Sugarcoat-シュガーコート- #63
extra Candied Halloween Trick or Treat!
危なっかしいその手つきを戦々恐々として見守った。
気をつけろ、と戒斗は何度も声に出しそうになるが、それこそケガを誘発しかねない。
「……戒斗、フタ、取れたよ!」
小さく唸りながら集中していた手を止め、そのフタをかざして叶多は満足げな様子だ。
「そこまででもういいだろ?」
「だめ! 目鼻口を作らないとジャックに失礼だし!」
訳のわからないことを云い訳にして、叶多はまたカボチャと格闘を始めた。
午後になって、ハロウィンだ! と気づいた叶多は何を思ったのか、スーパーに行きたい、と云いだして付き合った結果、“丸ごとカボチャ”を探し当てるまで二時間も八百屋巡りをする羽目になった。
家に帰るなり、叶多はダイニングに新聞を広げ、カボチャにマジックで絵を書き、いまはその絵のとおりに先の尖った小型のナイフでカボチャを切り刻むという作業に至っている。
戒斗は、おれがやる、と申しでたが、叶多はこっちの気も知らず、俄然やる気だ。
同棲生活の初のハロウィンだし、記念にカボチャでランタンを作ろう! と、急に思い立ったらしい。
同棲を始めてから二カ月。
いまだに叶多の習性がよくつかめず、掌握までに至らない。まあそれも楽しみといえば楽しみになっているのだが。
「もう、日本で売ってるカボチャってどうしてこんなに硬いんだろう。アメリカのあの、オレンジのカボチャ。柔らかいんだって」
「叶多、いいから早く終わってくれ」
中の種をくり抜いたあと、今度は目の切り抜きに取りかかった叶多の顔は真剣そのものだ。
「けっこう楽しいよ」
そう云って顔を上げた叶多を見て、戒斗は小さく笑った。
「カボチャの汁ついてる」
少し身を乗りだすと、戒斗は目の前の汁がついた鼻をぺろりと舐めた。すぐに下へと下りて今度はくちびるを舐めた。ほぼ条件反射で叶多が口を開くと、戒斗の舌が遠慮なく侵入した。
キスはさっき叶多が食べたブルーベリーキャンディの甘酸っぱい味がする。
もっとだ。
戒斗は叶多のくちびるを覆いつくした。
……ん……っ。
躰を倒しそうなくらいキスは深くなっていき、叶多は戒斗の肩を左手で止め、呻いてくちびるを離した。
「戒斗、いま違うっ」
「違うって、なんだ?」
戒斗は悪戯な子供みたいにすまして問い返した。
「だって……」
叶多は困ったように目を逸らした。
「同棲を前倒ししたとき、わかってるって云わなかったか?」
「……まだご飯つくってないし……起きあがれなくなっちゃうから……」
「四日目」
「……何?」
「楽しませてくれない」
「……しょうがないよ?」
「もういいだろ?」
「……とにかくいまはだめ! ジャックが泣いてるままだし」
叶多は戒斗を威嚇しようと右手のナイフを振りかざし、目のつもりで三角にくり抜いたカボチャを見せた。
確かにさみしそうな顔だ。
「なら、早くしてくれ。腹減った」
「まだ四時だよ?」
叶多はまともな解釈だけして再びカボチャに向かった。
まどろっこしい云い回しは通用しないことのほうが多い。戒斗はため息を吐いた。
ランタンもできあがり、夕食の準備も終わった六時、照明を消し、ジャック−オ−ランタンの中にろうそくを置いて火を灯した。不器用に笑っている口がへんにおどけた表情になってなんとなく部屋が和む。
「どう?」
「いい感じだ」
戒斗は表現控えめに返事した。
オレンジ色の光は温かい。
叶多と一緒に暮らすようになって“家”が“家庭”になった気がする。
叶多は暗い中でうれしそうにうなずくと、立ちあがって照明をつけた。
「この次もランタン作るつもりなら事前に云えよ。オレンジのカボチャ、手に入れてやる」
「ホント? よかった。硬いからけっこう手が疲れてるの」
「……見てるほうが疲れる」
戒斗がつぶやくと、叶多は問うように首をかしげた。
「なんでもない。食べるぞ」
叶多の疑問に答えず、戒斗はすき焼きに手をつけた。
カボチャを手に入れた八百屋で買ってきた白菜たくさんのすき焼きは、ハロウィンにはそぐわないものの美味い。叶多が料理するのを傍で眺めていたのだが、丸ごとカボチャを売っている八百屋だけあって、白菜も新鮮で包丁で切るたびに水分がにじみ出るほど瑞々しかった。
「このカボチャ、どうするんだ?」
戒斗はテーブルに置いたままのランタンを指差した。
「コロッケにして冷凍しておく」
「ふーん」
「何?」
「料理に関しては堅実だなって思っただけだ」
叶多は不満げに戒斗を見返す。
「料理に関しては、って……」
「素直に聞け」
戒斗の言葉不足はいまに限ったことではない。そう知っている叶多はすぐに不満顔を解消して笑みを浮かべた。
*
叶多が独りで賑やかにした食事を終わると、いつものように食器を洗っている傍らで戒斗はふきんを持って待っている。
叶多は自分がやるからいいと何度云っても、そのたびに好きでやってると退けられた。父の哲がこんなふうにしているところを見たことはない。ただ、こういうのも一緒に暮らしてるという一種の感動みたいなものを覚える。
終わったあと、風呂に入る、と戒斗は浴室へ行った。
叶多はその間に米を研ごうと米びつに近寄った。とたん、素足にペチャッと異質の感触がする。
ペチャ……?
叶多は恐る恐る自分の左足を見下ろした。
……――……。
いやぁぁ――っ!
叫び声をあげるのとほぼ同時と云っていいくらいに素早く浴室のドアが音を立てて開き、上半身裸のまま戒斗は飛びだしてきた。
「叶多っ?!」
「……ぁう……っ……うぅー……戒斗……助けて……」
中腰の姿勢で固まったまま、叶多は呻く。
「……どうしたんだ?」
「……踏んじゃ……った……」
「何を?」
戒斗は近寄って叶多が指差す足もとを見下ろした。
くっ。
驚かされた戒斗は反動もあって、その事態の滑稽さに半ば吹きだすように笑った。
悲惨なのは叶多ではなく、半分躰を残して踏み潰された虫だろう。新鮮な白菜についてきた虫は、床に置きっ放しにしている間に這いでていたらしい。
「戒斗ぉ……」
やっぱり叶多は泣きだした。
「足上げて」
戒斗はテーブルの上のティッシュを取って叶多の足もとにかがむ。
「……だめ……動けない……」
「叶多」
「……だめなの! ……足、切って……」
不自然な格好のまま叶多は泣くだけで、戒斗はため息を吐いた。立ちあがった戒斗から横向きに抱きかかえられても、安心するどころか躰がますます硬直する。
「足、洗ってやる」
叶多は戒斗の首にしがみついてうなずく。
浴室へ行くとバスタブの縁に叶多を下ろし、戒斗はシャワーに切り換えて蛇口をひねった。これまでにないほど嫌な体験で、戒斗が石鹸で洗っている間も、叶多は足の指先まで力が抜けないで固まっていた。
「叶多、きれいになったぞ。もう大丈夫だろ?」
「足……交換したい……」
小さくうなずきながらも叶多のショックは消えない。
「おまえ、おれがいなかったらあのまんまでいるのか?」
「気絶してたかも……」
戒斗が声に出して笑うと、ようやく叶多は閉じていた目を開き、口を少し尖らせて顔を上げた。
「どうせなら、おまえ自身に付いてる虫を潰してくれればいいんだけどな」
「……なんのこと?」
「こっちの話」
にやりとした戒斗は下から見上げるようにして叶多のくちびるを襲った。そうしながら叶多が着ている薄手のロングニットの裾をつかんだ。
叶多が察する間もなく戒斗はくちびるを離し、ニットを引きあげて脱がせた。
「戒斗!」
「虫の感触、忘れさせてやるよ」
「だって、まだ……」
「もう終わる頃だろ?」
「でもっ」
「我慢できない」
「だめ」
「四日間、触らせてくれなかった」
「しょうがないよ! 生理中なんだからっ」
「関係ない」
「……ヘンタイ」
「そうかもしれない」
「汚いし……」
「ここなら流せる」
押し問答が続いている間に躰を絡めとられ、追い剥ぎに遭ったように叶多はハーフパンツも下着も全部脱がされた。
パスタブから上がってくる湯気のせいか、躰が火照って桜色に染まる。一方的に見られるのが嫌で、叶多は戒斗にしがみついた。
こういうときの戒斗はきかん坊みたいだ。もともと不規則な仕事であるから考慮には入れているのだけれど、ふたりでいると戒斗が時間や状況をかまわず襲ってくることに、叶多はかなり戸惑っている。今日、ランタンを作っているときもそうだ。戒斗はきっと叶多の戸惑い自体も楽しんでいる。
さらにデリケートな時期でも、まったく気にしていないというのがよくわからない。一カ月前と同じような会話を繰り返している気がする。男の人って関係ないんだろうか。
「あたしだけ裸って……ずるい」
「……おれはいいけど、おまえ、卒倒しそうだし」
「目、つむってる」
「それって結局、同じことだろ」
戒斗の躰が笑みで揺れる。その揺れが直に触れている肌から伝わって、くすぐったさに叶多は忍び笑う。それは新たな揺れを起こして戒斗を触発する。
「目、つむってろ」
戒斗はバスタブの中に落とすように叶多を入れた。
戒斗が服を脱ぎ捨てる間、叶多は反対を向いて待った。
ドキドキしてすでにのぼせたように顔が熱くなる。
一カ月前は戒斗の要求を拒絶しきれずに胸に触れるところまでは許した。間違いだったことに気づいたときは手遅れだった。狂うかというくらいのじれったい感覚に長時間さらされて、ショーツ越しに触れられたとたんに攫われた。
躰も独りで攫われる瞬間も、余すところなく毎日のように見られているのにいつまでたっても慣れない。それどころか……。
そこまでで気配を感じるとともに考えは中断された。
戒斗がバスタブに入って叶多を後ろから引き寄せる。狭い浴槽で一緒に入れば当然の体勢といえばそうに違いない。けれど。
「戒斗!」
「これでいいんだろ?」
反応をあからさまにした戒斗は、逆に叶多の反応を楽しんでいるように含み笑いをした。
「なんだか……んっ……」
云いかけたときに戒斗の右手が背後から脚の間に伸びた。左手は叶多の身動きを封じるように右の胸まで回りこんでふくらみを包む。
「なんだか、何?」
「……ん……ふ……っ……」
待ったもなく探られると、四日間のブランクが叶多を余計に過敏にさせ、答える余裕もない。
戒斗の指もブランクを埋めるように妖しく動いて、叶多の思考を完全に停止させた。仰け反った叶多の頭が戒斗の肩に乗り、耳もとで短く息が繰り返される。
思うままにしばらく戯れたあと、戒斗は手を止めた。それでもつらそうな叶多の息遣いは治まらない。
「戒……斗……」
「何?」
「なんだか……恥ずかしいよ」
「今更、何が?」
「いつも見られてばっかりで……されてばっかりで……隠すところ、もうないのに……だんだん恥ずかしくなる」
息があがったまま痞えながら叶多は打ち明けた。
戒斗は普段のハグはさせてくれても、というよりは、ハグしてくれという要求を感じるけれど、こういうときには絶対に触れさせてくれない。
真剣に云っているにもかかわらず、戒斗は小さく笑う。
「戒斗……」
「ああ、悪い。おまえを笑ってるわけじゃない。うれしいってことだ」
「……うれしい、って?」
「説明できない」
「ずるい……戒斗、触ってもいい?」
「だめだ。収拾つかなくなる」
「つかなくなってもいい」
「頼むから。飽きるまでいまのままで楽しませてくれ」
「……なんだかへん」
「男と女の間には得失あってプラスマイナス無限大ってまえに云ったのを覚えてるか? 叶多のわがままの代償だ。おれにも一つくらいわがままさせてくれていいはずだ。それにこういうの嫌いじゃないだろ?」
叶多の耳もとで低い声が囁いたかと思うと、待ったなしで戒斗の指が動きだす。自分でわかるほど、お湯の質とは違ってそこは戒斗の指を滑りやすくしている。
「……や……っ」
ピクリとすると水の浮力が手伝って、頭を仰向けた叶多の躰が浮く。反応する躰と、伴って増していく恥ずかしさに加えて、はじめての体勢が叶多を混乱させ、それが快楽を堪えようと自分をセーヴする。
意識すら飛びそうなくらいに息切れしてきた頃、いつものように戒斗の声が抑制を解く。
「大丈夫だ。イっていい」
戒斗の声が木魂する感覚。
声をあげる瞬間に戒斗に抱き取られて、キスが叶多の悲鳴を呑みこんだ。
呻いた叶多の躰から力が途切れたのはその直後だ。
「叶多?」
「……戒斗……だめ……クラクラする……」
戒斗は小さく笑って慌てもせず、叶多をバスタブから連れだす。戒斗に引き寄せられるままに寄りかかると、戒斗が叶多の躰と濡れた髪を素早く拭いていく。それから戒斗はバスタオルに包んだ叶多を抱きあげ、ベッドルームへと運んだ。
叶多が息を整えている間に、いったん部屋を出た戒斗は服を着て戻ってきた。
「大丈夫か?」
ベッドの端に座ると、横たわった叶多の額に手を載せた。叶多はその手をつかむ。
「……うん……まだ起きあがれる感じじゃないけど……」
「やっぱ、一緒に風呂入るってまだ無理があるな」
戒斗の可笑しそうな声に反応して、叶多ははっと目を開く。
「一緒にお風呂!」
「なんだ?」
いきなり鮮明になった叶多の言葉に、戒斗は首をひねった。
「……夢だったの。一緒にお風呂」
戒斗が笑いだす。
はじめての一緒のお風呂は、ゆっくり感動に浸るまもなく終わってしまったことにがっかりする。
けれど、きっかけはつかんだし。
Trick or Treat!
虫さんのご馳走の白菜は取りあげてしまったけれど、そのかわりの悪戯にはちょっと感謝、かも。
そう考えると踏み潰してしまったあたしって……。
動物の死って手を合わせちゃいけないっていうけれど、ひとまず、ここは心の中で。
合掌。
「なら、のぼせないようにやり方、考えないと」
「うん!」
張りきった返事と同時に叶多がこっくりとうなずくと、してやったりと笑ったくちびるが下りてきた。
「いまの返事、覚えとけよ」
あ……。
“一緒にお風呂”に気を取られたあまり、とんでもない返事をしたことに気づいた。
Happy Halloween! それはもう、あとの祭り。
* The story will be continued in ‘Get in the way’. *
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* 豆知識 : wikipedia参照
ハロウィンとは…
11月1日諸聖人(すべての聖人)の日の前夜祭。
All Hallows + Eve = Halloween
地域性が強くキリスト教全部がやっている行事ではありません。因みに11月2日は死者の日。
* 英訳
Trick or Treat! … お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!
trick … 悪戯、手品、etc
treat … ごちそうする、etc
* 補足 … 死んだ動物への合掌について
子供の頃にお坊さんのお説教だったか祖母からだったのか、
動物はお墓を立ててはいけないということと共にそう聞いたんですが、
現在、ペットが家族化してることもあり、
お清めの塩がなくなっているように、今はその教えも変わっているのかもしれません。