魂で愛する-MARIA-

第9話 イロの条件

# 61

 一寿は、利用するだけ利用したすえ、都合よく見捨てる人じゃない。わかっていたことだけれど、一寿の言葉を聞いてほっとする以上にいまあたしが感じている、抱きつきたくなるこの気持ちはなんだろう。

 まっすぐに見上げるなか、一寿の手が耳の後ろをすくうようにつかみ、断固としてまっすぐ見据える眼差しが近づいてくる。
 一寿とのはじめてのキスは意外にもはっきりと憶えていた。何かを待つように、くちびるが触れる手前で止まる。目を伏せると、一寿のくちびるは逆に開いていく。あのときと同じだった。美しい吸血鬼が牙を剥きだしにして獲物を魅入らせるのは、こんな感じだろうと思う。

 ふわりと触れたくちびるは少し浮いて、また押し当てられる。舌がつつくようにくちびるに触れたかと思うと割り裂いて、歯をかすめながらくちびるの裏をくすぐる。口を開いても一寿はそれ以上に入ってくることなく、じれったさが募る。
 んっ。
 不満を呻き声で訴える。すると、一寿の舌がするりと歯の間をくぐってくる。あたしはすかさず舌を絡め、食(は)んだ。呻いたのは抗議なのか、一寿は荒っぽく舌をうごめかせる。うまく息をつけないことが相まって、絡んだ舌を伝ってくる一寿の蜜が媚薬のように脳内を蕩けさせる。

 頭を支える手が離れ、キャミソールが裾から引きあげられた。頭から抜けていくのと同時にキスが中断される。
 一寿はあたしの肩をつかんで後ろに倒していく。そうしながら一寿の視線は、あたしの目からのどもと、そして胸へと流れていく。
 ベッドに横たわると、肩にあった手が肌の上を這うようにして胸もとにきた。ふくらみを手のひらが覆ったけれど、とどまることなく素通りしていく。たったそれだけの間に、躰はうねり、胸先は摩擦を受けてつんと尖った。
 ラブドナーでの奉仕行為を含むなら、十七歳のときから生理休暇という一週間を越えてセックスが空いたことはない。だからなのか、躰に触れられるのは四カ月ぶりで、くちびるも肩も胸も、一寿の触れた痕がざわざわと敏感に疼く。

 おへそにおりた手はショートパンツの縁にかかり、指を引っかけてショーツごと取り去った。膝の裏が持ちあがると外側に広げられた。
「一寿」
 最初から散々男たちにいたぶられ、ショックのほうが強く羞恥心など通り越していたはずが、なぜかいまはただ恥ずかしい。
「何も隠すことないだろ。感じても感じなくてもいい。そのまんまでいろ。一方的にやるつもりはない」
 ためらいがちにあたしがうなずくと一寿は躰を起こして、Tシャツを無造作に脱いだ。ハーフパンツ、そしてボクサーパンツが脱ぎ捨てられると、かわらず――いや、以前でも充分だと思っていた躰はさらに厚みが増して成熟して見えた。
「一寿の躰、きれい」
 あたしが触れてしまえば穢しそうで、そうして罰を受けそうで怖い気もした。
「きれい? 云われたことないな」
 あたしの脚を腕ですくいあげ、ベッドに上がりながら一寿は薄く笑う。広いベッドといえども頭のすぐ上は壁という、眠る方向とは違っていて、一寿もぎりぎりのところでベッドにのっている。
「そう? 一寿は女の人に不自由してなさそうだし……あたしは……物足りないかも」
 あたしはきれいじゃないから、と云いそうになって思いとどまった。わざわざ自分の愚かな痴態を蒸し返すなんて必要ない。一寿に軽蔑してほしくなかった。
「物足りない? なら、なんでおれは反応してる?」
 そう云って、一寿はオスの先端を秘部に押しつけた。

 あっ。
 ちょっと触れ合っただけで腰がぴくぴくと反応する。一寿の云うとおり、硬く質量を持ち、男の生理反応は確かに機能している。
 一寿は、膝を抱えたまま躰をかがめてきた。男根が花片を捲(めく)るようにしてあたしの秘部に添う。その恰好のままくちびるに口づけ、そして、一寿の攻撃は胸先へと飛ぶ。舌が乳首を弾くように舐め、胸が自然と反り返る。何度もそうされた次には、巻きつくような触れ方にかわった。
 片方だけしか弄らないのは焦らしているだけなのか、左の胸だけが異様に熱くなっている。そうして乳輪ごと口のなかに含まれると、堪えていた嬌声が抑えきれなかった。
「んあっ。胸が……熱いの!」
 躰をうねらせれば、合わせた中心で摩擦され快感が発生する。
 一寿は乳首をくちびるで挟んで引っ張るようにしながら顔を上げた。

「そうだな。左と右は全然違う」
 めずらしく一寿の声には熱がこもっている。
 思わず目を開け、伏せると、一寿が両側の胸をふもとから搾りあげる。右側も突起しているけれど、それに増して左側は赤く濡れて、硬くなっているのが見てわかる。
「おれのもおまえのせいでこんなふうに濡れてる。急ぎたくはない。けど」
「あたしも待てない」
 一寿をさえぎって主張すると、一寿は呆れたように首を振りながら、くちびるに笑みを形づくる。
「なら、行くぞ」
「うん」

 一寿はすぐに入ってくるかと思いきや、あたしの脚を抱えて秘部にオスを添わせたまま繋がっているときのように腰を前後させた。
 あっんっ。
 一寿が云うように、あたしの中心ははしたなく濡れそぼっている。引きつることもなく、ふくらんだ突起が揺さぶられてますます、ぬちゃっとした音が立っている。

「おまえは変わらず濡れやすいな」
 それはどういう意味だろう。侮蔑だとしたら――そう思うと躰が冷えていく気がする。
「あたしは……おかしい?」
 そう訊ねると一寿は静止して、あたしをじっと見下ろす。
「そんなふうに聞こえたとしたら謝る。他意はない。おまえがきつい思いしてた過去を知ってる。おれは過去のことをいちいち気にして言葉を選ばなきゃいけないか?」
 快楽に侵されている思考は、一寿の言葉を理解するのにすぐさまとはいかない。それが徐々に浸透してくると、あたしは無意識に首を横に振っていた。
「一寿は一寿でいい」

 そのまんまでいろ、とその言葉のお返しをすると、一寿は口を歪め、右側の腕だけ脚の下から抜くと、自分のオスに手を添えた。
 膣口に押し当てられたオスは、ぬるっとした感触を伴ってなかに潜ってくる。先端を呑みこむと腰がわなないた。
 一寿はいったん放した脚を再び抱きかかえ、小さく前後させながら腰を進めてくる。それだけで簡単に感度は上昇していった。
 ぅんああっんっ
 のたうちまわりたくなるような感覚は、快楽が苦痛と紙一重にあることを教える。
 そして、一寿のオスは最奥に達した。
 久しぶりだからか、襞はきつくオスに絡んでいて刺激が強く、息がうまくできずに躰中に痙攣のようなふるえが走った。

 オスは襞を引っ掻くようにしながら抜けだしていく。けれど最後まで抜けだすことはなく、また奥へと掻き分けてくる。
 う、はっああっ。
 躰をよじれば、快楽を軽減するどころか増長する。一寿は急ぐでもなく、単調に前後させているだけなのに、勝手にあたしの感度は鮮明に快楽をキャッチしている。水音が漏らしそうだという不安を煽っている。
 堪えて躰の中心に力を込めれば、体内の摩擦がきつくなり、快感に変えてなんにもなっていない。
「あぅうっ……一寿っ」
「イッていい。漏らすなら漏らせばいい」
 一寿はあたしの躰を抱き起こす。一寿はお尻を支え、あたしは背中に抱きついた。中心が密着すると躰が沈んでオスが最奥に嵌まる。
 あ、あ、あ、あ……っ。
 腰が勝手にうねり、快感を生成していく。一寿があたしのお尻を上下させ始めた。もう快楽を貪るだけで何も考えられない。
 持ちあげられたあと沈ませられるたびに躰がびくびくとして、悲鳴が抑制できない。腰が小刻みに痙攣しだした。

「あ、一寿っ……もっ……だめ」
「そのままで逝け。おれも追う」
 そう応じた一寿の声は何かを我慢しているようにくぐもっている。
 お尻を沈めた直後、一寿が腰をうねらせる。
「ぅんっ……あふっ。あ、あ、あ、あああああ――っ」
 快楽が一気に脳内まで駆けあがった。
 淫液を吹きだすことはなかったけれど、一寿が追い立ててくるとそれも怪しくなった。痙攣するお尻をつかみ、上下に動かされると嫌でも快楽は持続する。
「だめっまた……続けてなんて……あっだめっ」
「おまえの、望みだ。何を、抑制する必要が、ある?」
 途切れ途切れの言葉は、きっとそれだけ一寿が切羽詰まっているということだ。

 あたしが望んだことで、一寿が同じように感じているのならこれ以上のことはない。
 いちいち気にして言葉を選ぶ。それを必要かという問いかけは即ち、一寿は過去を気にしていないと云っているようなものだった。
 あたしを抱かないのは、単純に汚いせいだと思ってもみた。けれど、そんなことはなかった。

 お尻をつかむ一寿の手がきつくなった。一瞬後、一寿はぶるっと躰をふるわせ、背中のほうから唸り声が聞こえた。同時に、あたしは果てからおりられないまま、さらに果てに達した。刺激が強すぎてかすれた悲鳴しか出なかった。混じり合った淫蜜が一寿の股間を濡らしている。
 それでも一寿は呼吸が落ち着くまで放すことはなく、あたしははじめてセックスのあとで不安もなく満ち足りた。

「一寿」
「ああ」
「あたし……アオイさんたちが出かけるとき、あたしとの約束は破って行けばいいのにって云いそうになってた。でも……ずるくても、あたし、一寿を行かせなくてよかったって思ってるの」
 事件のことも蘇我のことも、いつか決着をつけるときは来るはずで、そうしたら、あたしを助けてくれた日のように、一寿はためらわずまた敵地に赴く。あたし自身のことはもうすんだことで、それ以前にいまみたいに一寿といたわけでもなく、何も考えなかったけれど。
「手遅れになるまえに気づいて……だから一寿に云っておきたいと思って」
「何を?」

 だれかのために生きることは、だれかを待っていることと同じくらい孤独だ。だからせめて、独りじゃないと思える弱さは許されてもいい。
「あたし、一寿がいまのアオイさんみたいになったら傍にいるから。そして、もし死ぬことがあったら、あたしもすぐ傍に行く」
 そんなのは必要ない。そう云うとしてもそれは予測の範囲内だったはずが、一寿は何も云わなかった。ただ、あたしを支える腕が、抱きしめる、とそんな意思に変わった気がした。

NEXTBACKDOOR