え?」
 叶多がきょとんと問い返すと、千里は呆れたように肩をすくめた。
「ガスからIHに変えたでしょ。使える鍋と使えない鍋があるじゃない。揚げ物は特に間違っちゃったら危ないって。まあ、叶多のところはガスだから気をつけてるだろうけど、将来、IHになっても油断しちゃだめよ。何考えてるか知らないけど、いまみたいにぼーっとなること多いから」
 叶多は文句云いたげに千里を見たけれど、まったく違うことを考えていたのは事実で反論できない。
 ため息を吐いてエリンギに衣を絡ませていると、油の温度が設定温度に達したらしく、センサー音が鳴った。
「もう揚げていいんだよね?」
「いいわよ。制服、汚れないようにしなさいよ。脱げばいいのに」
「ううん。お父さんにもちゃんと制服で卒業証書渡したいなって思って」
「そうよね。あんたが帰ったあとはまたたいへんだわぁ。きっと、嫁に出したくないって駄々こねちゃうんだから」
 嫁という立場はまだ不透明だけれど、高校卒業と同時に叶多のことは戒斗に任せるわけで、同棲を始めるときに、いざ引越しとなって拗ねた哲を思いだした。
 七時になって帰った哲を玄関まで迎えに行って、叶多はいのいちばんに卒業証書を見せた。頑張ったな、と喜んでくれた哲は、特にいつもと変わりない。まえに感じたように本音と建て前というのがあるのだろう。

「八掟主宰、お邪魔しています。このまえはご心労おかけして申し訳ありませんでした」
 哲がリビングに入ると戒斗は立ちあがり、来てすぐ千里へ謝罪したのと同様に哲へも詫びた。
「いや、君がいるからには無事に解決できることはわかっていた。座ってくれ。その後、わかったことは?」
「いえ。蘇我家の機能は本家への一極集中で、分家にはなかなか情報が下りませんから。事が事だけにこっちも慎重に動かざるを得ないというところです」
「叶多、もう大丈夫か?」
 叶多がテーブルに料理を持ってくると、哲が気遣わしげに訊ねた。ちらりと見た戒斗の目に可笑しそうな表情が浮かび、叶多は慌てて目を逸らした。考えたことは一緒みたいで叶多の頬が火照った。
「うん」
「“有吏の八掟”のことは他言するんじゃないぞ」
 いきなりの哲の忠告に、以前、維哲(いさと)が云っていた“八つの掟”という言葉を思いだしたけれど、内容を知っている覚えはなくて叶多は首をかしげた。
「有吏の八掟、って?」
「電話でおまえが云わされた言葉だ」
 戒斗が補足すると、叶多は驚くと同時に困惑した。
「……難しくて意味わかんないし、覚えてないよ」
 ほとんど覚えていないのは本当のことだけれど、あのとき“誰”かとした約束は戒斗にも話せなくて、叶多にはちょっと窮屈なことになっている。幸いなのは、戒斗が訊いてきたのが事件後すぐの一回だけで、それ以上に追及してこないことだ。
 戒斗は叶多がわずかに顔を曇らせたことに気づいたが、素知らぬふりをして笑った。
「確かに、叶多には意味不明だろうな」
 叶多の頬が抗議したげにふくらんだ。
「とにかく、有吏の八掟はいま現在、この八掟家と本家以下、限られた者しか知らない。叶多、おまえも八掟家の娘だ。一切、口にするな」
「うん、わかった」
「それはそれとして、頼のことまで世話をかけたな」
 今度は哲が申し訳なさそうに戒斗に詫びた。それまで口を挟まなかった頼が顔をしかめる。
「いいえ。助かったところもありますので。無事、お返ししましたよ」
 戒斗が頼を見やり、おもしろがって返すとそれまでの緊張気味だった空気が穏やかになった。
 頼が舌打ちして千里が笑う。
「じゃ、食事、始めましょ」
 千里の号令で『卒業おめでとう』から始まり、卒業祝いの食事会は賑やかに終わった。



 家に帰ってダイニングに入ると、頼の荷物がなくなっているせいか、ちょっと閑散として見えた。
「なんだか頼がいないって思うと、さみしいかも」
「聞き捨てならないな」
 何気なくつぶやいた叶多に対して、戒斗の声は険しい気がした。叶多が振り向くと、戒斗はほんの間近に立っていた。見上げて表情を確認する間もなく戒斗の顔が近づき、叶多はびっくり眼のままくちびるをふさがれた。
 んっ。
 心構えがなかっただけにすぐ息苦しくなって、叶多は小さく後退して口を離した。それもつかの間、息継ぎしようと開いたくちびるを再び襲われて、戒斗の舌が中に侵入した。
 戒斗が侵すのに任せていると、支えられていない躰は不安定になって揺れた。倒れそうになって戒斗の胸部分のシャツをつかんだ。同時に戒斗の手がウエストに来て制服のブラウスをスカートから引きだし、素肌に触れた。ぞくりとする感覚が躰を走って、ぼんやりしかけていた頭が少しはっきりする。背後に回った手がブラジャーのホックを外すと、叶多は身を(よじ)らせた。
 それでも戒斗はキスをやめることなく、腕で叶多を締めつけてますます深くする。苦しさのあまり、叶多が弱々しく胸を叩き続けると、戒斗はやっと離れた。
「……戒……斗?」
 睫毛(まつげ)についた雫を戒斗の手が払う。
「おれよりも家族がいいって?」
「そういうことじゃなくて――」
「まだお子様だよな」
 ふざけた口調なのになぜか目は笑っていなくて、叶多は訳もわからず驚いて目を見開いた。
 何が戒斗を駆り立てたのだろう。
 戒斗の親指がキスで赤く腫れた叶多のくちびるを這った。
「けど、おれは違う」
「……云ってることがわかんないよ?」
 戸惑って問いかけても無視されて、叶多の顔から下りた手はブラウスの下に忍びこんだ。手のひらが両腋を添うように這いあがる。
 戒斗は口を歪めて、叶多のふくらみをそれぞれにつかんだ。親指が胸先を突くとすぐに反応が出て、叶多の目は一気に潤んだ。
 ぁ…ふ……っ。
 続く親指の動きに堪えきれず、喘ぎ声が漏れると、戒斗の表情に愉悦が浮かび、恥ずかしくて叶多は目を閉じた。
「抱くぞ」
 強引に告げて戒斗は叶多を抱えあげた。寝室の照明をつけて叶多をベッドに寝かせ、戒斗は足もとに上がった。
「戒斗、待って!」
 その制止には答えず、戒斗は叶多の立てた膝に手をかけた。無駄でも叶多がしっかりと膝を合わせると、あきらめて手が離れたと思ったとたん、戒斗はスカートの中に手を滑らせてショーツをつかんで一気に足首まで引き下ろした。
 片方の手が潜りこんでデリケートな場所に触れると、ぴくりと躰が跳ねて緩んだ。その隙に、戒斗の手が片脚をつかんでショーツを足首から抜いた。
「戒斗、お風呂っ」
「制服、名残惜しいようだしこのまんまでいいだろ?」
 脚を広げられて、その間に戒斗がのしかかるように躰を割りこませた。
「でも――」

 抗議はキスで止められた。飢えたように戒斗の舌が口の中を動き回る。上半身が冷たい空気に触れたと思ったとたん、ブラジャーが上に退()けられ、戒斗の手のひらが開けた胸を包んだ。
 ぅんっ。
 指先が硬くなった胸先を擦ると、寒さとは別に躰が震えた。ショーツを取られてすかすかになった場所が空気に触れてひんやりして、そこがすでに潤みだしているとわかった。
 叶多は手を上げて戒斗の手首をつかんだ。けれど、止めるには戒斗の指が動き続けていてまったく力が入らない。逆に払いのけられて手首をつかまれ、頭の上で一纏(ひとまと)めに押さえつけられた。
 戒斗の左手が左の胸に被さり、くちびるが顎を伝い首筋に下りる。行き先は明らかで、空いた右の胸が温かい湿地帯に入った。痛いほどに感覚を剥きだしにした胸先が喰いつかれる。
 ぁ、あくっ。
 舐め取られるたびに躰がくねった。
 いつものように思考力は役に立たなくなり、ただ戒斗が導く快楽に沈んでいった。戒斗のくちびるや手を覚えた躰は慣れるどころか、だんだんと敏感になっている気がする。
 手が自由になっても投げだしたまま、戒斗が攻めるのをただ受け止めた。戒斗のキスは左の胸に這いだし、絞りだすように柔らかく押しあげた胸の先を含んで、右側は指先に翻弄された。百分の一秒も戒斗の動きが止むことはなく、逆らうよりは叶多は自らの意思でその感覚に入っていった。
 ……んあっあ、あ……ぁああっ。
 躰の奥がヒクついた。その過敏な場所に戒斗の指が浅く潜った。
 あっ、や……。
 無意識に漏れた短い拒絶とは裏腹に、内部の襞をゆっくりとなぞられて腰が震えて跳ねた。胸の先を強く吸いつかれ、その熱が躰の奥を通り抜けて戒斗の指先に行き着く。捩った腰とうごめく指が融合して、耐える暇もなく、息継ぎがうまくできないほど喘ぎながら弾けた。

 戒斗は躰を起こして震える叶多を見下ろした。乱れた制服が中途半端に脱がされてしわくちゃになっている。腰に巻きついたスカートがかろうじて指を埋めた場所を隠している。それはかえって扇情的だ。指を動かすと叶多の躰に痙攣が走って、蜜の壺は甘い毒を零しながら粘り気のある水音を立てる。
「戒……斗っ……あぅ、あ、あ、ぁあ……」
 叶多の呼びかけに懇願の響きを聞き取ったが、休みは与えず引いたり沈めたりという浅い律動を繰り返した。
 叶多の目尻から涙がラインを描き、こみ上げる嗚咽が抑えきれなくなっている。
 制服という幼さとはかけ離れ、独りでにイケるようになった叶多は快楽が途切れないほど感じやすい。そのギャップは戒斗に犯したいという慾求を募らせる。相反してこのままとっておきたい気持ち。いつまで堪えられるのか。

「あっ……か……い斗っ……も……やめて……ぅあ…っん……こ…しが……重た…い……よ」
「まだイケるだろ」
「やっ」
 戒斗は躰の位置をずらしてかがむと、スカートを少しずらして脚の間に顔を埋めた。
「ああっあ、あ……待ってっ」
 その訴えも退けられ、生温かい生き物が剥きだしの襞を這いだした。その感覚から逃げようと重い腰がせり上がるけれど、体内に侵入した指に支えられて余計に咥えやすくさせた。吸いつかれたとたん、プルプルと腰が震えて脚の先まで伝わる。
 戒斗の舌はゆっくりと規則的に襞を上下し始めた。指先の律動も一定のリズムを保っている。それが叶多の快楽を持続させた。
 うっあっああっ……んっ…ぃやっ……ぁあ、あ、んっ。
 粘液性の水音は深くくぐもっていく。躰は力を失くして開ききった。そして、変わらない動きがとうとつに叶多をそのさきに送りだした。
 あっ、ぁぁああっ……ん、くっ。
 腰を中心にして激しい痙攣が全身に伝い走った。戒斗の指にも収縮が伝わった。苦しそうに胸を忙しく上下させ、叶多は音が立つくらいに呼吸を繰り返す。
「戒斗っ……もう……指……抜いて」
「まだだ」
「戒斗――っ、んっ」
 抗議している途中で指が動いて息が詰まった。
「だめっ。やだっ」

 いったん動きが止まり、拒絶の単語を二つ並べると、戒斗が身を乗りだして叶多の真上に来た。
「どうだ?」
「何?」
 叶多は目を開けて意味不明の質問に力なく問い返した。
「こうやって無理やりやっても、このまえみたいに無理やり縛っても、それでもおれがいいのか?」
「うん」
 自分の格好を忘れて不思議そうに戒斗を見上げ、考えるまでもなく即答した。
 戒斗は半ば力が抜けたように、声を出して笑った。それからくちびるを下ろして叶多のくちびるを舐めると、顔を上げて濡れたこめかみを撫でる。
 指が体内から引き抜かれて叶多は呻いた。戒斗に抱き起こされると、トクンと体内から叶多の快楽の印が下りてくる。
「出ちゃう!」
 戒斗は小さく笑ってティッシュを取ると、自分でやろうとした叶多をさえぎって膝立ちさせ、脚の間に手を忍びこませた。
 まだ感覚は治まっていなくて、きれいにされる間も叶多は呻いた。腰は重たく、戒斗の肩をつかんで自分の躰を支えた。
「いい格好だ」
 拭き取ると、戒斗は首を傾けて胸もとにキスをした。
 そのつぶやきに、戒斗のスマートな服と対照的に、乱れた自分の格好を見下ろして、叶多に恥ずかしさが溢れた。顔が赤くなる。

「いっつも戒斗だけすました格好でずるい。制服、ぐちゃぐちゃになってる」
「叶多が云ったとおり、制服姿は最後だし、そういう叶多を襲えるのも最後だ。だったらめちゃくちゃにしたい、ってな」
「ヘンタイ」
「なんとでも云ってくれ」
 まえと同じ会話を繰り返した。ちょっと(しゃく)に障る。それなら――。ちょっと考え廻って叶多は思いだした。
「ロリコン」
 叶多がつぶやいたとたん、戒斗がこれまで見たことのない表情になった。
 ……戸惑ってる?
 叶多がびっくりしているうちに戒斗は口を片手で覆った。それは明らかに言葉に詰まったしぐさだ。
「……おれは別に十二才に発情するわけじゃない」

 戒斗は六年前、中学入学の報告を受けた時の、叶多に感じた危うい衝動を思いだした。はじめて経験した後ろめたさはある意味、しこり(コンプレックス)になっている。いまだに幼さが見える叶多をとっておきたいと思う気持ちがそれを裏付けている。

「……もしかしてけっこう(こだわ)ってる?」
「……叶多に拘ってる」
 戒斗はどこか不機嫌に云って、叶多は首をかしげた。
「そう? でももう大学生だし、ロリータって云われるの嫌だし、“めざせ深智ちゃん!”で頑張る!」
 隙をつかれるかと思いきや、叶多の屈託のない宣言に戒斗は笑う。
「叶多、卒業おめでとう」
「うん」
 叶多は大きくうなずいた。
 そして戒斗は叶多の制服を脱がせにかかった。叶多の目が大きく開いて戒斗を見上げる。
「戒斗っ」
「制服は卒業、だろ。それに、“一緒にお風呂”。また二週間空いたしな」
 それは、お風呂の目的は違うところにある、と宣告されたようなものだ。
 精神的なのか、ヴァレンタインデーの次の日曜日、お月の物が少し早く到来して今日まで結局二週間。二月にやったのはあの一日だけだったと気づいた。
 や、やった……って……あたしがイカされるだけで……。でもそのぶんつらい。
「で、でも、あたし、もう腰抜けちゃいそうなの!」
「おれが抱えていってやる。明日から休みだろ。おれも仕事は昼からだし、頼もいない。思う存分、気絶させてやる」
「やっ。だから、明日も明後日もあるし、今日のぶん、わけちゃえば――」
「今日は今日だ」
 叶多の抗議は即座に却下された。

 その後、浴室でのことは途中から記憶が定かでない。
 自然と眠りに入ったのか気絶したのかも覚えていなくて、覚醒したのは信じられない目覚ましの音だった。
『叶多、好きだ、愛してる』
 飛び起きたものの、唖然として止めないでいるうちにだんだんと叫び声になった。
 これが戒斗の言葉だったらうれしいのに。
 見慣れない目覚まし時計を見ると早朝五時で、まったく無意味な時間だ。叶多は情けなく、うつ伏せで顔を上げた戒斗を見下ろした。
「頼の奴」
 戒斗はベッドに突っ伏して呻いた。

* The story will be continued in ‘A way to choose’. *

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