魂で愛する-MARIA-

第7話 籠妾(ろうしょう)−capture−

# 37

 このままどうにもならなかったら?
 そんな疑問は捨てて、目のまえにあるものをすべてと思ってきた。
 そうでなければ、苦痛だらけで耐えられない。生き延びられない。
 けれど、どうなるんだろう、そんな不安はやっぱり抱いてしまって、そして、“その時”を夢見る。
 吉村と話せなくなって、それ以上に、会うことがほぼなくなって、もう三年が終わってしまった。

 最近、わからなくなっている。
 生き延びることに意味があるのか。

 マンションの八階のベランダに立ち、眺めた空は春霞のせいか、すっきりとした青が見えることはない。
 最後の宴の直後、この部屋に一人で移り住んだ。家具も調度品も品よくそろえられているが、それらも色褪せて見える。3LDKと通常一人で暮らす家としては無駄に広く、京蔵に合わせて用意されたから造り自体が贅沢で、あたしが住むにはまるで似合わない。
 ひょっとしたら、空がかすんでいるのは、あたし自身の心が曇ってきているからかもしれない。

 下を見れば、人も車も模型ではなく、ちゃんと動いている。そこはあたしにとって遠い世界だ。
 ベランダには、高すぎて逃げられるわけもないのに囚人部屋のごとく鉄格子がある。玄関から入った廊下の途中にも鉄格子があって、あたしはこの部屋から自由には出られない。
 唯一逃げて自由になれるとしたら死の世界だろう。そうできたららくだろうと思う。けれど、ほんの欠片の望みを掻き集めてあたしは生きることにしがみついている。
 父がどこかに生きているのなら。母がどこかで見守ってくれているのなら。何よりも、吉村との未来があるのなら。
 儚すぎる望みにため息が付き纏う。

 春とはいえまだ三月の半ばで、地上から高いぶんだけより寒く、あたしはベランダからリビングに戻った。そのとき、廊下のほうでドアの開く音がした。

「では頼んだぞ。絶対に知られてはならぬ。わかっておるな」
「もちろんです。こちらも命懸けですから」
 京蔵に次いで、だれだかわからない男の声が応じる。
 昼に京蔵がやってきたのち訪問者と合流し、二時から始まっていた密談は一度もドアが開かれることなかった。一時間半がたってようやく終わったらしい。
「アオイ」
 急に名を呼ばれてあたしはびくっと飛びあがりそうになった。

 普段から、京蔵が玄関からいちばん近い部屋を使っているとき、あたしは、出てきてもいけない、聞き耳を立てもならないと云われている。あたしにとっては開かずの間であり、吉村とは、ここで行われる密談に吉村が加わるときにしか会えない。

 あたしは、「はい」とだけ返事をしてその場にとどまった。
「こっちに来い」
「はい」
 あたしは返事から一拍置いて玄関のほうに向かった。

 出ていくと、京蔵の近くに二人の男がいた。一見、普通のサラリーマンのように見える。四十代だろうと見当がつくと吉村を思いだしてしまう。
 吉村は今年、四十四歳になるはずだ。あたりまえだが、あたしが八月で二十歳になっても年齢差は少しも縮まらない。
 彼らの背後には、京蔵の護衛として丹破一家の男たちが三人控えている。
 京蔵のもとに行くと、あたしは男たちのまえに引っ張りだされた。彼らの目が無遠慮にあたしの顔を見つめる。
 なんのために呼ばれたのか把握できないうちに、京蔵の手が背後から伸びてきて、膝丈ワンピースの襟もとをつかんだ。

「パパ?」
 いまや呼び慣れた呼び方で京蔵に問う。
「いつものとおりでいい。女がどういうものか見せてやれ」
 スナップボタンを留め、ウエストをサッシュベルトで緩く絞っているだけのワンピースだ。京蔵の手で簡単に胸ははだけられた。ベルトもほどかれ、裾までボタンが外れると、京蔵はあたしから服を剥ぎとる。
 京蔵が訪ねてくるのは、昼夜を問わず、週に多くて三回だ。京蔵を迎えるとき、裸でいるのが暗黙の了解になっている。今日は来客があるから最低限、裸体を隠しているにすぎない。下着は一切身に着けていないから、あたしは裸になって男たちの目に晒された。
 男たちは戸惑うこともなく、むしろ積極的にあたしの躰を目でたどった。

「彼女、若いでしょう?」
 一人の男が怪訝そうに問う。
「関係ないだろう?」
「もちろん僕は若いほどいいんですが」
「年齢よりも躰だ。スタイルは云うことなしですね」
「具合がいいのはそこだけじゃない」

 二人の男たちに同時に応じた京蔵は、背後からあたしの胸もとに手を置いた。すくうように持ちあげ、しぼるようにつかんだあと放した。ぷるんとふくらみが弾むと、ほう、と男たちが吐息を漏らす。
 京蔵は人差し指を立て、チクビの先端に指の腹をのせる。両側ともが押しつぶさない程度にくりくりと揺さぶられた。
 んぅあっ。
 みるみるうちにチクビが硬くなって感度が上昇する。子宮が疼き、躰がびくびくして、その反応に気をよくした京蔵はさらにエスカレートしていく。左脚を抱えあげられ、脚の間に指が添う。
 ああっ。
 突起を弄られると、たまらず首をのけ反らせてあたしは喘いだ。ものの一分もたっていないはずが、膣口辺りに指が触れると、その感触ですでにぬめっているのがわかった。
 目のまえにあるものがすべてだとあきらめてから、快楽は底なしですぐに開花する。
 京蔵は水音をわざと立てながら、あたしの膣内を掻きまわす。指は確実に弱点を捕らえていた。

「パパ、漏れちゃう!」
「いつものように漏らせばいい」
 京蔵が応じると、男たちはたじろいだように一歩後ずさった。
 だんだんと水のなかを掻き乱すような音になっていく。
「あ、あ、あ、んっ、出ちゃう――っ、んくっ」
 腰をびくびくさせながら噴いた液が床を叩いた。

「なかなか楽しみです」
「成功報酬の一部だ」
「承りました。では後日」
 にやにやした声音の応酬がすむと、しんと静まるなか、男たちが出ていった。
「拭いてくれ」
 京蔵は護衛の一人にそう云うと、あたしの手を引く。躰を痙攣させながら頼りなくリビングへついていった。

「経口避妊薬(ピル)はどこだ?」
 訊かれる理由がわからないまま、あたしはキッチンのカウンターを指差した。
 京蔵はカウンターに行き、ピルケースを手に取る。
「これだけか?」
「はい。来週、また持ってきてもらいます」
「もう飲まなくていい」
「……え?」
 思いもしない言葉であたしは無意識に訊き返した。

「飲むなと云ってる。これは預かっていく」
「でも……」
「おまえも二十歳になる。躰は耐えうるだろう」

 なんのことを云っているのだろう。快感は失われ、あたしは立ち尽くす。

「儂も子供が欲しい」

 その意味を理解できなかった。否、それよりも受け入れたくなかった。

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