Sugarcoat-シュガーコート- #23
第4話 extra A girl meets a boy. -first-
いま、きついくらいにあたしを抱く腕はあたしを絶対に裏切らない。
ねぇ、戒斗。
死んじゃいたいくらいに自分が嫌いになったあの夏の初め、とても苦しかった。
でも、いまね、戒斗。
戒斗と会えなかったらって思うほうが、もっともっともっと苦しいよ。
戒斗のことはずっと知っていたのに、あの夏、あたしはこの場所ではじめて戒斗に会った気がしたの――。
叶多 age 12
あたしはずっと四人一緒だと思ってた。
ずっと傍にいられるわけではないけれど、気持ちはいつも、これからさきも、繋がっているんだと思ってた。
「叶多、帰ろう」
帰りの会が終わり、忘れ物がないか机の中を覗いていると、早々と帰る準備を終わった美紅は、四組から麻衣を連れて戻ってきた。
「うん。里佳は?」
あたしが訊ねると、美紅と麻衣は顔を見合わせた。二人は困惑した表情を浮かべている。
「……あのね……里佳は具合が悪いって早退しちゃったんだ」
「え……また?」
驚いて問い返すと、麻衣はうなずいた。
また、というのは最近になって里佳の早退が多すぎるからだ。
いつもはきはきとして物怖じしない里佳は、梅雨入り間近の六月、突然変わった。
あたしたち四人は幼稚園からの友だちだ。
幼稚園ではあたしと里佳はペアを組むことが多く、自然と仲良くなって、きっかけは忘れたけれど、あとから同じようにペアだった美紅と麻衣とも一緒に遊ぶようになった。
里佳は顔立ちがきれいで、生まれつきの茶色い髪と白い肌が西洋風の人形を思わせる。女の子たちの間ではリーダー的な存在だ。
あたしはと云えばごく普通で、明るいとは云われるけれど積極性もなければ行動派でもない。
里佳はそういう頼りないあたしのことを何かにつけてよく面倒をみてくれた。
美紅と麻衣は、容姿にしろ言動にしろ何か飛び抜けていることはなく、差し詰め、あたしが普通の普通なら、普通の上というところだろうか。
いまは二年ごとにあるクラス替えで、五年生からあたしと美紅は一組、麻衣と里佳は四組とそれぞれ二つのクラスに分かれている。
四人ともに同じクラスになったことはないけれど、それでもずっと帰り道は一緒だった。
それが六年生になった五月の半ば、微妙に四人に変化が生じた。
あたしは。
気づかないふりをした。
帰ろう、って誘ってくれなくなったこと。
いつからだったろう、あたしたちの学年内でゲームが横行したのは。それは順番に廻る。
その主催者が里佳であることをあたしは知っていた。
里佳に守られているあたしは安泰のなかに淀んで、それを止められなかった。
いろんな意味でやっぱり怖かったから。
だから、あたしに順番が回ってきたときは罰が当たったんだと思った。
耐えられなくて学校に来なくなった子がいる。
止められなかったという、あたしの中の罪悪感が耐える力をくれた。
無視されようが、あたしは気づかないふりをして笑ってやり過ごした。そうしているうちにあたしの反応がおもしろくなかったのか、すぐにターゲットから外れた。
あたしと入れ替わりに順番が廻ったのは、主催者だったはずの里佳自身だった。
「……帰り、寄っていこうかな」
「叶多、行っちゃだめだよ」
さすがに一週間も続けて早退するとなると心配で、あたしがそうつぶやいたとたん、美紅は慌てて止めた。
「だって――」
「とにかく、だめなの! わかってるよね? 里佳が始めたことだから。ちょっとはつらくなったほうがいいんだよ。叶多もそう云ったよね」
重ねて麻衣は驚くような発言であたしを止めた。
あたしは美紅たちと別れたあと、どうしても気になって里佳の家を訪ねた。
ドアチャイムを鳴らしても、誰も出てくる気配はない。小学校の高学年になった頃から里佳の両親は共働きになって、昼間に誰もいないことは知っている。
「里佳!」
三回目を鳴らすのと同時に名前を呼んで、ドアに耳を付けた。家の中からかすかに物音がする。
ドアから耳を離したとたん、ためらうようにドアが開いた。
「何」
あたしを一瞥した里佳はぶっきらぼうに云った。
「遊びに来たんだよ」
「帰って」
休み時間に里佳と話そうとクラスを訪ねても、どこに行ったのかいつも不在で、あたしと里佳がまともに会話したのは互いに順番が廻るまえ以来久しぶりのことだ。
そっぽを向いた里佳は、ひたすら明るく云ったあたしに無表情の眼差しを向ける。
しばらく会っていなかった里佳は人が変わったように色をなくしていた。
「何? かわいそうだと思ってるの?」
「違うよ。あたしは……」
うまく説明できなかった。
「いい気味だって思ってるよね」
「そうじゃないよ。もうやめようって云いたくて。ずっとそう思ってた」
「ずっと? やっぱりね」
「里佳?」
里佳があたしを睨みつける。
「あんたがあたしのことをどう思ってるか知ってるんだよ」
「どう……って……? あたしは……」
「云ったよね?」
『自分でやらなくちゃって思っても里佳がなんでもしちゃって、あたしは何もできない』
それはあたしが美紅たちに漏らした言葉だった。
「……それは……」
「じゃあ、自分でやれば? そう思って順番回してあげたんだよ……」
里佳のくちびるが歪んだ。怒っているよりは泣いているように見えた。
「あんたみたいにのんびりしてると、シカトされても気づかないし、バカみたいに笑って。叶多みたいに鈍感なのがいちばん図々しくやってけるんだよね。あんたの希望どおりにいまはあたしのばん。主催は誰だと思う? 美紅と麻衣だよ。あの子たちもみんなも、あたしにウンザリしてたんじゃない?」
確かにあたしは云った。
『里佳もそういう立場になればいいんだよ』
でも意味が全然違う。
「あたしはウンザリなんかしてない! あたしは里佳が――」
「死んじゃいたいって思う気持ち、鈍感な叶多には一生わかんないよ……って云っても、あたしもそうさせてきたんだよね。友だちっておっかしーよね。いままでゲームやってきてさ、ホントに傍にいてほしいとき助けてほしいとき、誰一人そうしようとした子、いなかったじゃん?
……叶多、どんなに心の中で良い子ぶって参加してなくても、助けなかったってことはあんたも同罪だからね」
あたしをさえぎると、里佳は云い捨ててドアを閉めた。ほぼ同時に拒絶を示す鍵のかかる音がした。
あたしは反論できなかった。
次の日、美紅と麻衣にやめるように云うと、二人はばつの悪そうな顔を見せた。
二人がやってることなんて思いもしなかったあたしはやっぱり鈍感だ。
「もう無理。あたしたちが云っても……」
里佳のそれまでやってきたことに堪りかねていた同級生たちは主催者の手を離れ、ゲームは独り歩きを始めたんだった。
あたしはやっぱり何もできず、携帯電話にかけても電源は切られたまま話すことさえできないで、そして長引いたゲームは学校から里佳を消した。
「里佳、九月に転校するんだって」
だんだんと疎遠になっていった麻衣が七月の初め、後ろめたそうに報告しに来た。
後ろめたいのはあたしも同じ。
美紅のことも麻衣のことも責められない。あたしが里佳を裏切って傷つけたことには変わりない。
あたしの云ったことが、そして云えなかったことが、四人をバラバラにした。
同罪だからね。
その言葉が沁みた。