魂で愛する-MARIA-

第12話 裸足のアイ

# 84

 多香子を連れてリビングに戻ると、叶多と戒斗がほぼ同時にすっと立ちあがって迎えに出た。
「こんにちは。八掟叶多です」
 叶多は手を差しだし、ゆっくりした動作の多香子に合わせて握手を交わした。
「こ……にち……は。ア、オ、イ……の、は……はです」
「ママは多香子っていうんだよ」
 あたしが補足すると、叶多はうなずいて少し身をかがめた。
「ま……アオイさんに仲良くしてもらってます。お邪魔させてもらいました」
「ありが……と……ア、オ、イの……友……だち……はじめて……」
 うれしそうに笑みを見せた多香子と同じくらい、あたしは友だちという言葉が新鮮でうれしかった。家に友だちを招き入れたことなんて遥か記憶は遠い。
 戒斗もまた叶多と入れ替わって挨拶をする。

 あたしが戒斗と会うのは今日で三回めだ。カリスマ性という単純なものではない何かを戒斗は持っている。伶介は、いくらあたしと一寿のせいだとは云え、はじめて会ったにもかかわらず、信頼を置いた。“何か”というのはその信頼させる力かもしれないし、一寿が持つ、何があっても護るという気持ちにさせる力かもしれない。
 この人についていこう――そう思わせる力は、吉村と同じだと一寿はいつか云った。確かに、アツシは吉村の力を怖れてというよりは、従いたいから従うという感じだった。女の人を惹きつける力もそんな雰囲気があるからかもしれない。
 戒斗の父親、隼斗もまた似た気配を持つ。詩乃によれば人を少しおどおどさせてしまうという。そんな隼斗の迫力にあたしが圧倒されなかったのは、身に纏うバイオフォトンが吉村と似ていたからという気もする。

 去年の八月にあった抗争かという事件から、丹破一家にはなんの動きも見られない。もっともあたしが一寿から知らされていないという可能性もある。
 ただ、ついさっき、一寿が『本家から忠心を授かっている』と云ったように吉村にも当てになる人がいて――少なくともアツシがいるのだから、きっと心強いはず。
 多香子への挨拶のあと、一寿と戒斗がアイコンタクトを取るのを見ながら、あたしはそんなことを願った。

「叶多さん、こっちで話さない? ママもこっちがいいよね?」
 窓際のラグを敷いたスペースに叶多を案内した。ラグの上に叶多と座り、多香子はそのまま車椅子で落ち着いた。
 窓越しに見える庭はすっかり春色だ。ガーデニングのメインは、十二個の花のプランターボックスを使い、丸く並べた花時計だ。

「叶多さんて、行動力あるよね。一寿からウチに来るんだって聞いたときはびっくりした」
「あ、今日のこと、 和久井さんから怒られなかった?」
 叶多に会っていることがばれ、怒らせたことは結果的に一寿とずっとずっと近づけた。そう考えると、叶多はよくないことも幸運に転じてくれる存在なのかもしれない。
 心配そうにした叶多に笑って見せた。
「大丈夫……というより、 一寿は叶多さんが千重家に来ることは予測してたから」
「……え?」
「叶多さんがどういう人か、一寿は知ってるってこと。あたしも、こんなふうに会いにきちゃうんだろうなって思ってた。本当にそうなって驚いてるのは驚いてるんだけど。叶多さんと友だちになれたからわかったんだよ」
「そう?」
「そう。それにしても、あそこで戒斗さんが暴露するとは思わなかった」
「あ、それはあたしも驚いてる」
「正々堂々と、って感じ。有吏一族っていいよね」
 褒めたにもかかわらず、叶多は困ったような面持ちになった。

「ま……アオイさんは身代わりでいいの? だって千重家は本当の……」
 叶多が云い淀む。気にしないで、と云うかわりに笑った。
「あたしにとってはね、千重家は本当の家なんだよ。史伸にはちょっと認められていないっていうか、そんなところあるけど、ママもパパもおじいちゃんも本気で娘って思っててくれるから。それは確か」
「史伸さん、認めてないことないと思うけど」
「ホントに? だとしたら、なおさらだよ。あたしはいまがいちばん幸せなのかもしれない。千重家の人は嘘を吐かない。あたしはホントに家族だって思えるの。ね、ママ」
「ア、オ、イ……わ……たし……の……むす……め」
 多香子は微笑みながら応じた。

「ありがと、ママ。それに……一寿の役に立てるんだったらうれしい。一寿も絶対に嘘を吐かないし、あたしが信じているかぎり、あたしを見捨てないから。それくらい一寿はあたしを信じてくれているんだと思うの。それって、うれしくない?」
 本心で云ったはずが、叶多は思ったほどまでには笑顔にならなかった。あたしの本心に違いなくても、そこに不安を呼ぶ可能性が入りこんで、それが声に潜んでいたせいかもしれない。

 女三人で話しながら、あたしは男同士の話をちらほらと聞いていた。
 戒斗はまるで初対面とは思えないほど千重家の面々と打ち解けていた。打てば響く反応と、その雄弁さのせいだ。プライヴェートな時間はお喋りをするより静観しているといった雰囲気だが、いまの戒斗は惜しげもなく笑顔を見せ、ちゃんと社交性を持っている。

「和久井の家がなぜやくざかというのがわからんな」
「一族は方々から情報を収集します。たまたまその方面に侵入してそのまま居着いたというところですね」
 一寿は至って穏やかに答えるが、そこまでで、戒斗ほど砕けることはない。

 主も孤独というが、従う側もそれぞれに役目を担い、孤独だ。その孤独から守っている叶多のように、あたしは一寿にとってそうなれたら、と思っているけれど。

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