魂で愛する-MARIA-

第5話 夜鷹(よたか)−裏切りの遊戯(ゆげ)

# 32

 脚に力が入らず、くずおれる躰はカズがすくいあげた。
 全体重を預けながら、あたしは快楽が途切れないまま逝かされることのつらさを思いだした。躰の痙攣が止まらず、その余韻を一気に冷ましたのは痛みだった。
 心とおぞましい躰を切り離せたらいいのに、あたしはこの躰とずっと付き合っていかなければならない。もはや、どこからか借りてきた器(うつわ)のような感覚だった。否、そう思っていなければ生き延びられない。

 カズは濡れたままベッドに行き、あたしをおろすと、下敷きになったふとんを引っ張って床に落とした。
「奉仕されるほうとするほう、どっちがいい?」
 カズはベッドに上がりながら訊ねてくる。そういうことを訊かれるとは思わなくて、あたしは視線を宙にさまよわせた。そうしてお告げが浮かびあがってくるはずもなく、あたしは首を横に振った。
「なんでもかんでも受動的だな。おまえの意思はどこに行ったんだ?」
「取りあげたのはあたしをここに閉じこめてる人たち」
「おれもその一人か」
 あたしの批難を込めた声音に気づいたようで、カズは口を歪めて笑った。

 あたしの膝を立て、その間におさまったカズは伸しかかるようにあたしの上に身をかがめてくる。笑みの余韻をくちびるに残しながらも、瞳は少しも笑っているようには見えない。戸惑うくらい、じっと見つめられる。まるで、心底を覗くだけではなく、そこから何かをさらっていこうとしているみたいだ。

 カズはあたしの胸のすぐ横についた右手を上げると、左の頬をすっぽりとくるんだ。顔をおろしてきて、浴室でのように口づける寸前で止める。
 その距離に何か意味があるのか、ほぼ無自覚に目を伏せたとたん、またカズが口を開くのが見え、そしてくちびるがぺたりとくっついた。濡れたままいたせいか、カズのくちびるは冷たい。もしかしたらあたしのくちびるもそうで、けれど舌は温かい。
 カズは舌でくちびるをなぞり、すき間を割いて裏側をたどる。触感が気持ちよくて、あたしは自分から口を開いたかもしれない。カズの舌が無遠慮にあたしの舌を探り始めた。

 キスは嫌い。吐き気しかもたらさないから。
 けれど、カズのキスは嫌じゃない。浴室でもそうだったけれど、セックスがこんなふうにキスから始まることを知らなくて、それが、言葉ではなく魂で語り合っているような感覚になれることを知った。

 舌がもつれて融合したみたいに自分のものかカズのものか、区別がつかない。ふたりの間にできた蜜を飲みくだすたびに、口の端から飲みきれなかった蜜がこぼれる。
 息切れして熱に浮かされたようになると、カズの舌が口内から退いていく。口角についたキスの痕を舐められながら、さみしいような心もとなさを覚え、あたしの口からは無意識に欲求のこもった呻き声が飛びだした。

「入れるぞ」
 カズは躰を起こすと自分のオスに手を添え、その先端をあたしの中心に合わせる。くびれた部分が体内に入っただけで、あたしは身ぶるいした。ぞっとしたのではなく、その反対で脳内まで抜けるような快感が走った。
 そのまま進めてくるかと思えば、カズはそこで何度か出入りを繰り返した。入るときのこじ開けられる感覚も、出ていくときの入り口を突破される摩擦も、敏感すぎるほど刺激になって腰のふるえが止まらない。

「んあっ、だめっ」
 逝きそうになった瞬間、カズが最奥まで貫いた。
 あ、んぁああっ。
 痛みではなく衝撃に悲鳴が漏れた。カズの男根は、摩擦から避けられる余地がないほどあたしのなかをいっぱいいっぱいにする。いま逝きかけたことを思うと、少しの動きでも撹乱されそうでほのかに怖い。

「大丈夫か」
 もうヴァージンではなく、ましてや好意もない男根に数知れず犯されたことを承知しているはずなのに、カズはそんなことを聞く。
「きつい感じだけど平気」
 うなずいて答えると、カズはウエストと肩の下それぞれに手を潜らせた。何かと思うと、抱き起こされる。
 ん、ぅうんっ。
 思ったとおり、ちょっとした動きだけで悶えるような感覚をもたらした。
 カズはあぐらを掻いて、躰の中心を密着させたままあたしを正面から抱く。

「まだ子供だな。何もわかってないから受け入れることしかできない」
 ほんの目の上にあるカズのくちびるがつぶやいた。愚かだというような、ばかにした云い方ではなかった。そのトーンに潜むのはなんだろう。
「だから……」
 カズは続けて云いかけて口を噤んだ。
「だから?」
「……一月さんから離れるか離れないか、選択権はおまえがちゃんと持ってろ。決めるのは一月さんじゃない。おまえだ」

 単純に受けとるべき言葉なのか、もっと奥底には意味が含まれているのか、あたしにはわからなかった。
 困惑しているうちにカズは勝手に話を打ちきって、かわりに躰が主導権を握った。両手であたしのウエストを引き寄せ、カズはお尻の下で腰をグラインドさせる。
 ふ、はぁあっ。
 呆けたような嬌声が漏れる。こんな感覚ははじめてだった。
 最奥を突かれて感じるのは痛みだけだったのに、いまは痺れを引き起こしてあたしの力を奪う。その痺れはすぐに逝ってしまうだろう前兆だ。穿たれる以外がどうでもよくなるほど狂いそうな予感を覚える。
 そうしてカズは、今度は躰全体を縦にうねらせた。腰がわずかに飛び跳ね、さらにあたしの快楽を扇動した。

「カズ……っ」
 叫んだ直後、開けっ放しの戸の向こうから音楽が聞こえてきた。カズの携帯電話の着信音だ。ふと動きを止めたカズだったが、その音を無視してまた動きだした。
 あっ……んっんっ。
 最初の悲鳴は唐突で堪えきれなかった。そのあとは着信音が鳴る間、なぜか電話の向こうに聞こえている気がして、あたしは声を出すのをなんとかとどめた。
 けれど、次第に気にならなくなっていく。いや、正しく云えば、気にする余裕がなくなっている。芯から及んでくる、ぶるぶるとしたせん動がやまなくなった。逝くまえから力が奪われて、腰を抱くカズの腕だけがあたしを支えている。背中が反り、突きだした胸の先が、熱い口のなかに含まれた。

「ああっ、やっ、だめっ」
 その叫びに異議を唱えるかのように、カズは胸先を甘咬みしながら吸引した。腕は腰をしっかりと引きつけ、あたしが逃れないようにしながら腰を突きあげてくる。最奥は敏感にそのキスを受けとめた。
 あ、くっ……んあ、ぁあああ――っ。
 なかに挿入されて逝くのははじめてだった。激しい痙攣が全身を突き抜け、腰が跳ねあがり、男根が体内から飛びだしそうになる。すかさずカズが引きとめ、それだけにとどまらず、まだあたしを攻めてくる。
 カズは逝っていないから攻めるのは当然だ。けれど、このままいけばあたしはまた逝ってしまう。

「カズ、壊れるまえに……」
「ああ。我慢してるだけで、そうおれも慣れているわけじゃない。逝くぞ」
 そう云いながらカズはあたしを抱き寄せて上半身をぴたりと重ねた。汗ばんだ躰が吸着させる。そうして、揺りかごのように動き始めてまもなく、あたしの悲鳴に紛れてカズは呻き声を漏らした。

 びくびくした収縮が、カズの放ったしるしを呑みこんでいく。その熱さに守られたような気になるのはなぜだろう。ずっと欲しかった感覚かもしれない。
 できるのなら、吉村に教えてもらいたかったのに。
 そう思ってしまってから、抱くのはカズなのに吉村を慕う罪悪感、そして、生き延びて吉村とこうなれるまで待てばよかったという後悔、そんなどうしようもない二つに縛りつけられる。

「アオイ」
 荒い呼吸のなかでカズがあたしを呼ぶ。
「うん」
「いつか……」

 その続きは――

「どういうことだ」

 腹を据えた低く太い声がさえぎった。

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