魂で愛する-MARIA-

第7話 籠妾(ろうしょう)−capture−

# 40

 あたしが云ったことはちゃんと吉村に伝わっているだろうか。
 なんの音沙汰もなく一週間はすぎた。
 クリニックに来て電話をかける機会を狙ったけれど、お金を持っていないから受付で借りるしかなく、付き添いがいてはできるはずがない。
 ずっと気分はそわそわしたまま落ち着かなくて、疲労感が拭えない。

 二階でタトゥーの経過を見てもらったあと一階におりた。コロンセラピー科に行く途中、廊下に並ぶ待合椅子の間で壁に寄りかかった男がなんとなく目についた。
 サラリーマン風のスーツ姿で、その人は、あたしの視線に気づいたかのようにうつむけた顔を上げるとこっちを向いた。
 あたしは驚いてずっと息を呑む。アツシだった。
 カズに教えてもらった、信用できる吉村の側近があたしに付くことはけっしてなかった。その一人、アツシともこの三年ではじめて会う。
 目が合ったのは一瞬、何も読み取れず、訴えることもかなわないまま、アツシはあたしの横に控えた男に目を転じた。

「よお」
 アツシは壁に背中をもたらせたまま、片手を軽く上げた。
「アツシ、何やってんだ」
「健診、てやつ。胃の調子悪いっつったら兄貴が行ってこいってさ」
「だらしねぇな。いろいろあるのはおんなじだぞ。おれはなんともねぇのにさ」
「おれは胃が弱いってこと知ってんだろ」
「ふん、早く終わっちまうよう祈ってろ。内輪で揉めんのがいちばん応える。うかつに口も手も出せねぇからな。幹部はぴりぴりしてるし、とばっちりがこねぇといいけど」
「おい、アオイが聞いてるけどいいのか」
 急にアツシがあたしの名を呼び、びくっとして姿勢を正した。男は、「あ」とまずいといった顔であたしを見やる。
「行ってこい」
 男はふてぶてしく顎をしゃくり、あたしはうなずいて診察室に向かった。

 歩きだす直前、アツシと目が合うと今度は逸れず、あたしが通りすぎるまでじっと見つめる。なんらかのメッセージなのかもしれないが、判断はつかなかった。
 診察室のなかではお決まりの問診があったのち、検査衣を持たされ更衣室に通された。
 ドアを開け、少し進んでカーテンを開けた。とたん。
「声出すな」
 悲鳴をあげそうになった口もとは、急いで歩み寄った手にふさがれた。

 心臓が痛むほど鼓動は高鳴り、びっくり眼ですぐ上にある顔を見つめた。じっと見下ろしてくる瞳に何が映っているのかわからない。呼吸は止まり、酸素不足で思考力は低下している。やがて息苦しさに負けて、手と鼻の間のわずかなすき間から空気を取り入れた。かすかに煙草の香りが鼻を刺激すると、あたしは本物なのだと実感していく。

「いいか」
 うなずくと、ゆっくり手が離れていく。眼鏡に白衣と見かけは違っても――
「吉村さん」
 間違いなく吉村だった。
 口をふさぐのでもいいから触れていてもらいたい。そんな欲求のまま、気づいたときは吉村に抱きついていた。
 はね除けられることはなく、腰もとを腕が、頭を手のひらが抱きかかえるに引き寄せた。

「おれは大丈夫だ。方(かた)を付ける。もう少しだ」
 もしもその場しのぎでねじれたやさしさを見せ、だれにも同じことをやっていて、そしてあたしもその一人にすぎないとしたら、いまここに危険を冒してまで吉村がいる理由が成り立たない。
 あたしは吉村の腕のなかでうなずいた。それが合図だったかのように吉村は腕から力を抜き、あたしの肩をつかんで引き離した。

「ばかなことは考えてないな」
「吉村さんがいなくなったらばかなことを考える」
 即座に云い返すと、吉村は呆れたように首を振り、くちびるを歪めた。
「これでも執着心は強い」
「……お母さんじゃなくて? かわりじゃなくて?」
「不本意なことをやってまで、なんのためになぜ時間をかけてると思ってる。総長は失脚させる。あとは心配するな。いいか」

 再びうなずくと、吉村はあたしの頬を手でくるみ、躰を折る。煙草の薫りが感じられる距離でためらうように止まった。吉村は近づくこともなく離れることもなくとどまって、あたしはたまらず踵を上げる。とたんに吉村は躰を起こした。
「もう少しだ」
 二度めの言葉は、吉村が自分に云い聞かせているようにも聞こえた。

 吉村はポケットから携帯電話を取りだすと画面を見つめ、何度か操作してあたしに向き直った。
「もう行く。普通にしてろ。できるな」
「はい」
 吉村は背中を見せ、カーテンの向こうに消えた。

 京蔵が動く明日には、先回りした吉村が決着をつけて、そして吉村と一緒にいられるだろうか。
 怖かった明日ではなく、その向こう側の日々が感じられる。そんな気になった。





 男たちがやってきたのは京蔵が来て三十分後、夜十時だった。
 その間に、京蔵に躰中を舐めまわされ、お尻を刺激された。
 長い年月の間に京蔵にはすっかり慣れていたはずが、今日に限って、あたしの気持ちが躰についていけていない。普通でいろと云われたにもかかわらず、吉村とほんの数分会っただけで、京蔵への嫌悪感が顔を出した。
 京蔵たちはいったん開かずの間に閉じこもる。
 あたしは云われたとおり、宴の間にあるベッドの上でそのまま待った。
 嫌悪感はあってもあたしの躰は触れられると快楽を欲する。三十分もあればとっくに逝かされているはずが、京蔵は逝きそうになると手を放し、そうはしなかった。
 その火照りも徐々に冷めていき、あたしは耳をすました。が、ひそひそ話が届くことはない。

 明日、本当に何かあるのか。
 男たちが訪れたとたん、京蔵は全身に針を立てたかのような、どこかぴりぴりした雰囲気を見せた。見せる、というほど神経質になっているのだ。
 脚のタトゥーは痒みがあって引っ掻かないようにと包帯をしている。嘘ではないが、京蔵にそのまま説明をしても疑いが及ばず、ほっとした。

 タトゥーは、円弧を長めに取った三日月と、アヴェ・マリアの祈りに使うロザリオが印されている。ロザリオの先端に伸びる十字架を三日月が抱き、輪になった珠(たま)が月に絡む。京蔵が毬亜という名を知っているのかはわからないが、まだあたしの吉村に対する気持ちに疑いを持つ京蔵だ、月を見ただけで吉村と結びつけるだろう。

 京蔵はそう長くこもることもなく男二人を連れて入ってきた。
「いまは子作りの最中でな。尻の穴を使ってくれ。きれいにしてあるし、尻も濡れる女だ。一度経験すれば忘れられんぞ」
 見知らぬ男たちに犯されることも、京蔵から辱められることも、慣れているというよりは、何も感じないようにしているほうがらくだった。
 京蔵は広いベッドに上がってくるとあたしの頭上に座り、胸のふもとをすくった。寄せるようにつかみ、親指でチクビをつつかれる。
 あ、ああっ。
 あまりの刺激にあたしは躰をよじった。
「乳首だけで反応がすごいですね」
 男の声には下卑た笑みが滲んでいる。ふたりともがスーツを脱ぎ始めた。

「いい女だろう。だが」
 京蔵は再び親指でチクビを捕らえると、捏ねるように動かす。
 あたしは声をあげて逃れようと躰をくねらせた。さっき舐めまわされたときもそうだったが、チクビが異様に敏感になっている。快楽と痛みが同時に及ぶのだ。

「アオイ、おまえはもう身ごもってるな」

 京蔵の言葉にあたしは刺激さえも忘れて凍りついた。

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