Sugarcoat-シュガーコート- #73
extra Candied Xmas Devil's Smile
クリスチャンはごく少数派の日本でも、クリスマスは一大行事としてすっかり慣例化した。国内だけではなく世界にもそう云える。お祭り騒ぎが好きなのは世界共通ということだろうか。
クリスマスを翌日に控えた日はなんとなく浮きだって、やっぱり特別な雰囲気がある。
およその学生は成績表をもらう日で、もしかしたら子供たちの冬休みを歓迎する気持ちが町中に溢れるのかもしれなかった。
叶多もおよそに漏れず、成績表をもらって帰ってきた。頑張った結果が数字に表れていて、帰るまえに実家に寄ったら、母の千里も喜んでくれた。すったもんだの挙句、学校のことに関してはようやく叶多の周りも落ち着いたところだ。
同棲してから、いや、それ以前に恋人としてのクリスマスははじめて迎える。
お邪魔虫はいないことだし、と楽しみに待っていたのだけれど、生憎と今度は戒斗の仕事が邪魔をした。
クリスマスに毎年あるイヴ限定の音楽ライヴ番組に出演することになったのだ。
叶多が帰るまえに家を出て、生番組は夜の十一時までだから帰ってくる時間さえはっきりしない。たぶん、今日中には無理だ。
こういうときはちょっとだけ戒斗が選んだ仕事を恨む。
けれど明日は戒斗も一日中休みということで、ケーキもチキンも一日延期した。
独りで夕ごはんを食べてお風呂にも入って、あとは眠るだけというパジャマ姿でFATEの出番を待つ。
終わりから二番目だと云っていた。順番の位置を考えると、やっぱり人気がそれだけあるという証明だ。
実際に叶多のクラスのほとんどの女の子はFATEのメンバー、誰かしらのファンで、男の子に至ってもFATEの曲を着信音にしている子がけっこういる。
うれしい反面、ちょっとしたモヤモヤは消えなくて、夏のツアーからシークレットも含めて数える程度しかなかったライヴには一度も行っていない。
戒斗もまた、叶多が高校生だからと誘うのを遠慮しているようだ。
戒斗は九月からほとんど毎日家に帰っているし、下手にモヤモヤを増長させたくない。行きたいのは山々なのに。
テレビからは今年のヒット曲やらクリスマスソングがひっきりなしに流れる。音楽番組も終盤に差しかかり、十時半を回ると叶多はそわそわし始めた。身内がテレビに出るときは誰もがこうなんだろうか。きっと、戒斗本人よりも叶多のほうがどきどきしている。
ほどなくステージに出てきたFATEが、歌うまえにインタヴューを受ける。当然、戒斗を中心にマイクが向く。
叶多の前にいる戒斗とどっちが本物なんだろうかと疑うほど、則友がいつか云ったように、裏表を感じさせない人当たりのいい戒斗がそこにいる。
なんだかずるい。
叶多はカメラが映しだした観客席に向かってつぶやいた。
ファンからすれば、叶多のほうが袋叩きに遭うくらい『ずるい』立場にいるのは間違いない。そう考え直すと、ちょっと遊ばれても苛められても、やっぱり“特別”のほうがいい。
FATEは航がクリスマス向けに作詞したラヴソングを提供した。航の普段の荒っぽさからは想像できない詞が並んでいて、その過程が彼女である実那都によるものなら素直にうらやましい。
戒斗はそういう言葉を絶対に口にしない。それでもそこにあるものを信じている。
ラヴソングならではの滑らかな演奏と鷹弥の美声に叶多もうっとりした。
画面越しに戒斗と目が合うと、直に見られているみたいで、おかしな顔していないかとか気になるあたり、叶多は相当へんな人間だと自分で思う。
やがて出演者がそろってステージに立ち、メリークリスマスという言葉を最後に番組も終わった。
寝てしまおうか、起きて待っているか迷いながら窓際に寄った。曇った窓を開けると、暖房の温かさが身に沁みるほど冷たい風が入ってくる。冷たく空気が透きとおっているぶん、きれいな星空が見えた。躰がプルッと震えると早々と窓を閉める。せっかくの休みに風邪をひくのももったいない。
しばらく意味もなくテレビをつけっぱなしにして見ていると、十一時半を過ぎて戒斗からの着信が入った。
『叶多、何してる?』
「テレビ、見てる。戒斗も見たよ」
電話の向こうで戒斗が笑った。
『外に出ないか?』
「いまから?」
『そう。ドライヴだ。三十分で帰る。着いたらまた電話するから下りてこい』
「うん」
電話を切ってから出かける準備をすませた頃、きっかり三十分で電話が鳴って叶多は部屋を出た。
「テレビ、皆、カッコよかったよ」
車に乗るなり云うと、当然だ、と戒斗は照れることもなく流した。照れるまでもなく、そう云われることに慣れているに違いない。
車内はまだヒーターが行き渡っていなくて、コートを脱ぐと叶多はちょっと肩をすぼめた。
「寒いか?」
戒斗はカップホルダーからお茶のペットボトルを一つ取って、叶多に渡した。お茶は買ったばかりらしく、じっと持っていられないほど熱い。
「ありがとう。平気。いままで温かいとこにいたから。それよりどこにドライヴ?」
「人がいないところ、尚且つ、どこよりも譲れない場所って云ったら?」
叶多のくちびるが笑みに広がった。
戒斗も口を歪めると車を出した。
この時間帯はさすがのクリスマスイヴも通りが少なく、三十分で着いた。正確に云うと、時計はもうイヴではなくクリスマス当日を示している。
戒斗は駐車場には入らずにあの場所まで行き、ハザードランプをつけて道路脇に車を止めた。
「降りるか」
「うん」
コートを羽織って車を降りると、吹き抜ける風が冷たく身に纏う。
戒斗は石のオブジェに腰を下ろして立ったままの叶多を呼び、自分の前に座らせて革のコートで包みこんだ。
しばらく黙ってふたりは橋の向こうを眺めた。都心部から離れていて、この時間では見下ろす景色の中に灯りは疎らだ。
そのうち背中がぽかぽかしてきた。
「あったかい」
「ああ。やっぱ、独りよりもふたりのほうがいい」
戒斗の含んだ云い方に気づいた。
「……何?」
「ここ、独りでよく来てたって云ったら?」
腕の中で身を捩って叶多は戒斗を見上げた。
「ほんと?」
戒斗は答えず、叶多のくちびるを舐めた。
叶多はくすくすと笑いながら傘をかたどった電飾を見上げた。
「うれしい」
「このまえのハロウィンも今日のクリスマスも、愛国精神過多すぎる有吏には縁遠いけど、たまにはいい」
「たまに、じゃなくてこれからずっとだよ」
戒斗が耳もとで声を出して笑った。
「悪いと思ってる。どっかに連れてったりとか普通にやってるようなことになかなか付き合ってやれなくて」
「全然悪くないよ?」
叶多は驚いてまた振り仰ぐと、戒斗は肩をすくめた。
「あたしは戒斗と、できるだけでいいから一緒にいられればいいの!」
「そうか」
「そう!」
「どういう目に遭っても?」
「暗殺者が来ても戒斗の腕の中で死ねたら本望かも」
「なんだそれ……ってそれ、いただこうか」
単純におもしろがっていた戒斗が不意に思惑ありげにつぶやいた。
「いただくって?」
訊ねたとたん、戒斗の手が開いたコートの間を縫ってさらにチュニック丈のニットワンピースの下に滑りこむ。キャミソールの上からふくらみをつかまれた。
「戒斗っ……」
「ブラジャーしてない」
「ぅ……お風呂……入ったし……面倒だったから……戒斗っ」
腕ごと後ろから抱かれていたせいで戒斗を制することもできず、胸の先を摘まれるとぞくっと躰を震わせた。
戒斗が手を離し、今度は寒さに叶多の躰が震える。
「車に戻ろう」
叶多を立ちあがらせて自分も続き、戒斗は先に叶多を乗せて運転席に回った。
エンジンをかけても戒斗はすぐには車を出さず、コートを脱ぐと叶多に躰を向けた。
「戒斗……?」
叶多は気づいていないが、その瞳は余韻にかすかに潤んでいて戒斗を否応なくそそる。
突然襲ってきた戒斗のキスは叶多をシートに押しつけるほど激しく、くちびるは強引に舌で抉じ開けられた。
引き止める声も出せないうちに戒斗の手がまた潜りこんで素肌を這いあがる。
ぅっ……んっ。
戒斗の指先が怖いほどに妖しくうごめく。
酸素が足りなくなってきた頃にくちびるは解放され、悲鳴に似た声を漏らした。
指先の動きは止まることなく叶多を攻める。苦痛と紙一重の感覚に躰を反らすと、余計に感じやすくなってつらさが増した。弄られる左の胸から全身に熱が伝わっていき、寒さが吹き飛ぶ。
「叶多、コートを脱いでこっちに来い」
戒斗の云っていることが理解できないまま目を開けた。
「……何……?」
惚けた声で問い返すと、戒斗は叶多の躰をシートから起こしてコートを脱がせた。されるがまま、叶多は躰を持ちあげられてべた座りの格好で戒斗の脚を跨がされた。
「戒斗、だめっ」
ワンピースを脱がされそうになって慌てて裾を押さえた。
「だめじゃない。クリスマスプレゼント、叶多が欲しいって云ったら了解しただろ?」
「でも、ここじゃだめ!」
「我慢できない」
戒斗は悪戯っぽく子供みたいに云い放った。
すかさず向かい合ったのを利用し、戒斗は両手を忍ばせてそれぞれに胸を捕える。
叶多は息を呑んで戒斗を見つめた。
「誰もいないし、誰も通らない。叶多の声が聴きたい。ここなら誰にも聴こえない」
戒斗が手を動かすと、叶多の口が開いて息が漏れる。
「戒斗……」
「大丈夫だ」
戒斗はキャミソールごと頭から脱がせてワンピースを背中に回した。
腕からは抜かずにそのままにして戒斗は剥きだしになったふくらみを両手で撫でると、叶多は小さく啼いて仰け反り、その背中をハンドルが支える。
戒斗は突きだした胸先を口に含み、左手を右の胸に這わせ、右手は無防備に開いた脚の間に忍びこむ。
「戒斗っ」
叶多は助けを求めるように叫んだ。
中途半端に脱がされたワンピースが腕を拘束して身動きがとれない。
「大丈夫って云っただろ。我慢しないでイケばいい」
叶多を知り尽くした指が動き始めると、思うように動けない躰が跳ねる。感じやすい場所を一度に攻められ、叶多の理性はショートした。
あっ……ああっ…ん……んっ……。
絶え間なく声が溢れて急速に攫われそうになる。追い討ちをかけるように、いつもの戒斗の囁きが耳に届くと感覚が浮遊するに任せた。
躰の震えが治まらないうちに、続けて戒斗の手が動いた。
「戒斗! もうだめっ」
「だめじゃない」
戒斗は容赦なく、熱く濡れた場所に指先を浅く埋もれさせた。狭いが、招くように熱い。痛みではなく未知の感覚に恐れを抱いて叶多が呻く。
ゆっくりと擦ると叶多の躰に震えが走った。声も抑えきれなく漏れる。
イッたばかりの躰はさらに敏感に反応して震えが止まらず、戒斗の手まで濡らしていく。
「戒……斗………もう……ぃや……」
それでも戒斗は手を止めず、ただゆっくりと浅く指を動かし続ける。
あ、ぁっ…ん、ぅん…あ、ああ…っ…んっ…やっ……。
叶多はだんだんと底のない淵に追いこまれていく。声の切れ目がなくなり、背中に当たるハンドルが痛く感じるほど叶多は躰を反らした。正確な指のリズムに追いつめられて、戒斗の言葉を待つことなく、はじめて快楽に誘われるまま自分で自分自身を攫った。涙が零れる。
躰がピクリと痙攣するたびに、まだ埋もれたままの戒斗の指を締めつけ、またそれに反応して荒い息が声になる。
「戒……斗……? あっ……いやっ……もう……やっ……だめなのっ……」
解放してくれない戒斗に問いかけたとたん、快楽が治まりきれないうちにまた指が浅い出入りを繰り返した。
はっ……あ、ああっ…ぅ…はぁっ…んんっ…あ、あ……。
大きく息づくふくらみを撫で、感じていることを露わにした胸の先を荒く摘むと叶多は悲鳴をあげた。その声に煽られて戒斗は頭を下ろして口に含んだ。強く吸いついたり突いたりするほどに、戒斗の右手には熱が滴る。
叶多は泣きだした。
「戒……斗……あっ……ぅうっ、もう…あっ、やだ……ああっ……戒斗……んっ、怖い……ぅ、あ……」
それでも戒斗は加減せず埋めた指をゆっくり動かしながら、空いた親指は無防備に曝された過敏な部分に触れた。
ぃやあぁぁっ。
一際大きく叫び、涙を散らして叶多は腰を浮かす。そうしたことでますます戒斗の指を動きやすくさせ、また躰が浮く。
続けざまに襲ってくる波に耐えられず、叶多の躰が痙攣し始めた。
「戒斗っ……ああっ……怖いっ……あ、あ……だめっ、助けてっ……んんっ……」
戒斗は顔を上げる。
「大丈夫だ」
右手は動かし続けるまま、戒斗は左手で叶多の躰を抱きかかえて起こし、自分に寄りかからせた。
うっ…んっうっ…あ…うっ……。
首もとに顔を埋めた叶多の泣き声が漏れ、涙が戒斗を濡らす。
痙攣が止まらず、叶多の頭の中は真っ白になっていく。
あああぁっ。
甲高く声を放ったと同時に戒斗の左腕が強く叶多を抱きしめた。刹那、叶多の意識はぷっつりと途切れた。
戒斗の腕の中で叶多の躰が重さを増す。
「叶多?」
呼んでも答えはなく、ただ躰の震えが生きていることを示している。
「やりすぎたか……」
そうつぶやいて戒斗はひっそりと笑い、サイドボックスの中から取りだしたティッシュで濡れた自分の手を拭き、叶多の脚の間も拭った。それほど叶多が感じていることに独り悦に入る。場所を憚らず、そうした自分に呆れもしたが。
両手で叶多の躰を抱くと、今度は自分の欲情を収めていく。
静けさのなか、やがて叶多は小さく呻いて身動ぎをした。
気づくと、腕が緩く拘束されて戒斗の腕の中にいる。
「叶多、大丈夫か?」
「……戒斗……どうなってるの……?」
問いかけた一瞬後に、叶多は一気に思いだした。
戒斗に躰を起こされると、剥きだしにした胸に気づいて叶多は顔を赤くし、ヒーターはきいているものの温もりを失ってかすかに身震いをした。
戒斗は再び胸を撫で、叶多は声を上げて身をすくめる。
「戒斗っ」
「また気絶して風邪ひかれたら困るし、ここまでで勘弁してやる」
にやりとして戒斗はワンピースをもとに戻した。
「あたし、どれくらい寝てた?」
「三十分くらいだ」
車の時計を見ると二時前だ。
いつもは長い時間をかけて攫われるのに、計算すると今日はそんなに時間が経っていない。
それなのに何回も……。しかも自分で勝手に……。
腰もへんに重たく、恥ずかしさに頬がカッと火照る。暗くてよかったと思いつつ叶多は目を伏せた。
「帰るぞ」
「うん」
返事をして戒斗の脚の上から降りようとした。が、腰が上がらない。
「戒斗……」
情けない声に気づいて戒斗が、なんだ? と問いかけた。
「腰が……抜けちゃってる。動けないよ」
とたんに戒斗が笑いだした。狭い車の中、戒斗はニヤニヤしながら叶多を助手席に移動させた。
「……酷いよ、戒斗……怖かった……死ぬかと思ったんだから」
「おれの腕の中で死ねたら本望って云っただろ。だから望みを叶えてやった。おれからのクリスマスプレゼントだ」
戒斗と話すときは言葉を選ばなくちゃ。
叶多はいつもそう思っているのに、やっぱり浅はかに口走ってこういう目に遭う。
「……帰っても……今日はもうしないよね……?」
戒斗は顔をしかめた。
「なんでそう嫌がるんだ?」
「起きれなくなるよ」
「休みだし、それでもいいだろ」
「だって、ケーキ食べたい」
戒斗は小さく笑う。
「おれも甘い毒が舐めたい。今日はまだ始まったばかりだ」
戒斗のくちびるに浮かんだのは、クリスマスに相応しい神様よりは悪魔の微笑だった。
Amen!
* The story will be continued in ‘New Year's Day is the key of the year.’.*