Sugarcoat-シュガーコート- #62
第7話 extra Candy floss -latter-
境内に入ってお参りしたあと、叶多たちは神殿近くに崇のスペースとして用意された場所に入った。屋根付きで、奥の椅子に戒斗と崇と座り、屋台の横に叶多と則友が待機してお参りした子供たちにガラス玉のキーホルダーを渡した。
「ぼく、これで五個目だよ!」
一人の男の子が誇らしげに云った。
「ほんと? じゃあ、もしかして五才?」
「うん。保育園のバッグに全部つけてるんだ」
「そっか。大事にしてくれてありがとう」
叶多の言葉に男の子は大きくうなずいた。
「ちょっと待ってて!」
とうとつに男の子は駆けていった。母親であろう女性と話したあとまた戻ってきて、
「はい、これ」
と、男の子は割りばしに巻きついている綿菓子を叶多に差しだした。
「え? あたしに?」
「うん。いつもありがとうってママが」
「うれしい。ありがとう」
男の子は大きくうなずいて母親のもとへ走り去った。叶多が母親に会釈をすると同じように返され、男の子は手を振って帰っていった。
「もらっちゃった。食べる?」
誰にともなく訊くと、それぞれに肩をすくめたり、顎をしゃくったり、笑ったりと無言で叶多に譲った。
「じゃ、遠慮なく。いただきます」
「叶っちゃんて綿菓子っぽいっていつも思ってる」
綿菓子を食べだした叶多を見て則友がさらに笑っている。
「どういう意味?」
「そのまんま。甘くてふわふわしてて形はちゃんとあるのにつかめないんだよな。ベタベタだけが残る」
「…………。則くんの云うこともすっきりわかんないことある」
首をかしげたとたん、則友の手が伸びて叶多のおろした長い髪をつかんだ。
「髪、綿菓子につきそうだ。ベタベタになるよ。服も制服だし、気をつけないと」
「あ、最近、髪を結ばなくなったんだけどまだ慣れなくて。ありがとう」
お祭りは和気あいあいと盛況で、近所の小学生たちはこの時とばかりに駆け回り、中学生を超えると友だち同士で固まってお喋りしたりと、楽しそうな雰囲気が九時頃まで続いた。
叶多たちもその間、近所の人が安く提供している露店で買ったおにぎり、唐揚げ、お蕎麦といろんなものを摘んだり、子供たちとガラスのおはじきで遊んだりして昔から続く素朴なお祭りを楽しんだ。
そのなかで叶多はまた一つ新しいことを発見した。
「戒斗って子供の扱い、うまいんだね。意外だった」
車庫からアパートへの帰り道、叶多が云うと戒斗は笑った。
「練習台あったからな」
「え?」
「那桜と叶多。那桜が終わったと思ったら叶多がいたし、けっこう長い間子守してる」
「あたしは子守っていう年じゃなかった!」
叶多の抗議も利かず、戒斗はおもしろがって横目で叶多を見やった。
「いまだに子守の感覚あるんだけどな」
「酷い。戒斗だって人見知りするくらい子供のくせに」
「人見知り、だって? おれが?」
戒斗はありえないとばかりに訊き返した。
「だって渡来くんとか、やっと勉強会で普通に話すようになったし、則くんともそう」
…………。
戒斗はちょっとというには長すぎるくらいに沈黙したあと、ため息を吐くように短く笑った。
「叶多がまえに云ったとおり、叶多はおれのことをよく見てる。けど、知るところまではあと一歩だ。肝心なところがずれてるんだよな」
「そうなのかな……」
「そういうことだ。おれを知りたければ、叶多はもっと自分のことを知ったほうがいい」
「……またわかんないこと云ってる」
戒斗が玄関を開け、叶多は先に部屋に入った。
「那桜ちゃんは元気? 夏に会えなかったから……」
戒斗の妹、那桜は叶多より四つ年上で今度の春に大学を卒業する。ずっとまえは陽気な感じだったのにいつの間にか那桜は大人びて、笑うのではなく微笑うようになった。
「那桜は……。今度、初会には来るだろう」
戒斗はめずらしく云い淀んだ。
「何かあった?」
叶多はバッグをダイニングテーブルの椅子に置くと、後ろから来た戒斗を振り向いて覗きこんだ。ほんのさっきまであった砕けた様が消えて、有吏の顔に変わっていた。
「ああ。その時期になったら話す」
その声はいつになく硬く、その瞳もすっきりしていない。
「……よくないこと?」
「那桜にとってはよくないことじゃない。むしろ、取り返しがつかなくなるまえにいいほうに転がったとおれは思ってる」
「じゃあ、誰にとって悪いの?」
「おれは悪いことって云ったか?」
戒斗の口もとは笑みをかたどる。声には笑みの欠片もなく、だからこそ見せた表情は本心からではないとわかり、かえって深刻さを浮き彫りにした。
「……そうじゃないけど……なんとなく問題はあるみたいだし」
「立場によって見解は違ってくる」
「……それは戒斗が云った障害物に関係してくる?」
叶多が問うと、戒斗は答えないままに不自然なくらい長く叶多を無言で見下ろしていた。
つと、戒斗は叶多の髪をつかんで自分の口もとへと持っていった。
「障害物だからってそれがなんだ? 問題ない」
戒斗は射るほどの強い眼差しを叶多の瞳に据えたまま、何かの儀式のように長い髪にくちづける。
「戒斗?」
叶多はつぶやきながら本能的に後ずさった。すぐ後ろにあったテーブルに脚がぶつかり、つかまれた髪がそれ以上に戒斗から離れなくさせた。
「懲罰の時間だ」
戒斗が口を歪め、前触れなく断罪した。叶多は目を見開く。
「な……に……?」
「髪、触らせた」
「え?」
「芳沢さん」
戒斗の一言からでき得る限りで頭を高速回転させ、やがてそのシーンに至ると信じられない思いで叶多はさらに大きく目を開いた。
「……だってあれは――」
「云い訳はいらない。叶多を自由にする口実が欲しいだけだから」
気が咎める様子など欠片も見せず、無下に云い放って戒斗は躰をかがめた。
顎を両手で捕らえられ、咬みつくようなキスが叶多を襲う。勢いに押されてテーブルにお尻が乗った。
則友のことではなく、別の何かが戒斗を刺激したことはわかったけれど、止めようとしても戒斗はその余裕すら与えてくれない。叶多は戒斗のシャツをつかんで倒れそうになる躰を支えた。
戒斗の左腕が叶多の頭を抱きこみ、その間にブラウスがスカートの裾から引きだされた。
「か……いとっ、お風呂――っ」
「おれがきれいにする」
やっと離したくちびるもそこまで云うのが精一杯で、戒斗にすぐ引き戻された。邪魔する叶多の手を払いのけ、戒斗がブラウスのボタンを外していく。キスに意識を奪われたり理性を取り戻したりしているうちに、戒斗の手が背中に回ってブラジャーのホックにかかった。砦を壊されたみたいに叶多の胸は簡単に戒斗の手が侵食するのを許した。
んっ。
抗議しようとしても、戒斗の左腕が叶多の頭を抱きこんでくちびるを離してくれない。ふくらみをつかむように撫でられて、離れようとする気力を奪われる。戒斗に押しつけるように背中が反った。手のひらが惑わす指先に変わり、胸の先を捕えると叶多の躰がかすかに跳ねる。キスの最中にくぐもった悲鳴が重なった。
抵抗を示す叶多の呻き声を無視して戒斗の手先は微妙に動きを変えていき、そのたびに叶多から反応を引きだす。そのうちに戒斗が叶多の最大の弱点をつかんだ。強くもなく弱くもなく硬くなった先を抓られて叶多の躰が小刻みに震え始めた。
戒斗のくちびるが離れ、酸素を取り入れようと叶多の胸が大きく動く。が、整える間はないほど戒斗は休むことなく攻め続ける。躰の奥へとむず痒いような感覚が走った。
ん……ぁ、あ…う……あっ……。
止まない刺激に声も躰も喘ぎ疲れて、叶多はだんだんと息苦しくなっていく。
「戒……斗……」
名前を呼ぶだけでそれ以上は言葉を紡ぐのが難しく、叶多は目を開けた。戒斗の瞳はすぐそこにあって、溶けこみそうなくらいに黒くて深く、海の底で見ているように揺らめいて見える。
無言で限界を訴える叶多の瞳は熱を隠せず、いまにもその熱が零れそうに潤んで戒斗に愉悦をもたらす。
「イケるならイってもいい」
戒斗は指先の動きを止めないまま叶多の口もとで囁いた。叶多は戒斗が支える腕の中でかすかに首を振る。
「ここまでなって、なんで素直になれないんだ?」
「ぁ……わか…んっ……ない……あっ」
また首を揺らして叶多が途切れ途切れにつぶやくと、戒斗の口が歪む。
「命令しないとイケないらしい。それならとことんやるまで、だ。イケって云うまでイクなよ」
「戒……斗……ぁんっ……は…っ……だめ――」
「普通にやっても罰にならないだろ?」
戒斗は悦に入った声で残酷な宣告を下した。
叶多は目で訴えつつ、精一杯強く首を振った。
「だめだ」
戒斗は云うなり、手を胸から離してスカートの下に潜りこませた。叶多の太腿をつかんで広げると、脚を閉じられないように戒斗は間に入った。叶多のお尻はテーブルにかろうじて乗っただけであり、脚の間に入った戒斗がいるせいで開ききっているのと同じだ。抵抗するまもなくショーツの中に戒斗の手が滑りこんだ。
や……っ。
叶多の躰がびくんと跳ねた。すっと敏感な通りを撫であげた戒斗の指が自分の反応を知らせ、叶多は恥ずかしさにまた目を閉じた。
叶多の熱は抵抗を図るどころか戒斗の動きを加速させている気がした。
やがて撫でるだけでは飽き足らなくなった戒斗の指先が探るように動き始め、叶多は躰を捩った。
ぃやっ……あ、あ、あ、ぁあっ……はっ……んっ…や……。
「嫌じゃない」
「や……戒…斗……もう……いい……」
「まだだめだ」
う…っ……はっ……。
叶多の意識は戒斗がもたらす快楽に侵されて訳がわからなくなった。
叶多の目尻にプクッと涙が溜まる。戒斗の指先には花蜜の壺を探っているように蜜がぬるりと絡んでくる。そのうち、戒斗はこの秘めた場所でも叶多の弱点を正確に捉えた。
合わさる襞に強く、且つ柔らかく触れるとしっかりと抱いた叶多の躰から小さな痙攣が伝わってくる。そこに集中するうちに叶多の躰がぐっと重くなった。声を出す力さえなくなったのか、叶多は開いた口から音の立つ呼吸を繰り返す。
戒斗は叶多の躰を後ろに倒して横たえると、ショーツをずらして片脚を抜いた。
制服のカーディガンとブラウスがはだけ、緩んだブラジャーから小振りなふくらみと淡いピンク色が覗いている。乱れたスカートがかろうじてデリケートな場所を隠し、ショーツが片方の太腿に纏いついた姿は戒斗にとって充分すぎるほど扇情的だ。
片足を持ちあげ、手のひらで叶多の脚の間を撫であげて秘めた部分を露わにした。
「やっ……戒斗……っ」
何をされるのかは考えなくても明白で、叶多はほとんど無意識でつぶやいた。膝の裏をそれぞれに持ちあげられてお尻までもが平行線より上がった気がした。
「いやっ、戒斗っ、だめ……あっ、ぁああーっ」
恥ずかしさが甦って拒絶したとたん、触点を剥きだしにした肌と肌が温かく触れた。絡むほどに互いの蜜が混じり、流れる蜜を戒斗の舌がすくう。
ぅくっ……ぅっ……。
堪えきれなくなった涙がこめかみに伝いおりた。
トクンと音を感じそうなくらい躰の内部から熱が押しだされる。自分の躰なのに止めることができない。恥ずかしすぎる格好で屈辱に似た感情が生まれ、叶多の嗚咽が激しくなった。
啼き声に合わせて叶多の胸が上下し始めると戒斗は顔を上げた。
「叶多」
「ぅっ……いま……戒斗……怖……い……よ」
「中毒症状だ。叶多の毒は甘すぎるから。叶多、目を開けて」
快楽を耐えているせいで叶多の額はしっとりと汗ばんでいる。貼りついた髪を撫でるようにはらった。
叶多は薄らと目を開ける。涙に霞んで戒斗がはっきりと見えるまでにゆっくりとした瞬きを何度か繰り返した。
「怖いか?」
おそらくは途切れることのない戒斗の衝動。それはただの欲じゃなく、慾であることを戒斗自らに示す。
叶多はうなずくことも肯定もせずに戒斗を見上げた。
「あたしの躰……あたしって……へんじゃない……?」
はじめての日に訊ねたのと同じことを口にしたとき、怖いのは戒斗ではなく自分なのかもしれないと叶多は思った。
「ヘンてどこが?」
「……戒斗にこんなふうにされると……訳わかんなくなってくから……」
戒斗の口が歪んだ。
「それでいい。叶多は……今日、叶多が食べてた綿菓子みたいに叶多自体は簡単に手で潰せる。けど、甘さにつられて一度口にしたら叶多は捉えどころがなくて満足感が得られない。だから何度でも口に入れる。もういい。そう思ってもまたすぐに慾しくなる」
戒斗の瞳がかげった。
障害物があるからってなんだ。誰にも……。
戒斗はつぶやき、誰にも――そのあとに続く限りない言葉を心得た。
額に置いた戒斗の手が胸に滑り、再び叶多の中に怖さを募らせた。躰が跳ねるのと一緒に上に逃れようとした叶多だったが、思ったように躰は動かなかった。
戒斗の手が膝を捕えて広げると、脚の間からトロリと溢れでた感触がして、叶多は慄いた。
「戒斗っ」
「怖がるな」
戒斗は云うが早いか、指先ですくうとまた叶多の弱点を突き始めた。戒斗の手は止んでいたのに熱が冷めきれなかった躰はすぐに無力になり、やがては啼き声さえも奪って戒斗の指先は叶多のすべてを弛緩させた。
膝を持ちあげて顔を埋めても無抵抗のままで、甘い蜜だけが戒斗に叶多の反応を知らせる。
「叶多、イクんだ」
戒斗は剥きだしの襞に強く吸いついた。
叶多の意識が一瞬、鮮明になった。そこから吸い尽くされるような感覚にかすれた悲鳴をあげた。躰の奥から爆発するように痙攣が全身へと波及する。爪先まで伝った瞬間、躰が液体になって広がっていくような感覚の世界へと、叶多は深く深く沈んだ。
意識が戻ったときは戒斗が真上に見えた。
「大丈夫か?」
「……そう訊くくらいなら……」
叶多は怒っているのか泣いているのかわからないような口調で戒斗を責めた。
「そうだな。訊くほうがどうかしてる。けど、やめられないらしい」
戒斗は小さく笑って他人事のように云った。
「髪、触られたのだってもとはといえば、戒斗がいつもキスマークつけるから…………もう……脳みそ、腐れちゃうかと思った」
「なんだ、それ」
「こういうことやってて……イキすぎて腐っちゃうことってない?」
やっぱり戒斗は声まで出して笑った。
「叶多くらい感じるなら腐ることもあるかもな……ってのは冗談だ」
云っている途中で叶多が泣きそうになると、可笑しそうに戒斗は訂正した。
「腐ると云うよりはいい気分にさせてるだけなんだけどな」
戒斗は叶多の躰を助け起こした。
その瞬間、叶多はダイニングテーブルの上にいること、自分が制服のままで、しかも考えられないほど乱れた姿をしていることに気づいた。
「戒斗……こんなところで……こんな格好で、あたし……」
状況がどうでもよくなるくらいに意識が飛んでいたと知り、情けない気持ちで叶多はつぶやいた。
「おれは叶多のこういう格好がいちばん気に入ってる」
すまして戒斗は云いのけ、叶多を横向きに抱えあげた。
「今日はもうしないよね――?」
「まだきれいにしてないとこがあるんだよな」
「もうだめっ」
「イカせるわけじゃない。このまえみたいに眠らせてやる。もう触らせてくれなくなる時期だし、いいだろ」
叶多のバイオリズムまで戒斗は把握したらしく、もたれていた肩から頭を起こすと目と目が合った。
有吏の顔が消えてふざけた笑みが戒斗の瞳に浮かんだ。叶多のくちびるにも笑みが満ちた。
何かに触発された激情も治まったようで、戒斗は宣言したとおり、綿菓子のように甘くふんわりとしたキスで叶多を眠りに誘った。
* The story will be continued in ‘Trick or Treat!’. *