Sugarcoat-シュガーコート- #56
第7話 No one is perfect. -6-
欄干のすぐ向こうは真っ暗で何も見えないけれど、遠く離れたその先には光が灯っている。都の中心部のように煌びやかとまではいかなくても、一つ一つの光が際立ってそれなりにきれいなネオンだ。
いま、ここから見える景色はあのときのイメージとなんら変わっていない。もしかしたら少しだけ光の数が多くなっているくらいで。
たまに車が通っても、これもまたあのときと同じように人影に気づくことなく行き過ぎていく。
うだうだしたまま、考えることもまとまらず無駄に時間が過ぎた。
いま、何時だろう。
確認しようとバッグの中から携帯電話を取りだす途中、電源が切れていることを思いだしてもとに戻した。ここに来るまで、ナビを使っている間に電源は切れてしまった。
叶多は背後のオブジェに背中をもたらせて天を見上げた。六年前はこの場所に寝転がれるほど幼かった。
いまは道路に寝転がれるほど嗜みは欠如していない。かといって、物事をちゃんと考えられるほどに幼さは抜けきっていない。
手を煩わせないようにと気をつけるどころか、千里の話を聞く限り、まず一族という障害を考えると“ふたりであること”のお荷物にしかなっていない。
知的さも欠けていれば、考慮も足りない。まさに自分で自分の首を絞めている。
自分が直面している問題は、戒斗が無理を押して家庭教師をやってくれたことすべてを無駄にしてしまう。
戒斗を笑い者になんてしたくない。
だったらどうしたらいい?
……身を引く? ……やだ……だって大好きだし、やっと会えたのに。戒斗と一緒にいられるためだったら……。
ためだったら?
叶多は自分で云って自分に問いかける。
視線を平行に戻した。
一緒にいられるためだったら……なんだってできる。
反対されるというのはわかっていたこと。どんなことか漠然とさえわからないままも、ふたりでいられるならどんなことだって乗り越えよう。そう思ったはず。
それは、叶多のわがままに付き合って、再び同棲という無理を押した戒斗だって同じこと。
そこに疑いなんてない。
――そのまんまでいい。
ふと戒斗が昨日云った言葉が浮かんだ。
もしかして……バカでもいいってこと?
そんなわけない。
すぐに叶多は打ち消した。
ストレートに受け取るんじゃなくて……。
あたしの『そのまんま』ってなんだろう。
目先のことしか考えられなくて、周りに助けられるばっかりで、良い点なんて見つけられない。
叶多はため息を吐いた。
あと、戒斗はなんて云ったんだっけ。
――埒が明かないなら行動するのみ。
当面の問題に行動することって云ったら……何? ……勉強することしかない。
千里が云ったように、六年前は無理だって思いながらも頑張っていた。戒斗に突かれることが最大の力になっていたけれど、試験を受けたのは自分で、合格という結果がそれを証明している。
ちょっと大人に近づいて、負担になりたくないと思っているのなら、今度は自分自身が行動するのみ。
もう一つ、叶多に欠けているもの。それは。
落ちこむまえに、あきらめるまえに、やることやらなくちゃ。
それでだめだったら?
……それでだめだったら……だめだとしてもまた受験すればいいし、それでもだめなら……浪人でもして受かるまでとことん頑張ってみればいい。
そしたら――。
躰を起こして向きを変えると、石の裏に記された詩に目を凝らした。
ここから始まった。悩むことはあっても立ち止まることはあっても、迷うことのない場所。
叶多の口もとにかすかな笑みが宿る。
「帰らなくちゃ」
立ちあがって、スカートの後ろをはらった。
時間帯が不明なだけにまだバスが通っているのか不安に思いながらも、叶多はもと来た道を戻り始めた。
「相合傘の橋の上、逢いたい人と瞳を見つめ合い、愛を――」
つぶやきながら歩いていた叶多の足が止まる。まっすぐ先にある存在を認め、叶多の目は大きく開いた。
欄干に寄りかかっていた背を起こし、『逢いたい人』が立ち尽くした叶多に近寄ってくる。
「戒斗……」
「結論、出たか?」
目の前に立ち止まると、クイっと小さく首を動かして戒斗が見下ろす。
戸惑ったまま、叶多はうなずいた。
「ずっと……いた?」
「三十分くらい前からだろうな」
「……飲みに行くって云ってたから」
「おまえの母さんから電話があった。携帯が繋がらなくて芳沢さんが心配してるって」
「則くんが?」
巡り巡ってこういうことになるなど、叶多はまったく思っていなかった。後悔に顔が少し歪んだ。
「……あたし、また戒斗の邪魔して……ごめん」
「そう思うんなら、携帯の電源を切るな」
叶多は否定しようと首を横に振った。
「切ったんじゃなくて切れたの。ナビでこの場所、探してるうちに……」
叶多が云っている間に戒斗の顔が少し強張った気がした。が、一瞬後には可笑しそうな声を漏らした。
「いつも叶多にはハラハラさせられる」
責められても怒鳴られても当然なのに、戒斗は真逆におもしろがってつぶやいた。
「どうして……ここにいるって?」
「携帯が繋がらないといえばここしか思い浮かばなかった。それに……」
戒斗は言葉を切った。叶多が問うように首を傾けると、戒斗は肩をすくめて答えなかった。
「すぐ、声かけてくれればよかったのに」
「そうしたら邪魔することになる。悩んでるのはわかってるけど、進学に比べたらまえのほうがずっと深刻だったはずだ。進学に悩んでるくらいで叶多が投身するなんて思わなかったし、欄干の向こうにいるわけでもない。叶多なら自分で解決できると思ってた。それにそうしないと、おれが口出したってまた同じ問題でつまずく。といっても、ヘンなこと考えるようだったら無理やりでも修正してやる」
「ヘンなことって?」
「例えば、どうでもいい、おまえが云う『立場』とか」
戒斗は、どうだ? と問うように眉を動かした。
云い当てられた叶多はごまかすように首をかしげた。もしかしたら自分より戒斗のほうが自分のことをよくわかっているのかもしれない。
「それで?」
決心はしたものの、いざ戒斗に促されるとすぐに反応できるほど立ち直ってもいない。
云いだすまでに時間を要した。やがてうつむいていた顔を上げ、叶多は根気強く待っている戒斗を見上げた。
「……今度の中間で平均点を上げないと大学、受験することになるんだって。それであたしは十点」
「赤点あるのか?」
叶多ができる限りで淡々と報告すると、戒斗はかすかに顔をしかめた。
「ううん。ぎりぎりのもあるけどそれは大丈夫。どれだけ考えなしでもそれくらいは気をつけてた。夏休み明けのテストが全体的に悪くて高学院長が怒っちゃって、こういうことになったみたい」
「高学院長が? そういう人じゃないんだけどな」
戒斗は怪訝そうに、今度ははっきりと顔をしかめた。
「そう? どっちにしてもあたしは夏休みの宿題、戒斗と頼にやらせたから自業自得なんだよ」
「わかった。それくらいのことでこういうお騒がせかって思わなくもないけど」
「戒斗からしたらホントにバカみたいだよね」
叶多は潤んだ瞳を隠すように前髪を直すふりして目を伏せた。
「それでもバカにしてるわけでもないし、邪魔されてると思ってるわけでもない」
叶多はこくんとうなずいた。
「……お母さんから、聞いたの。戒斗から家庭教師やってもらうことがどんなに難しかったかってこと。あたしはどんなに笑われても自分の力はわかってるし……でも、戒斗には必要のない恥をかかせたくない。そう考えたら、戒斗が云ったようにやれることをやるしかないし、だめでもだめでも、またちゃんと大学に行けるように頑張るよ。別に目的があるわけじゃないけど……ううん、目的がないぶん、戒斗がやってくれたことを無駄にしないことがあたしのやれることだって。そこまでできたら、ちょっとは応えられたことになるかなって思って」
叶多は一気に考え至ったことを云ってから顔を上げた。笑っているような眼差しが落ちてくる。
「上出来だ」
「ほんと?」
認められても尚、叶多が不安そうに訊ねると、戒斗は口を歪めた。
「ああ。おれが思ってた以上に。一つ訂正するなら、おれは、おまえが云うところの『恥をかく』ということがない。プライドはそれなりに持ってるけど、自分の未熟さは認めてるし、自分と人の価値観が違うのは普通のことだとも知ってる」
叶多は、戒斗と未熟という言葉が一致せず、驚いて首をかしげた。
「未熟?」
「そうだ。それを教えたのは叶多、おまえだ」
「あたし?」
叶多の目がますます驚きに見開く。
戒斗はとうとつにかがんで叶多のくちびるを舐めた。
「叶多には叶多のやり方、もしくは力がある。こうやって結論、出せたこともそのうちの一つだ。だから、迷惑かけてるとか何もできないとかバカだとか、思う必要なんてないんだ。まあ、おれとしてはそう思っててもらうほうが楽しめるんだけどな」
にやりとして戒斗が見下ろすと、叶多はびっくり眼から拗ねた様に変わり、そして瞳を揺らした。
戒斗の手が伸びてきて引き寄せられると、呻くように泣きだした叶多の躰が緩んだように、頭上でため息を漏らした戒斗の躰もそうなった気がした。
どれだけそうしていたのだろう。泣くに泣けなかったぶん、長引いた涙もようやく止んで、叶多は震える息を吐きだした。
「帰るぞ」
腕の中でうなずくと戒斗は叶多を離した。
「お母さんと則くんに――」
「ここに来た時点で連絡入れてるから大丈夫だ」
「うん。戒斗……」
「なんだ?」
いまでは慣れた手つきで叶多の涙を拭ったあと、戒斗は訊ねながら躰をかがめた。
「……泣いたら……お腹減った」
くちびるが触れ合う十センチ手前、戒斗は笑いだした。
「唾、かかったよ」
「んじゃ、舐めてやる」
笑みに広がったくちびるがふさがれた。
家に帰ったのは十時半を過ぎようかという頃になった。
途中でコンビニに寄って買ってきたカップ麺とおにぎりという、炭水化物過多の遅い夕食をとった。
戒斗も夕食抜きだったことを知ると、叶多はまた申し訳なさでいっぱいになった。
「気にしなくていい。埋め合わせはしてもらうから」
「うん。……え?」
あまりにさり気なく云われ、叶多はうなずいてからその意味に疑問を持った。
向かい合った戒斗の笑い方を見ると、意味は明らかだ。
すくっていた麺がお箸から滑り落ち、スープが跳ねた。
「二日経った。もう終わってるだろうし、悪いと思ってるんなら無駄な抵抗はするな」
「……迷惑かけてるって思わなくていいって云ったよ?」
「飲み会、キャンセルしたんだよな」
まったくかみ合っていない一言に叶多は反論できず、困ったように目を逸らした。
それから早々と食べあげた戒斗は、風呂に入る、と云って席を立った。
難題が気分的に解決したいま、どうしよう、と慌てたのはちょっとで、嫌なことは後回しするという得なのか愚かなのか、その本領を発揮して叶多も食べてしまった。
嫌なこと、というのは少し表現が違うけれど。
干しっ放しだった洗濯物を取りこんで片付けたり、明日の準備をしているうちに戒斗が浴室から出てきた。
叶多は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取りだして戒斗に手渡した。
「飲めなかったぶん、いっぱい飲んでいいよ」
「おれは家ではあんまり飲まないんだ」
戒斗はビールを受け取りながら意外なことを口にした。飲むにしても、いつもビール一缶で終わるのは気を遣ってセーヴしているのだろうと思いこんでいた叶多にとって、またちょっとした発見だ。
「そう? お酒飲むと酔っ払うから遠慮してるんだと思ってた」
「体質的に酒に強いから酔っ払うまではない……」
そう云って戒斗は何か思いついたように言葉を途切れさせ、叶多を眺めるように見やった。
叶多が首をかしげると戒斗は肩をすくめる。
「おれは雰囲気で酒を飲む。仲間内とか、ワイワイやりながら」
叶多は、そうなんだ、と相づちを打ちながら、戒斗の『仲間』という言葉にもう一つ云わなければいけないことを思いだした。
「あ、戒斗。あのね、明日からユナたちと一緒に試験勉強するの。それで場所、ウチを使っていい?」
「かまわないけど、『たち』って?」
「えっと、時田くんと渡来くんも。渡来くんは条件クリアしてるから教えてくれることになってて」
「……ふーん」
「試験まで毎日だよ。休みの日は昼からずっと。だから明日も昼から。いい?」
戒斗の生返事を気にもせず、叶多は念を押した。
「かまわない。どれだけ頑張れるか結果が楽しみだな」
皮肉でもプレッシャーでもなく、戒斗は本当に楽しんでいるようで、叶多は一瞬、恨めしそうな顔をした。が、すぐに笑顔に変わる。
「うん、頑張る。じゃ、お風呂入ってくる」
自分でも現金だと思うけれど、この二日間がなんだったのか、気を引き締めないと緩みそうなくらい、素直に頑張れそうだ。
叶多は独り笑みを浮かべながら、タンスから下着を取りだしてドアのほうへと向き直った。とたんに、気配も予告もなく躰を攫われた。
びっくりして悲鳴をあげた叶多は、戒斗からおかまいなしにベッドに押し倒された。
「か、戒斗、待って! まだお風呂――」
「あとでいい」
「起きれなくなるからだめだよっ」
「なら、おれがきれいにしてやる」
「戒斗――」
最後まで云いきれないうちに戒斗が圧しかかってきて抗議を封じられた。
「いいから。酒に酔えなかった代償だ。叶多に酔わせてもらう」
少しくちびるを離した戒斗が囁いて脅した。
制服のブラウスがたくし上げられ、忍びこんだ手が下着の下から直に胸に触れて、早くも叶多の瞳が潤む。
「戒斗っ」
小さく叫んだくちびるは喰いつくようにふさがれる。胸を突かれるたびに躰を捩らせて息苦しく喘いだ。
しばらくして手が胸から離れると、ほっとしたのもつかの間、その隙をついて、叶多は緩んだ両手首を頭の上で一つにまとめて押さえつけられた。ブラウスのボタンが外れて、躰の下に回った手がブラジャーのホックを外す。
ん……っ。
半ば観念しながらも無駄な抵抗に及ぶけれど、キスはずっと続いていて、抗議の声さえあげられない。それどころかキスは深くなっていって、戒斗の舌が攻め回る。脳内まで侵されているかのように意識が麻痺していった。
胸に戻った戒斗の指先が感じやすい先をつまむと、堕ちていく感覚が広がる。
戒斗がつかんでいた手首を離したのも気づかなかった。
くちびるを解放されると荒い息と一緒に嗚咽が漏れた。
戒斗が離れたのは一瞬で、叶多の膝が立つ。いつの間に下着は脱がされていたのか、いきなり戒斗の舌が脚の間を這った。その刹那にして無力になる。
「いやっ……戒斗っ」
拒絶する言葉にも戒斗はいつものようになだめることなく、逆に半ば無理やりで逃れようとする叶多の太腿を押さえつけ、隠す術を失った柔らかい肌をいたぶった。
いちばん隠したい場所を濁したまま曝すショックと鋭くなった感覚に閉じた瞳からこめかみに涙が伝わった。恥ずかしさに堪えていた声も、やがて小さく、そしてだんだんと大きく跳ねだす。
ぁ……ぁああっ……やっ……あ、あ、あっ……んっ……ぁああっ……。
耐えようとしても、絶え間ない攻めが続いて、いったん声が出てしまうと抑制が効かなくなった。
抵抗する力が抜けて、またそのぶん快楽が増した。自分でもわかるほど、脚の間に濡れている感触を覚える。
その蜜を吸い尽くそうとされればされるほどまた溢れだす。
「戒斗、もぅ……ぃい……ぁ……あ、あ……」
戒斗はこれ以上になく敏感になった柔肌を軽くかじった。
ぃやぁああっ!
腰が浮いた。そこをさらに戒斗は攻める。もう快楽なのか苦痛なのか区別がつかない。
「は……っ……ねぇ……戒斗、あ、ぁあ……もぅ……だめなのっ……」
戒斗は顔を上げて叶多のこめかみを撫で、イケよ、と一言だけつぶやいて再び脚の間に埋もれた。
舐め回されたあと、イケばいい、と囁いた戒斗が緩く歯でかじるように擦ったとたん、叶多の躰が突っ張った。
んっ、ぁぁあああ――っ!
戒斗は躰を起こして、舌が侵した場所を指先に変えた。なぞるたびに痙攣の止まない叶多の躰がぴくぴくと小さく震える。
快楽を知り、しどけなく開いた躰と、その躰に乱れ纏いつき、最後まで脱がせなかった幼さの名残を示す制服というギャップがエロティックに戒斗を煽る。
「戒斗……」
叶多はやっとで手を上げて、戒斗へと伸ばした。戒斗の指先から逃れる力までは集められずに、躰の震えが止められない。叶多の手を戒斗の左手がつかむと同時に右手も離れた。
「制服、脱がないと」
戒斗からそう云われてはじめて叶多は自分がショーツしか脱がされていないことに気づいた。顔だけでなく耳まで火照る。
おもしろがって見下ろしながら、戒斗は叶多を抱き起こした。
「戒斗、酷い。くしゃくしゃになってる」
叶多は戒斗の胸にもたれて自分を見下ろすと、困惑半分、つぶやくように文句を云った。お尻だけスカスカでへんな感じだ。
「制服のままの叶多を襲ってみたいって思ってた」
叶多の力なくも抵抗する手を無視してベストとブラウスを脱がせながら、戒斗がからかうように云った。
「それじゃ、ヘンタイだよ」
戒斗は否定もせず小さく笑うとまた叶多を寝かせ、今度はスカートを剥ぐ。腕で胸を隠すようにしながら、叶多は少しでも視線から逃れようと膝を立てて小さく脚を縮める。
戒斗はベッド脇に服を落とし、左肘をついて寝そべると、右手で叶多の腕を押しのけた。
「戒斗?」
「さっきは今日の代償。いまからは触らせてくれなかった三日ぶんだ」
「戒斗、力、入んない!」
「力なんて必要ないだろ。おれが好きにするだけだ。明日は土曜日だし、勉強するにしても昼からだ。充分に時間はある。それに、まだ全部はきれいにしてない」
そう云って、戒斗は叶多の露わになった胸の先を咥えた。
叶多はかすれた悲鳴をあげるだけで避けることまでかなわない。
「戒斗……んっ……怖い」
叶多は慄いて訴えた。これまで時間は長くても、攫われるのは一度に一回を超えることはなかった。
「大丈夫だ」
顔を上げたかわりに指先がふくらみを這いだす。
「んっ……あ……っ……でも……ぅ……戒斗!」
「いま任せてくれるんなら、明日から勉強集中するって云うし、試験が終わるまで手加減してやる。どうする?」
指先に思考回路をぐちゃぐちゃにされ、ぼんやりとしてうまく働かない頭で叶多は考えた。
どちらかというと『いま』よりも試験のほうが切羽詰まっている。
「い、いま……でいい」
よくよく考えれば、どっちも拒否すればすむことなのに、叶多は安易に選択した。
「オーケー。怖がるんじゃなくて楽しめよ」
戒斗は目の前でにやりと口を歪め、叶多に無理難題を下した。