魂で愛する-MARIA-

第7話 籠妾(ろうしょう)−capture−

# 41

「……そんなこと……」
 あるはずがない――と続ける言葉は虚しく、ないとは云いきれない、と云うほうが当然だ。
「おまえの母親がそうだった。気づかなかったんでな、結局は流産したが、乳首を弄ってやるといまのおまえみたいな反応をしておった」
 あたしは目を見開いて真上にある京蔵を見つめた。
「お母さんが……?」
 呆然としながら曖昧に問う。

 母のかわりにならなければならない。そう確信した日から写真をメールで送るのもやめた。そうしたら、簡単な返事さえ来なくなった。それが現実だとわかっている。
「おまえの腹は大事に扱ってやるから無事に産むことだけ考えていればいい」
 いつ流産して、母はどうなったのか。暗に含めたあたしの疑問には欠片も答えは返らなかった。

 生まれてくることなんて考えたくない。
 明日が終われば――何も見えない日々をすごしてきたあたしにとって貴重な気持ちだったのに、一瞬で色褪せた。
 男たちに抱かれることまでは吉村もわかりきっている。けれど、妊娠してしまったことはどう思うんだろう。未来は曇り空のように見通せない。所詮、雲の向こうに見える星のように手の届かないものなのだ。

「アオイ、客も今日限りだ。感じてやれ」
 京蔵はベッドからおりた。
 今日限り。その言葉はなんにもならない。
 男ふたりが京蔵と入れ替わりにベッドに上がってきた。

 一人の男が頭上に来て、あたしの腕をつかんでベッドに押さえつけると胸の上に顔を伏せてくる。
 んあっ。
 チクビが含まれ、やはりぴりっとした痛みに腰をよじった。もう一人の男が膝の裏を持ちあげ、お尻を浮かして躰の中心に顔をうずめてしまうと、痛みから逃れることはできなくなった。
 けれど、痛みには慣れてくる。もしくは、快楽のほうが上回ってきたのか。
 いや、痛みすら快楽に変換されているのだ。チクビに舌が巻きつき、それが何度も繰り返されると敏感になっているぶん、胸がびくびくとふるえる。
 反対側の胸に移るとまた痛みという段階から始まった。両腕から手が離れ、かわりに手首を頭上で重ねられ、男は片手だけであたしの手を括った。さきに口に含まれていたチクビが摘まれ、捏ねられる。唾液まみれでぬるぬるしているからだろうか、痛みではなく、陶酔を生むような刺激になって、胸が跳ねあがり始めた。
 脚の間でもまた、舌で突起を転がされてお尻が跳ねる。
 なぜ、躰は気持ちを裏切るのだろう。
「あっあ、あ、くっ……逝っちゃ……だめっ」
 まっさらな世界に堕ちたような感覚のあと、束縛した男たちをはね除けるほど激しく、全身が波打った。

「こうもすぐ感じてくれると冥利に尽きますね。実にいい躰だ」
「だろう。儂が離れられんのだからな。男根は尻だ。それ以外は何をしてもいい。ただし、与えていい苦痛は快楽のみだ」
「わかってますよ。私たちも苦痛は苦手なので」
 痙攣するあたしを見下ろし、含み笑いながら男が答える。
「尻は儂がほぐしてやろう」

 京蔵がベッドに上がり、あたしは四つん這いにさせられると蜜液の伝った孔口を弄り始める。顔は横向きにして男の腿にのり、のどを反らすようにしながらその男根を舐めさせられた。もう一人が胸を手のひらですくい、揉んだり、チクビをまわし捏ねたり、快感を煽ってくる。
 二回め、逝かされたあとは再び京蔵はベッドから引きあげ、ベッド脇のソファに座る。男にお尻を犯され、四つん這いになったあたしを背中から抱えるように起こし、膝の裏を抱えて脚を広げると、目のまえから男が秘部に指を挿入した。
 お尻のなかで上下する男根は壁越しに子宮口辺りを刺激して、指は膣内の弱点をつついてくる。もうどう快楽を逃すこともできない。
 やあっあ、あっあっ……。
 出ちゃう、そう叫びながらあたしは水しぶきを立てた。
 逝っている最中でも、「いいぞ」とつぶやきながら男たちは責めることをやめない。息も絶え絶えになりながらあたしは悲鳴混じりで喘いだ。

 こんなあたしで、吉村さんはいいの?
 京蔵の子をもしかしたら宿し、逝かされている、のではない、快楽の中毒者のように自ら何度も逝ってしまうあたしで。
 男たちが入れ替わり、果てるのも四度めになるとおなかが重たくなっていく。逝ったときの収縮は子宮に影響を与えているはずで、どうせならこのまま母のように流れてしまえばいい。
 そして、そう思うことの罪悪感。半分はあたしの血を受け継ぐ子なのに。
 助けて。
 だれが助けてくれるだろう。

 五度め、悲鳴をあげたとき、ぼんやりとした意識だったが自分の声のなかに別の音が紛れたのを聞きとった。
 正面で秘部に顔をうずめた男が躰を起こす。
「なんだ?」
 あたしは躰をまえに倒され、反動でお尻から男が離れていく。
「ユウジ! 何事だ!?」
 京蔵が立ちあがりながら三人のボディガードのうちの一人の名を叫んだ直後、戸が音を立てて開いた。

「東西在‥里(ブツはどこだ)!」
「何者だ、おまえたちは! さがれっ」
 驚いたのは京蔵の怒鳴り声ではなかった。頭をもたげながらぱっと後ろを振り向いて見た入り口には、男が三人、厳つい様で立っていた。その手のなかにあるのは銃だった。
「東西在‥里!」
 何を云っているのか、早口の言葉はそれ以上に外国語で意味がまったくわからない。まわらない思考のなかでも、見かけは日本人だが、言葉のイントネーションから中国人だろうと見当がついた。

「是什麼(なんだ)?」
 同じ言葉で問い返したのはベッドの上の男だ。
「是‥們西‥了東西(おまえたちが盗んだものはどこだ)!」
「盗んだ?」
「おい、なんの話だ」
「いえ、私たちが彼らのものを盗んだと……」
 京蔵が男たちに問いかけている間に、侵入者たちが部屋の隅を指差す。そのさきには小振りの責め具やら棚がある。見ると、まったく身に憶えのないスモークピンクのスーツケースが棚の横にあった。
 京蔵もそれに気づいたらしく、鋭い眼差しがあたしに向かってきた。
「これはなんだ」
「……知らない」
 首を振るのがさきで、そのたったひと言がやっと口に出た。

 ボディガードはなぜ京蔵を助けに来ないのだろう。
 答えのわかりきった疑問が堂々巡りするさなか、侵入者たちはスーツケースを開けた。それは鍵もかかっていないのだろうか、簡単に開いたスーツケースのなかに手を突っこみ、侵入者はビニールに包まれたような白い物と拳銃を取りだした。
 それを突きつけるようにこっちに差しだし、そして侵入者はベッドにいた男の一人に銃口を向けた。一瞬後、乾いた音、そして何かが飛び散った。男があたしのほんの傍に倒れこむ。

 本能だろう、急激に快楽から冷めたあたしは下敷きになった腕を抜き、転がるようにしてベッドから落ちた。尻もちをつき、そのまま壁のほうに後ずさりをして、ベッドの隅に隠れるようにしながら縮こまった。飛び散ったものが何か、あたしは頬に手を当てると、その手のひらを見てみた。
 それは絵の具のように真っ赤で、あたしは飛びだしそうになった悲鳴をその手でふさいだ。
 何がなんだか、さっぱりわからない。
 “明日の向こう側”が虚しいほど遠ざかっていく。
 いや、ここでこのまま殺されたほうがらくになれるのかもしれなかった。

「おれたちは盗んでない! 総長、罠です!」
 男は激しく首を振り、わめく。
「ユウジ!」
 京蔵は再びボディガードを呼ぶが、すでにわかっているはずだ。ベッドの上の男と同じように、もう彼らが動くことはないのだと。
 そして、再び、殺傷能力があるのかと疑うほど軽い音が連続して響いた。だれが殺られたのだろう。どさりと重いものが落ちた音がした。
「待ってくれ!」
 客の男の声だった。
 それなら殺されたのは……。
 そして次の銃声のあとは奇妙なほど沈黙がはびこった。

 うるさいほどの声音で中国語の会話が交わされ、あたしもこのまま、と身をすくめていると、いくつか足音が聞こえたのと同時に――

「是在里(こっちだ)!」

 鋭い声が放たれ、そして、また銃声が何重にもなって連続した。

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