魂で愛する-MARIA-

第9話 イロの条件

# 52

 誕生日を祝ってもらえるなんて何年ぶりだろう。
 閉じこめられていたあたしは日付の感覚が曖昧で、気づいたら歳が一つ増えていたというほうが多かった。今日も、二十歳という節目の日にもかかわらず頭になかった。
 気にかけてくれる人がいなかったのは、毬亜ではなくアオイとしていたからだろうし、アオイが毬亜であることにだれも関心を持たなかったということでもある。

 それなのに、莉子やタツオ、そしてタケたち事務所にいる者だけでなく、莉里乃家族と啓司、それから一寿も寿直もそろっていた。一寿たちが七時半に帰るなどめったにないし、それなら時間をわざわざ取ってくれたに違いなかった。
 うれしくて、でも怖い気がする。あたしは穢れているし、なんの役にも立てない。

「どう、美味しい?」
 ひととおりお祝いの声をかけられて、思い思いに食事とお喋りが進むなか、莉子が隣から覗きこんできた。あたしはこっくりとうなずく。
「甘くないけど、渋い炭酸て感じで好き」
「そうこなくちゃ。極上のシャンパンだもの。お酒類ははじめて?」
「クラブにいたから、舐めるくらいなら。お酒は好きかも」
「ああ、そうだったわ。よくお酒を飲まないでホステスやれたわね」
「飲めなくてもいいっていうお客さんについてたから……」
「未成年だからってあの店でそういうわがままが通るはずないだろ。おまえは守られてたんだ。気づかなくても子供だったからしかたない。けど、もう二十歳だ。少しは思慮することも覚えろ」

 あたしが云いきれないうちに一寿が口を挟んだ。容赦がなく、ついさっき独りでいて心細かっただけに、追いこまれた気分になった。それよりは日曜日のことがあって焦っているのかもしれない。

「いいわよ、急がなくて。一寿、アオイが苦労してきたこと、見ていちばんわかってるのはあなたのはずよ。しばらくゆっくりできる時間を与えるべき」
「おれは、意思を持て、と云ってるんだ。アオイは、どうにかするまえに受け入れてしまう。その挙げ句に死んでもおかしくない状況に陥った。おれが云ったことは、だれのためでもない、アオイのためだ。まずは自分がそういう負の要素を持ってるってことに気づけ」
「わかってる。一寿、ありがとう」

 わかってるのは本当だ。けれど、云い訳はある。
 ただ、あまりに一寿の口調が厳格すぎて、穏やかだった空間がぴりっとした空気に変わった。若頭の機嫌が悪ければ、従者もへらへらしているわけにはいかない。あたしが発端だからそのままにしておきたくはなくて、わずかでもその緊張を解きたかった。

「へぇ」
 それはからかうような声音で、その啓司のたったひと言の相づちが、あまり役に立たなかったあたしの努力を後押ししてくれた。
「なんだ?」
「熱くなるおまえってあまり見たことないからさ。アオイちゃん、それだけ一寿が真剣に心配してるってことだ」
 一寿は睨みつけるように目を細めて啓司を見やり、そして、取り合わないことにしたようで、啓司の発言を鼻先で笑ってあしらった。

「まあね、頭の回転速度は上げたほうがいいかも。莉里乃に迎えにいかせるまで来ないって、アオイったら気が長すぎる。わたしが戻らなくて、それから五分もすれば来るだろうと思ったのに七時半すぎても来ないんだから」
「ですが、そういうとこ、おれはアオイさんらしくて好きです」
「タツオ、若頭をまえにしてそういうことを云えるのはおまえだけだな」
「す、すんません! おれ、そういう意味じゃなくて……」
「タツオ、おれはべつにいい」
 慌てふためいたタツオをため息混じりに一寿が制した。
「すんません」
 そう繰り返したタツオが頭を掻くとほとんどが笑いさざめく。場が一気に和んでもとの雰囲気に戻った。

「アオイちゃん」
 莉子の反対側に座った莉里乃が耳もとであたしを呼ぶ。少しだけ莉里乃のほうに身を寄せた。
「兄さんがアオイちゃんのことを心配してるのは本当。最初はね、アオイちゃんを迎えるのにクラッカー使おうって思ってたの。そしたら、銃の音と勘違いするかもしれないからって止めた。だれも全然気づかなかったのに兄さんだけ。ね?」
 目を丸くしてあたしは莉里乃と顔を見合わせ、それから笑ってうなずいた。
 云い訳はもうしなくていい。莉里乃が教えたことはあたしをそんな気にさせた。

「成人式の着物を用意しなくちゃね」
 莉子が唐突に云いだした。
「あ、でもあたしは……」
「内輪でやるのよ。あんな形だけの式典なんかいらないでしょ」
「それ、いいかも」
「いいっすね。おれもここでやってもらいました」
「タツオみたいなごっついやろうの成人式はどうだっていい。それよりも、きれーな着物で着飾ったお嬢が見たいですね」
「兄貴、ひどいっす」
 と、再び笑い声があがり、あたしを差し置いて話が進んでいった。

 言葉遣いが乱暴で、少し気が荒くて、それでも一緒にいれば、表側にいる人との違いはたったそれだけだと思う。
 自分の誕生日を口実に楽しんでいる人たちがいる。そんな和気あいあいしたなかに、突然、慌てたように入ってきたのは玄関先で守衛をしている組員だった。

「顔役、門からの知らせです。客が見えました」
「だれだ?」
 寿直が問うと、なぜか守衛の目があたしを探し当てる。そうして、寿直に耳打ちした。意外だといったように寿直は目をわずかに見開き、そして立ちあがった。

「一寿、吉村だ」

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