Sugarcoat-シュガーコート- #30

第5話 Surprise Call -2-


 昼食は賑やかとはいかないまでも和気あいあいと進んだ。
 二十畳LDKの北側に位置したダイニングで、叶多の隣に戒斗、反対側の正面から千里、哲、頼と席についている。何気ないこの配置関係は、戒斗と隣同士でいることを“ふたり”と感じられてうれしい。

「十六日の結束会には来るのかな」
「はい。先月の親睦会には顔を出せなかったので。拓斗の件もあって、本家にある身としては欠席ばかりして不必要な反感を買うわけにもいきませんし」
 夏休み初の日曜日に恒例の有吏一族の集まりがあったのだけれど、仕事の関係でどうしても出席できなかった戒斗は哲の質問に肩をすくめて答えた。
「んー、そうだな……」
 哲はめずらしく気難しい顔を見せた。
「何かあったの?」
「おまえは知らないほうがいい。他人事とはいえ、パニックになりそうだしな。このまえの集まりでその雰囲気に気づかなかった時点でアウトだ」
 叶多は顔をしかめ、先月に会ったばかりの拓斗を思いだそうとしていると、頼が冷ややかに口を挟んだ。
「そのうち、おれが話してやるよ」
 戒斗はそう云って、叶多の思考回路を中断した。
「うん。それで、毎年八月十六日にある結束会って何? 夏休みの初めにみんな会うわけだし、そのときじゃだめなの?」
「八月十六日ってどういう日だ?」
「どういう日って……んーっと……お盆の次の日……あと終戦記念日の次の日! 次の日しか思い浮かばない」
「いい線ついてる。次の日っていうことはどういうことかってことだ」
 戒斗は最後まで教えてくれる気はないようだ。
 叶多はしばらく気難しい顔で考えこんだものの、やがてあきらめた。

「戒斗、焼き魚は美味しい?」
「ああ」
 話題を変えた叶多に吹きだしそうな笑みを向けながら、戒斗はうなずいた。
「よかった。でも、なんで焼き魚なの? もうちょっとお洒落なのとか……」
「なんだ、お洒落な料理って?」
「いまの季節で云うなら……冷しゃぶ、とか」
 可笑しそうに質問を返した戒斗は叶多の答えを聞くと、声を出して短く笑った。
「お洒落って云うよりお手軽って感じだけどな。いまツアー中だろ。ずっと外食してると温かい焼き魚を食べる機会ってなくてさ、要するに家庭の味に飢えてる。外食は味が決まってるから飽きがくるんだ」
「そ? よかった」
 再びほっと笑った叶多を頼が鋭く見やった。
「けど健康食みたいな味噌汁飲まされたり、かと思えば高血圧になりそうな、やたらしょう油辛い肉じゃが食わされたり、毒味、大変なんだからな。やっと食えるとこまで来た。料理だって頭ちゃんと使えよ。ただでさえ腐って――」
「頼――っ」
「頼――」
「頼、そこまでだ」
 千里と哲が同時に発した咎めをさえぎって、戒斗は鋭く口を挟んだ。
 頼は戒斗に視線を向け、反抗的に睨みつけたが気のせいかと思うほど一瞬にして無表情に戻した。
 横並びに座っている千里と哲はもちろん、滲んだ涙が止まるほど気まずい空気に焦った叶多も気づいていない。
「はいはい、云い過ぎました。努力は認めるべきです」
 ふて腐れつつも、頼なりの謝罪だった。

「戒斗、いいよ、頼が云ってることは事実だし。食べられるようになったって云ってくれるだけでうれしいから」
「そうそう。腕が上がってることは確か。ね、哲さん」
「ああ、そのとおりだ」
「頼はいま反抗期なの。ごめんなさいね、戒斗さん。でも、叶多ったらどうしてまた急に料理する気になったのかしら? 教えてくれないんだから」
 千里が疑問を口にすると、両親の後押しに(ほころ)んでいた叶多の口もとが、さらに笑みに広がった。

「それは内緒――」
「叶多が高校を卒業したら一緒に暮らそうと思っています」
 叶多は驚きに目を丸くして、戒斗の横顔を見上げた。
 戒斗は叶多を見下ろしてふっと小さく笑みを見せ、また哲に向き直った。
 両親どころか、戒斗の宣言には、反抗期と片づけられてむっつりとしていた頼までもが唖然となった。

「当然、問題は山積みです。主宰にも覚悟してもらわなければならない」
「首領は……」
「父にはまだ。一般的に筋道立てるならこちらのほうが先ですから」
「叶多はともかく……君は……それでいいのか?」
 哲が念を押すと戒斗はわずかに顔をしかめた。
「これまでのことがあって、あえておれにそう訊く理由はなんですか。いいかげんに扱っているつもりはまったくないんですが。これまでも、これからも」

「いや……君がいいかげんだと疑っているつもりはない。いまの君ほど有吏の八掟を(まっと)うしている人間はいないと思ってる。現総領次位は信に値する。私自身の覚悟を心配するよりも、かつての私の件で迷惑をかけるかもしれないと思っただけだ」
「ありがとうございます。主宰の件は承知です。だからこそ、協力してもらいたい。拓斗が身の振りを明示したいま、おれにかかってくることは明白ですから」
「協力?」
蘇我(そが)家との対立にしろ関係修復にしろ、いずれも潮時だと思っています」
 哲は戒斗の云わんとするところを、軽く目を閉じて思案した。
 叶多にとって飛び交う会話は意味不明ですぐにでも訊ねたいところだけれど、口を挟めない雰囲気だ。千里も頼も身を(わきま)えたように口を出すことなく、二人の会話を見守っている。
「わかった。私も疑問ではあったところだ。総領は――」
「拓斗と反目する気持ちはありません。むしろ、今回のことで見解が同じであることを確認できました。拓斗ほど常に冷静に対処できる人間を知りませんし、次期首領として反対する理由はない。下に()いて動くつもりです」
「……潮時か。すでに一世紀近くまえに相容(あいい)れないことははっきりしていた」
「しばらくは内憂も避けられませんが、それはそれとして一族の誰もが気づいているはずです。無論、父も。あとは、誰がいつやるか、ですよ」
 戒斗がかすかに口もとを歪めて笑みを浮かべると、哲も応じて笑みを返した。

「叶多、いかに自分が幸運か自覚しておくんだぞ、せめて、な」
 いきなり叶多に矛先を振り、せめて、と付け加えた哲を不満そうに叶多は見やった。千里も隣でそうそう、とうなずいている。
「それくらい、わかってるよ。それより、蘇我家とか潮時とかって何?」
 戒斗と哲の会話は、叶多にとってはまったくの未知の内容でさっぱり理解できていない。英単語の一つ一つはわかるけれど文として成立していない感じだ。
「そのうち話す」
 戒斗は少しまえと同じ言葉を繰り返すと、叶多は顔をしかめて文句をぶつける。
「そのうち、が多すぎる」
「そのうち、じゃなきゃ、おまえの頭がついていかないだろ」
 ()りていない頼はいつものように云い捨てて立ちあがり、『ごちそうさま』もなくリビングを出ていった。

「……なんだか最近、あたしに対して頼の云うこと、だんだん酷くなってる気がする」
「育て方、間違ったかしら」
 千里は首をかしげて叶多のつぶやきに答えた。
「あいつは……」
 戒斗は云いかけて、思い直したように言葉を切った。
「何?」
「いや。そのうち反抗期は終わるさ、有吏の男なら」
 戒斗は叶多を見下ろすと、含み笑いをして肩をすくめた。

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