魂で愛する-MARIA-

第4話 哀恋−あいれん−

# 22

 あたしは手を上げて吉村の首にまわした。ぶら下がるように手に体重をかけ、反動で吉村の顔がおりてくる。顎を上げて伸びあがり、くちびるを吉村のそれに近づけた。
 あたしの腕を外すことはなく、かといって、触れ合うまで二センチという距離にとどまったまま吉村は襲ってくるわけでもない。
 無言の催促を察しているだろうに、そうしない理由は何?
 くちびるを軽く開き、あたしのほうからためらいがちに近づいてみた。そうする間も、吉村は微動だにせず、すると、こんなふうに誘う女が好きではないのかもしれないと思い至った。
 だから、セックスに溺れた母は――。

 目を伏せ、顎を引きかけたそのとき、躰にまわった腕がわずかにきつくなって、すると、覗きこまれるようにしてくちびるをすくわれた。
 ぺたりとしたキスは心地よい。
 吸着音を立てながらいったん吉村はくちびるを浮かせたあと、次の瞬間には荒っぽいほど押しつけて、仰向いたあたしの口のなかに舌を入れてきた。舌を舌で撫ぜ、頬の裏側からぐるりと口のなかを這いまわる。昨日のように教えるためではなく味わうような触れ方で、応じてもらえたことに安堵する以上に、吉村のキスは貪るようで甘苦しい。
 次第に躰全体が上気してくる。口のなかに落ちてくる吉村の唾液は甘い蜜にしか感じない。飲み干しきれない蜜が口の端からこぼれた。

 吉村はゆっくりと顔を上げる。
 呼吸が触れる位置で見下ろしてくる眼差しは、心なしか切望されているみたいに感じた。それは一回の瞬きで消え去ってしまう。
 吉村は上体を伸ばしながらあたしを起こした。

「咥えろ」
 なんのことか戸惑ったのは一瞬で、あたしはこくっとうなずいた。躰を支えていた腕から抜けだし、吉村の脚の間で膝をついた。
「肘をついて尻は上げてろ。カズに見えるように」
 吉村はそう云って掛けぶとんをつかんで床に落とした。

 あたしはふたりきりではなかったことをすっかり忘れていた。思わず振り向くと、開きっ放しの戸の向こうに、吉村の発言を受けてだろうか、こっちへ来るカズと目が合った。
 昨夜、カズはあたしの痴態を見ていただろうか。アツシと一緒にあの部屋に入っていたのかどうかまでは確認できていない。
 浴室での反応は聞かれているし、裸体も、あたし自身が見られないところまで見られている。加えて、受けた汚辱はショック以上にいろんな感覚を麻痺させている気がした。その証拠に、いままで裸でいたのに、そのうえ、朝食を持ってきたカズと間近で接したのに、恥ずかしさもためらいも湧かなかった。

 けれど、秘部をまともに晒すのは訳が違う。
 カズはそこに障壁でもあるかのように部屋の境目で止まった。吉村と同じで、カズも感情を表に出す人ではないようだった。あたしを見る目には軽蔑も欲望も憐(あわ)れみもない。
 昨日の下卑た笑みを含んだ冷やかしは消失したい気持ちにさせられた。無表情にただ見られてしまうのも、あたしはあの男たちと一緒で、獣欲に侵され知性の欠片もなく映りそうで、なんの救いもない。
 中学にも半分しか行かなかったあたしには、もともと知性はなかった。

 吉村に向き直ると、膝立ちしたあたしを見上げている。かすかに首が傾き、たぶん促された。
 吉村はあぐらを掻いた恰好で左側だけ膝を立てている。その脚のすぐ傍に手をついて、あたしは顔をおろしていった。吉村の云うとおりに肘をつき、背中を弓なりに反らせた。
 吉村のモノはもう上向いている。片手で根もとをつかみ、あたしはさっきされたキスみたいに先端にくちびるをつけ、吸着した。とたんに、男根はぴくりとして硬度をさらに増す。キス音を立てて離れ、また吸着した。
 頭上に聞こえた吉村の吐息は呻いたようにも聞こえる。吉村はあたしの頬に触れ、そこから撫でるようにしながら髪を右側に寄せる。左の頬があらわになった。かしずくあたしが見たいのなら見てほしい。そんな気持ちになりながら、キスは根もとへとおりていく。ぴくぴくとした反応がうれしいと思うのははしたないだろうか。

 下に到達したあと、先端に戻って口を開いた。男根を含むと、しょっぱいような味がする。少し顔をしかめたかもしれない。
「性的に興奮すると男も濡れる」
 吉村が教えた。あたしは思わず顔を上げる。
「感じてる? あたしに?」
 吉村は答えることなく、続きをやれというふうに顎をしゃくった。
 促されるまま、また口に含んだ直後、吉村の両手が左右のわきからまわりこんでそれぞれに胸をつかんだ。
 んあっ。
 喘いで顎が浮いてしまうと男根が口から飛びだす。
「口を離すな。まずはおれを逝かせろ」
「はい」

 吉村は大きさを確かめるように胸を捏ねると、次には手のひらでチクビを転がし始めた。
 ん、ふっ、んんっ……。
 上体をびくつかせながら、昨日、教わったように舌を絡ませていくが、気は散漫になりがちだ。ともすれば、自分の快楽に集中してしまっている。吉村が手を止めてからそう気づく。

 吉村が手を腹部へとおろしていくと、胸が解放されていくらかほっとした。が、それはつかの間だった。
 大きな手は背中にまわってきて肩甲骨から背骨をおりていく。お尻をくるむようにしながら今度は躰のわきを滑り、そして胸へと這いのぼって乳首を扱(しご)く。
 あたしの躰は自然とうねってしまう。何度そうされたのか、お尻をくるんだ手はわきへではなく、そのまま下におりた。秘部に指先が触れ、水音をいとも簡単に奏でる。自分でもそこが濡れているのは感じていた。

 んっ、んんっ。
 指先が秘部に潜ればぴくっとお尻が跳ねあがる。
 なかに入ったのは一瞬で、指は上へと這い、予想したとおり孔口でとどまった。そこに粘液をまぶし、指先は再び秘部へと戻る。その繰り返しで吉村は何度も粘液を塗りこみ、そのうちあたしは孔口が緩んでいくのを感じた。
 指がわずかに入っては出ていくという単純な動きをしながら、だんだんと挿入の度合いが深くなっていく。お尻は小さく痙攣し続け、秘部はおさまりがつかないほど蜜を垂らしていた。
 もう耐えられなかった。
 吉村を逝かせられないまま、あたしは顔を仰向けた。口から男根がすり抜け、一緒に悲鳴が飛びだした。
「あ、ああっ……吉村、さ……逝きそっ」
「好きに逝け。何度でもいい。勝手に逝くなと云われないかぎり」

 空いた手は胸に戻って、チクビで戯れ始めた。子宮が疼き、秘部の突起辺りは漏らしそうな感覚が襲ってくる。
 あ、あ、ああっ……っふはぁあ、あああっ……。
 短い悲鳴はだんだんと間延びしていった。あたしは昨日憶えさせられた快楽の頂点に逝きたくなるほど淫らに感じている。
 指先でお尻からまた秘部へと沿い、蜜をすくいあげると、孔口の周囲をほぐすように触れる。
 もっと。そんな言葉を発してしまいそうだった。
 そうして、チクビを摘み、同時に指先がお尻のなかにぬぷっと埋もれた一瞬後、あたしは息を詰まらせながら果てにたどりついた。我慢しようとしてもかなわず、快楽を噴いた。指がすぐさま抜かれてしまうと、お尻が跳ねて快楽を持続させる。

「尻の感度も云うことはない。ひどい目に遭っても快楽を得られるおまえの躰は淫らだ」
 息も整わないうちに、吉村はあたしを翻弄させる言葉を放った。
「ちが……! 吉村さん、だから――」
 ――感じられる。
 力なくもすぐさま返した言葉は最後まで云えなかった。

 あたしはそれが、母が京蔵に云っていたことと同じだと気づいた。

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