魂で愛する-MARIA-

第5話 夜鷹(よたか)−裏切りの遊戯(ゆげ)

# 31

「カズ……」
 何してるの? とそんな言葉すら続けられないほど、あたしは憮然(ぶぜん)としてカズが服を脱いでいくのを眺めた。
 ボクサーパンツまで脱ぎ捨て、全裸になったカズの躰はあたしの想像とは全然違っていた。

 背が高いからだろう、服を着ているときは細身だと思っていたのに、いざ剥ぎとってしまうと、とてもそこら辺にいる大学生とは思えない、がっしりと強靭な躰つきだった。筋肉が張って太いわけではなく、細身を保ちながら、男の肉体とはこうあるべきだという輪郭と起伏のバランスが絶妙なのだ。芸術的な感覚で男を美しいと感じたのは吉村に次いでカズが二人めだ。これまで何人もの男の裸体を見てきたが、そう簡単にめぐり合うものではなかった。
 自然とオスの部分に目が引かれてしまうのは、あたしのメスとしての本能なのか。
 すでにカズのオスは自己主張をしていた。いつも冷静なカズが本当はあたしをどんなふうに見ていたのだろう。そんな疑問を投げかけたくなる。子供扱いばかりするけれど、少なくともいまのあたしは、さながらコケティッシュな妖婦に映っているのかもしれない。

 カズは浴室に入ってきてあたしの正面に立った。
 指先に顎を持ちあげられたかと思うと、カズの顔が急速に近づいてきた。五センチくらい離れたところで接近は止まった。話しかけてくることもなく、伏せた目のさきに何を見ているのか、カズはその距離を保ったまま微動だにしない。
 なんとなくあたしも目を伏せると、カズの口もとが視界に入り、するとそのくちびるがわずかに開いた。フェロモンを散らすようなしぐさだ。ちょっと驚き、すっと呼吸音を漏らしたあたしの口は一瞬後にふさがれた。少しのすき間をついて舌がくちびるの間を這う。そうして吸いつきながら、逆にカズは顔を上げていった。
 半年も付き合いがあればなんらかの情は生まれる。ふたりの間には家族のような情が存在したかもしれないが、いまの相対したカズのしぐさはその関係を超えて、離れたくないという名残惜しいようなキスにした。

「躰、洗うんだろ」
 かがめていた躰をまっすぐに起こしたカズは何もなかったようにいつもの調子で云い、シャワーヘッドをつかんで蛇口をひねった。
 宴のあと丹破家でその痕跡は洗い流すのだが、家に帰って再度洗わずにはいられない。きれいには戻れなくても、それでやっと肌に残った男たちの影を忘れることができる。
 自分でやると云ったのに、カズは聞かず、あたしの躰を濡らしたあと石けん塗(まみ)れにしていった。
 洗うという名目のもと、いままたカズに触られることで影の上塗りなりそうだと思ったのに、予想外に、忘れるのではなく消していくという効果をもたらす。

 シャワーを当てて石けんを落とすと、カズはシャワーを流しっぱなしにして温めていた壁にあたしを寄りかからせた。足もとにかがんだかと思うと、カズは片脚をすくって自分の肩に膝を引っかけさせた。
 無防備になった躰の中心にカズが顔を近づけてくる。息が触れたと思った次には、花片に吸着された。

 あっ。
 離れて、また吸着する。それを二度繰り返したあと、カズは吸いついたまま、舌を出して花片の突起をつついた。
 そこで舌はぐるぐると小さく円を描き、あたしのなかに悶えるような感覚をともらせた。
 あ、んっ。
 最初の悲鳴はただ過敏な場所に触られた反応にすぎなかったけれど、くちびるを咬んでも漏れだした声には熱がこもっている。

 やっていることは変わらないのに、ほかの男たちとカズは何が違うんだろう。ぶるぶると腰がふるえだすと、カズは吸いつくだけではなく吸引した。漏れだしそうな感覚は怖さと羞恥を生む。
 い、やっ。
 感じたいと思っているわけじゃないし、感じるわけがない。拒絶の言葉はその気持ちを代弁しているはずが、それが白々しいほどあたしの腰はねだるようにうねっていく。

「ふ、はぁっ、あ、ああっ……だめっ、漏れちゃ……うっ」
 カズは単に無視しているのか、あたしの拒絶に煽られたのか、突起を吸いこみ、ねっとりと舌でねぶった。そこから一気に快楽が脳内に達する。
「ああっ、やっ、いやあぁああ――っ」
 搾りとられるような感覚で漏らした液がカズを汚す。快楽の果てに達して喘ぎながらそこには嗚咽が混じる。
 カズは顔を放して、かわりに指を膣内にうずめた。
「ああっ、や……っ」
 逝ったばかりで続けざまに与えられる刺激は快楽の収束を阻(はば)む。

 一時間まえまで男根がいくつも出入りした場所は、すんなりとカズの指を受け入れている。指よりも太いサイズに慣れているせいではなく、あたしが感じているせいだ。ぬるぬるしているのがわかるし、カズが指を動かせば粘着質の音が際立つ。
 まるで男たちが吐きだした残骸を掻きだすような動きに、あたしはまた昇らされていく。一度快楽を覚えてしまえば、あたしの躰はそれを止めることができないのかもしれない。

 吉村が艶子を抱いているのを見て、引き裂きたいほど――もしくは、目に見えているのにあり得ないと否定したがるほど、嫌だと思った。そこに、どんな感情があろうと感情がなかろうと関係ない。ただ、吐き気を催すほどの受け入れたくない気持ちに占められた。
 それなら、無数の男たちに抱かれるあたしを見て、吉村は何を思っていただろう。
 あたしは母とは違う。穢されようが、快楽を感じなければ、吉村から目を逸らす必要はない。そう思ってきたのに、いまあたしの躰はあたしの気持ちを裏切った。
 そもそも、吉村の心にあたしでも母でもなく、艶子がいるとしたら、あたしがだれに犯されようとなんの感情も発生しないのだ。
 自分さえ裏切ってしまうあたしの気持ちは宙ぶらりんでどこにも着地できない。

 浴室に裏切りの嬌声が響く。
 カズは巧みにあたしの弱点を突き、追いあげた。ぐりぐりとそこが揉みこみまれ、あとからあとから快感が押し寄せる。
 二度め、あたしは激しく躰を痙攣させながら蜜液までもまき散らした。

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