Sugarcoat-シュガーコート- #4

第1話 Find up -4-


 思っていた再会と全然違う。ドキドキしたり、落ちこんだり、怒ったり、なんだか疲れた。もう明日考えよう。
 叶多は(まばた)きを繰り返して涙が出るのを止めた。

「ねぇ、一人だよね?」
 顔を上げると、奥にいた男の子が目の前に立っていた。思わず頭を見てしまったけれど、髪の毛を燃やした男の子とは違うようだ。
「えっと……」
「おれらと遊ばない?」
「でも……」
「どうせ、おれらも今日会ったばっかだし、人数多いほうが楽しいしさ」

 一瞬、いいかも、と思った。
 彼らがいる場所に目をやると、携帯電話の灯りがそれぞれ揺れていて、何をやっているのか男の子の云うとおり、女の子も楽しそうにしている。
 いつまでも子供っぽく、いつか王子様が、なんて夢だけ追っているのも、高等部を卒業するのと同時に卒業するべきことなのかもしれない。
 だからといって。

「もう帰るから、ごめんなさい」

 このままでは終わらない。
 叶多はブランコから降り立った。
 もう一回、大好きだって云ってから終わる。
 大嫌いって云っちゃったけど会えるかな。

「そんなこと云わないでさ――」

見つけた(find up!)

 男の子をさえぎるように別の声が割りこんだ。

「何やってんだ?」
 男の子に視線を向けると、戒斗は威嚇(いかく)するように目を細めて問いかけた。
「……なんでもないです!」
 男の子は後退(あとずさ)りしながらそう云うと、くるりと方向転換をして去っていった。

 Tシャツとジーンズというラフな服に着替えた戒斗が、ゆっくりと叶多に向き直った。
 少し固められていた髪もサラサラに戻って、長めの前髪が雑に別れて少し目の端にかかっている。
 戒斗は驚きを隠せない瞳を見つめ、胸もとにかかった長いストレートの髪からミュールを履いた足もとまで下り、再び上ってきて叶多の瞳に止まった。

(すき)だらけ」
 戒斗がつぶやいた。
「……子供だって云いたいんだよね?」
 叶多は不機嫌に云い返した。
 戒斗の不意打ちの登場に驚くあまり、ついさっきの決心がすべて飛んだ気がした。
「成長したな、って云ってるつもりだけどな?」
 戒斗は片側のくちびるの端を上げておもしろがるように云った。
 叶多は不満を(あら)わにする。
「なぐさめなんかいらない。あんまり背、伸びてないし」
「ははっ。そうとるのか? やっぱ、訂正。成長してない」
 笑っている戒斗と対照的に、()ねた表情が消えた叶多の瞳からいきなり涙が落ちた。
「あたし……(だま)されたのに全然気づかないくらいバカだし……もういい……」

 云っている(そば)から叶多は戒斗の脇をすり抜けた。
「待て!」
 とっさに戒斗の手が伸びて叶多の腕をつかむ。
「戒斗の命令はきかないって云ったでしょ!」
 叶多は自分の手を戒斗の手から引き抜こうとしながら、涙目で(にら)みつけた。
「……誰から聞いた?」
 顔をしかめた戒斗から、叶多はプイッと視線を()らす。

八掟主宰(はちじょうしゅさい)が云うわけないし……主宰に限らず……接点があるのは……ということは維哲さんか?」
 戒斗は簡単に云い当てると、叶多の手を放して今度は顔を挟んで自分を向かせた。
「おまえ、維哲さんに喋ったのか?」
「やっぱり内緒にしなくちゃいけないようなことだったの?」
 ()()るように顔を上げた叶多の瞳が傷ついたように揺れた。

「そうじゃない」
 戒斗は否定すると、少し横を向いてくっと笑い、
「どうりで……」
と小さくつぶやいた。
 そして叶多に視線が戻った。

「おれはその場(しの)ぎで騙したつもりも嘘を()いたつもりもないからな。おれがいちばん嫌ってるのは卑怯呼ばわりされることだ」
 いままでと一転して真剣な眼差しが叶多を見返している。
「だからこその約束だったはずだ。おまえにはわからないだろうけど」
 半ば、自分に云い聞かせているような感じだ。
「あたしには……戒斗のことも……戒斗が何を考えてるのかもわかんない」
「わかったからって困るのはおれじゃない。おまえだ」

 戒斗の言葉は何重にも張り巡らされた謎かけのように深まる一方だ。
 訊いたところでまともな答えが返ってくるとも思えない。そのまえに理解もできないだろう。

 けれど、戒斗が真剣に宣言した言葉は素直に信じたいと叶多は思った。
 もう一度、決心を集めていく。

「どうやってここにいるってわかったの?」
「話、逸らすか?」
 可笑(おか)しそうに戒斗は笑い、叶多が逃げないと確信したのか手を放した。
「おれはそれだけの情報網を持ってる。GPSなくても携帯の電波で範囲限定して人力作戦か、もしくは空から」
 叶多は瞳を丸くして戒斗を見上げた。
「衛星、飛んでるのを知ってるだろ? 依頼すれば映像まで入手可能。外にいる限り、ピンスポットでキャッチできる」
「それ……って『卑怯』なことじゃないの?」
 叶多が顔をしかめて鋭く云うと、戒斗まで険しい表情になった。
「緊急事態に関してはノーコメント」
 叶多はクスクスと笑いだした。
「あたしは緊急事態?」
「おまえの行動は読めないから」
 戒斗は肩をすくめて云った。

 戒斗が否定しなかったことは、叶多の中に期待を生んだ。

「お兄ちゃんのこと、まえは『維哲』って呼び捨てだったのに『さん』になってるよ?」
「いろいろと事情がある。五年も会ってなかったわりによく気づくな」

「あたし、戒斗のことが大好きだから!」

 とうとつな告白にもかかわらず、戒斗は驚きを見せなかった。
 こうやっていつも余裕綽々(しゃくしゃく)
 でも。
 通りに目をやると屋根の上に電光板を載せた車が走ってくるのが見えた。

「ずっと大好き。でも、もう待つのはやめる!」

 云うなり、叶多はやっぱり逃げだした。
 不意をつかれた戒斗は出遅れて叶多を逃してしまう。

 道路脇まで出た叶多は通りかかったタクシーを止めた。
 開けられたドアから急いで乗りこみ、ドアを閉めて窓を下げる。
「ちゃんと家に帰るよ。バイバイ、戒斗」
 一足遅れて追いかけてきた戒斗に云うと、答える暇も与えず、タクシーは叶多の合図で発進した。



「来てくれ」
 タクシーを見送りながら、和久井に一言伝えると電話を切り、戒斗は声を漏らして独り笑った。

「やっぱ、犬の習性は読めないな」



 タクシーで駅まで行ったあと、叶多は電車に乗り換えて家に戻った。

 五年ぶりの告白はまだ叶多の中にドキドキを残している。幼かったぶん、五年前の告白は何も考えないままでらくだったと思う。

 家に着くと、帰りが遅くなったこともあって、音を立てないように玄関のドアを開けた。
 客が来ているのか、玄関を入ってすぐ右手のリビングからは少し(にぎ)やかな声が漏れてくる。
 叶多はこっそりと廊下を奥へ進み、突き当たりの右側にある階段に向かった。
 三段くらい上った頃にリビングのドアが開いた音がして、誰かがやって来る。

 あちゃ。
 足音を忍ばせて上へと急いだ。

「叶多、まさか二階から飛びおりて逃げるわけじゃないだろうな?」

 叶多の足がピタリと止まる。
 こっちのほうが、まさか、だ。
 ゆっくりと、というよりは恐る恐る振り向くと、階下で戒斗が両手を組んで叶多を見上げている。

「……ここで……何やってるの?」
「何やってると思う?」

 怒っているふうではなく、むしろその瞳は期待させるように(きら)めいている。
 叶多はその瞳に誘われるように階段を下りていく。再会してからはじめて叶多から近づいた気がする。
 下から三段目の戒斗を見下ろせる位置で止まり、叶多は目の前の瞳に見入った。
 戒斗は組んでいた腕を解く。

「気持ち、変わってないようだから約束どおり、迎えにきた」
「……か……いとぉ……!」

 叶多は震える声で叫ぶように名を呼ぶと、その勢いで戒斗に文字どおり飛びついた。
 戒斗は予測していたのか、揺らぐことなく叶多をしっかりと抱き留める。

 何事かとリビングから出てきた哲と千里、そして頼は目の前の光景に呆気(あっけ)にとられた。

 叶多は戒斗の肩に顔を(うず)めて泣きだす。

「待たせたな」

 戒斗は笑みを含んだ声でつぶやいた。

* The story will be continued in ‘Confusion’. *

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