Sugarcoat-シュガーコート- #71
extra Candied birthday Naughty bathtime -first-
ダイニングのテーブルの上に並べたケーキは、叶多が一個を食べているうちに次々と減っていく。三口サイズ、あるいは男なら一口でいけるかもしれないケーキとはいえ、男二人の口に次々に投入されていくのを叶多は唖然と見守った。
「頼、ちょっとは遠慮してよ。今日は戒斗の誕生日なんだから……」
「いいじゃんか。和菓子屋の末裔だ。嗜好品は甘いものに限る」
そう云いつつ、頼はまた一つモンブランケーキを取りあげた。
「そうそう。男だからって甘いもの苦手とは限らないんだから。美味しいわぁ」
正確に云うと、男二人ではなく、男一人に中性一人だ。
真理奈は頼に賛同して遠慮なく、残り少ないケーキに手を伸ばした。
「おれは一個で充分だ。さっさと食って退散してくれ」
戒斗は椅子の背に寄りかかってうんざりしてふたりを見ている。
約束として、土曜日、頼は午前中までに宿題を終わらせて実家に帰る予定だった。けれど、戒斗の誕生日でケーキを買ってくると知るや否や、相伴にあずかりたいと一方的に居残った。
そうなれば夜まで待って食べるより、おやつの時間にしたほうが断然いいと叶多は思った。
二時を過ぎて買いにいこうと家を出たとたん、ちょうど起きて出てきた真理奈と鉢合わせしていまに至る。
当然、頼の甘い物好きを知っているゆえに、買ったケーキの数は半端じゃない。覚悟していたとはいえ、本当に味わって食べているんだろうかと叶多は疑った。
「あらぁ。そんなに早く追いだしてナニするのかしら」
「何しようがおまえには関係ない」
真理奈が意味深な発音に、叶多はミルフィーユのパイ生地を喉に詰らせそうになった。そのおかげで赤くならずにすみ、ほっとしたが、真理奈のどっきり発言はそれで終わらなかった。
「まあ。関係なくもないんだけど。悶々しちゃうのよね。このアパートの壁、防音できてないから」
すました口調に、真理奈が云わんとするところをすぐには察せないまま、叶多の動きが止まる。
「……え?」
「頼くんのせいじゃない? よっぽど溜まってるのね。このまえの日曜日は真っ昼間からすごかったんだから。叶多ちゃんのあの声、そそられちゃうのよ。戒斗、今度参加させてくれないかしら――」
「真理」
戒斗がさえぎる傍らで、今度は本当にパイ生地が喉に貼りついて詰まった。叶多は拳で胸を叩きつつ、コーヒーを飲んで流しこんだ。
先週の土日、好きにしていいといった手前、後ろめたいこともあって無下にもできず、戒斗のなすままにやられた。叶多はほとんど寝ていたと云っていいくらい、日曜日はぐったりした。なんとか頼が戻ってくるまでには復活したのだけれど、頭の中は飽和状態で自分がどうなっていたのか、記憶はまったく定かではない。
「こ、声……って……」
「あら、叶多ちゃんがお休みの日に私がお邪魔しない理由、全然気づいてないのね。あなたたち、一緒にいると昼夜かまわずやり始めるんだから。お邪魔できないじゃない」
「や、ややや、やるって!」
泣きそうな声は悲鳴じみている。叶多にとっていまの状況はまさに、穴があったら入りたいというところだ。入らないまでも卒倒したい。
「真理、もういい」
「戒斗、上手いのね。あそこまで本気で感じられるなんてうらやましいわぁ」
真理奈は戒斗が制しようとかまわず宙を見て、何を想像しているのか羨望混じりで云った。
「ま、真理奈さんっ、頼のまえで――」
「そのくらい想像ついてる。今更……」
頼が口を挟むと叶多は椅子の音を立てながら立ちあがった。
「そ、想像してるの?!」
「……。ったく、具体的なことを想像してるわけじゃねぇよ。普通、わかるだろ」
「わかってるんなら早く出ていってくれ」
動揺を隠せない叶多と違って、まったく平然とした戒斗は顎を動かして玄関を差した。
頼はかまわず、皮肉っぽく戒斗を見やった。
「露骨ですね。文化祭のときはイン・ザ・スクールでお盛んだったそうですが」
頼が冷やかすと、叶多は本当に卒倒しそうになった。
「ど、どど、どこでそれを――!」
「叶多」
「認めたな」
戒斗が制したのに重ねるように頼が止めを刺した。重ねて真理奈の奇声じみたため息に、叶多は情けない気持ちで戒斗を見つめた。
文化祭の日は、そろそろ観覧者たちが引きあげるかという頃に生徒会室を出た。
二時間近く姿を消していたわけで、ユナたちと合流すると、ふたりは陽から勘繰るように見られた。
戒斗は強かな様でにやりと返したけれど、つと陽の視線は叶多に集中した。
平然とやり過ごすつもりが、お盛んだよな、という陽の言葉にもろに反応して叶多は赤面してしまった。
そのあとの、へぇ、という冷笑で鎌をかけられていたことに気づいた。
簡単につけ込まれて、隠し事のできない性格はいつまでたっても直りそうにない。
戒斗は惨め顔の叶多を見て、小さなため息と一緒に肩をすくめた。
「学校じゃ優等生だった戒斗がねぇ。ある意味、叶多ちゃん立派だわぁ」
戒斗は不愉快そうに真理奈を見据えた。
「学校じゃ、ってそこで限定する理由はなんだ?」
「うふふ。戒斗が外では適当に優等生仮面を外してたこと、私が知らないとでも思ってるの? 私もあのとき、強引に押し倒しておけばよかったわ」
真理奈は戒斗から叶多に視線を移して、意味ありげな笑みを向けた。
「なんだ、あのときって」
「……。あのときって?!」
身に覚えがないらしい戒斗と気が気ではない叶多の言葉が重なった。
「いやぁねぇ、忘れちゃったの? ふたりっきりで一緒にお風呂に入ったじゃない」
……――。
頼がコーヒーを吹きだし、その斜め向かいで叶多は絶句した。
あのときの戒斗の“もの”を見たことがあるような真理奈の口ぶり。
……本当に見たことあったんだ。ていうか、戒斗と真理奈さんて……。戒斗、そういう趣味ないって……。
頭がごちゃごちゃして眩暈がした。
「叶多っ」
戒斗はよろけた叶多の腕を咄嗟につかんで椅子に座らせた。
「誤解するな」
戒斗は焦るでもなく怒るでもなく、叶多の思考を制止した。むしろ、本気で疑う叶多に釈明しないといけない事態をばかばかしく思っているような口ぶりだ。戒斗は真理奈にも呆れたような目を向けた。
「真理、おまえ、云うんならもっと正確に云え。出入り禁止喰らいたいか」
「そんな釣れないこと云わないでよ。私の大事な、お、も、い、で、なんだから」
真理奈がもったいぶって云うと、戒斗の瞳に警告の眼差しが宿った。大げさにため息をつき、真理奈はおちゃらけて首をかしげた。
「もう。わかったわよ。青南の高等部時代、あることで嫌疑をかけられちゃったわけ。私にとっては嫌疑じゃなくてそのまんまだったんだけど。退学になりかけて戒斗が庇ってくれたの。それからだわ。私が本気で戒斗に惚れちゃったのは……」
「真理、そこはいい」
真理奈がうっとりとした表情になると方向修正しようと、戒斗が横やりを入れた。
「はいはい。とどのつまり、戒斗は共犯者になってくれたわけで、罰として夏休みに校舎中のワックスがけをやらされたのね。夏で当然汗だく。そのときに運動部のシャワー室を借りたってだけの話。戒斗、これでいいかしら」
戒斗は肩をすくめ、一方で叶多はあからさまにほっとした表情になった。
それを見て真理奈が小さく笑った。
「叶多ちゃんの反応っていいわ。私ごとき男女でも本気で不安になってくれてるのよね」
「叶多は自慢できるのを持ってないからな。常識を逸脱して不安になる奴。そのくせ、ヘンに頑固だし」
「頼、酷いこと云ってる」
叶多は頼の云い様に文句をつけながら、おもしろがって口を歪めた戒斗を小さく睨んだ。
「あら、それだから、ほっとけない、のよ。ね、戒斗。私は叶多ちゃん、お得だと思うけど」
叶多はまったくお得だとは思えないけれど、戒斗も頼も否定はしなかった。
差しあたり、戒斗と一緒にいられることが途轍もなくお得であることは、誰かに否定されても絶対に認める。
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* 英訳 naughty bathtime … いたずらなバスタイム
naughty … (子供向け)行儀の悪い、腕白な、(大人向け)感心しない、(婉曲)みだらな、いかがわしい