魂で愛する-MARIA-

第11話 哀執aisyu

# 71

 タツオが差し入れしたチラシ寿司、そして叶多を先頭に崇の家で作った料理がそろい、ケーキとチキンがくればクリスマス会も始められるだろう。
 初対面の人はいないから、あたしは単純に気がらく、そしてにぎやかで、来てからすぐなじめてしまうここは居心地がいい。準備中から楽しめている。穿てば、メンバーが個性的なうえ、関係が微妙、なお且つ奇妙だった。
 工房内はその微妙奇妙な則友と貴仁、そして孔明の三人によって、だんだんとクリスマス仕様に飾りつけられていく。

 崇の弟子、芳沢則友(よしざわのりとも)は、なんとなく察していたとおり、両親が亡くなっていて天涯孤独だという。境遇が似ていると頭の良し悪しに係わらず勘が利くようだ。当然、あたしは蒼井毬亜としての自分を語らないけれど、則友は見切っているかもしれない。一見、人当たりが若干よすぎる好青年だけれど、そんな普通感が、ここだからこそなのかかえって正体不明に映る。

 クリスマス会の云いだしっぺの領我貴仁(りょうがたかひと)は蘇我一族だ。
 八月、はじめてここを訪れたときにそう紹介されたときは驚きを隠すのに精いっぱいだった。
 貴仁だけではなく、その従兄であり、蘇我頭首の次男である蘇我孔明(そがこうめい)までもがいると知ったとき、あたしは驚愕を飛び越えて笑いだしそうになった。

 蘇我頭首の異母兄はすでに結婚していて、まかり間違えば孔明はあたしの結婚相手だ。物云いが尊大すぎて、ともすれば嫌われがちだと思うが。
『おまえの気持ちはわかる』
 千重旺介の名が重すぎるという、あたしが別名を使っていることの建て前の理由を聞くと、同い年ということもあってか孔明は気難しい顔つきで素直に同調していた。
『おれは父親が嫌いなんだ』
『あたしはべつにおじいちゃんが嫌いなわけじゃないよ。むしろ、好きだけど』
 どうも蘇我本家は頭首の前妻と後妻を境にして折り合いが悪いらしく、孔明は渋面で父親を拒絶したが、あたしがそう返すと、孔明はハッとしたように顎を引いて、しばし考えたのち。
『ああ、そうだな。悪かった』
 と、反省した口ぶりで謝った。
 孔明には叶多と同い年の妹、美鈴がいるが、兄妹仲はいいどころか、兄が妹をよく気にかけている。そういうときも謝罪したときも、孔明は気のよさそうな感じだ。

 蘇我家の情報を探してみれば、そのトップの蘇我唐琢は、権力を誇示しているのが見え見えで、芸術性のないごつごつした岩みたいな雰囲気ででいけ好かない。孔明はその血が本当に流れているのかと疑問に思うほど、父親に似ても似つかない。
 孔明と貴仁、従兄弟同士の関係は、どちらかというと、貴仁のほうが一つ年上の孔明を先導していて、いい意味でも悪い意味でもしたたかだという印象を受けている。

 千重家の被害を思えば、あたしもまた蘇我に対しては偏見を抱いていた。一族として見れば蘇我は到底受け入れがたい。けれど、個人として見たとき、毛嫌いする材料がない。まず、個人として見られる、という時点であたしはふたりを嫌ってはいないんだろう。

 いま工房内にいる男性はあと二人、有吏隼斗(ゆうりはやと)と崇だ。ふたりは窓の出っ張り部分に腰を引っかけ、何やら語りこんでいる。
 崇はいかにも職人といった気難しい雰囲気だが、けっして堅物ではなく、むしろ物分かりがいい。さながら、園児たちを見守る園長先生といった感じで、あたしを含めて微笑ましくいつもみんなを見渡している。

 そして、有吏隼斗は現有吏一族の首領だった。最初に会ったときに思ったのは若いということだった。蘇我の頭領に比べれば、同年代というのに隼斗のほうがずいぶんと若々しく見える。
 かといって頼りなく見えるわけではなく、なんだろう、一寿から感じるものを同じように感じた。孤独と、刃物の上に立っていようが怖れを無にしてただ一点を臨む、それを孤高と呼ぶならそうだろう。
 あたしがその姿を儚いと思うのは、やっぱり一寿とあたしが似ているからだろうか。その実、似ているのは忠実でいたがる気持ちだけで、受け身に慣れたあたしと、行動ができる一寿とは明らかに違う。
 朝から年末の大掃除をやったらしいが、隼斗も参加していたという。初対面で声をかけられたときも感じたが、ちょっとお金持ちだけれど、感覚は普通の人だった。一族という言葉の仰々しさはいい意味で裏切られた。

「なんだ、そのうっとうしい顔は」
 工房内に用意した長テーブルに料理や食器を配置していると、孔明のぞんざいな声が響いた。見れば、叶多が頬をつねられている。
「いはいんでふけど!」
 叶多はたぶん、痛いんですけど、と訴えている。
 あたしは美鈴と顔を見合わせて笑った。なんとなく、でもなく孔明が叶多のことを好きなのはあからさまだ。

「気分よくすごそうと思ってきた。だから、叶(かな)は笑え」
「ほうめぇさん、だはら、放してふれないと――」
「何やってんだ」
 ガラガラと戸の開く音がした直後、そう云い放った有吏戒斗が入り口でそびえ立つ。声は冷静なのに、不快そうなバイオフォトンが漂っている。
「何やってるって、叶を励ましてた」
「励ます?」
「ああ。何か落ちこんでそうだったからな」

 クリスマス会という楽しい行事のなか、叶多は何を落ちこんでいたのか。いや、彼女は彼女なりにいろんなことを考えている。時折、百面相をしているくらい、落ちこんだり張りきったり忙しくしているから不思議ではない。
 一方で孔明の言葉を受けた戒斗は不機嫌そうで、孔明がつねっていた叶多の頬を撫でている。過保護なしぐさだ。
 うらやましくなる。あたしと一寿の関係とは段違いだ。もっとも、史伸に云ったように、あたしたちと彼らの関係とはまったく相容れない。

「八掟、ケーキどうすんだ? こっちで切るのか」
 戒斗から遅れること二分、渡来陽(わたらいよう)が箱を二つ抱えて入ってきた。
「テーブルの上に置いてくれればあとはあたしがやるから」
 戒斗が持ってきたチキンは美鈴と戒斗の母親、詩乃がお皿に盛り、ケーキはあたしと叶多が引き受けた。

「叶多さんて」
 あたしがデコレーションケーキを切る横で、叶多は丸太型のケーキを切り分けている。
「あたしが何?」
「戒斗さんに愛されてるよね」
「そ、そうかな」
「わかってないの?」
 叶多は露骨に顔を赤らめる。
「や……わかってないことない……と思う」
「ややこしいね」
「わたしも叶多さんがうらやましいかも。戒斗さんて何があってもドンと守ってくれそうですよね。それにカッコよくって」

 話に加わってきた美鈴の発言は、控えめだけれど率直な性格が見える。美鈴もまた父親の血は薄いらしく容姿は清楚で、金持ちにありがちな高慢さも皆無だ。
 あたしと美鈴の置かれた立場は同じだ。約定の花嫁。有吏一族のだれと結婚することになるのかは知らないけれど、隼斗が長でいるかぎり、悪いことにはならない気がした。ただし、それでも無理やりの結婚をするなぐさめにはならない。あたしは孔明と――と想像しても結婚している姿などぴんとこないし、もし美鈴に好きな人がいるのなら、悲劇以外のなんでもない。

NEXTBACKDOOR