Sugarcoat-シュガーコート- #3
第1話 Find up -3-
「叶多っ!」
いきなり身を翻していま来た道を引き返していく叶多を呼び止めつつ、戒斗が追いかけようとした瞬間、危険を知らせる車の警笛が鳴った。
赤信号であったことに気づいて戒斗は舌打ちした。
一歩踏みだして立ち止まった戒斗の前を、もう一度クラクションを鳴らしながら車が通り過ぎる。
「戒斗、まだか?!」
ここでも待ちくたびれた木村が、ちょっと先に止めたマイクロバスから降りて叫んだ。
「何やってんだ、あいつ」
戒斗はつぶやくと、ため息を吐いてマイクロバスに戻った。
叶多は振り向きもせずにひたすら走って、限界を超える頃、脇道に入りこんだ。立ち止まっても追いかけてくるような足音は聞こえない。
荒く息を吐きながら歩いていると、いろんな店が並んでいるなかに小さな公園があった。ライトアップされているけれど、九時を過ぎて当然のように人は少なく、奥の一角にあるベンチ付近に、叶多と同じ年くらいの男女が五人ほど屯しているだけだ。
叶多は公園に入りこむと、入り口の近くにあったブランコに乗った。
「はぁーっ。何やってんだろう……あたし……」
そうつぶやいて、叶多はがっくりと項垂れた。
会いにいったはずで……望みどおり、会えたのに……気づいてはくれたんだ。
戒斗があまり感情を表に出さないことは知っているけれど、あんなに達者になっているとは思っていなかった。
それとも、五年も会っていなかったのに何一つ驚かないほど、戒斗にとって叶多はただの知り合いというくらいの存在なんだろうか。
あたしは……自分が何やってるかわからないくらい混乱してるのに。せっかくのチャンスも蹴ってしまった。
バカだな、あたし。
戒斗が追いかけてくれるわけないし。追いかけてるのはいつもあたしだから。
そのうえ逃げちゃってる。どうして逃げちゃったんだろう。
どれくらい経ったのか、その間、疑問を自分にぶつけてみたが答えは出ない。
こっちは落ちこんでいるのに、公園の奥では楽しそうにはしゃぐ声が絶えない。
あんな楽しみも投げ打って、戒斗一筋で待っていたのに、待った結果がこれだ。
「バカみたい」
声に出すと、気分が一転して今度は腹が立ってくる。
十代の楽しい時間を無駄に過ごしている気がしてきた。
怒りが込みあげてきたその時、携帯電話の呼びだし音が鳴り、その音が当然のようにFATEの曲であることに苛立ってくる。
画面を見ると、タイミングよく、いや、運悪くもかかってきた電話は見知らぬ番号だ。
間違い電話? いいや、この際、思いっきり文句云っちゃおう。
通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。
「はい――」
「叶多か?」
返答をさえぎるように問われたその声と響きは、電話越しでも誰のものか判別できた。まさに怒りの原因からの電話だった。
「あたし、怒ってるの! どうしてあたしが知らなかったのに、ファンは、戒斗がFATEにいることをあたしよりさきに知ってるの?!」
そう、これ。もやもやの原因。
ずっと会いたかったのに会えなくて、どうしているかも知ることができなかったのに、その間、ファンは戒斗の時間に立ち会っている。その矛盾が叶多のなかで処理できない。
「……。おまえの思考回路はどうなってんだ? 訳わかんないこと云ってないで早く家に帰れ」
戒斗は呆れた様子で叶多に命令した。
ますます腹が立ってくる。
「やだ。あたしはお父さんと違うし、戒斗の命令なんてきかなくても平気」
「……何を聞いた?」
「何、って何?!」
戒斗が訝しく訊ねると、叶多はそれを逆手にとって絡んだ。
「叶多……もう遅い。とにかく帰れ」
「やだ。同級生の子はまだ遊んでるよ。あたしは戒斗が思ってるほど小さくないし、だから帰りたいときに帰――」
うわぁ――っ!
何やってんだよっ!
キャハハハッ!
いきなり叫び声が聞こえ、云いかけたまま目をやると、一人の男の子が慌てた様子で自分の頭を叩いている。
火の粉がちらりと見えたところをみると、煙草に火をつけようとしたか何かで髪に燃え移ったらしい。
「誰かと一緒なのか?」
奇声は電話の向こうにも聞こえたようだ。
「ううん、知らない人たち」
「……いま、どこにいる?」
「わかんない」
「わからないって……どうやって帰るんだ?」
完全に呆れた声が返ってきた。
「駅までの道はわかるよ。こっち、はじめて来たからどこって訊かれても答えられないだけ」
大きなため息が届いた。
「迎えにいく。目印を教えろ」
「やだ。戒斗の『迎えにいく』は当てになんないし」
叶多が嫌味を云うと思いがけない反応が返ってきた。
戒斗は電話の向こうで声を出して笑いだす。
「戒斗なんて大っ嫌いっ!」
怒りが頂点に達し、そう云って耳から携帯電話を離すとボタンを押して切った。
頭にくる!
心の中で思いっきり叫ぶと同時に泣きそうになった。
「上等だ」
切られた電話に向かって戒斗はつぶやいた。
「和久井、場所はどうだ?」
助手席に乗った和久井の電話が終わるのを待って、戒斗は車の後部座席から訊ねた。
「捕れましたよ。こういうときは便利ですね、携帯も。逆に拘束されている感もありますが」
和久井一寿は戒斗より二才年上で二十六才になるが、有吏一族にありがちで実に落ち着いている。戒斗が有吏を出てからも、和久井はいま運転中の瀬尾啓司とともに何かと忠実に動く。
これも父、有吏隼斗の命なのか。
「もうすぐ着きますよ。それで、我々はどうしましょうか」
瀬尾がルームミラーで戒斗をちらりと見ると、からかうように訊ねる。
戒斗は挑発に乗らず肩をすくめた。
「呼ぶまで消えてくれ」
瀬尾は小さなショップが立ち並ぶ通りに入った。いまの時間帯、ほとんど閉店中で閑散としている。ほどなく車が止まり、その反対側には公園があった。