Sugarcoat-シュガーコート- #39

第5話 extra Candied poison's Night -latter-


 叶多はシャワーを浴びる途中、躰は洗ったんだっけ、とふと思った。緊張のあまり、それほど頭の中はこんがらがっている。鼓動の震えは手先まで及んで、どうしようにも止まらない。
 大丈夫。いつかは越えなきゃならないんだし。戒斗はやさしいから、それに大好きなんだから……。
 どうにか納得できるまでに落ち着いて、叶多はシャワーを切りあげた。歯を(みが)いたあと髪を乾かしているとき、予告なくドアが開く。
 びっくりして目を見開いた叶多を可笑しそうに戒斗が見下ろした。
「云っとくけど覗きにきたんじゃない。ドライヤーの音、聞こえたから。歯磨き」
 云いながら、戒斗は洗面台の棚から歯ブラシと歯磨き粉を取った。

 横で歯磨きをしている戒斗を見ながら、ふたりでこういう普通の生活を始めたんだということに叶多は感動を覚えた。
 歯磨き粉のCMをナマで見ているみたいに、歯磨きシーンまでサマになっているというのは不公平な気がしてなんだか(しゃく)に障る。
 それに比べてあたしは……。
 叶多はふと自分を見下ろした。足のつま先が簡単に見下ろせるくらい、胸が貧弱だということにあらためて気づく。
 あたしは戒斗でいいけれど、じゃなくて戒斗がいいんだけれど、戒斗はあたしで満足できるのかな……。

 これまでと違った不安に襲われていると、頭上でぷっと笑い声が聞こえた。
 戒斗は口を(ゆす)いだあと、
「叶多、百面相してる」
とからかった。そして、かすかに口を尖らせた叶多の手からドライヤーを取りあげてスイッチを切った。
「もういいだろ?」
「がっかりしないようにさきに云っとくけど、あたしの胸、Bカップそこそこだと思うの!」
 いきなり口早に告白した叶多に呆気にとられた刹那、戒斗は笑いだした。
「酷い。笑わなくても……これでも牛乳飲んだりして頑張ったんだから……」
「それでも、叶多は(あめ)みたいに甘ったるくて、デザートにはもってこいだ」
「甘いの好き?」
「叶多産限定で」
 戒斗がにやりと笑い、叶多も笑みを浮かべて手を差し伸べた。かがんだ戒斗に抱きあげられ、叶多は手足を巻きつけるようにしてその背中にしがみつく。
「連れてくぞ」
「うん」

 浴室から連れだされ、戒斗は叶多をベッドルームへと運んでベッドの端に腰掛けさせた。
 床に(ひざまず)いた戒斗の瞳と、叶多の瞳がほぼ同じ高さになる。叶多が照れくさく笑うと、戒斗は顔を傾けてくちびるをつけた。挨拶を交わしているかのような、触れるだけのキスが繰り返される。
 その軽いキスは、戒斗が首もとに手を添えると同時に荒々しく変わった。呻いた隙を逃さず、戒斗の舌が叶多の中を侵した。舌と舌が触れて、(いざな)われるまま自分という感覚を失っていく。戒斗が舌を引き、反応してそれを追った叶多の舌は甘く噛みつかれた。
 ん……っ。
 小さく呻き声を漏らすと、戒斗が離れて叶多を窺う。開けた目がまともに戒斗の目とぶつかって、叶多はすぐに伏せた。戒斗が息を漏らす。おそらく笑っているんだろうけれど、いまの叶多には怒る余裕がない。
 キスはこれまでと全然違った。戒斗が離れるとさみしくなるほど(はげ)しい。
「どうだ?」
 どうとでもとれる質問には、どう答えても都合よく解釈されそうで、叶多はただうなずいた。
「任せればいい」
 戒斗の声には笑みが滲んでいて、叶多をなぐさめる。

 再びうなずくと、戒斗の左腕が叶多の頭を抱えこむようにしてまたキスが始まった。叶多の思考力は鈍って、ぼんやりとしていく。
 その間に戒斗が何をしていたのか、胸もとがスカスカになったと感じたとたん、いきなり戒斗の手が叶多の胸に触れた。ノースリーブのパジャマの下は無防備にも素肌だ。
 人に触れられるという、はじめてのことに躰がピクリと跳ねて、叶多は反射的に戒斗の腕をつかんだ。
 制止を無視して、戒斗の手は叶多の胸の上でゆっくりとうねり始めた。叶多は合わせたくちびるから熱を含んだ吐息を溢れさせ、ともすればキスの合間に声が漏れる。
 やがて手のひらは指に変わって胸先を襲った。胸全体を触れられるよりも格段に感覚が研ぎ澄まされて、神経がそこ一点に集中する。堪えきれずにあげる悲鳴も、口をふさがれていてくぐもった呻き声にしかならない。それがつらくて叶多の目尻に涙が滲んだ。
 戒斗の腕を一際強くつかむと、ようやく離れてくれた。

「戒斗……」
「怖いか?」
 程度の差はあれ、互いの息は荒い。間近にある戒斗の瞳には、いつもの冷静さのかわりに暗く(けぶ)った熱が宿ってみえた。
 怖くないといったら嘘になる。つらい。苦しいともいえる感覚。けれど嫌ではない。
 叶多はうまく答えられる自信がなくて、ただ首を横に振った。目尻に浮かぶ薄っすらとした涙を、戒斗が両手で拭う。それから両手が流れるように落ちたと思うと、叶多が気取るまえに肩に掛かっただけのパジャマが脱がされた。胸を隠そうと上げかけた手は、戒斗がそれぞれにつかむ。
「戒斗っ」
「隠さないでいい」
 戒斗が叶多の両脇で手を重ねて拘束する。
「だって――」
 身を縮めて抗議しかけた叶多を覗きこむようにして戒斗がくちびるをふさいだ。混じりあう(みつ)が甘さを増す。
 じゃれ合うようなキスは叶多を油断させた。手から強張りが解けると同時に、戒斗がくちびるを流れ落ちるように下ろして、いきなり胸先を口に含んだ。
 ぁ……ぅ……っ。
 叶多は声を漏らしながら躰を震わせる。逃れようとしても、戒斗が手を縛っていてそれを許さない。(さいな)むような戯れは、躰の奥に感じたことのない熱を生んだ。
 胸先は戒斗の口の中でしこりみたいに硬くなっている。軽く噛まれて叶多の口から悲鳴が漏れた。痛みじゃなく、ずんとした痺れが躰を走る。噛んだり強く吸いつかれたりと、戒斗の触れ方はエスカレートして、叶多の中にじれったさを募らせた。
「戒斗……胸が……熱く……なってる」
 叶多は途切れ途切れにつぶやく。だんだんと熱の温度を増すのは胸だけではなく、躰の奥もそうだ。
「まだだ」
 戒斗は容赦なく反対側に移り、時間をかけて同じことを繰り返した。叶多の喘ぐ声はやがて泣き声に変わり、姿勢を保っていられずに戒斗の肩へと倒れこんだ。
 戒斗は顔を上げると、叶多を支えるように背中を抱いて後ろへ倒した。

 戒斗はベッドに左手をついて躰を支え、右の指先で叶多のくちびるに触れ、すっと胸に移して心持ち強く撫でる。ため息とも悲鳴ともつかない声をあげ、叶多の躰は小さく波打った。(あらが)う気力もなく、両手は力なく投げだしたままだ。
 その隙をついて戒斗はさらに手を下ろした。薄地のショートパンツの中に忍びこんだ手はもう一つの布を潜り、誰にも曝したことのない場所へとたどり着いた。
 あ……。
 叶多は声を漏らしながら、かすかに開いていた脚を閉じようとした。が、そのまえに戒斗が動き、触れられた刺激に躰が跳ねる。逃げようとベッドの端に脚を上げると、逆に戒斗の手を入りやすくした。戒斗の躰をも脚の間に滑りこませてしまう。そのうえ、頭のすぐ先は壁があって逃れようがない。
 戒斗は叶多の右足を抱えこむようにしてベッドに載った。戒斗の指先が下へとたどる。
 やっ。
 叶多は小さく叫んで頭を反らした。戒斗はためらう素振りもなく、指先を少しだけ体内に進めてくる。
 かすかに水の音がした。戒斗が触れたことで、そこが濡れているのに叶多は気づいた。
 何? あたしの躰、もしかしてヘン?
 不安と緊張で躰が強張った。すぐに戒斗の手が離れて、ほっとするより、やっぱりおかしいのかもしれないとますます不安になる。
 叶多が困惑しているうちに、戒斗は(はばか)ることなくパジャマのショートパンツに手をかけた。無意識の抵抗も空しく、脚を片方ずつ上げさせられて身につけていたものはすべて取り去られた。



 戒斗は邪魔をさせまいと叶多の手を取り、その白く華奢(きゃしゃ)な裸体に見入った。
 小振りなふくらみの先は濡れ、少し色濃いピンクに染まって戒斗を誘う。(にご)りのない色は誰も触れていないことを示し、それはさらに敏感な場所も同じだ。戒斗の腿に(またが)らせた脚の間から、秘められた場所がそそるように覗く。ついさっき、そこに叶多の反応を知って悦楽に浸った。

「恥ずかしくて死にそう」
 叶多は戒斗の手を握り返して少し引きながら、目を伏せたままでつぶやいた。
「おれのハグもキスも好きなんだろ? だから、そうしてやってる」
 叶多のくちびるに小さな笑みが浮かんだ。
「あたしの躰、ヘンじゃない?」
「ヘンてどういう意味なんだ?」
「ほかの女の人の裸って見たことないし、こんなときどうなるかって知らないから……」
 思いがけない叶多の不安は戒斗を楽しませる。
「大丈夫だ。任せてればいい。それに、Bカップくらいが好みだって云ったら?」
 くすっと漏らした叶多の瞼が上がり、その瞳が真上にある戒斗を射る。
「ホントに?」
「叶多が他人(ひと)と違うのは……おまえは甘い毒薬みたいにおれを侵食してる。中和しないとまずい」
「中和って?」
「毒をもって毒を制すって云う」



 そう云うなり、戒斗は叶多のくちびるに喰いついた。叶多を侵食しようと戒斗の舌が口を()じ開ける。ベッドに押しつけられて避けようもなく、叶多はされるがまま戒斗に委ねた。
 戒斗のくちびるは喉もとを伝い、目的地を知った叶多の手に力がこもる。抵抗しかけた手を両肩の横で縛られると胸が反りだした。遠慮もなく、戒斗は飢えたように(くわ)える。
 戒斗の腿に預けた脚は宙ぶらりんになって踏みしめる場所もなく、叶多は身動ぎさえまったくできないまま戒斗の動きを受け止めるしかない。
 愛されているというよりは攻められているという感覚に叶多は嗚咽(おえつ)した。
 止むことがあるのかというくらいの時間が経ったあと、戒斗は顔を上げて張り詰めた胸を解放した。
「叶多、自分でやったことない?」
「……自分で……って何を……?」
 不意の質問に、叶多は荒い息を吐きながら(ほう)けて問い返した。
 戒斗は叶多の手を離し、濡れた頬を(くる)んだ。叶多が見上げると、愉悦した眼差しで戒斗が笑みを見せる。
「甘い毒にはそれ以上に甘い、極上の毒が効果的だ」
「怖い……つらいよ」
「つらいんじゃない」



 戒斗は手を脚の間に忍ばせた。()く叶多にかまわず、(いじ)ると水の音が大きく部屋に響く。
 ぁ…っ……あ…ぁぁあ…っ……くっ……ん…ん…っ。
 イクことを知らない叶多は、(なぶ)るほどに熱を溢れさせるにもかかわらず、叶多自身が云ったようにつらそうな様を見せる。
 快楽と苦痛は紙一重なのかもしれない。男が解き放つ瞬間を耐えるときと同じように。
 手もとのシーツを握りしめ、叶多はついに泣きだした。
 叶多の涙にはあらゆる意味で弱い。いま流れる涙は戒斗の中に加虐的な衝動を突きあげる。
 段階なんてもうどうでもいい。そして最大の楽しみはまださきに取っておく。それが最高の選択だ。
「まだだ」
 そう無下に告げ、戒斗はベッドから降りると叶多の脚を腕に持ちあげ、無防備な場所に顔を埋めた。
 混乱したなかで温かい舌が過敏な場所を占領し、叶多の神経を剥きだしにする。
 いやぁ……っ。
 行為自体へのショックと触覚が研ぎ澄まされていく衝撃が()い交ぜになった叶多の叫びだ。
 (すす)る蜜は戒斗を酔わせるくらいに甘い。
 敏感な場所を舌先で撫で、くちびるで摘むたびに叶多の躰が痙攣(けいれん)し、叫び声が漏れる。
 どれくらい経ったのか、抵抗を封じる必要がないほど無力になった叶多は脚を閉じることさえできないまま、啼くだけで動かなくなった。
 もういいだろう。
 水飴のように(したた)りそうな蜜を舐めあげた。

「叶多、我慢しなくていい。ただ感じるのに任せるんだ」
 戒斗は躰を起こして横になると、息も絶えがちに啼いている叶多の涙を拭った。
 左腕を叶多の頭の下に潜りこませ、戒斗の右手はまた手加減なく脚の間を探る。仰け反ったふくらみを口に含んだ。戒斗の左肩に触れる叶多のくちびるからくぐもって悲鳴が聞こえた。
「イクんだ」
 その言葉と同時に揺らした指が叶多の感覚を深く沈めた。そして今度は高く舞い()がる感覚が続く。戒斗は汗ばんだ細い躰に手を回し、叶多がはじめて経験するその瞬間を共有した。
 戦慄(わなな)く躰をしっかりと抱きこんで、戒斗は叶多の首もとに顔を埋める。首筋の脈が躰と同じように痙攣して、時にその震えに堪えきれないため息が音となって漏れた。

   *

「……戒斗……」
 叶多は戒斗の肩に伏せていた顔を上げると、力なく囁いた。やっと解放された躰もまったく力が入らず、まだ息もあがっている。
 戒斗も顔を上げて叶多を見下ろし、乱れた長い髪を()いた。
「どうだった?」
「……わかんない」
 そう答えて叶多は静かに泣く。未知だっただけに戒斗が導いた快楽の世界はそれほど強烈なことだった。
 反して戒斗は笑みを漏らす。
「泣くくらいよかったらしい」
 叶多を泣くに任せてしばらく見守ったあと、戒斗がからかうように云った。
「どこか……(さら)われていっちゃうかと思った……」
「だから、それが“イク”ってことだ」
「……戒斗は?」
 いくら無知でもまだ終わっていないことくらいは叶多にもわかる。一向にそうしようとしない戒斗に思いきって訊ねた。
「おれも楽しんだ」
「……イカなくてもいいの?」
「楽しみは引き伸ばすほど最大の喜びになるって聞く」
「戒斗?」
「はじめてはつらいらしいから。叶多が勝手にイケるようになったら考える」
「考える……って」
「だからっておれが何も感じてないってことにはならない」
 そう云って戒斗は叶多の躰の上に覆い被さる。夕食の時とは違って素肌であるぶん、余計に明瞭だった。
「あたしは痛くても平気だ――」
「おれの楽しみだ。ベッドの中なら(やま)しいことなく叶多を苛められる。若干、自虐的だけど躰のセーヴはきくって云っただろ」
 拗ねた気分で、叶多はまた泣きそうに顔を歪めた。
「おれの毒。叶多にも中毒になってもらわないと割に合わない。おれを惑わせる罰だ」

 身勝手に道理を云い張ったあと、戒斗は叶多のくちびるに舌を()わせた。叶多も答えて舌を覗かせ、戒斗のくちびるを舐めた。
 が、そこまでだった。叶多はぐったりと力尽きる。それなのに戒斗の手がまた胸に下りる。まだ感覚は剥きだしで、躰はそれだけのことにピクリと戦慄いた。
「ん……っ……戒斗っ、もう無理っ。力が入らないの!」
 叶多は戒斗のくちびるを逃れ、切実に叫んだ。そのとおり、引き止めようとする手さえ思うように動かせない。触覚器官だけが息衝いていて、運動器官は自分の躰ではないかのように役に立たなくなっている。同じことを繰り返されたらきっと耐えられない。
「明日もやらせてくれるなら」
 戒斗がにやりと笑って露骨に条件を出し、叶多は何も考えずに、いま逃れられるならとうなずいた。
「わかった。執行猶予(ゆうよ)というところだ」
 戒斗は起きあがって叶多の躰を抱えあげ、壁側に位置を変えると照明を消した。戒斗はふたりの躰にタオルケットを掛けながら、左腕を叶多の頭の下に潜らせた。叶多の裸体が戒斗の腕の中に引き寄せられる。
 戒斗の腕は何よりも心地よく、疲れもあって叶多はまもなく眠りに落ちた。

 戒斗の云った『明日』が二十四時間後のことではなかった、ということに叶多が気づいたのは夜が明けようかとする頃だ。
 遅い朝食が戒斗の云ったままに、ご飯と海苔で充分なくらい、賞味させられた砂糖漬けの毒は満ち足りて甘く、叶多の躰を侵した。

 つらい。苦しい。恥ずかしい。けれど。
 やさしくない戒斗も好きかも。
 すでに中毒の(きざ)し。

* The story will be continued in ‘Doggy girl and Dogginess’. *

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