Sugarcoat-シュガーコート- #25

第4話 extra A boy meets a girl. -1-


戒斗 age 18

(たか)氏が応じない理由はなんですか。条件は云うことないはずだ。というより無条件で、崇氏にリスクなんて何もない」
 見せられた書類を一通りチェックしたあと、おれは父の隼斗に疑問を投げた。
 父の会社の二階にある四つの会議室のうち、一つの部屋を占領して、いつものように父と三才上の兄、拓斗と三人でテーブルを囲んでいる。

 父が代表である有吏リミテッドカンパニーは有吏本家を頂点とする一族の表の業として政財界のコンサルタント業を営んでいる。裏の業もコンサルタントには違いない。ただ表立ってやれない、手荒、もしくは強引なことを裏でやるだけのことだ。
 一族の慣例として、継ぐ姓を捨てない限り、その末裔(まつえい)となる男たちは中学生になると器を測りながら出入りを許可され、表裏の業を学んでいく。
 有吏本家の出であるおれは、生まれたときからと云っても過言ではないほど、特殊な教育を受けてきた。武道から体力と精神力を鍛えられ、有吏塾と銘打って政財界の知識を植えつけられる。それに加えてトップに立つことの姿勢を学ぶ。

 当然のことながらおれは中学生になると同時に業に携わった。逆にそこで器を認められなかったら恥以外のなんでもない。
 今日も高等部の授業を終えると会社を訪れ、いまに至っている。
 (かんば)しくない事態にもかかわらず、三人ともに泰然と顔を合わせている様は、他人からすれば親子だとは思えないほど情がない。
 それは本家であるからこその、何事にも動じるな、という神色自若(しんしょくじじゃく)の教育一つに因る。

「崇氏は合理化を嫌っている」
「技術が絶えてもいい、と?」
 父の発言に拓斗は淡々と問い返した。
 崇裕紀(ひろのり)は国指定の伝統工芸品、江戸切子を手がけるガラス工芸士で、その技術に関して右に出る者はいない。職人にありがちで気難しく、あまりの(こだわ)りで妥協を知らず、気分が乗らなければ手をつけないし、活きる作品も百個のうち一個あればいいという具合で、いくら高額の価値がつこうと経営を考えればはっきり成り立つような状況ではない。そしてまた崇は独り身であり、弟子もなく、その技術を継承する者がいない。
 有吏の裏業はその精神の一つに父子相伝を置いている。それは古き時代に(みやこ)が発祥したときからそこに属した万世一系としての揺るぎない主義だ。
 歴史は浅くともその誇るべき技術を途切れさせまいと、有吏が人材の確保と無期限、無制限の投資を申しでたにもかかわらず、応じる気はまったくないらしい。
「崇氏は社員ではなく、人を寄こせと云っている。人としか話はしないそうだ」
「どういう意味ですか」
「そのままだろう」
 父は再び問いかけた拓斗に肩をすくめて答え、それから、わずかに顔をしかめて無表情を崩したおれを見やった。
「戒斗、どうだ? おまえ、崇氏に会ってみないか?」
「やってみますよ」
 視線を向けられたと同時に察した強制勧告に、おれはためらいなく応じた。課題を与えられて引くような人材は有吏に必要ない。
 その答えを返すことで今日の内談は決着がついた。

 会議室の時計は七時近くを差している。席を立ち、三階建てのビルを出ると梅雨の空気がむっと纏わりつく。それでも五時間目くらいから晴れたせいか、いつもよりはましだ。
 久しぶりに走らせるか。
 そう思いながら駐車場の隅に置いた、手に入れたばかりの力感のあるツートンカラーのバイク、シャドウ七五〇(ナナハン)に向かった。
 ポケットからキーを取りだしたそのとき、不意に携帯電話の着信音が鳴りだした。めったに聞かないその音は登録した番号ではないことを示している。

 もともと携帯電話に登録されているのは一族がほとんどだ。
 一般にあるように同級生の番号やら女の番号やらが登録されていることもない。
 おれのいる位置は一般とは程遠く、その特殊さゆえに付き合いにはいつも一線を置き、それに伴って外に友人と呼べる奴はいない。
 一族のなかでさえ、トップに在るおれには友人というよりは臣下しかつかない。
 いずれにしろ、家から学校、学校から会社、会社から家に戻ればまた学業と家業の学に(いそ)しむ、という普通にはありえない時間制限で友人どころではない。

 その時間の合間を縫って、おれの楽しみになっているのが、バイクを乗り回すこと、ギターを(はじ)くこと、女とのセックス。
 セックスは楽しみとは違うな。気晴らしにほかならない。

 その気晴らしをおれに教えたのは、通っていた塾で国語の受け持ちをした二十代後半の女教師だった。
 本来、塾に行く必要などないのだが、世間を知ること、これも有吏教育の一環であり、中等部二、三年の二年間は外の塾に行かされた。
 その中二の夏休み、結婚して東京を離れるから思い出に、と訳のわからない理由で誘われた。
 興味はそれなりに、ではなく普通の中坊と変わらず、かなりあった。
 そこそこに見た目はよく、悪い気はしない。誘われるままに夏休みの間、何度となく付き合った。最初はやり方もわからず、やる、というよりはやらせてもらっている感覚のなかで快楽を覚えた。
 その夏、セックスに浸ったが、のめることはなかった。
 女教師が云ったとおり、彼女は夏休みが終わるとともに塾をやめていた。
 それから高等部に進級するまで女との付き合いはなかった。
 校内で何度か無謀な告白を受けたことはあるが、応じたことは一切ない。好き、という恋愛感覚がよくわからないうえ、告白されたからといってそういう感情が湧くこともない。気晴らしに至るまでにもその過程を考えると、女教師と違って面倒くさい気がした。
 高等部に入り、後腐れのない確実な気晴らしをおれに教えたのは一族の瀬尾啓司だ。

 瀬尾の父親は幅広い層の接客業を手がけている。東京でいえば新宿から銀座まで。全国各地にピンからキリまでの接客業を展開している。
 一見、低俗とも云えそうだが、価値のある捨てがたい業だ。こういう場所ほど情報が簡単に入るところはない。時に、ほかでは絶対に手に入らない事態が漏れる。虚実を見極め、その情報をもとに裏付けをとれば手っ取り早い。
 有吏は多方面の俗世に浸透することであらゆる情報を仕入れ、結果、状況判断が偏見や慣習に捕らわれることなく適切に行われる。

 一才上の瀬尾は傘下にあるクラブのうち、高級基準では群を抜くホストクラブにおれを連れだした。
「働くわけじゃない。ただ座ってればいい。気があれば寄ってくる。この店に来る女は身持ちがしっかりしてるし、しつこいこともない。こっちが気晴らしなら向こうもそうだ。見栄えのいい男とセックスしたいってなふうに」
 店の入り口近くのソファを陣取り、瀬尾はにやりと笑って云った。
 とても十七才の発言とは思えない云い草だが、それはおれにも云える。
 まもなく、瀬尾は隣に座った女の耳もとに何かを囁き、連れだって店を出ていく。
 おれが独りになるのを見計らったように隣に座ったのは二十代の女だった。
 聞いたことのある企業の名前を出して、そこの社長の娘だと名乗った。あくせく働いて大きくした事業の裏で娘がこんなことにお金を使っていると知ったら、と一瞬まともなことを考えたがやはり気晴らしの誘惑には勝てず、すぐに考えを変えた。
 それからどうしたかは云うまでもなく、女が必要なときは瀬尾の店に行けば百発百中で、気晴らしには不自由しなくなった。

 楽しみの一つ、ギターを始めたきっかけは、妹の那桜(なお)が学園祭で聴いたギターの演奏を気に入ったらしく、弾いてほしいというリクエストに因る。
 時間がないと拒否するも、あまりのしつこさと、戒兄(かいにい)にもできないことがあるんだね、という言葉に渋々始めた。要するに、おれの性格を知っている那桜にしてやられた形だ。
 が、音を操る楽しさに那桜よりはおれのほうがのめりこんでいった。いざとなれば持ち運びも簡単であり、いまは手放せなくなっている。
 そしてバイクは、ただ単に風を切ることの気持ちよさに限る。

 そのせっかくの楽しみ、シャドウを乗り回そうかという矢先の電話は、しばらく無視しようかと取らないでいた。が、着信音が執拗(しつよう)におれを呼ぶ。
 ため息を吐いて通話ボタンを押した。

『戒斗か? 織志維哲(おりしいさと)だ』
 遠慮なく楽しみの邪魔をしたのは、久しく会うことも聞くこともなかった声だった。

 維哲は一族のなかの掟の番人、八掟主宰の息子だ。姓が違うのにはいろいろと訳がある。
 若き日、現八掟主宰は有吏が決めた許婚(いいなずけ)を拒否し、名声もない女を選び、有吏への義理立てとして入籍はしなかったものの、子供まで有した。掟の番人総領がなんたることか、と当時は大問題として破門の声まであがったようだ。結局は許婚、つまりいま妻としている千里があきらめることなく八掟主宰を慕ったことにより、一族からも温情を受けた。
 十才のときに一緒に暮らしていた母親を亡くした維哲は、それから五年後に人格を見込まれて八掟家に引き取られた。それが三年後、好きな女がいたわけではないくせに、八掟主宰と同じように許婚を拒んで家を出た。
 維哲は八掟家自体とも行き来を絶っていたが、ここ最近になって復縁したと聞いている。まだ有吏一族の集まりに顔を出すことはなかったが。

「なんだ?」
 つっけんどんに返事をすると、維哲の、相変わらず愛想のない奴、とつぶやく声が届く。
「おまえに云われたくない」
 維哲が六才年上であることをものともせず、おれが云い放つと、電話の向こうで笑い声があがる。が、すぐにその笑みの気配は消えた。

『妹が帰らない。いなくなった』

 維哲が前触れもなく報告をすると、おれの脳裡に維哲の妹の姿が現れる。
 一族の集まりでたまに見る程度の、維哲の年の離れた妹、正しくは異母妹の叶多は確か小学生だったはず。
 やたら、ちまちまっと小さくて笑っている姿が浮かびあがった。

BACKNEXTDOOR


* 文中意
   神色自若 … 重大事でも慌てることなく落ち着いていること
   末裔 … 子孫