Sugarcoat-シュガーコート- #6
第2話 Confusion -2-
叶多はあったことを掻い摘んでユナに話していった。
ユナには維哲に打ち明けたあと、戒斗のことを話した。もちろん、有吏一族の内情は話していない。
あまり男の子に興味を示さない叶多に気づいて、高等部に進学すると、ユナはお見合い作戦のようなことをし始めた。相手の男の子にも悪いと思って、ユナの行為を止めるために仕方なかった。人によっては一笑を買うような話を、ユナは笑うこともなく馬鹿にすることもなく受け入れて、それ以来、叶多の不満の捌け口役をしてくれた。
「そうかぁ。ついにお迎えが来たんだぁ」
「……って云ってもホントのお迎えはもっとさきなんだって」
「あの戒だよねぇ」
話を聞いているのかいないのか、ユナは感慨深そうにつぶやいた。
「あたしはいますぐにでも戒斗のところに行きたいんだけどな」
「立場、あるしね」
「え?」
「え? だってゲーノー人じゃない。制約あるでしょ?」
『立場』という言葉に驚いたように反応した叶多に、ユナは正当な意見を返した。
「あ、そういう意味……」
「ほかにどういう意味があるの?」
「うーん……っと、ない」
「ヘンなの」
ユナは首をかしげた。
「ね、今度、会わせてよ」
少し冷静に戻ったユナはキラキラと期待に満ちた瞳を叶多に向けた。
「……戒斗がうんて云うかな――」
「おれも会ってみたいな」
へっ?!
いきなり頭上から割りこんできた声に間の抜けた声を出しつつ、叶多は振り仰いだ。
「だ、誰! そこにいるの?!」
出入り口の屋根の上から顔を出したのは、ユナの彼、時田永とその親友の渡来陽だった。彼ら二人は叶多と同じクラスでもある。
いつもは四人一緒にお弁当というところだけれど、今日は弁当じゃない永に付き合って二人は学食だった。それからいつもみたいに外へと遊びに出てるかと思っていたのに。
「聞いたぞ」
叶多を見下ろすなり、永がニヤニヤしながら云った。
「永、なんでそんなとこにいるのよ!」
ユナは大きな声で永を責めた。
「なんとなく」
「男のくせに盗み聞き?!」
「くせに……って、こんなところで話してるおまえらが露骨すぎるだけだろ。おれたちが先着。日光浴、兼、昼寝を邪魔したのがおまえら」
「けど、驚き。八掟にそういう奴がいるとはなぁ」
陽はマジマジと叶多を見下ろしている。
「しかもFATEの戒ってなんだよ。ファンの願望イコール思いこみじゃねぇよな」
「叶多と戒は親戚なんだよ」
「へぇ……戒が相手じゃあ、いくらモテ男でも興味ないはずだ。なぁ、陽?」
永は何かを仄めかして陽に同意を求めた。
陽は永を睨みつけ、覚えてろよ、とぼそっとつぶやいている。
叶多はそれには頓着せず、困ったように二人を見上げた。
「ねぇ、内緒にしてくれるよね?」
「会わせてくれるんなら」
陽は真面目な顔で条件を出した。
「え……? だって……」
「問答無用」
永が変わらずニヤついた顔で陽の加勢をすると、屋根から軽々と飛びおりる。
陽も続くと、
「じゃ、楽しみにしてる」
と云って、彼らは校舎内に消えた。
「……どうしよう……」
「大丈夫よ。叶多の頼みならきいてくれるんじゃない?」
ユナは安易に考えているけれど、叶多からすればこんな子供っぽい頼みを口にしたところで、戒斗が一笑して退けるだろうと考え至るほうが簡単だ。
叶多は思わぬ展開にそっとため息を吐いた。
まあ彼らが喋ったところで、そんなことあるわけないと否定すれば、案外周りはそうよね、で終わるかもしれない。本人の叶多でさえそう思わないでもないのだから。
少し眠ろうかと思った昼休みもユナの好奇心には勝てず、叶多はなんとか睡魔と闘ってその日の授業を持ち堪えた。
家に帰るとすぐに二階に上がって、頼とは階段を挟んで反対にある南側の自分の部屋に入った。鞄を机の上に置いて、制服のまま東の窓際に位置したベッドに寝転がる。
そうするとなぜか目が冴えてくる。
戒斗と話したい。
そう思って起きあがったのに、いざ携帯電話を手にすると叶多は少し迷った。
素直な気持ちとともに、五年という時間が長かったぶん、戒斗が応えてくれたことによって叶多の中に戸惑いが生まれていた。
電話するのに勇気がいるとは思わなかった。加えて、戒斗の生活パターンはまったく未知の世界だ。
しばらくためらった後、遠慮するのも自分らしくないような気がし、呆れられるのも慣れているから、と思い直して携帯電話のボタンを押した。
呼びだし音が途絶える。
「戒――?」
『只今、電話に出ることが……』
戒斗が出たかと思えば、おざなりのメッセージが応答して留守番サービスの案内が流れた。拍子抜けして、カチンコチンに固まっていた肩ががくんと落ちた。
アド、訊いとけばよかった。
昨日はそこまで気が回らないほど動転していた。
もちろん、いい意味でのことだ。
自分でもわけがわからないくらいに泣きじゃくって、そのうち戒斗が躰を離そうとしても従わなかった。
「やっぱ、早まったかな」
しばらくして叶多が落ち着いた頃、戒斗はくぐもった声で笑いながら耳もとにつぶやいた。
どういう意味なんだろう。
「叶多、迎えにきたといってもおまえ、まだ高校生だし、すぐにというわけにはいかない。おれはおれでFATEから手が抜ける状態じゃないから、当分は会える時間がそんなに取れない」
「……うん、わかった」
本当か? と疑うように叶多を覗きこみ、自分を見返す赤くなった瞳の中に戸惑いが宿ったことに気づくと、何を思ったのか、戒斗はふっと片方の口端を上げて笑った。
「じゃあな」
そう云って、戒斗はどこかに待たせていた黒塗りの車を呼んで帰っていった。
あっさりと、そのうえ、またな、という言葉もない。
好きの度合いは叶多のほうがずっと上だということは自分でもわかっている。
昨日とは別の痞えが顔を出した。
学校ではあんなに眠たかったはずが、その眠気もとれ、宿題をしたりと普通に時間が過ぎていく。
お風呂をすませて部屋に戻ると携帯電話を手に取った。誰の着信もなく、声に出るくらいのため息を吐いてベッドに寝転がった。
お返しの電話もかかってこない。
何やってるんだろう。仕事、忙しいのかな。本当にいつもと変わらない日みたい。
ベッドの足もとの壁に張った特大ポスターからは、無表情ともいえるような戒斗が叶多を見返している。それはそっくり叶多に対する戒斗の気持ちのような気さえした。
「いくら手が抜けないって云っても、電話する時間くらいあるよね」
そう文句を口にしながら、手もとにあった枕をポスターに向かって投げた。
当然のように戒斗の表情は変わらない。
「やっぱり本物がいいよ」
つぶやいて、携帯電話を持ったまま目を閉じた。