魂で愛する-MARIA-

第5話 夜鷹(よたか)−裏切りの遊戯(ゆげ)

# 26

 三月の初め、外はまだ肌寒いが、この部屋は裸でも寒くない。
 体調を崩さないようにというのが大前提で、夏、秋、冬、そして春となりつつある現在とすごしてきて、温度と湿度は常に快適に保たれている。冬場でも裸でいられた。ひるがえせば、いつでも呼びだし可能にしておけというわけだ。
 空調がよすぎて、逆に、躰は気候の変化に対応しきれなくなって、弱っているんじゃないかという怖れもある。
 何もしなさすぎて、知性どころか思考力そのものが弱っているのは確かだった。

 ここは表向き、一階に店舗の入った七階建てのマンションになっている。実情は、七階はラブドナーの特別客専用の部屋で、五階と六階はあたしみたいなコンパニオンと支配人や従業員というラブドナーで働く人たちが住む。一階にあるコーヒーチェーン店共々マンションの経営者は存在するが、仲介人にすぎず、実質は丹破一家の持ち物だという。

 ほかの人の部屋がどうなっているかはわからないが、あたしの部屋は、内側に鍵はなくて外側にある。つまり、こことは別の場所にあるラブドナーの一般用店舗と丹破家を訪ねる以外で、あたしはよほどのことがないかぎり出かけることがないという軟禁状態にある。
 起きていても、頭を悩ますようなことはしなくていいし、仕事は男が望むように演技をして気持ちよくさせていればすむ。
 頭を働かせる必要はほぼなくて、そのせいか、いざ野放しにされたときにあたしは生きていけるのか、そんなことに怯えている。ここにいると時間の流れはあまりわからないけれど、歳だって増えていく。躰を使えなくなったらおしまい、飽きられたらおしまい。
 縋れるのはやっぱり吉村しかいない。
 生き延びたさきに吉村に抱かれることを夢見て、あたしはいま生きている気がする。

 目を伏せるとわきの下に手をやり、あたしはそれぞれ胸の麓からすくいあげてみた。吉村がしていたことを思いだしながら揉んでみるのに、特段何も感じない。ただ、揉む振動が伝わるのか、胸先は尖った。感じていなくても刺激に弱い場所だ。丹破に来る男たちも含めてどの客も、あたしが感じなくてもチクビの反応があればそれだけで喜ぶ。
 親指で弾いてみた。ちょっとした身ぶるいはするけれど、吉村から摩撫されて口に含まれて、胸だけで逝かされたときのことを思えば微々たる感覚だった。
 思いだしながらやってみても物足りない。けれど、物足りないと思っている時点であたしは自分の手で感じているのかもしれなかった。

 トラウマ化しているあの部屋はもとより、ラブドナーで客の相手をしているときも、逝きたいとか物足りないとか思ったことはない。むしろ早く終わってほしいから、ラブドナーでは時間ばかり気にしているし、丹破家では早く逝って精力が尽きてほしいと願っている。
 はじめのうちは、自分の置かれた状況に観念しながらも、一つ終わるごとに吐いてばかりいた。そのうち、気分の悪さも蔵田みたいな生理的に好きになれないタイプに限られてきて、やがてそれもなくなった。

 ただ、ここに帰ってきて躰を洗うと、魂が抜けたように放心してしまうのだけは変わらない。
 そんなある日、バスルームで座りこんで、正面にある鏡を見るともなく見ているところを吉村に見つかった。
 手を出すんじゃないかと思うほど、死ぬ気か、と問うどすの利いた声は静かすぎる怒りに満ちていた。実際に殴られたのは浴室の壁だ。鏡すれすれの場所だった。吉村はぎりぎりの抑制心であたしが映る鏡を避けたのかもしれない。
 吉村が暴力を見せるのははじめてで、そのときは怖かったけれど、それが心配からきたことだというのはすぐにわかった。
 仕事が終わるのは、夜中一時であれば三時になることもあったりとまちまちだ。その日その日、時間を見計らってカズを寄越し、あたしがベッドに入るまで付き添わせるようになった。さすがに気が咎めて、躰を洗い気力が尽きてもベッドまでは行くという習慣を身につけた。

 あの日、あたしが眠るまで付き添ってくれたけれど、抱いてはくれなかった。
 吉村さんに抱かれたい。そう云って返ってきたのは、おまえは嘘が吐けない、という、とても返事とは思えない言葉だった。拒絶されたのだけはわかった。
 いまはどういう意味だったのか理解しているつもりだ。
 あたしの切望と吉村の返事を組み合わせれば、抱かれていないと嘘を吐かなければならない、ということ。つまり、あたしと吉村は男と女の関係であってはならないのだ。

 吉村さんは独り身で、それなら何が障害になっているの?
 その答えはまったく出せないでいる。

 おれが教えた快楽を忘れるな。
 そう云われたのに忘れそうで、あたしは目を閉じて吉村に触れられた記憶をたどってみた。
 左手は左の胸に置いたまま、右手を脚の間に忍ばせる。いちばん敏感な突起に触れてみた。
 あっ。
 ぴくっと腰が跳ねた。
 躰を洗うときは意識もしていないが、目を閉じてそこに集中しただけでこうも反応が違ってくるとは思わなかった。吉村がしたことを真似て円を描くようにやわらかく捏ねていると、次第に気持ちがよくなる。
 もっと。そんな欲求が湧いた。

 花片を下り、体内の入り口まで指を伸ばすと、そこは熱くぬめっていた。指に粘液を塗し、突起へと戻ると、それまでよりもずっと感じてしまう。ぬるぬるしているぶんだけ摩擦が軽減されて、ちょうどいい刺激になった。
 んっ。
 突起と膣口を往復しているうちに蜜はどんどん溢れてくる。突起をつつくたびに腰がふるえて浮きあがる。
 吉村が教えた快楽が甦った。吉村にされたことを思い描きながら、あたしは無意識で腰をせりあげていた。
 舌で嬲られ、突起が口のなかに含まれ、吸着したキスに襲われる。すると、突起が疼き、躰の奥がきゅっと反応した。とたん、あたしは首をのけ反らせ、躰を突っぱらせて腰をさらに高く上げた。
 あっ。
 果てに昇っていく感覚に息を詰め、直後、体内はひどい収縮に襲われ、あたしは腰をびくびく上下させながら蜜を散らした。

 嫌らしく呼吸を荒げながら余韻に浸り、それがおさまるにつれてどくんと呑みこむような体内の収縮も落ち着いていく。力尽きてあたしは腰をベッドに落とした。

「女の自慰はなかなか煽るな」

 突然の横槍が放たれる。予期しない声が部屋に響き、急速に快楽が冷えていった。

NEXTBACKDOOR