魂で愛する-MARIA-

第12話 裸足のアイ

# 93

 吉村は容赦なく、あるいはあきらめることなく、攻め続けた。
 車に乗ってどれくらいたったのか、あたしは逝くことを拒み、思考はぼやけている。ねっとりと秘部から蜜を垂らし、もしかしたら吉村のスーツパンツを濡らしているかもしれない。いまにも意識が飛びそうななか、そんなことを考える。
 ただ、意識が飛ぶというのは即ち、快楽の果てに逝ってしまうことだ。どこでもいいから早く目的地に到着してほしい。そうしたら、攻められることから一瞬でも逃れられる。
 けれど、気づいたときは車のなかではなく、どこかの部屋に吉村とふたりきりでいた。

 ベッドの上に寝かされ、裸になっている吉村があたしの脚を持ちあげて、内腿を舌で舐めている。徐々に這いあがってきていて、肌の感覚を追えば、吉村は気を失っている間、全身をそうしていたのかもしれないと思った。
 舌は躰の中心へと近づいてくる。逃れようとしても、車のなかでそうする力を使い果たしてしまったかのように気だるい。躰をうねらせることしかできない。
 そうして、両脚が広げられ、お尻をわずかに持ちあげられた。突起が熱い口のなかに含まれると、それだけでびくっと驚くほど腰が跳ねてしまう。
 やっぱり車のなかであたしは逝って気絶している。

「吉村さんっぁあっ」
 呼びかけると、吉村は音を立てて吸いついた。すべてが吸い尽くされそうな感覚はあたしの躰をひどくふるわせた。
 腰をよじって逃げようと試みても脚は手で押さえつけられていて、身動きすることがかなわない。
 吉村は躰の中心を思うままに嬲り続ける。逝かない、と我慢すればするほど、蜜液はだらだらとあとからあとからこぼれている。思考力が快感に覆われて蒸発しそうだった。
「ぃ、や」
 そのかすかなつぶやきが吉村を煽ったのかもしれない。突起が吸着されながら休む間もなく舌先に揺さぶられる。快楽からおりることはかなわないまま、逆に追い立てられた。
「あ……やあぁ――っ」

 一度快楽が開いてしまうと、あたしの躰はもうどうしようもない。それは、一寿でなくても吉村でなくても、いまもだれに対してもそうなのかもしれない。
 誇れるものが何もなくて、あたしは、手放さないと云ってくれた一寿と一緒にいていいんだと思ってきたけれど、土台ふさわしくはないのだ。
 ごめんなさい。
 だれにともなくつぶやいて謝った。
 逝った余韻で腰がぴくぴくと跳ねて、そんなあたしをさらに煽っていた吉村は嗚咽に気づいたのか、やっとそこから顔をあげた。
 真上に伸しかかってきた吉村は、肩の傍に左手をつくと、右手であたしの左の頬をくるんだ。

「おれが、この三年、どんな思いでいたと、おまえは思う?」
 吉村は一つ一つ区切り、振りしぼるように問うた。
「わからない。でも……わかってる」
「報復することを支えにしてきた」
「……叶った?」
「ああ」
「そして?」
「おまえを手に入れる」
「でも、あたしは……」
「カズのもの、か。いまはそうでも、これからおれといれば、おれのものになる。そうやってカズがおれからおまえを奪ったように」
 低い声は痛みの現れなのか。確かにそうなる可能性は否めない。
「あたしは吉村さんと会っちゃいけなかった。でも、いまは一寿と会っちゃいけない理由がないの」

 ふさわしくはなくても、いまの気持ちを消し去ることは簡単ではない。一寿があたしを受け入れてくれているからだ。いま、吉村と会って、あたしは一寿が本当に好きなんだと教えられた。
 吉村と会えてうれしい。やっと会えた。そんな気持ちはある。けれど、病院で会えたとき、あのときの離れがたかった哀しさがいまは感じられなかった。
 一寿はきっとここに来る。いまあるのはそんなふうに信じる気持ちだった。

「なぜだ」
「一寿を裏切りたくない」
 じっと見下ろす眼差しは荒(すさ)んだ心底を映すように陰うつとして見えた。
「裏切らないでいられるのか」
 そう吐いた吉村は躰を起こしたかと思うと、男根を秘口にあてがった。
 避けられないとわかっていた。むしろ、そうしたらいろんなことがはっきり見えてくるのかもしれないとも思う。あたしはずっと吉村に抱かれたいと思っていたから。
 けれど、男根が押しつけられたとたん、あたしは本能的に逃げるように頭上にずりあがる。そうした腰がつかまれ、固定され、否応なく吉村は入ってきた。
「あっ、だめっ」
「逃げるな。おれはおまえのすべてだ。おまえがそう求めた」

 自分の言葉に煽られたように吉村は一気に抉(えぐ)った。
 あ、ぁああっ。
 奥に到達するとそこから下腹部全体が打ちふるえた。
 体内はひどく濡れていて痛みはないけれど、あたしの躰を慣らすことなく吉村はまるで犯すように一方的だった。それほど吉村は激情に駆られている。

「おまえが望んでいたことだ。どうだ」
 吉村は唸るような声で問う。
 目を開くと、真上に苦悩する吉村がいた。あたしは無意識に両手を上げ吉村の頬をくるむ。
「望んでいた。それは、吉村さんも」
 吉村は顔を歪め、堪えきれなかった、そんな呻き声を発した。
「毬亜」
 無自覚に飛びだしたような様で吉村があたしを呼ぶ。うなずくかわりにちょっと目を伏せた。
「吉村さん」
 そう呼びかけた声に何を聞きとったのか、吉村はあたしがそうしているように頬に手を添える。
「おまえが可愛い」
 今度は意思を持ってつぶやかれた。

 吉村は躰を起こし、あたしの脚を腕に取った。まえのめりになりながら肩の下に腕を入れ、背中から肩をつかんでくる。吉村の躰に覆われて、まったく抜けだせない。男根は最奥に届いて、その感覚に喘ぎながらあたしは腰をぷるぷると揺らした。
 そうして、吉村は浅い動きで律動を始めた。わずかに腰を引き、ぐっと腰を押しつけて穿つ。そのたびに漏らしそうな感覚を伴って、あたしの全身が痙攣を繰り返す。
 あ、ああ、あっう……ああっ。
 躰が逃れられないかわりに首がのけ反ってしまう。けれど、快楽からは逃れられなかった。
 ぐちゅぐちゅとした粘着音がひどくなっていく。果てるのを耐えているぶん、そのときが訪れたときの感覚は怖い気がする。
 時間の感覚が曖昧になっていった。
 吉村の荒い息遣いが、反った首筋に近づいたかと思うと、そのくちびるが脈に触れる。吉村は呻き声を漏らしながら舌でそこを舐め、もたらされる刺激があたしに限界を超えさせる。

「吉、村さ……だめっ」
「行くぞ」
 吉村は大きく腰を引いてから貫く。そうして何度めか、再び奥で揺さぶるように浅く小刻みに突かれた。痺れたような感覚のあと。
 あ、ああああ――っ。
 果てに昇りつめ、どくんとしたひと際大きな収縮に襲われ、密着した躰の中心で淫蜜が弾ける。弛緩していくと同時に、躰の奥が熱くたぎっていく感覚に襲われた。くぐもった咆哮は、おれのものだ、と主張しているようだった。吉村の男根が痙攣して、あたしの快楽を持続させる。
 荒い息が、同じように乱れたあたしの呼吸と混じり合うと、くちびるが触れた。
 そのとき。

「もう気がすみましたか」
 冷静、且つ冷淡な声が熱のこもった部屋の空気を一気に冷やした。

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