魂で愛する-MARIA-

第11話 哀執aisyu

# 77

「ラブドナーみたいなところ、行ったことある?」
「ない」
 暇がない――と、続けた言葉はふたり同時に発していた。あたしはくすくす笑い、一寿はかすかに首をひねった。
「でも一寿は抱くのが上手だって思う。大学生だったときも。……カノジョがいた?」
「だから暇がない。一族は政略結婚をしてきたと云っただろ。もしできたとしても将来、その関係を継続できるという保証はない。期待させるだけ面倒だし、もともとおれは思うように動けない。縛られる恋愛は邪魔だ」

 ためらいがちに、なお且つ勇気を出して好きな人がいたのか訊ねてみたのだけれど、邪魔だとあっさりすぎるほど一寿は恋愛感情を切り捨てた。
 だとしたら、一寿があたしに恋することはなくても、あたしが千重アオイでいるかぎりずっと忠実でいるんだろう。それが物足りないと思ったら、あたしは贅沢すぎるのだ。

「啓司に付き合わされて、デートクラブを利用したことがある。ラブドナーとは逆で、ホストみたいなものだ。客を接待して、ベッドに連れこんでもらう。そこで学んだ」
 あたしの沈黙をどう受けとったのか、一寿はそう次いだ。
「学ぶ、っておかしくない? ……あ……でもあたしも学んだって感じかも」
 気兼ねしながらおずおずと付け加えると。
「ああ、同じだ」
 一寿はたったひと言で、あたしがラブドールだったことをなんでもないことにした。それとも、あたしが都合よく解釈しているにすぎないのか。
 あたしがうなずくと一寿もうなずくようなしぐさを見せる。

「はじめて会った日、お節介って云ってたよね? それって啓司さんのこと?」
「ああ。啓司は十七のとき、そのデートクラブを始めた」
「……始めた? 経営者ってこと? 十七で?」
 唖然として訊ねると一寿はくちびるを歪めた。
「人のことはいい。このまま話して終わるつもりか」
 確かにこの構図でお喋りはちぐはぐで滑稽だ。けれど、あたしにとっては気を紛らすのにはちょうどよかった。
「おなか、痛いかも」
 そう云うと、一寿は少しふくれたあたしの腹部をちらりと見やった。
「我慢しろ」
 トイレに行っていいという期待した言葉は聞けなかった。
 この二年間、一寿がお尻を要求することは一度もなかったのに、なぜいまそうするのか少しもわからない。

「背中からのほうがいいと思う。それとも最初に逝く?」
「なら、背中からだ。我慢できなくなるまでやれ」
 一寿は組んだ腕をほどき、肘をついて躰をひっくり返すとうつぶせになった。
 ボディソープを手に出して、一寿の背中に広げる。一寿の裸の背中を見るのははじめてだ。盛りあがったり窪んだり、起伏があって、程よく硬さとなめらかさが融合している。

 手順を思いだしながら床に手をつくと、一寿の片方の脚を跨ぎ、少し斜めになって広い背中に上体を被せた。一寿の頭の上に這いあがり、太い首もとに胸を寄せ、左右に揺らしながら絡ませる。肩にスライドして、肩甲骨へと滑る。そのまま腰におりると、胸を押しつぶすように擦りつけながら、肩と腰の間を行ったり来たりした。
 んふっ。
 あたしの口から熱のこもった吐息が漏れる。疲れたわけではなく、一寿の反応はこれといって見られないのに、奉仕しているあたしのほうが熱を帯びてきていた。

 ラブドナーにいた半年間、一日に一回といわずやっていた行為なのに、こんなふうに自分が感じたことはなかった。それはおなかの痛みが相まっているせいなのか。おなかの痛みは厳密にいえば、あたしにとっては痛みではないのかもしれない。切羽詰まってくるほど我慢が利く。
 一寿の背中に摩擦熱が生じて胸との温度差がなくなると、腰からさらに進んで、小高く引き締まったお尻に移った。円を描くように撫でながら、双丘の間に乳首を添わせる。一寿がお尻をきゅっとすぼめた気がするけれど――
 あふっ。
 やっぱりあたしのほうが反応している。おなかの奥が疼き始めた。それとともに放出したい感覚も募っていく。

 太腿から足首まで、左右の脚を胸で挟みながら往復を繰り返し、そして一寿の太腿を跨がると、膝下を曲げさせて足を持ちあげた。足の裏をそれぞれ胸で擦る。指の裏を通るときは、わずかなでこぼこなのにやっぱり乳首を刺激されてあたしは腰をうねらせる。そうしながら我慢も限界に達した。

「一寿っ、もうだめ。トイレに……」
「ここで大丈夫だ。風邪ひくつもりか」
「でも……っ」
 起きあがった一寿は排水口のふたを開ける。信じられない気持ちでその様子を眺めた。
「どうせあまり出ないだろ」
 お尻を使うのにおなかのなかをいつもきれいにしていたから、常にすっきりしていないと不快でたまらない。一種の後遺症だ。だから、一寿が察しているとおり、あまり汚くはないと思う。それでも見せるのは抵抗がある。
「風邪なんてひかない」
「おれに見せられないってなんだ」
 ばかばかしいような云い分だったけれど、いまは笑うに笑えない。
「一寿にじゃなくってだれにだってそう!」

 訴えても一寿は無視してシャワーヘッドをホースに取りつけている。それからあひる座りをした脚の間に手をついた恰好で、排水口に向けて少しお尻を浮かされた。
 一寿が目のまえに来てくちびるを近づけてきた。キスをするかと思うと、やっぱり触れ合う寸前で止まった。冷や汗さえ出るような苦痛のなかで、あたしの目もやっぱり一寿のくちびるに向かう。
 目を伏せた瞬間、くちびるがふさがれた。
 けれど歯を喰い縛っていなければお尻も開いてしまう。
 くちびるを舐められて、そして、歯を咬みしめているぶん、くちびるが割り裂かれるのは簡単だった。裏側を舌で摩撫され、次には頬の奥に潜ってくる。心地がよくてお尻が緩みそうになる。逃れようと首を振ればキスを押しつけられ、首がのけ反る。かえって逃げ場がなくなり、力さえ込められなくなった。
 そのうえ、ふいに乳首が弾かれる。
 んんっ。
 そうして、シャワーが躰の中心に当てられた。
 うぅんっ。

 腰がびくびくと小刻みに跳ねる。もう無理だ。あきらめながらもお尻をすぼめる努力をした。が、意地悪をするように一寿の指が敏感にふくらんだ突起を捏ねる。
 全身が総毛立つ。そうして見計らったように一寿がキスをやめた瞬間、その瞳にじっと見つめられながら悲鳴をあげ、解放感なのか快楽なのか、もしくは苦痛なのか、あたしは訳がわからない感覚に占領された。

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