Sugarcoat-シュガーコート- #44
第6話 Like master,like girl ? -4-
次の日は七時すぎに起きて朝食をとったり洗濯したりと、叶多は戒斗といる普通を楽しんだ。
ツアーでしばらくいないことを思うとがっかりするけれど、いままでに比べたらこういうさみしさなんてずっと些細なことだ。
もうすぐ出かける時間なのに、戒斗は有吏の仕事だと云って、もう二十分くらいベッドルームで電話をしている。声は聞えるけれど何を話しているかまではわからない。叶多に話す口調とは違っている。
本当に忙しいんだ、と思いつつ叶多はダイニングテーブルに置きっ放しのコーヒーカップを片づけた。
洗っていると、ふと叶多は笑みを浮かべる。
ペアグラス!
「叶多」
思いついた矢先、有吏の仕事が終わったのか、戒斗が叶多を呼んだ。
「うん。もう行く?」
濡れた手を拭いて、叶多は呼ばれるままにベッドルームへ向かう。
「そのまえに」
入ったとたんに近づいてきた戒斗がつぶやきながら手を伸ばす。
両手で顎をすくわれると同時にくちびるをふさがれた。昨日の甘いだけのキスとはまったく違って、戒斗の意思が否応もなく伝わってくる。
「ん……っ……戒――」
やっとのことで離したくちびるも名を呼びかけたまま、またふさがれる。口を開いた叶多の隙をついて、荒いしぐさながらも戒斗の舌は甘く探ってくる。考える力が奪われ、立っていることさえ定かでなくなった。叶多は頼るように戒斗のシャツをつかんで握りしめた。
戒斗は叶多のお尻の下を腕で支えながら軽く抱きあげて、すぐ傍のベッドに座らせた。
重ね着しているチュニックとキャミソールをいきなり一度に脱がされると、叶多ははっと我にかえる。自分がはじめての夜と同じ状況に置かれていることに気づいた。
「戒斗、もう行かなくちゃっ」
叶多は慌てて服を取り返そうとしたけれど、戒斗はそれを後ろに放る。伸ばした右手を取られ、立ちあがろうとした肩を押さえつけられた。
「まだ時間がある」
「もう十時だよ!」
「和久井には十一時半に迎えにくるように云ってる」
目の前に立っている戒斗を見上げると、その口が歪んだ。
「……嘘吐いたの?」
「いろいろ考えなくてすむだろ?」
叶多の不信丸出しの質問に、戒斗はすまして云いのけた。
「だって――」
「昨日の約束は守った。今日は今日だ」
大きく見開いた目に宿る叶多の無言の哀願にも、戒斗は楽しんでいるように瞳を煌かせて問答無用と仄めかす。
身をかがめた戒斗の右手が叶多の背中に回り、ブラジャーのホックを外した。戒斗の腕をつかんだものの、制することはできずに上半身が露わになった。叶多の躰がぷるっと震える。
「怖がるな。しばらく会えないから叶多を見たいだけだ」
戒斗に支えられて叶多の躰がベッドに倒れた。手をそれぞれに絡ませて脇に押さえられると、ベッドに上がった戒斗が覆いかぶさって顔を近づけてくる。
くちびるが触れる寸前に叶多は目を閉じた。しっかりと押さえつける手とは裏腹にくちびるを這う舌はやさしく、吸いつくキスに変わって叶多の手から抵抗を消した。かすかに開いたくちびるが抉じ開けられた。飢えたように絡まれるうちに、隙なく合わさった口から溢れそうになる蜜を叶多はこくんと音を立てて呑んだ。
それが合図だったかのように戒斗は離れ、叶多はやっと酸素を得て荒く呼吸を繰り返す。
戒斗の息もあがっていたが、それに気づかないことはもちろん、満足至極な笑みがそのくちびるに浮かんだことも叶多には知る余裕がない。
息が整う間もなく、戒斗のくちびるが首筋に触れてさらに下へと進んだ。
知らず知らずのうちに手に力が入ると、
「任せるんだ」
と戒斗がなだめる。
ぞくりとするような感覚を伴って戒斗の舌が叶多の肌を伝っていく。
敏感な部分を避け、軟らかい肌に軽く吸いつきながら舌が這いだすと、叶多の躰に震えが走った。
快楽を得ていることを証明するように、ふくらみがだんだんと淡いピンク色を露わにした。じわじわと進んで色の境界線まで来ると、逆らって再び叶多の手に力がこもる。
戒斗のくちびるが離れた。そう気づいてふっと躰を緩め、油断したとたんに叶多は悲鳴をあげる。
ん……あ…ぃやっ…。
そそるように曝した場所を戒斗の熱く濡れた口が含んだ。その熱が躰内の奥へと走り抜ける。舌が強く絡み、歯が軽く擦るごとに叶多は胸を反らし、堪えきれない声を放つ。
んっ…は…っ……んんっ…やっ…。
戒斗の舌が巻きつくたびに硬くなっているのが自分でも感じ取れ、止まない戯れに火傷をしそうなくらい熱くなっていく。
長く続く攻めに力を失い、押さえつけていた戒斗の手が離れても、叶多は手を投げだしたままで逆らう気力もない。果てしない時間の中で、戒斗の右手が左のふくらみを、口が反対側を攻めているうちに喘ぐ声が嗚咽に変わった。
やがて戒斗が胸を解放して躰を起こした気配を感じる。けれど安心したのもつかの間、レギンスに手をかけられた。
「やっ……戒斗、シャワー浴びてない……っ」
叶多は慌てふためいて叫び、やっと動かした手で戒斗の手首をつかんだ。
「問題ない」
「でもっ……ぃや……!」
「汚くない。叶多ならどうあってもいい。かまえるな」
戒斗は制しようとした叶多の手をものともせず、下着ごと剥いでしまった。
叶多が委縮すると再び戒斗はくちびるから始めた。キスの間に戒斗の手は胸のふくらみを重点として腹部までさまよいだす。
熱に浮かされたように叶多は喘ぎ始める。
戒斗は躰を起こして、突きだした胸を両手でそれぞれに捕らえ、叶多から抵抗を完全に奪った。その手をスッと下ろし、いちばんデリケートな部分へと攻撃の場所を変える。傷つけまいと気遣う必要もないほど、そこは滑りやすく溢れていた。
ちょっと触れたと同時に叶多の躰が反射的に跳ね、戒斗の指が動くたびに水と戯れるような音が響く。
抑えようとしても溢れる熱と声。どうしようもなく反応する自分への恥じらいに襲われ、それが戒斗を煽ることになるとも知らずに叶多は泣きだした。
指の動きは緩むことなく、戒斗は叶多をどんどん追い詰めていく。
「戒…斗……もぅ…や……ぁ…んっ……戒斗…ぅ…ん…うっ……戒…斗っ…」
呻く合間に戒斗の名を呼び続ける声がかすれてきた頃、やっと手が離れた。戒斗は叶多の肩先に左手をつき、くちびるを重ね、右の手のひらで涙を拭う。
「叶多」
「ぅ…ん」
くちびるが離れて名を呼ばれ、叶多は呻きとも返事ともつかない声を出した。
「感じていることを隠す必要ないんだ。それより感じるままを見たい」
「……難しい……よ……」
「叶多」
呼びかける声に叶多は目を開いた。真上にある戒斗の瞳は、窓から光が差しこんでいるにもかかわらず、底なしのように深く黒い。
「イカせたい」
叶多はまた泣きそうに顔を歪めた。
「嫌か?」
「……わかんない」
逃れる機会を与えた戒斗は叶多の返事に満足したようで、声には出さず笑った。
戒斗は叶多のこめかみから髪を一撫でして、
「大丈夫だ」
とあやしてベッドを下りる。
剥きだしの触点と触点が触れあうと、感覚がこれ以上になく鋭さを増して一瞬、叶多は腰を浮かせた。
恥じらいと覚えた快楽の間に、怯えに似たつらさが生まれ、次第に増長されて叶多は耐えられなくなった。イクことを拒む自分を、無防備に開いた躰ごと戒斗へと預けた。
大きく繰り返されていた叶多の息が悲鳴に似た声を伴い始めると、戒斗はベッドに上がりこんで忙しく胸を上下させる叶多を抱きしめる。
「イクんだ」
戒斗の指と声にすくわれるようにして叶多は行き慣れない時空へと埋もれていく。
ぃやっ……んくっ…。
くぐもった声を出した次の瞬間には開放される感覚が続き、叶多は甲高い声を解き放った。
時折、震える叶多を抱いたまま、戒斗もまた自分の衝動を鎮静していく。
戒斗の耳もとで叶多は大きく息を吐いた。緊張がすべてとれ、入れ替わって倦怠感に包まれる。
「帰るまで頑張れそうだ」
顔を上げた戒斗は左肘をついて躰を起こし、からかうように叶多を見下ろして云った。
「戒斗……いつもこうなの……?」
「プラスアルファのアレンジがあると云ったら?」
「……まだ?」
気が抜けたように叶多が問い返すと戒斗は口を歪めた。
「とうぶんは見逃してやる」
後ろめたさは少しも見せず、戒斗は脅すように云い放った。
「戒斗……それって……いましてること……も、普通のこと?」
「セックスに決まりなんてない。合意のうえで、やりたいようにやるまでだ」
「合意……」
「してないって云わせない。今日、叶多の『嫌』は“いい”ってことだとわかったし」
戒斗は反論するならしてみろと云わんばかりにニヤリとする。
叶多はカッと火照る耳を手で隠した。
「少しはラッキーだと思えよ。痛い思いさせるまえにそのさきの快楽を教えてやってる。そのかわりに叶多の反応を楽しむことで50:50だ」
叶多は納得いかなくて顔をしかめた。
「あえて云うなら、こんな面倒なこと、『普通』はやらない」
「じゃあどうして?」
「おれと叶多、だから」
「……わかんない」
戒斗は笑みを漏らし、指先で叶多の下唇をなぞった。そしてくちびるを合わせる。そのまま頬に滑り、首筋を伝って鎖骨に触れそうなくらいのところに留まった。戒斗の歯が甘く咬みつく。
「んっ……戒斗、だめっ」
叶多はすぐに戒斗がしようとしていることを察する。まだ力の戻りきらない手を上げて精一杯で戒斗を制した。
「だめって?」
「キスマーク! このまえ、頼とユナたちに見つけられてからかわれたんだから!」
顔を上げた戒斗はその場所に指で触れた。まだかすかに黄色く残っている。
「ふーん……つけといて正解だったらしい」
つぶやくと含んだ笑みを漏らし、
「じゃ、今日は見えないところでいい」
と戒斗は再び顔を下ろした。
「戒斗、やだ……」
拒絶する間もなく、戒斗は右胸のふくらみにさしかかる、軟らかい肌に喰いついた。
叶多の右腕は戒斗の躰が邪魔して動かせず、自由な方の左手も、頭の上を回りこんだ戒斗の左手に簡単に押さえつけられる。痛みを和らげるように右手が左のふくらみを覆って弄ぶ。まだ快楽の記憶が浅い躰は倦怠感の中でも過敏になっていて、叶多は躰の震えが止められない。その間に戒斗は強く吸いつく。
いやっ。
痛みとも快楽ともつかない感覚に悲鳴をあげた瞬間に戒斗はいったんくちびるを離した。そしてまた下ろして同じところを今度は舐める。
痛みは熱に変わる。戒斗はくちびるに戻ってじゃれあうようなキスで叶多に謝罪を示した。戒斗の手が躰の脇のラインに沿う。
「もうだめっ」
くちびるが離れた隙を縫って叶多が叫ぶと戒斗は可笑しそうな笑みを小さく漏らす。
「わかってる。おれももう出なきゃいけない時間だ」
戒斗はゆっくり起きあがって、無理させた華奢な裸体につかの間だけ見入る。胸の赤い印が白い肌とコントラストをなしてくっきりと映えている。タオルケットで躰を包み、向きを変えてやって叶多の前髪をかき上げた。
「見送りはいい。休んでろ」
戒斗はそのまま額を押さえ、起きあがろうとした叶多を制した。その実、叶多のだるさはまだ抜けそうにもない。
「夜、落ち着いたら電話入れるよ」
「うん」
「じゃあな」
叶多はくすくすと笑いだす。
「なんだ?」
「一緒に住んでも『じゃあな』が聞けるって思わなかった」
戒斗の口の端が上がる。
「ヘンなとこ、気にするんだな」
「戒斗のこと、ずっと見てきたからいろんなことを気にしてる。わからないところはいっぱいあるけど、きっと戒斗が思ってるより、あたしは戒斗のことを知ってる」
「それでもおれについてくるって、よくそんな勇気あったな」
戒斗がからかった。
「戒斗」
叶多のくちびるが笑みに広がる。伸ばした手を戒斗が捕まえる。
「も一回、キスしてって」
くっと笑みを漏らして戒斗はくちびるに触れた。
「帰ってくるまで独りだし、気をつけろよ」
「うん。いってらっしゃい」
やがて玄関のドアが閉まると、夜に熟睡したはずも、ふんわりした気分で叶多は微睡みに入った。